#6 フレッシュなアイデアを生み出す思考法|医薬品市場でのCX創造のためのソーシャル・リスニングとデザイン思考の応用

#6 フレッシュなアイデアを生み出す思考法|医薬品市場でのCX創造のためのソーシャル・リスニングとデザイン思考の応用

この連載では、ソーシャル・リスニングとデザインシンキングの思考法を繋ぎ合わせたプログラム「ペイシェント・リーダー®」を活用して製薬企業のマーケティングサポートに携わってきた経験をもとに、ペイシェント・セントリックな顧客体験(CX)を創造するための重要なプロセスを解説します。第6回は「フレッシュなアイデアを生み出す思考法」がテーマです。

(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)

【連載第6回】フレッシュなアイデアを考え付くための思考法
第5回では、デザイン思考のコンセプトを元にしたワークショップや、ソーシャルリスニングで可視化した患者さんの声に共感し、かつ、その声を元に真の診療課題や最適な解決策を考察することについてお話ししました。
今回は、そのワークショップを通して解決策を考える際に、既視感のある打ち手ばかりが出てくることを避けて、できるだけフレッシュなアイデアを考え付くためにはどうしたら良いのか、についてお話ししたいと思います。

解決策の考察で起こりがちな「斬新さがない」という悩み

わたしたちのソーシャル・リスニング・サービス、Patient Reader®では、患者さんへの共感からスタートして、対象疾患市場における診療課題を考え、さらに複数ある診療課題のうち優先順位の高いものに対する打ち手(解決策)を考える、といった1日程度のワークショップを開催します。ワークショップのプロセスは大きく下記の4つに分かれています。

  1. 患者さんのペインへの共感
  2. 患者さんのペインからの診療課題の考察
  3. その診療課題が生まれる背景の推察
  4. 課題解決のための打ち手の考察

この④のプロセスのとき、起こりがちなお悩みのひとつが「何だか、どれも斬新さがなくて、どこかで聞いたことがあるものばかりだなあ」といったことです。

このワークショップに組み込んでいるプロセスの「共感」と「課題考察」はデザイン思考での最初の2つ(①、②)を参考にしています。一方、デザイン思考は「ゼロベースの新しいものを考えることは向いていない」という批判もあります。そのために平板な打ち手ばかりになってしまうのかという考えも浮かびますが、その指摘は必ずしも当たらないと考えています。

デザイン思考がゼロベースでの発想に不向きという考え方は、それが現状の課題の積み上げを元に打ち手を考えることを理由としています。確かに、ゼロベースでの発想には未来予測的なアート思考がより適切という考えもあります。ただ、新しい考えや新しいモノやコトは、必ず現在や過去の伏線からスタートしていて、現在や過去に存在した考えやモノ/コトの存在なしに新しいものは生まれることはありません。

経済学者シュンペーターの考えでも「新結合」つまり、既存の異なる2つのものを結合することは立派なイノベーションとしています。例えば、既存の電話とパソコンと音楽デバイスを組み合わせたiPhoneのように。
むしろ、新しいことを考え出せないという問題は、デザイン思考が向かないというより課題の見つめ方に問題があるのではないか、と考えています。

ロジカルシンキングの特徴と陥りやすいジレンマ

ビジネス的な解を導くために最も力強い思考法とされてきたものに、ロジカルシンキング=論理的思考法があり、このロジカルシンキングの代表格が「演繹法」と「帰納法」です。

演繹法は三段論法とも言われるもので、一般的に正しいとされている理論やルールを前提として、観察された事実を関連づけて、結論を必然的に導き出す思考法です。例えば「メリットがデメリットを上回るときにプロジェクトを実施する」というルールがあり、「プロジェクトA案では1年後には投入コストを確実に上回る収益を見込める」という観察事実を関連づけると「プロジェクトA案を実行すべきだ」という結論に導かれるのが、演繹法の考え方です。

前提(=観察事実)から論理法則(=ルール)に従って結論を導き出すことを「必然推論」と言いますが、演繹法は観察事項を一般論やルールに照らし合わせて、その観察事実がルールに合っているかどうかで結論を出すため、必然性の思考法と言われています。

ただし、演繹法では一般論やルールが正しいかどうかが鍵になり、これらが間違っていたら自ずと間違った結論が導き出されてしまいます。ですから、一般論やルールが正しいかどうかを見抜く審美眼が重要と言われ、この審美眼は知識や経験などによって培われると考えられます。

帰納法は、個々の具体的な現象から共通する法則・パターンを結論として導き出す推論です。例えば、国内3都道府県の平均年収を観察したところ「東京都民の平均年収は全国平均より高い」、「神奈川県民の平均年収は全国平均より高い」、「大阪府民の平均年収は全国平均より高い」という事実が分かったことから、「大都市圏の住民の平均年収は全国平均より高い」という結論を導くのが帰納法の考え方です。

帰納法では、観察した事実とルールから結論を導くのではなく、観察したいくつかの事実の共通点に注目して、ルールや無理なく言えそうな結論を導き出します。演繹法のように必然的な結論が導き出されるのではなく、観察する事象に関しての妥当性や客観性が重要になることから蓋然性(がいぜんせい)の思考法と言われます。

蓋然性とは、ある事柄が起こる確実性の度合い(たしからしさ)のことで、そうなる確率が高いことを意味します。例えば「成長したアヒルは白い」「ハクチョウは白い」「タンチョウヅルは白い」という観察事実から「成長した鳥は白い」という結論を導き出したとすると、大きな事実誤認になってしまいます。市場分析ではまず全体俯瞰が必要なことやMECEの考え方は、帰納法における観察事実を歪めないための重要な視点と言えます。

演繹法も帰納法も、事実に基づいて直線的な配列で組み立てられるため、誰しもにとって納得のし易さがあります。しかしながら一方で、多くの人が同じ結論に導かれやすい、という面があると言われます。取り上げる事実は人や組織によって違うから自ずと違う結論になると考えることも可能ですが、同じ市場環境の下で戦っている競合のそれぞれが同様の事実(例えば顧客のニーズの変化など)に着目しているケースは多く、こうした同質性を断ち切ることの難しさはありそうです。

演繹法は必然性の思考法、帰納法は蓋然性の思考法と紹介しました。こうした必然性や蓋然性に由来した思考法は、一般的なルールや観察事実を元に結論を導き出すが故に「どのプレイヤーも同じような解に行き着く」という同質性を帯びていること、つまり競合との差別化をしにくい、というジレンマに苛まれやすいとう性質も念頭に置いておくべきではないでしょうか。

より現代に適した仮説的推論(abduction)という思考法

価値観が多様化(人種や学歴の違いや経済的な格差などもここに含まれます)し、将来を見通しづらい現代は、誰にでも受け入れられやすく正しい解(打ち手)を見つけにくくなりました。このことは、演繹法や帰納法のように美しく組み上げられた論理のパズルの世界から得られる解では多くの顧客に振り返ってもらいにくくなっている、という現実と結びきます。

そこで、より現代に適した思考法として捉えられているものが、仮説的推論(abduction)です。abductionはアメリカの哲学者、チャールズ・パースがアリストテレスの論理学を元に提唱した思考法です。「想像力が発揮される余地の大きい思考法」とパース自身が説明しています。

abductionは逆行推論とも呼ばれ、結果から遡って原因を推測する論理、結果から原因を推測し結論を導く思考法です。帰納に似ていますが、帰納からは多くの事例を直接説明するルールや法則しか導き出せないのに対し、abductionを用いると「われわれが直接に観察したこととは違う種類の何ものか」を発見できると言われています。つまり、abductionは例外性や意外性をとりこめる「飛躍」があるということを示します。

例えば、ニュートンは木から落ちるリンゴを見て万有引力の法則を発見しましたが、これは帰納だけでは無理な推論だと言われます1)。帰納法では「ナシが木から地面に落ちた」「手に持った石を放したら地面に落ちた」……といった複数の事実を観測した結果、導き出す結論は「すべてのモノは空中に放すと地面に落ちる」という一般論です。これに対してニュートンは「モノを空中に放すと地面に落ちる」という事実から、「すべてのモノのあいだに引力が働いている」という原因仮説を考えました。このように、abductionは「A(モノが地面に落ちる)である。H(すべてのモノの間に力が働いている)と仮定すると何故A(モノが地面に落ちる)なのかをうまく説明することができる。よってきっとH(すべてのモノの間に力が働いている)である」というものです。

abductionを発見するためのバイアスの排除と視点の拡げ方

abductionでは、現象や事実としては現れていない原因仮説をイメージするプロセスを採るので「探求の論理学」と言われています。原因仮説自体が創造的なアイデアとされますが、その創造的なアイデアの元になる事実も重要です。abductionは「発見の文脈のための推論」とも言われ、パースは論証よりも発見を重要視しました。

われわれは普段、あまりにもたくさんの事実や情報に囲まれているために「ゆきづまり」の原因が見えにくくなりがちです。しかし、どんなことにも意外な兆候というものがあります。意外であるということは、そこに仮説の余地があるということです。パースはこの意外な兆候を「驚くべき事実」と呼び、そこにはたいてい「説明仮説」が伴うはずだと考えました。

この「驚くべき事実」と「原因仮説」に関して、私たちが経験したひとつの例をご紹介します。ある疾患の患者さんの投稿を分析していたとき、以下のような発信がたくさんありました。

普通なら薬のレベルだから食事とか運動が大事だって言われても、どうすれば良いのかわからない。


放っていたら何が起こるとか、値がどれ位になったら投薬になるとか具体的に教えて欲しい。


値がどうなったら良いとか、どんな風になったら薬はやめられるとかステップを教えてくれない。


これらの投稿から、帰納法的な思考では事実の共通性から「患者の疾患や治療法への理解不足」という結論を導くことができ、「患者さんへの疾患啓発」という打ち手が浮かびそうです。

ところが注意して投稿を見ていると、なかにはこんな投稿もチラホラありました。

先生が変わったら、このクスリは要らない、って処方されなくなった。


これは効かないでしょって、先生が処方しなくなった。


わたしたちの頭の中には「んっ?」「あれっ?」と疑問マークが浮かびました。つまり、このことが「驚くべき事実」となり、患者さんの理解不足という結論ではなく「この病気の診療医の多くは、この疾患を優先的に治療すべきだと思っていない」という医師の認識が原因だという「原因仮説」を想起しました。この仮説が正しければ、処方是非の判断に医師によってズレが生じたり、患者さんからの問いかけに曖昧に答える、といったことはそう多く起きないと考えたからです。

この後、患者さんの投稿から投薬開始の時と投薬中止の時のマーカー値を拾い上げると、診療医によってその値に大きな違いがある事実が分かり、さらに仮説を後押しすることができました。

このように、abductionでは驚くべき事実の発見も重要なプロセスになります。こうした発見をするためには、やはり常日頃から関心を持って事実を見ることが重要だと考えます。また同時に、本質を理解しようとする姿勢も重要です。本質を理解するという点で、ホンダの創業者である本田宗一郎の言葉を参考までに記載します。

『私が十代の頃、自動車の修理をやっていて初めてわかったのは、自動車の修理という仕事は、単に自動車を直すだけでは駄目なのだということだった。そこに心理的要素がなければならぬことに気がついたのである。車を壊したお客さんは、修理工場へ来たり、電話で連絡してきたりするまで、さんざん苦労し、憤慨し、動揺しているのが普通である。機械も壊れているが、お客の心も壊れている。(中略)だから、修理を終えて、「これで、直りました」と言ってもなかなか素直には通じない。(中略)車を直したうえで、その人の不安や怒りを取り除いてやることができたら、それは素晴らしいことである。親切という形で、そういう生きた哲学が使える人になってほしい』2)

今回は、人々の価値観が多様化した現代ではロジカルシンキングだけではなかなか正解を導き難くなっているため、abductionという創造的な思考法が着目されている、というお話しをしました。

abductionでは「驚くべき事実」を見つけることで「説明仮説」を立てるというプロセスを取ります。普通に考えると「驚くべき事実」だったら、誰でもそれに近づいたら「えーっ、なにこれ」と驚嘆する様な事実に違いないと想像してしまいますが、実は驚くべき事実は目立たずひっそりとしていて、「ここにいるよ〜」と手を振ってくれていないことがほとんどです。だから、それを見つけるためにはある種のノウハウも伴います。このノウハウが「本質理解」です。自動車を直すだけで終わらずにお客さんの不安や怒りを取り除くためには、お客さんの心の傷に気づくことが重要です。治療脱落を防止するために患者さんへの疾患理解で終わらずに、一次診療を担う医師の治療意義理解も促すためには、その疾患管理に対する医師の本音に気付くことが重要です。この「驚くべき事実に気付く」という事は、帰納法上の結論の根拠となる前提事実の選択にも通じています。つまり、前提条件の選択が適切でなければ結論もピンボケになってしまいます。

では、本質理解を上手く身につけるためにどうすれば良いのか。
一朝一夕には身につかないのですが、本質理解のチカラを高めるためには、自分の体を使って経験を積むこと(身体性)やその事についていつも真剣に考えていること(考察体験)にある、とも言われています。

(参考文献)
1) 株式会社インターネットイニシアティブ, IIJ.news Vol.177 August 2023, 人と空気とインターネット 発見的な推論方法
https://www.iij.ad.jp/news/iijnews/vol_177/detail_10.html
2) 野中郁次郎/竹中弘高, 東洋経済新報社, 2020年, 『ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル』p.212

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