#4 治療方針の決定要因は患者さんの希望だけではない|Dr.心拍の「製薬本社にちょっと言いたい」

こんにちは。勤務医として臨床に携わりながら、専門的知見を生かしてさまざまなヘルスケア企業とお仕事をしております、Dr.心拍と申します。普段医療メディアやSNSで発信をしております。臨床医が本音で語る連載シリーズとして、製薬企業の情報提供や、医療現場との関係性について感じていることをお話しさせていただきます。
今回のテーマは、治療方針の決定に影響を与える要因についてです。患者さんの希望以外にどんな要因があるのか、これまでの事例をもとに深堀りし、その上で製薬企業側はどういった意識を持ち、どのような情報を我々に届ける必要があるのかについてお話しします。
治療決定に際して、患者さんの希望以外には大きく2つあると考えています。1つ目はご家族、2つ目は社会的背景です。そしてこれらは深く関連しています。前提として、患者さんがあっての治療だということも前置きとしてお伝えしておきます。
例えば、何か重大な疾患が見つかったときのことを考えてみましょう。具体例として、私が以前経験した進行肺癌症例を一例提示します。
2カ月前から労作時息切れを自覚していた80歳の女性、最近認めた血痰を主訴に近医を受診し、胸部異常陰影を指摘されて紹介となりました。
CTでは原発性肺癌が疑われ、既に遠隔転移が見られました。もともとは自立していましたが、進行肺癌により1人で外来通院するのは難しそうというADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)でした。
認知機能は保たれているものの、ADLの低下が見られ、病院には誰かが連れてくるしかなさそうです。しかし近親者であるご家族はおらず、独居という方でした。
正直、通常行われるような殺細胞性の化学療法は難しいだろうなという状況下ではありましたが、幸い遺伝子変異を検索すると陽性であり、内服による分子標的治療薬の適応がありました。さらに、遠い親戚の方が、遠方に住まわれているにも関わらず外来受診時は親身になって付き添ってくださることになりました。
また、ご本人の経済的状況も、治療や介護サービスの導入、訪問看護の導入に際して問題なく、さまざまなサポートを得て治療することができました。幸い、治療効果もあり安定して定期的な通院ができる状況となりました。
当初、せっかく分子標的治療薬が使用できるにもかかわらず、治療導入が行えずBSC(Best Supportive Care:最善の支持療法)となってしまうのかなと危惧していましたが、さまざまな困難を乗り越えて治療に結びつけることができました。
この結果が得られたのは我々医師のおかげではありません。遠方の親戚の方のご協力、またソーシャルワーカーをはじめとした医療スタッフのサポートや訪問看護、介護サービスなどを得られたことがその要因です。
今回症例提示をしましたが、結果だけを見ると、単に遺伝子変異陽性の80歳女性という症例に対して分子標的治療薬を投与したという一例に過ぎません。しかしながら、その一例にはいろいろなストーリーがあるのです。その患者さん1人の治療決定までに多くのことに心を寄せているのです。
ここから学ぶべきはもっと個々の患者さんに、そしてその周辺情報であるご家族の状況や、社会的背景に寄り添った情報提供が必要なのではないでしょうか。
情報提供の際には、そういう臨床現場での課題や苦労について理解を示してもらえているような対応だと助かります。もちろん実際に患者さんの診療をしているわけではないですから、私たち医師と同様の解像度でということは難しいと思います。とはいえ、そういった診療の実情を理解しようと努めることは大切なことだと思います。
最後に、MRを含む製薬企業の方は、ペイシェントジャーニーという用語で一見患者一人ひとりが抱える背景を重要視しているように聞こえます。しかしながら、我々医師はそのような用語が普及する前からずっとそういうことを考えながら診療しています。ぜひ一緒に良い医療を提供していただければと思います。
さて、今回は治療決定要因は患者さんの希望以外にはどんな要因があるのかについてお話しました。診療の実際はまだまだイメージが湧きにくいと思います。ぜひお声掛けいただければ製薬企業の方へ勉強会なども行っておりますのでお気軽にお問い合わせください。