#1「顧客理解の限界」をどう越える?データ活用の現状と課題の把握方法|データ連携で導く真の顧客価値

#1「顧客理解の限界」をどう越える?データ活用の現状と課題の把握方法|データ連携で導く真の顧客価値

「顧客の解像度を上げ、変化や要求に応じた情報提供こそマーケティングの基本」——この重要性は広く認識されていますが、多くの製薬企業がデータや組織の壁に阻まれ、理想と現実とのギャップに苦慮しています。現状を打破するためには、複雑化した課題を解きほぐし、シンプルかつ、本質的な視点からアプローチを見直すことが不可欠です。


本シリーズでは、数々の製薬企業のコマーシャル支援に携わってきた筆者の経験も踏まえ、製薬マーケティングでのデータ活用の課題や具体的な方策について考察。本稿では、製薬マーケティングにおける顧客理解の重要性を再確認し、データ連携を核とした全社的な取り組みで、真の顧客価値創造を目指す道筋を探ります。


(Veeva Japan株式会社 コマーシャルストラテジー バイス・プレジデント 山下篤志)

製薬企業のマーケティングエコシステムと進化

製薬企業のマーケティング活動は、患者さんに最適な治療を届けることを目的とした医療関係者への情報提供を中心に行われますが、その活動にはいくつかの課題やチャレンジがあることは、皆さんがご承知の通りです。

  • 従来のエンゲージメントモデルの限界:旧来のMR中心モデルでは医療関係者との接点を多く保ち、情報の入手・提供を行ってきましたが、医師の働き方改革などによる接触機会の減少で、面談機会の確保が困難になっています。米国では、医師の半数が実際に面会する製薬企業を3社以下に絞っている、とのデータ※1があり、日本でも同様の傾向にあります。
  • 医薬品のモダリティの変化:医療関係者が触れる情報量の増加により、製薬企業が提供する情報を記憶にとどめてもらうことが困難になっています。
  • 医師のデジタル化:生成AIの活用は製薬企業だけではなく、医師側でも加速度的に進みます。医師が求める情報の精度はさらに高まり、製薬企業から受け取る情報に対する期待値が上がっています。
  • デジタルプラットフォームの進化:以前にも増して、CRMなどの医師とのエンゲージメントに使われるデジタルプラットフォームの革新が進んでいます。MRリソースの減少を補うだけでなく、プラットフォームをバージョンアップさせ、継続的に見直すための投資が必要となっています。


※1 出典:Veevaフィールドトレンドレポート、https://www.veeva.com/jp/news/new-veeva-pulse-findings-show-connected-engagement-creates-an-advantage-as-hcp-access-drops/

少ない接触機会の中で、いかに医師が求める情報を提供できるかが現在の製薬マーケティング成功のための要因であると言えます。しかし、部門ごとの役割が明確に分かれサイロ化してしまい、効果的な連携ができず、これらの課題を理解していても解決できないというジレンマを抱えている企業も少なくありません。


マーケティング活動の基本的な理念は、「顧客を知る」そして、「顧客に応える」ことです。製薬マーケティングは、MRを中心としたシングルチャネルからマルチチャネル、クロスチャネル、オムニチャネルへと情報提供の手段を進化させてきました。


これらのチャネル活動が「顧客を知り、顧客に応える」という目的に十分に寄与しているのか。課題が山積みの今こそ、企業として全方位的にチャネルを駆使して、顧客に寄り添った情報提供ができているのかを再検証すべきタイミングではないでしょうか。

デジタル化の真の可能性

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、単にツールを導入するだけにとどまらず、企業のマーケティング活動全体を再構築する重要な機会と捉えるべきです。デジタルチャネルの適切な活用により、MRの活動範囲を補完し、効率化を図るだけでなく、企業全体で顧客理解を深め、総合的なアプローチで顧客に応えることが可能となります。


しかし現状では、各チャネルの情報提供としての役割に焦点を当てるあまり、顧客の真のニーズを把握し・応えるためには活用できていないケースも見受けられます。

オムニチャネルで顧客に「届く」メッセージを発信

「顧客に応える」という観点では、チャネルを連携し、一貫したメッセージを届けることが欠かせません。テクノロジーの進展でチャネルが増え、医師への情報提供の手段は多様化しました。これにより、医師がアクセスできるタッチポイントは増加したように見えますが、一方で、一貫した情報提供を実現するためにはチャネル間の連携が不可欠となり、クロスチャネルやオムニチャネルの重要性が増しているというよりも、せざるを得なくなっているように見えます。


また、これらのチャネルのオーナーが不明確であったり、チャネルごとのコンテンツ作成担当者が分断されていたりするため、メッセージが一貫せず、顧客に効果的に届いていないのが現状です。営業やマーケティングなどが部署ごとに行う医師エンゲージメントの65%は連携できていない、とのデータ※2もあります。


※2 出典:Veevaフィールドトレンドレポート、https://www.veeva.com/resources/veeva-pulse-field-trends-report/

顧客理解の重要性

製薬企業のマーケティング活動が成功するかどうかは、「顧客を知る」ことにかかっています。


MRは、さまざまな情報源にアンテナを張り巡らせ、過去のコミュニケーションや他のMRから得た情報、医師以外からの情報などを基に、顧客の関心やニーズを把握し、その上で適切な情報提供を行ってきました。全てのチャネルでこれらの「顧客を知る」活動を実施するためには、各チャネルで得られた顧客情報を適切にデータとして活用し、それを資産として管理する仕組みが必要です。


「データ」の語源はラテン語の「Datum」で、「与えられた事実」を意味し、これは、「与えられた事実が知恵を生み、共有されるべきものである」というニュアンスを内包しています。つまり、データとは本来、プロセスや仕組みを構築し、企業内で共有可能な形、実際に活用できる知恵として整理して扱うべきものだといえます。


しかし、多くの製薬企業では、情報収集が行われているものの、それをデータとして蓄積し、企業全体で活用する体制が整っていないという課題があります。これは、情報が部門ごとに分断されており、統一的な管理がなされていないためです。そのため、企業全体でデータを効果的に共有し、活用するための体制整備が急務となっています。

データ整備のための基本とその必要性

仕組みや体制の整備には時間がかかりますが、少なくとも次の3点については、すぐにでも着手する必要があります。

社内データ資産の現状把握
チャネル別のデータ取得能力の把握
データ化できていない情報の把握

まず、既存のマーケティングサイクルの中で利用されている①社内データ資産の現状把握です。情報ソース、入手目的、データの鮮度、入手コスト、活用状況(プロセス)を把握します。このリストをもとに、データ資産の現状を把握するとともに、データをどのように活用していくか、また不足しているデータをどのように収集・資産化していくかを検討することが重要です。

一般的なマーケティングサイクル

次に、②チャネル別のデータ取得能力の把握です。自社が活用しているすべてのコミュニケーションチャネルで、どのようなデータが取得できるのかをマトリックス形式で整理します。


重要なのは、現時点でできていることを列挙するのではなく、能力があるはずなのに活用できていない部分を把握することです。例えばメールの既読やクリックなどはデータとして収集して解析することがありますが、開封されなかったメールやクリックされなかったコンテンツも顧客理解のためのデータと捉えることができます。ほか、面談時や講演会時に察知した医師同士の関係性、メディカルスタッフとの繋がりといった情報も、非常に有用なデータとなり得るでしょう。


このように活用余地のあるデータにも着目することで、チャネルの新たな情報ソースの発掘や、取得のための仕組み改善の必要性が見えてきます。



マトリックスサンプル

そして、③データ化できていない情報の把握は、②で整理したデータ取得能力情報からの延長です。ここでは入手困難なデータや不足している情報の洗い出しをするのではなく、取得能力があるはずなのに資産化できていないデータを把握することが目的です。投資しているチャネルで得た情報で資産化できていない部分はないか、確認することが重要です。


①~③は基本的で、当たり前のことのように思えますが、実際には部門をまたいで確認することが多く、更新も必要になるため、徹底して実施できていないのが現状です。


しかし、この基本をおろそかにすると、データ購入の二重投資が必要になったり、すでにある情報をMRに収集させるといった非効率な作業を生み出したり、また、AIやMA(Marketing Automation)の有効な活用を妨げる負の要因となり得ます。そのため、未実施の場合にはすぐにでも着手することを推奨します。


ここまで、現状の「顧客を知る」「顧客に応える」活動の課題について触れ、顧客データを整備する基本についてお話ししてきました。次回はデータ収集のためのタグ整備とそれらを活用したMA、AIについてお話します。