製薬マーケにおけるパーソナライゼーションの重要性と進め方

製薬マーケにおけるパーソナライゼーションの重要性と進め方

医師の情報ニーズが多様化し、リアルな接点が限られるなかで、製薬マーケティングの「パーソナライゼーション(個別最適化)」の重要性が増しています。

誰に、いつ、何を、どのチャネルで届けるのか。医師一人ひとりへの最適な情報提供が求められる今、パーソナライゼーションとは何か、なぜ重要なのかをあらためて整理し、その基本的な考え方と背景・課題を見つめ直します。

パーソナライゼーションとは

製薬マーケティングにおけるパーソナライゼーションとは、医師一人ひとりに最適な情報を、適切な方法とタイミングで届けることを指します。つまり、画一的なアプローチではなく、医師(受け手)の関心や行動特性に応じて“個別最適化”された情報提供を行う考え方です。

似た言葉にカスタマイズやセグメンテーション、1on1コミュニケーションがありますが、パーソナライゼーションは、これらを包括しつつ、「その人にとって意味があるかどうか」に重きを置くのが特徴です。

概念

アプローチの単位

主な特徴

製薬マーケでの例

パーソナライゼーション

個人(データドリブン)

データを用いて、その人にとって意味ある情報を自動で最適化

医師の行動ログに基づいて、適切なチャネル(LINE など)・タイミング(朝 など)で医師の関心のあるコンテンツを配信

カスタマイズ

個人

受け手自身が自分好みに選択・変更(能動的)

医師が自身の好みに合わせてWebサイト上のコンテンツをお気に入り登録する

セグメンテーション

グループ(属性や行動別)

共通の属性・行動にもとづきグループごとに最適化

診療科別に異なるメールコンテンツを配信する

1on1コミュニケーション

個人(直接対応)

人が直接、個別対応する

MRが医師の関心に合わせて資料をカスタマイズして説明

オムニチャネル戦略が製薬マーケティングの主となりつつある今、適切な情報が適切な形で医師へ届けば、「この製薬企業は自分のことを理解してくれている」と感じてもらえる可能性が高まります。結果として、情報の受容性が向上し、ブランドへの信頼感や好意度の醸成にもつながるといえます。

また、パーソナライゼーションによって情報が「医師にとって意味のあるもの」として届くようになると、講演会後のアンケートやデジタル施策への反応など、フィードバックを得やすくなるでしょう。こうした効果を得るためには、単発の施策ではなく、チャネルやタイミングを含めた一貫したコミュニケーション設計が不可欠です。

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なぜ今、製薬マーケでパーソナライゼーションが求められるのか

パーソナライゼーションが注目される背景には、大きく3つの変化があると考えられます。

  • 情報の洪水と“伝わらない”問題
  • デジタル接点の拡大と医師ニーズの変化
  • 情報提供は「質」が問われる時代へ

1つ目は、情報飽和時代の今、医師のもとに届く情報も膨大になり、“伝わらない”ことが増えている点です。医師のもとには、製薬企業からの情報が日々大量に届いています。そのため、単純に情報が埋もれてしまったり、医師のニーズや状況に合っていなかったりといった理由から、多くの情報がスルーされてしまっているのが現状です。

2つ目は、デジタル接点の拡大です。Web講演会やメール、LINE、オウンドメディアなどチャネルが多様化し、医師の情報収集行動も変化しています。MRによるFace to Faceの情報提供活動を主軸とするのか、オウンドメディアをハブとしてデジタルチャネルに注力するのか。医師のニーズや行動を見極めたうえで、柔軟な接点設計が求められています。

そして最後に、情報の「質」が重視される時代への変化です。画一的な情報提供はノイズとして扱われてしまうリスクがあり、医師にとって「今、ほしい情報かどうか」がより重視されるようになりました。

こうした背景から、製薬企業も「選ばれる情報提供者」であるための視点として、パーソナライゼーションへの取り組みが欠かせなくなってきているといえます。

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パーソナライゼーションの取り組みの方向性

パーソナライゼーションの第一歩は、顧客をどう分類(セグメント化)するかを考えることから始まります。製薬企業によって保有するデータやチャネル、体制が異なるため、セグメントの切り口は企業ごとに異なります。

主なセグメントの切り口として、以下の3つが考えられます。

① カスタマージャーニーに沿ったセグメント
概要:製品や疾患情報に対するジャーニー上で、医師がどの段階にいるかで分類
例:未認知層/関心層/処方検討層/継続処方層 など
特徴:各ステージで必要とされる情報が異なるため、コンテンツ設計がしやすい

② 行動・接触チャネルベースのセグメント
概要:Web講演会の参加履歴やメール開封状況など、医師の行動データから分類
例:デジタル中心 vs. MR中心/能動的 vs. 受動的 など
特徴:比較的取得しやすい行動ログを活用するため、データドリブンな施策展開やチャネル最適化との相性がよい

③ 態度・価値観ベースのセグメント
概要:情報への向き合い方や診療スタンスなど、医師個人の考え方に基づいて分類
例:エビデンス重視で論文情報を好む医師/実臨床での経験や事例を重視して診療方針を考える医師/新しい治療法に慎重な医師 など
特徴:深いパーソナライズが可能な一方、リサーチや現場からのN1インサイトが必要

複数軸×自社リソースで、“運用できる”セグメントを設計する

製薬マーケティングにおけるパーソナライゼーションでは、1つの軸にとどまらず、ジャーニーステージ、行動傾向、接点チャネル、医師のスタンスなど、複数の視点をかけ合わせたセグメント設計が求められます。

ただし、いかに高度な分類をしても、自社が保有するチャネルや発信できるコンテンツ、運用体制と整合していなければ、施策として機能しません。特に製薬業界では、コマーシャル・マーケティング・メディカルなど複数部門との連携をしながら、「仮説→実行→検証→学習」のサイクルを回せるかどうかが実装の鍵を握ります。

分類の精緻さ以上に、まずは実行可能なセグメントをどう設計するか。それがパーソナライゼーションを現場で根づかせるための出発点だといえます。

パーソナライゼーションを進めるうえでの課題

パーソナライゼーションは医師への情報提供の理想形ともいえますが、取り組むにあたっては、いくつかのハードルに直面します。ここでは、製薬企業が現場で感じやすい主な3つの課題を解説します。

課題① コンテンツと対応リソースの不足

セグメントごとに最適な情報を提供するには、それぞれに合ったコンテンツを用意する必要があります。しかし、全てのセグメントに対応するには膨大なリソースが求められ、現実的には対応が難しいケースも少なくありません。

対応しやすいセグメント、もしくはメインターゲットとするセグメントから優先的に着手し、徐々に拡張していくことが現実的です。最近では、生成AIを活用して情報収集やコンテンツの草案作成、バリエーション展開を効率化する試みも見られています。

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課題② 厳しいレギュレーションと審査プロセス

製薬業界では、情報の信頼性や適正使用を担保するために、あらゆる配信コンテンツに対して社内審査が必要です。これにより、他業界のように大量のコンテンツを迅速に作成・配信し、ABテストで改善していくような運用は難しいといえます。特にパーソナライズ施策では、対象や表現の違いに応じて多数のコンテンツが必要となるため、審査負荷が大きな壁になります。

一方で、そうした制約の下であってもパーソナライズ施策を実現できれば、情報の信頼性と到達精度の両立につながり、大きな成果を生む可能性があります。実現性の高い設計と丁寧な実行を積み重ねていくことが、他社との差別化を叶える一歩となるでしょう。

課題③ 部門・ツール間の分断

パーソナライゼーションには、マーケティング部門だけでなく、コマーシャル、IT、メディカルなどの複数部門との連携が不可欠です。しかし、現場では、MRが持つ医師のインサイトがデジタル施策側に活かされていないなど、「データのサイロ化」が散見されているのが実態です。

こうした分断を解消するには、以下のような対応が考えられます。

  • 複数部門を巻き込む「ハブ」の役割を担う専任チームの設置
  • CDPやCRM、MAなど統合型のデータ連携ツールの導入
  • MRの現場知を共有・活用できるナレッジ連携の仕組み化
  • チャネルや用語の定義をそろえた共通ガイドラインの整備

データや現場知がシームレスに共有されることで、設計したセグメントに対する施策の実行精度も大きく高まります。

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医師との接点の「質」を高めるために

パーソナライゼーションは、情報の「内容」や「届け方」を見直すことで、医師との接点の質を高める取り組みです。

重要なのは、完璧な設計を目指すことではなく、自社のリソースやデータを踏まえて、無理なく運用できる形から始めること。制約の多い製薬業界だからこそ、一つひとつの積み重ねが信頼の構築につながると考えられます。医師にとって意味のある情報提供を追求する姿勢こそが、これからのコミュニケーションの質を着実に変えていく原動力となるでしょう。