#2 オムニチャネルの定義と位置づけを整理する|製薬マーケ部門担当者と考えるオムニチャネル時代の包括的なブランドプラン

#2 オムニチャネルの定義と位置づけを整理する|製薬マーケ部門担当者と考えるオムニチャネル時代の包括的なブランドプラン

コラム連載「製薬マーケ部門担当者と考えるオムニチャネル時代の包括的なブランドプラン」第1回では、機能分化が進むマーケティング部門で求められる人材について、自身の経験も交えながら掘り下げました。今回は、オムニチャネルプランの位置づけや課題について私見を述べたいと思います。具体的に、以下の3つの論点から整理します。

・オムニチャネルの成り立ちと定義
・製薬業界におけるオムニチャネルの定義と捉え方
・オムニチャネルプランの位置づけに関して散見される課題

(ユーシービージャパン株式会社 免疫炎症事業部 マーケティング部長 川野清伸)

※記載内容は著者個人の見解であり、著者が所属する企業の見解や方針を代弁・表明するものではありません。また、記載内容は著者が所属する企業の状況に関するものではなく、あくまで著者の認識における製薬企業一般の話であることをご承知おきください。

オムニチャネルの成り立ちと定義

オムニチャネルの成り立ちや基本的事項を押さえる

本題に入る前に“オムニチャネル”について復習してみます。オムニチャネルとは一体、何なのでしょうか?

コロナの影響が世界の、特に日本のデジタル化を加速させたことで、DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が認識され、Digitization/Digitalizationが加速しました。製薬業界においても、コロナ禍、顧客とのコミュニケーションロスを解決するために、本社主導でオウンドメディアを充実させるとともに、サードパーティーメディアの活用を推進してきました。その渦中でオムニチャネルでのアプローチが注目を浴び、現在も各社が取り組んでいます。

それでは、オムニチャネルはどのように普及してきたのでしょう。

1990年代、インターネットとEC(電子商取引)の台頭により、従来の店舗販売以外の販売チャネルが普及しました(マルチチャネル)、その後、2000年代にはチャネル間の連携が強化され、顧客が異なるチャネルを行き来できる仕組みが整備されました(クロスチャネル)。ここでは、チャネルの統合という観点で課題がありました。

そして2010年代、小売業界を中心にすべてのチャネルを統合し、顧客がどのチャネルを利用しても一貫した体験を提供できるようなオムニチャネルという概念が普及したのです。

歴史的にオムニチャネルの概念は、小売業界のDX推進の前提として位置づけられ普及してきたのです。最近では、顧客に「チャネルの存在を感じさせない」という新しい考え方(ユニチャネル)も登場しており、テクノロジーの発展によりさらなる進化を遂げようとしています。

オムニチャネルの本質は「統合的なチャネル管理」「シームレスな買い物体験」、そして「全社的な顧客戦略」

オムニチャネルの定義は、日本オムニチャネル協会において「実店舗、EC、ソーシャル・メディアなど全ての販売・コミュニケーション/チャネルを総合的に管理し、消費者にシームレスな買い物体験を提供する全社的な顧客戦略である」と述べられ、その本質は「統合的なチャネル管理」「シームレスな買い物体験」、そして「全社的な顧客戦略」にあるとまとめられています(図1)。

クロスチャネルを超えて実現するオムニチャネル
引用元:オムニチャネルと顧客戦略の現在 千倉書房 著書 近藤公彦、中見真也

製薬業界におけるオムニチャネルの定義と捉え方

昨年、日本オムニチャネル協会の亀卦川篤氏(株式会社やる気スイッチグループ 執行役員事業ディベロップメント本部長)と対談する機会を得ました。私自身、前職からオムニチャネルへの取り組みに力を注ぎながらも、医療業界における限界を感じている最中、もっともお会いしたかった方のお一人です。製薬業界の事例について議論をしながら、我々がいかに企業目線でオムニチャネルを考えているのかということに気づかされました。亀掛川氏との対談を通して得た、製薬業界のオムニチャネルの定義や捉え方に関する主な3つの気づきについて、以下に共有します。

製薬業界のオムニチャネルは「顧客がどのようなチャネルからでも情報を得られる状態」

一般的に、オムニチャネルとは「顧客がどのようなチャネルからでも購買できる状態(亀卦川氏にも再確認)」と定義されているため、厳密に考えれば医療業界ではオムニチャネルを実現することは不可能です。例えば、医師が処方したいと思っても“院内で薬剤が採用されていない”“院内には在庫がない”という壁があります。医療業界ではオムニチャネルの状態は成立しないのです。

それでは医療業界におけるオムニチャネルをどのように捉えるべきか?私は「購買行動」を「情報収集」に置き換えられるのではないかと考えました。つまり、医療業界におけるオムニチャネルは「医師がどのようなチャネルからでも情報を得られる状態を作る」と捉えられるということです。

現状、製薬業界はオムニチャネルの定義を厳密に満たすことはできませんので、クロスチャネルに近い状態ではないかと思います。しかしながら、Right message & contents/Right channel/Right timingで医師に情報を届けることは医療の質向上に寄与して患者さんのアウトカム向上に貢献するため、我々はオムニチャネルで情報提供できる状態を目指して取り組むべきです。

主軸とするチャネルを決めてリソースを投下する

亀卦川氏との対談を通して、どのチャネルを主軸にオムニチャネルでのアプローチを考えるのか決断する必要があることを学びました。

大手企業を除き、ヒト・モノ・カネのリソースには限りがあります。すべてのチャネルに投資をすることは生産性向上の阻害要因となります。効率的なプロモーションを展開するためには軸となるチャネルを決めてリソース配分の最適化を図る必要があるのです。リソース不足で悩む企業もあるかと思いますが、軸を決めてオムニチャネルに取り組むことが重要でしょう。

さらに、オムニチャネルというアプローチに加えてB2Bマーケティングにおける「セールスマーケティング」として独立させるべきという論点も議論になりました。こちらについては別途議論していきたいと思います。

オムニチャネルを目的にしない

オムニチャネルを重要視する余り、マルチチャネルが悪であるように捉えられていますが、それは誤った認識であることも気づかされました。

要は、目的を達成できればチャネルは手段の一つなのです。業種によりどのようなチャネルを活用できるのか、どのようなデータが入手できるのかは異なります。私は各々の業界が置かれた環境下で、実現可能なオムニチャネルの状態を目指していくことが大切だと感じました。

対談の場を設けてくださった亀卦川氏にこの場をお借りして御礼申し上げます。

オムニチャネルプランの位置づけに関して散見される課題

課題①:オムニチャネルプランを上位概念として捉えてしまう

コロナ禍、デジタル化を加速させた影響もあり、“コマーシャル部門”においてオムニチャネルプランはブランドプランと並列に据えられ、一部に混乱をきたしていたと聞いています。視点によっては戦略と捉えることができるのではないかと思いますが、コマーシャル部門においてオムニチャネルは戦略目標を達成するための一つのアプローチ方法として捉えると混乱を招かないと私は考えています。

一方、前述のオムニチャネルの定義において「オムニチャネルの概念は、小売業界のDXを推進するための前提として位置づけられ普及してきた」という話をしました。DXやCXの観点で見ると、製薬業界のオムニチャネルは広義に捉えることができ、コンテンツ、プラットフォーム(オウンドメディア、サードパーティーメディア)、データ分析、チェンジマネジメントなどが対象に含まれる(図2)のではないでしょうか。

オムニチャネルプランの構成要素

いずれにせよ、オムニチャネルを上位概念として捉え実行することは、ブランドプランとの位置づけにおいて実行面でコンフリクトを起こすリスクがあります。この観点からも、オムニチャネルはブランドプランの戦略目標を達成するアプローチ方法の一つとして組み込むことでステークホルダーから理解を得られやすいのではないでしょうか。

課題②:ブランドプランとオムニチャネルプランの関係性を社内で共通言語化できていない

コマーシャル部門におけるブランドプランやオムニチャネルの関係性については以下のように整理しておくとわかりやすいでしょう。ブランドプランが上位概念として位置づけられ、それを実行するためのオムニチャネルプランになります(図3)。

ブランドプランをもとに、オムニチャネル・営業向け活動方針を決定する

グローバル企業では、ブランドプランが各国共通に策定されているケースが多いと聞きます。ハイレベルな戦略はテンプレートが準備されガイダンスにしたがって作成しますが、SI(Strategic Imperative)や営業部向けの戦術プランは各国で作成する必要があります。ブランドプランやオムニチャネルなどは会社により定義やスコープが異なるため注意が必要ですが、定義や関係性を整理しておくことで共通言語が生まれ、プランの策定やコミュニケーションを円滑に行うことができるようになるでしょう。

最終的に「営業現場がオムニチャネルプランを実行していると意識しない状態にまで昇華している(=つまり、営業向けの活動方針がオムニチャネルと融合している状態)」ことが望ましいのではないかと私は考えています。理想論ではありますが、営業現場が「今までのやり方とは大きく違う」と感じて抵抗感を抱かないようにできればスムーズな導入につながるのではないでしょうか。

課題③:ブランドプランや営業活動方針とオムニチャネルプランが上手く連携できていない

先日、製薬業界に明るいコンサルタントが、「オムニチャネルプランが営業向けの活動方針に取って付けたように足されており、完全に浮いてしまっている」とコメントされていました。各プランの作成部門が違う(ブランドプランはマーケティング部門、オムニチャネルプランはオムニチャネルやデジタルマーケティング部門である)ことが一つの要因ですが、問題の根は深いと思います。各部署と連携して段階を追って解決していくべき重要かつ重大な問題だと思いますが道のりは長いでしょう。

私はブランドプランとオムニチャネルプラン、営業向け活動方針を包含した包括的キャンペーン(図3)を作成することが一つの解決策になり得るのではないかと考えています。

ここでのキャンペーンは特定の目的を持って実施される一連の活動やイベントを表現しており「誰に、どんなメッセージやコンテンツを、どのチャネルを使って、いつ届けるのか?」が描かれている実行プランのことです。キャンペーンを軸にマーケターとオムニチャネル/デジタルマーケティング部門が協業することで一つの目標に向かうことができ、実効性の高いプランができあがるのではないかと期待しています。協業してキャンペーンが出来上がれば、営業部門においても円滑に実行されることが期待されます。

オムニチャネルは一つの部門が主導しても何も解決せず営業を含めたすべての部門のコラボレーションがキーになります。特に、医師との信頼関係構築や複雑な製品情報の伝達において重要な役割を果たすMRと、各種デジタルチャネルの特性を活かした相乗効果の創出が、これからの製薬マーケティングの成功を左右するでしょう。