製薬企業が目指すべき一歩先のオムニチャネル戦略-3つの課題と実現への道|MDMD2024Autumnレポート

製薬企業が目指すべき一歩先のオムニチャネル戦略-3つの課題と実現への道|MDMD2024Autumnレポート

2024年9月に開催されたMedinew Digital Marketing Day(MDMD)2024 Autumn。セッション「連携の力で生み出す一歩先の顧客体験。これからのオムニチャネル戦略を考える」では、日本イーライリリー株式会社 Sales Operation, Sr Group Director 水田圭一氏、MSD株式会社 オンコロジーマーケティング オムニチャネルスペシャリスト 泌尿器がん スクワッド 千田一世氏が登壇。株式会社医薬情報ネット 笹木雄剛がモデレーターを務め、パネルディスカッションが行われました。オムニチャネル戦略が目指すべき姿や現在の課題について語られた講演内容をご紹介します。

オムニチャネルマーケティングの目的は「顧客体験の向上」にある

オムニチャネルマーケティングの本質は、顧客体験を中心に据えたアプローチにあります。千田氏は、マルチチャネル、クロスチャネル、オムニチャネルの違いを説明し、オムニチャネルの特徴を「顧客体験を考慮したシームレスなチャネル間連携が実現されている世界」と定義しました。

オムニチャネルとは?
2024.9.10『連携の力で生み出す一歩先の顧客体験。これからのオムニチャネル戦略を考える』資料より抜粋

この考え方は、従来のマルチチャネルアプローチとは大きく異なります。マルチチャネルアプローチが、「我々がどうやって情報を提供するか」という企業中心の視点だったのに対し、オムニチャネルでは「顧客がどのように情報を入手したいか」に焦点を当てます。つまり、オムニチャネルの目的は「顧客体験の向上」にあるため、顧客視点でのマーケティング戦略の構築が求められるのです。

この顧客中心のアプローチを実現するために、千田氏はいくつかの具体的な手法を紹介しました。例えば、ペルソナ作成や共感マッピングを通じて顧客をより深く理解すること、またサービスブループリントを用いてサービス提供過程を可視化し、顧客(医師)やユーザー(MRなど社内のステークホルダー)のペインポイントや課題を特定することの重要性を強調しました。

理想の実現に向けて
2024.9.10『連携の力で生み出す一歩先の顧客体験。これからのオムニチャネル戦略を考える』資料より抜粋

製薬業界におけるオムニチャネルマーケティングの3つの課題と提言

オムニチャネルマーケティングの理想は描けているものの、その実現にはさまざまな課題があります。パネルディスカッションでは、「デジタルと現場の連携」「顧客体験の向上」「KPI・ROIの設定」という3つの観点から、オムニチャネルマーケティングの理想と現実のギャップについて議論が交わされました。

理想と現実
2024.9.10『連携の力で生み出す一歩先の顧客体験。これからのオムニチャネル戦略を考える』資料より抜粋

デジタルと現場の連携には「マインドセットの変革」が必要

製薬業界でオムニチャネルマーケティングを実現する上で、最も大きな課題のひとつがデジタルツールと現場(MR)の活動の連携です。「ツールを導入したけど使われない」という本社と現場のコミュニケーションギャップや、新しいアプローチに対する抵抗感は、多くの企業が直面している課題です。

これらの課題に対し、千田氏は効果的な連携のためのポイントを挙げました。

1. 顧客・ユーザーの真の課題解決に着目する

いかに早く、多くの医師に情報を届けるかよりも、顧客・ユーザーの困りごとに着目し、ビジネスのニーズと顧客・ユーザーのニーズが重なるような戦略やメッセージを作成する

2. 部分最適だけでなく、全体最適も意識する

デジタルを導入した部分だけ最適化してスピーディーにリリースすることも大切だが、同時に全体で歪みが出ないように全体最適も意識する

3. オムニチャネルを文化として根付かせるためのマインドセットを醸成する

ハード面だけでなく、オムニチャネルを組織全体で受け入れ、実践するための文化を醸成する


特に、3点目の本社のチェンジマネジメントとマインドセットの重要性が両氏から強調されました。水田氏は成功事例の共有と可視化の効果を指摘し、さらにマインドセット変革におけるコーチングの重要性に言及しました。特に営業管理職へのコーチングが重要だと述べ、デジタルやAIの活用という未経験の領域では、新たなコーチングやトレーニングプランが必要だと指摘しています。

顧客体験の向上は「セグメンテーション」と「リアルタイムでの分析」が鍵

顧客体験の向上においては、デジタル領域での個別化アプローチの難しさが浮き彫りになりました。製薬業界特有の規制や、個別化コンテンツ作成のためのリソース不足などから、デジタルコンテンツを完全に個別化することは難しい状況です。

水田氏は、この課題に対処するためには、セグメンテーションに基づくコンテンツとチャネル最適化が重要だと話します。「製品特性、医師の興味関心、市場シェアなどに基づいて顧客をセグメント化し、各セグメントに合わせてチャネルとコンテンツの選択・順番などのアプローチを設計し、その効果を分析する必要がある」と述べました。しかし、分析に数カ月かかっていると、その間に顧客の興味関心やラダーといった状況は変化してしまう可能性があります。そのため、よりダイナミックに、できるだけタイムリーな分析と最適化が求められると指摘しました。

KPIとROIの設定には「Why」を取り入れ、小さな成功事例を積み重ねる

オムニチャネルマーケティングの効果測定も大きな課題のひとつです。

千田氏は、売上や患者の使用状況などの最終的なROIを分解し、オムニチャネル施策の影響を明確にした上でKGI/KPIに落とし込むことで、より適切な評価が可能になると説明しました。また、意思決定者に対しては、数値だけでなく「なぜこの取り組みが重要なのか」という「Why」の部分を説明することが重要だと指摘しています。「ビジネスと顧客の両方の観点からWhyを説明できて、その両者が重なる部分に対して、ソリューションとしての施策がどのように結びついているかをきちんと伝えることで、理解してもらいやすくなります。また、施策を実施しなかった場合のデメリットも併せて伝えるアプローチも有効」と述べました。

水田氏は、「以前はペイド/オウンドメディアなどデジタルマーケティングによる利益へのインパクトは低いと考えられていたが、特にCOVID-19のパンデミック以降の現在ではチャネルとして確立し、全体的な売上に大きな影響を与えている」とデジタルマーケティングのROI認知の歴史を例に挙げ、さらにシームレスなチャネル連携が進み、AIによる分析の精度が向上していくことで、オムニチャネルマーケティングも時間をかけて効果が認識されていくだろうと予測しています。両氏とも、大規模なROI測定が難しい現状では、小さなユースケースや成功事例を積み重ね、詳細に分析することの重要性を強調しました。

継続的な顧客理解と成功事例の積み重ねでオムニチャネルマーケティングを推進

オムニチャネルは、製薬マーケティングに新たな可能性をもたらす一方で、その実現には多くの課題があります。今回のパネルディスカッションでは、「デジタルと現場の連携」「顧客体験の向上」「KPI・ROIの設定」という3つの観点から活発な議論が展開されました。

千田氏が「終わりなき道」と表現したように、オムニチャネルマーケティングは継続的な顧客理解を必要とする長期的な取り組みです。製薬業界においては、まだ発展途上の段階にありますが、各企業の試行錯誤と経験の蓄積を通じて、このアプローチがより洗練され、効果的なものになっていくことが期待されます。