ヘルスケア最新トレンド解説 大規模調査と国の政策の分析から

ヘルスケア最新トレンド解説 大規模調査と国の政策の分析から

2024年7月19日、公益社団法人日本マーケティング協会(JMA)の社会問題解決型BX(ビジネス・トランスフォーメーション)セミナー「ヘルスケアビジネス研究会」が開催されました。この研究会は、産学官の有識者が集まり、ヘルスケアビジネスの現状を把握し、実務的な示唆を得ることを目的としています。
 
本報告会の講演2では、株式会社電通の渡邊磨由子氏が登壇。ヘルスケア調査の結果から読み解く生活者の傾向や、国の政策動向分析から読み解くヘルスケア最新トレンドについて解説しました。

ヘルスケア業界関係者が注目する3つの「テックトレンド」

ヘルスケア業界関係者の選んだ「2024年の健康トレンドTOP10」は、渡邊氏によると、下図の通りです。

2024年 来場登録者が選ぶ健康トレンドTOP10
渡邊氏スライドより

このランキングは、42年目の開催となった国内最大級のヘルスケア業界の商談展示会である「健康博覧会2024」の来場登録者が回答した、会場で探したい健康商材のキーワードについて集計した結果です。
 
渡邊氏は、これらのTOP10キーワードの中でも特に「睡眠」「女性ヘルスケア」「エイジングケア」は、テクノロジーと掛け合わせる「○○テック」が有効な分野として注目を浴びており、ビジネスや事業開発につながる可能性が高いと指摘します。

スリープテック

睡眠市場は1.2兆円と言われており、スリープテック製品だけでも2022年に60億円、2025年には100億円を超えるとの予測もあります。
 
特に昨今、サーカディアンリズム(24時間周期の体内時計)が注目され、「朝ストレッチ」や「リカバリーウエア」、「睡眠の質の向上をうたう機能性表示食品」など、夜間の就寝時のみならず朝や日中にも利用される睡眠関連製品・サービスも増えています。

また睡眠ビジネスは、団体やコンソーシアムによる啓発が活発であることも特徴です。睡眠×ウェルビーイングの改善を目的にアカデミアや医学界・産業界と連携し政策提言を目指す団体や、大学や企業が設立した快眠実証や睡眠サービスの普及啓発に関するプラットフォームなど、複数存在します。

フェムテック

フェムテック製品の国内市場は744億円に達し、グローバルでは2030年に14兆5,000億円に達すると予想されています。月経やPMS、妊娠・不妊、産前・産後ケア、更年期に加え、婦人科系疾患やセクシャルウェルネスなど、女性の健康課題をテクノロジーで支援する製品全般を含みます。
 
女性のライフステージに密接した多様なサービスが展開されていますが、オンラインピル、卵子凍結などは医療に直接関連するトレンドとして挙げられます。最近の話題としては、妊活タイミングをチェックするおりものシート、月経ディスクなどが注目されています。

エイジテック

高齢者向け市場は、医療や介護への公的支出も含めれば100兆円を優に超え、製品・サービスに限定しても、2025年には1兆円に近い規模となっています。高齢者の自立を目的とした日常生活補助や詐欺被害防止などを中心に、事業者を対象とした医療・介護関連サービス、高齢者本人・家族のウェルビーイングを向上するサービスが含まれます。

医療分野で、お薬手帳アプリによる服薬管理、オンライン診療アプリの活用などが進んでいるのも、高齢者の医療アクセスの向上という文脈ではエイジテックに分類されます。介護分野では、VRゴーグルを利用した疑似旅行体験やリハビリ、AI画像解析で高齢者の異変を検知する見守りシステムが出ており、性能が上がっています。医療・介護のエイジテックは、スマートフォンやAI、VRを活用したサービスが拡大していることが特徴です。

生活者に人気のヘルステックと健康行動タイプ分類

講演では、生活者のヘルスケア意識・行動のトレンドについても紹介がなされました。電通が年1回にオンラインで実施している「ウェルネス1万人調査」の2023年の調査結果から、一般生活者における最新のヘルスケア行動の変化、そのモチベーション、関連する製品・サービスへの出費額などが分かりました。

【調査概要】
・目的:生活者の健康意識と行動からヘルスケアの現状を把握し、消費者視点で見た市場ニーズやトレンドを分析。
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:20~60代の男女
・サンプル数:10,000 ※性年代、地域構成比を人口構成比(R2国勢調査)にあわせて回収
・調査手法:インターネット調査
・調査期間:2023年6月9日~6月12日
・調査機関:株式会社電通マクロミルインサイト

使用率が高いのは「腕時計型デバイス」、次に来るのは

同調査のヘルステックに関する分析によると、調査時点での使用率が最も高かったヘルステックは「腕時計型デバイス」でした。一方、使用したい意向の上昇率が高かったヘルステックは、「完全食」「睡眠の質を測定できる寝具」「栄養状態や腸内環境を把握できる検査キット」でした。

 へルスケア行動・意識は7タイプに分類

2023年の同調査では、「健康実践行動」「健康意識」に基づいて、回答者を特徴別のグループにまとめるクラスター分析も実施されました。その分析結果によると、生活者は健康意識が高いほど健康実践行動も多いという相関が概ね見られ、全部で7タイプに分類できることが分かりました。

ウェルネス1万人調査クラスター分析
渡邊氏提供

健康意識・行動が高いほど、ヘルスケア製品・サービスにかける金額も高い傾向があり、上位の3タイプは金額が高いことも分かりました。渡邊氏は「高齢者だと、関心が低い層でも食事くらいは気にかけるという人が多い。しかし、若年者では、最新のヘルステック、ガジェットに飛びつく人と、全く取り組まない人がいて、格差が存在している」と分析します。

国の政策から読み解くヘルスケアトレンド

国の政策を読み解くことでも、ヘルスケアのトレンドキーワード、注力すべき領域が見えてきます。渡邊氏は、動向を追いかけたい政策として「健康日本21(第3次)」「健康経営」「PHR」を挙げました。
 
健康日本21(第3次)は、厚生労働省が示した方針で、2024年からの12年間にわたる国民の健康増進の基本的な方向や目標が定められています。この方針には健康をうたう製品・サービスのベースとなる考え方が含まれており、例えば、「野菜の平均摂取量を1日350gに」「毎日プラス1皿の野菜を」などの指標は、製品・サービスのKPIとなり得ます。
 
また、健康日本21(第3次)がそのビジョンとして「①誰一人取り残さない健康づくり」「②より実効性をもつ取り組みの推進」を挙げていることも重要です。
 

健康日本21のビジョンと方向性
渡邊氏スライドより

①の「誰一人取り残さない」ビジョンでは、「健康に関心が薄い者を含む幅広い世代へのアプローチ」が求められています。前述のように、生活者の間で健康への意識・行動における格差が拡大している中で、健康低関心層・無関心層を動かせるかが、ヘルスケア事業の取り組みの上で重要になると読み解くことができます。
 
また、②の「実効性をもつ取り組み」のために、エビデンスを踏まえた目標設定や中間・最終評価の精緻化、ウェアラブル端末やアプリなどのICT利活用が掲げられており、ヘルスケア事業においてもこれらを一層重視すべきだといえるでしょう。
 

「健康経営」はさらなる高度化・自立化へ

厚労省の健康日本21(第3次)のほか、経済産業省でもよく使われているキーワードとして「健康経営」が挙げられます
 
健康経営とは、従業員の健康管理や健康増進を投資と捉えて、戦略的に実践する経営手法です。厚労省の方針では、健康増進のアクセス格差改善のための地域の枠組みの1つとして挙がっています。一方、経産省は必須の企業戦略と捉えており、今後の展開として以下のような道筋を提示しています。
 
①新たなマーケットの創出
健康経営を支える産業を創出し、国際展開を推進する。

健康経営の新たなマーケットの創出
渡邊氏スライドより

②健康経営の高度化
健康経営の効果分析と適切な指標の検討を行う。以下は、分析の流れと測定指標の例です。

健康経営の高度化
渡邊氏スライドより

③健康経営制度の自立化
健康経営制度を民営化し、民間ノウハウの活用と持続可能なファイナンスを模索する。これについては既に、今年度から日本経済新聞社が健康経営制度の運営を担っており、情報プラットフォーム「ACTION!健康経営」が構築されるなどサービス向上が進められています。 

国を挙げた医療DXにおけるPHRの進展

今、国を挙げて推進が進む医療DX。医療DX推進本部(内閣府)を司令塔に、具体的施策を関係省庁(デジタル庁・厚労省・総務省・経産省)が進めます。マイナンバーカードと健康保険証の一体化、電子カルテの標準化などが実際に進んでいますが、その一環として明記されている「PHR(personal health record)」も、重要なトレンドキーワードといえます。
 
PHRは、個人の健康に関する情報を1カ所に集め、本人が自由にアクセスして生涯にわたって管理できるようにする仕組みであり、PHRのデータを用いることで個人の健康状態に合ったサービスの提供が期待できます。「生涯型電子カルテ」と呼ばれることもあります。

PHRを用いたサービス全体像
渡邊氏スライドより

PHRサービス利用状況調査の結果によると、治療中の人、要介護の人では、ヘルスケア(血圧・体重など)管理でのPHR利用が最も多く、利用率は60%を超えます。ついでフィットネス・歩数管理が40~50%、お薬手帳が30~45%です。
 
一方、健常者ではフィットネス・歩数管理が65%と最も多くなりました。サービス未利用者は、利用者に比べてお薬手帳や健診結果管理サービスを利用したい意向が高く、ここに潜在的なニーズがありそうです。

利用しているPHRサービス
渡邊氏スライドより

PHRサービスに望む改善してほしい内容として、利用者全体で「医療機関と情報を共有できるようにしてほしい」という回答がありました。要介護者では「医学的な観点に基づき利用者が実施した方が良い事項の通知をしてほしい」、健常者では「PHRサービスごとに操作が異なるため、ある程度統一してほしい」という声が上がりました。
 
また、医師はPHRに対し、利用経験の有無にかかわらず高い期待を有しているとの調査結果もあります。そのため、PHRの医療機関連携も今後進むと考えられますが、医師はPHRを今後活用するにあたって「データの標準化や基準値の統一」「システム操作の簡便化」などを求めていることも分かっています。

医師のPHR使用意向
渡邊氏スライドより

こうした現状に対し、政府の検討会を経て、民間団体によるPHRサービスのルール整備を目的としたPHRサービス事業協会が2023年7月に設立されました。関連業種の企業から参加者が集まって活動しており、製薬業界からはエーザイと塩野義製薬など、医療・健康機器業界からはオムロンとテルモなどが参加しています。
 
この協会は、PHRサービスにおけるデータの標準化、サービス品質の担保、ユースケースの創出に取り組むとしています。
 

人々の自発性を促す「行動変容デザイン(ナッジ)」のプロセス

近年の政策の頻出キーワードとして、「行動変容デザイン」も挙げられました。行動変容デザインとは、行動経済学の知見を活用し、人々が自分自身や社会にとってより良い選択を自発的に取れるよう手助けする手法です。
 
渡邊氏は、「エビデンスに基づいてヘルスケア製品・サービスを開発しても、生活者の行動が変わらなければ、つまり使ってくれなければ何の意味もない。やってみよう、これなら続けられる、と思わせる仕掛けが必要」と話します。
 
行動変容デザインは、以下のプロセスで行われます。
 
①生活者の行動・心理プロセスをカスタマージャーニーで俯瞰
②その中にあるハードル(課題)に対応するアプローチを検討
③「人の行動」を後押しする工夫を盛り込む
 
工夫のポイントとして、個人のやる気を引き出す「モチベーションデザイン」や自発的な行動を促す「行動経済学&ナッジ」の活用があります。
 

ナッジとモチベーションデザイン
渡邊氏スライドより

ヘルスケア事業拡大のためにはトレンドの把握が重要

渡邊氏の講演では、ヘルスケア業界関係者と生活者、さらには国の政策の視点から見たヘルスケア業界の最新トレンドが紹介されました。他業界からもヘルスケア事業へと参入する事例が増えている今、人々のトータルヘルスケアのサポートを目指す製薬企業にとってもテクノロジーの進化や生活者の多様な価値観、社会からの要請を把握しておくことが重要です。これらのキーワードは、製薬企業各社が取り組む新たなヘルスケア事業のカギとなるでしょう。
 
<参考>


取材協力:公益社団法人日本マーケティング協会