患者や医師も気づいていない真実を導くペイシェントジャーニーの作り方/MDMD2023Autumnレポート
製薬企業や医療関連企業にとって、患者のニーズに合致するより良い製品やサービスを提供するためにペイシェントジャーニーは欠かせません。しかし、実情に即したペイシェントジャーニーを作成し、適切に運用できていると自信を持って言えるでしょうか?Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2023 Autumnでは、株式会社JMDC 製薬本部 野本有香氏が患者の実態と声を網羅的に反映したペイシェントジャーニー作成のメリットや活用方法について講演を行いました。
データを加えれば医師・患者自身も把握していない情報まで取得できる
ペイシェントジャーニーは、発症の前段階も含め患者が医療サービスを受ける過程を包括的に理解し、各段階で患者がどのように感じ、行動し、情報を得るかを把握するための概念です。製薬企業や医療関連企業が、患者のニーズを満たす患者中心のサービスを提供するために活用されます。しかし野本氏は「医師や患者のインタビューだけで作成している例が多く、定性情報に偏り、客観性や定量性が欠けがち」と現状の課題を指摘します。
そこでJMDCでは、レセプトデータや健診データ、電子カルテなどから客観的なデータを、患者・医師へのインタビューやアンケート、患者SNS調査などから定性的なデータを取得し、両者から見えるインサイトを組み合わせた網羅的なペイシェントジャーニーを描くことを提案しています。
定量情報(データ)については、10名程度の患者のレセプトを時系列で可視化し、傷病・薬剤・検査・手術などの情報を客観的に確認します。「10年以上にわたってデータを追跡できるので、医師、患者自身が把握していない情報も正確に取得できるのが一番の利点」と野本氏は説明します。
定性情報(ボイス)については、医師や患者へのインタビューを通して、レセプトに表れない患者の行動や症状、感情を収集していきます。これにより、医療機関外での行動や症状、治療に対する感情など、患者の主観的な生の声を確認できます。
ペイシェントジャーニーの作成の流れ:データとボイスから患者を分析する
続いて、JMDCが実施するペイシェントジャーニーの作成の流れについて説明しました。
準備段階では、課題や目的を設定し仮説をたて、分析案やワークプランを決定します。野本氏は「ペイシェントジャーニーで何を明らかにするのか、何に活用するのか、目的を明確にすることが成功の鍵」と言います。目的によって実施すべき分析や調査、期間や粒度が変わってくるからです。
次に行うのは、疾患概要の把握です。ここでは、保険者データベースや医療機関データベースのレセプトを活用して当該疾患の患者数、薬剤投与などの定量的なデータを把握します。さらに、基礎的な統計の平均に近い患者を10〜20名程度選定し、10~15年の長期で患者個別のペイシェントジャーニーを作成します。並行して、医師と患者にインタビュー調査を実施し、データの裏付けを行います。
ここまでで発見した課題や仮説に応じて、追加の定量分析を行います。「10~20名では全体を捉えきれていない可能性があるので、母集団を広げて千~1万人単位で定量分析を行い、課題が全体にも適用できるかを確認します」と野本氏は説明します。
そしてデータとボイスの双方から出てきたインサイトを踏まえて、典型的なジャーニー図を作成します。その後、疾患に関連する複数の部署の担当者を集めてワークショップを開催し、課題に関する共通認識を持ち、必要なアクションの議論などを行います。
活用するデータベースを使い分けて患者の状況を網羅的に把握する
次の3種類のレセプトデータベースを使い分けることで、患者の通院履歴や検査状況を網羅的に確認できます。
- 保険者データベース
- 医療機関データベース
- 調剤データベース
ペイシェントジャーニーの作成では、主に保険者データベースを利用します。理由は、同じ健康保険に入っていれば、病院の変更や他の疾患での通院などすべて追跡できるからです。一方、医療機関データベースは、全年齢のデータや電子カルテ内の検査値が取得できるという特長があるので、疾患や目的に合わせて利用します。
複数データベースの使い分けの例として、野本氏は「症状が発現した初期でGP(かかりつけ医)を受診するタイミングは、保険者データベースを使うことで検診受診状況やGPでの受診行動を取得できます。HP(専門病院)への受診後は医療機関データベースを用いることで、治療と検査値の情報も合わせて分析可能です」と説明します。
個別ペイシェントジャーニーで課題を整理する
個別患者にフォーカスした個別ペイシェントジャーニーは、次のような形で可視化されます。図では、発症前の来院状況から診断、治療経過まで、施設をまたがって経時的に観察でき、患者や医師の記憶に頼らず過去をさかのぼることができます。
この個別ペイシェントジャーニーを複数例確認することで、いくつか課題が浮かび上がってきます。そこで次に、当該疾患に罹患した母集団全体に拡大し、同じ課題に該当する人がどれくらいかを定量分析で確認します。例えば個別ペイシェントジャーニーで「この検査があまり行われていないため診断が遅いのではないか」という仮説が立てられた場合、定量分析で検査の実施有無を施設別、地域別、病床規模別などで見ていくことができます。
そして、受診前の異常認識や不安、治療説明の不明点など、データ分析では把握できない患者の体験や心情をインタビュー調査で補完することで、ペイシェントジャーニーを完成させます。
データに基づくペイシェントジャーニーは医師とのコミュニケーションにも役立つ
JMDCで行っているワークショップでは、関係者でペイシェントジャーニーを確認しながら患者への理解を深め、課題に対してどう対応するか、施策を実施するかを議論します。ワークショップを通して、ペイシェントジャーニーが共通言語化でき、会社として注目すべき患者のモーメントを共有できます。議論を後から見返せるようにジャーニーブックを作成することも可能です。
ペイシェントジャーニーを踏まえて施策を実施したら、1年後にどれだけ改善したのかを調査することで、施策の有効性を検証できます。
なお、データに基づいたペイシェントジャーニーは、「医師とのコミュニケーションにも役立てられる」と野本氏は話します。医師は病院内のことは把握していますが、世の中全体の傾向までは把握しきれていません。そこでデータ分析から導いた傾向を真実として示すことで興味を持って話を聞いてもらえることがあるため、ペイシェントジャーニーをMRにも共有しておくことで、医師とのディスカッションの深化が期待できるからです。
最後に野本氏は「ペイシェントジャーニーを作って終わりにするのではなく、自社の施策につなげるようにしてほしい」と述べ、講演を締めくくりました。