医師のニーズを捉えたデジタルマーケティング戦略―製薬企業の最新事例/MDMD2024Summerレポート
2024年6月5日に開催されたMedinew Digital Marketing Day(MDMD)2024 Summer。基調講演「顧客理解の核心に迫る!医師のニーズを捉えたデジタルマーケティング戦略とは」では、ノバルティス ファーマ株式会社 後藤氏、アストラゼネカ株式会社 小田桐氏を迎え、株式会社医薬情報ネットの笹木がモデレーターを務め講演とパネルディスカッションが行われました。医師のニーズに応えるデジタル戦略と、その実践における課題や展望について語られた講演内容をご紹介します。
※所属情報は講演実施日(2024年6月5日)時点
デジタルコミュニケーター立ち上げでリーチを拡大(ノバルティス ファーマ後藤氏)
デジタルマーケティングの導入により、製薬企業は従来のMRによる訪問だけでは十分にカバーできなかった医師層にもリーチできるようになりました。ノバルティス ファーマの後藤氏は、コロナ禍と医師の働き方改革を経て「医師が会うMRを選ぶ時代になってきている」と指摘し、この変化に対応するためのデジタル戦略の重要性を強調しています。
ノバルティス ファーマでは2020年からデジタル専任の部隊を立ち上げ、2023年3月には全領域でデジタルコミュニケーターを配置しました。デジタルコミュニケーターは、オウンドメディアやサードパーティプラットフォームを駆使して顧客にアプローチし、MRと連携しながら処方につなげる役割を担います。具体的には以下のような段階的アプローチを実施しているといいます。
- デジタルチャネルを通じたアクセス確保
- ニーズ分析と最適なタイミングの特定
- パーソナライズされた情報提供
- 単独もしくは必要に応じMRと連携しクロージング
この戦略により、従来のMRでは十分にカバーできていなかった医師層へのリーチが可能になりました。
後藤氏は課題として、「MRとデジタル専任営業チームの協力体制の最適化」「デジタル専任営業の固有の価値の確立と育成」「組織全体のデジタル化推進」の3点を挙げました。特に2点目の課題は、デジタル専任営業には新規開拓型の営業スキルや高いケイパビリティが求められることを強調し、単にコスト削減のためにデジタル化するというアプローチだと苦労することが多いだろうと指摘しました。現在のMRを中心とした営業手法はすでに完成されたモデルである一方、デジタルでの営業はまだ試行錯誤が必要だと語る後藤氏。組織全体の意識改革の必要性にも言及しました。
AIとデータ活用で実現する高精度なターゲティングと個別化アプローチ(アストラゼネカ小田桐氏)
アストラゼネカの小田桐氏は、診療科や個々の医師によってデジタル媒体の好みが大きく異なることを指摘。医師のセグメントごとにジャーニーを理解し、それらのフェーズに合わせて、適切なタイミング、チャネルを通じてメッセージを伝えていくことの重要性について語りました。
具体的な取り組みとしては、次の3つを挙げました。
- AIを活用した個別化アプローチ
- MRなどのカバレッジが十分ではない医師に対するデジタルアプローチ
- デジタル戦略を促進する上で担当するMRや育成するマネージャー向けのトレーニング
1つ目のAIを活用した個別化アプローチでは、セールスデータや詳細な顧客情報といった社内データに加え、外部市場データやサードパーティのデータもAIに学習させることで、より精緻な分析を可能にしています。小田桐氏は「AI活用により、各医師に最適なアプローチ方法を導き出すことができます。適切なターゲット、タイミング、チャネル、メッセージを特定し、継続的なフィードバックによって精度を高めています」と説明しました。
2つ目のMRのカバレッジが十分でない医師へのアプローチについては「患者数の多い医師にMRのリソースが集中しがちであることや、専任領域制により物理的にカバーできない医師が増えていることが課題」と指摘。この課題に対し、eMRや3rd Partyの活用、そしてオウンドメディアを含めた複合的なデジタルアプローチを展開しているとのことです。ただし、小田桐氏は「デジタルアプローチだけでなく、実際の処方のタイミングではMRとの直接的なコミュニケーションも重要」とも話します。デジタルとMRのシームレスな連携、いわゆる「ブリッジング」の重要性を指摘しました。
3つ目の社内でのデジタル戦略の浸透について、小田桐氏は二つの取り組みを紹介しました。一つは、医師のデジタル行動の可視化です。TableauやPower BIなどのツールを用いてダッシュボードを作成・活用し、医師のデジタルでの行動履歴やアクセス状況を見える化しています。もう一つは、MRやマネージャー向けのトレーニングプログラムです。「デジタルリテラシーの向上だけでなく、会社のデジタル戦略の理解や、システムの活用方法、個人の業務へのベネフィットの結びつけ方なども含めたトレーニングを行っています」と小田桐氏。これらの取り組みにより、組織全体でのデジタル戦略の理解と実践を促進しているとのことです。
デジタルマーケティングで可能になる「情報提供の公平化」と「領域を横断した情報提供」
パネルディスカッションでは、モデレーターの笹木を交えて、デジタルマーケティングの将来像について活発な議論が交わされました。
情報提供の公平化で、より多くの患者さんに適切な治療を届ける
デジタルマーケティングの導入で、医師の多様なニーズにより柔軟に対応できるようになったと語る両氏。後藤氏は、従来の「売上の8割を占める2割の顧客に情報を提供する」というパレートの法則に基づくアプローチからの脱却が可能になったと指摘します。「これまで十分にカバーできていなかった医師にも適切な情報を届けられるようになりました。これは単なる効率化ではなく、より多くの患者さんに適切な治療を届ける可能性を広げることにつながります」と後藤氏は述べました。
医師は専門外の情報も欲している。領域横断的なアプローチで多様なニーズに応える
また、両氏が強調したのは、デジタルマーケティングによる領域横断的なアプローチの可能性です。後藤氏は「血液内科の専門医が高血圧も診ているケースなど、実際の診療は複数の疾患領域にまたがっています。専門医の先生は、意外と専門外の情報へのニーズを感じていらっしゃるケースもあります。デジタルを活用することで、こうした多様なニーズに応えられます」と指摘しました。
小田桐氏も同意見を示し、「リウマチや膠原病を専門とする医師が、生活習慣病の情報を求めているケースも多い」と付け加え、現在の製薬会社の多くが採用している「領域制」による弊害も指摘しました。小田桐氏は「領域制により、医師の多様なニーズに応えきれていない面がある」と述べ、「1つの製品や領域に集中するのではなく、製薬会社全体として医師のニーズに応える必要があると思います」と強調しました。
デジタルを駆使して医師のニーズに精緻に応える時代へ
デジタルマーケティングは単なる効率化の手段ではありません。それは、医師と患者のニーズを中心に据えた、新しい形の医療コミュニケーションを実現する鍵となるものです。
デジタルマーケティングで、これまで十分にアプローチできなかった医師層へのリーチが可能となり、結果として多くの患者に適切な治療を届ける可能性が広がっています。さらに、領域横断的なアプローチによる、医師の専門外の情報ニーズにも応えられる新たな可能性を示唆しました。今後は、AIやデータ分析技術のさらなる発展や、製薬企業内での仮説検証の繰り返しにより、個々の医師のニーズに合わせたより精緻な情報提供が実現するでしょう。
一方で、デジタルとMRの効果的な連携や組織全体のデジタル化推進など、解決すべき課題も残されています。これらの課題に取り組みながら、デジタルマーケティングを軸とした新たな情報提供アプローチが構築されていくことが期待されます。