製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと/MDMD2023Summerレポート

製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと/MDMD2023Summerレポート

2023年6月に開催したMedinew Digital Marketing Day(MDMD) 2023 Summer。元株式会社医薬情報ネットの金子がモデレーターを務め、MSD株式会社の田村憲吾氏、PROSPECTION株式会社の高橋洋明氏をゲストとして迎えた本セッションでは、製薬企業のデジタルマーケティングに携わる担当者が業務に取り組む際に最も重要となる基本的な考え方や姿勢などについての講演やディスカッションが行われました。

製薬デジタルマーケターの成長に必要な視点とは

MSDのデジタル&データAI本部においてウェブマーケティングとコンテンツオペレーションの2つのチームをリードする田村氏。コンサルティング会社や外資系保険会社にてカスタマーエクスペリエンス(Customer Experience、以下Cx)*が専門だった経験も踏まえながら、製薬マーケターのデジタルソリューションへの向き合い方について紹介しました。
*カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience):商品やサービスにおける顧客視点での体験

ソリューションありきではなく、「課題から」始める

はじめに田村氏は、製薬マーケターはデジタルソリューションに精通しているべきだと前置きしつつ「製薬マーケターのミッションはデジタルマーケティングを実装することなのか?」との問いを投げかけました。

例えば「エレベーターの待ち時間が長い」という課題があるとき、多くの人は「エレベーターの台数を増やそう」「エレベーターの性能を上げて早く動かそう」と考えるかもしれません。しかし、これらはすでにソリューションの一部であり、本当に必要な課題探求から逸れています。

実際には「エレベーターの待ち時間が長い」ことが嫌なのか、それとも「待ち時間が暇であること」が嫌なのか。これらは微妙に異なる課題であり、それぞれに適した解決策は異なります。

有名な事例として、エレベーターホールに鏡を設置したり、美しい絵を飾ったり、CMを流したりすることで、待ち時間を飽きさせないようにしたというものがあります。これは待ち時間が暇であるという真の課題に対し、具体的な解決策を実行できた例だと言えます。

このように、解決策を考える前に、課題を深く理解することが何よりも重要です。製薬マーケティングでも、ソリューションありきの考え方ではなく、「課題から始める」アプローチが求められます。

田村氏は「製薬業界のマーケターにとって、デジタルソリューションの活用は日々の業務となっています。しかし、その中でソリューションありきになってしまっていないか、日々意識し続けることが重要です」と語ります。

デジタライゼーションの足かせ、技術的負債とは

デジタライゼーションは、テクニカルデット(技術的負債)という新たな課題も生んでいます。これは、企業がソリューションを積み上げてカスタマイズをしていった結果、見えにくいところで技術的負債が大きくなってしまう現象です。ソリューションから積み上げた短期的な利便性は氷山の一角でしかありません。表面上は便利さを享受しているかもしれませんが、水面下には技術的な問題やコストが蓄積し、最終的にビジネスに重荷となってしまいます。

テクニカルデット(技術的負債)
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


このテクニカルデットは、課題から始めるアプローチを用いてソリューションを積み上げていけば発生しないと考えられます。なぜなら、全てのソリューションが顧客課題と同じ方向に向かっていれば、複雑に絡み合ったり、途中で崩れてしまったりすることがないからです。

課題に立ち戻り、その課題を解決するためのソリューションを見つけることで、効果的で持続可能なデジタライゼーションを実現することができるでしょう。

ペインポイントからはイノベーションは生まれない

カスタマージャーニーは、顧客の視点から製品やサービスの体験をマッピングする手法で、顧客の課題を理解する上で非常に有用なツールです。サービスブループリントは、顧客体験を構成する社内リソースを含めた全体最適を検討する手法で、どのような組織構成で、どのようなプロセスが動き、どのようなオペレーションが行われているのか、という社内リソースを含めた全体最適の視点から課題を抽出することができます。

カスタマージャーニーマッピング
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


しかし、「これらの手法で得られるペインポイントが万能であるとは限らない」と田村氏は指摘します。プロダクトバリューの視点から見ると、これらの手法は主にプロダクトバリューを「マイナス」から「ゼロ」まで向上させることには有効ですが、それ以上に価値を生み出すことは困難です。

プロダクトバリューを高めるためには、「ゼロ」から「プラス」へと進める施策が必要であり、それには単に問題を解決するだけでなく、真のイノベーションが求められます。そしてそのイノベーションを生み出すための鍵は、「顧客インサイト」にあります。顧客の真のニーズを把握し、それに応えることで初めて真のイノベーションを生み出し、プロダクトバリューを「プラス」へと導くことができるのです。

正解は顧客が持っている
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋

デジタルマーケターは、顧客接点を持つ部門を支えるアンバサダー

デジタルマーケターの人材は、製薬企業内のさまざまな部門に所属しているケースがあります。マーケティング部門、IT部門、メディカル部門、広報部門、あるいは経営層直下といった部署などが考えられます。また、一部の製薬企業では、特定の領域や製品に特化したデジタル部門を設置することもあります。

デジタルマーケターのミッション
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


田村氏は、製薬企業のデジタルマーケターのミッションについて、次のようにまとめました。
「デジタルマーケターがどの部署に所属していても、重要なのは顧客接点を持つ部門との連携です。デジタルマーケターのミッションは、顧客接点を持つ全ての部門を支えるアンバサダーであることです。さらに、組織横断的に関わりを持つことで、それがステークホルダーの管理につながり、結果としてリーダーシップを得ることにつながります」

顧客接点を持つ各部門と深く関わり、対話することで顧客への理解が深まり、それが顧客の抱える課題の理解につながります。そして、そこから真のソリューションが生まれてくるのです。

顧客インサイトの把握と、真の課題探索の重要性

続いて、PROSPECTIONの高橋氏より、製薬マーケティングにおける真の課題探索の重要性や、リアルワールドデータを用いて顧客インサイトを理解する方法などについて、長い業界経験も踏まえた鋭い洞察が共有されました。

デジタルマーケティングへの投資で売上アップは達成できているか?

COVID-19の流行を機に、製薬業界のマーケティング手法はデジタルへ大きくシフトしました。その結果、今立ち返って考えなければならないのは「デジタルマーケティングへの投資に見合ったリターンを得られているのだろうか」という問いです。

高橋氏は「デジタルマーケティングやデジタルツールへ多額の投資を行った一方で、それぞれの施策やツールがどの程度貢献しているのか、特に“自社の製品売上にどれほど影響を与えているのか”を検討し、明確にする企業はまだ少ないかもしれません」と指摘します。

ここで重要なのは、さまざまなマーケティングチャネルや施策がもたらす売上アップの貢献度を分析することです。これは「チャネル反応性分析」と呼ばれる手法で、製薬業界でも導入が進んでいます。どのチャネルが自社製品の売上アップに最も効果的なのかを明確に把握し、そのチャネルへの投資を強化することで、より効率的なマーケティング戦略を描けるでしょう。

また、他の業界から学べるマーケティングの取り組みとして「UX(User Experience)グロース」があります。これは製品やサービスのライフタイムバリューを最大化し、顧客が継続的に自社製品を利用し続けることで売上を伸ばす考え方です。高橋氏は、「このUXグロースの考え方が今後、製薬業界でも重要なテーマとなる」と話します。

売上アップに有効だった施策は何か?
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


一方で、現状把握と問題解決においては、「氷山の一角」に過ぎない表面的な課題だけを見ても解決策は見つかりません。水面下に隠れた深層の原因を見つけ出し、それを解決することが何よりも重要です。そうでなければ、新しいツールを導入したとしても、根本的な問題が未解決のままでは、そのツールの真の価値を引き出すことは難しいでしょう。

例えば、「MRがドクターに会えない」「本社からのメールが開封されない」といった問題があるとします。これらは確かに見えやすい課題ですが、実際にはこれらの背後に深い原因があるかもしれません。その原因を特定し、それを解決することが本当の課題解決につながります。

現状の真の課題を探索する
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


新しいツールを導入する前に、まずは既存のシステムやプロセスがうまく機能していない理由を明らかにすることが大切です。その理由が何かを理解することで、どのツールが最も効果的なのか、どの戦略が最も適しているのかを理解することができます。

リアルワールドデータを活用したインサイトの把握

製薬業界でのデジタルマーケティング戦略の一部として、リアルワールドデータの活用が非常に有効であると言われています。

PROSPECTIONでは、リアルワールドデータを用いて、市場の動きを客観的に把握するサービスを提供しています。このプラットフォームでは、治療レジメンのシェアの変動や、患者の状態による治療選択の違いなど、多角的な視点からのデータ解析が可能です。

多発性骨髄腫を例に挙げると、患者のADLスコアや骨髄移植の有無などによって、どの治療薬が選ばれるのか、その選択がどのように変化するのかなど、具体的なデータを元に解析できます。これにより、骨髄移植を受けていない患者が特定のレジメンを使用しない可能性があるといった具体的な見解を得ることができます。

また、地域による治療薬選択の違いや、1st line〜3rd lineの違いによる治療薬選択への影響、治療継続率といった視点からも、データ解析が可能です。高橋氏は「これらのデータは、MRやMSLがKOLとの議論に活用することで、ビジネスにも良い影響を与えている」と言います。

しかし、データだけを見ても全てが理解できるわけではありません。その解析から売上を上げるためにどうすればいいのか、患者の理解はどこまでできているか、患者に提供していく価値は何か、患者に何を体験してもらうのか、こういったことをまず中心に据えて、データの解析を進めていくことが重要です。そこから得られたインサイトをもとに、問題解決に向けた各種コンテンツの作成やデジタルマーケティングの実装、そしてMRとの連携が必要となります。

リアルワールドデータの解析は、製薬企業が患者の理解を深め、価値提供を最適化し、最終的には患者体験を改善するための重要な手段となるのです。

真の課題と因果関係を明確にすることが重要

最後に高橋氏は、製薬業界でのマーケティングで外してはならないポイントを2つ挙げました。それは「真の課題を把握すること」、そして「きちんと因果関係で見ること」です。

製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために「絶対」に外してはならないこと
2023.6.1 MSD(株)、PROSPECTION(株)『製薬業界のデジタルマーケティングでこれから飛躍するために、「絶対に」外してはならないこと』資料より抜粋


相関関係の存在と因果関係は、必ずしも一致するわけではありません。データの中に相関が見られたとしても、その背後にある因果関係を理解しなければ真の意味が見えてきません。

たとえば、MRの面談回数を月に3回から4回に増やすことで売上が上がるという見解は、一見因果関係のように思えますが、課題を裏返して見ているだけで必ずしも正しいとは限りません。3回でも面談回数が多すぎて医師から「うるさい」と思われてしまっている場合、面談回数を2回に減らすことでむしろ売上が上がるかもしれません。

このように、相関関係が見られる場合でも、その裏にある因果関係をしっかりと考えることが重要です。

高橋氏は、「プロダクトマネージャーの方々が伝えたいメッセージを医師に正確に届けるためには、売上とプロモーションの種類・量の因果関係を理解した上で戦略を立案し、その実行プランとして医師と自社のあらゆるコミュニケーションをデザインする必要があります。データを見るときには、見えている事象だけでなく、その背後に隠された原因を探求する姿勢が求められるのです」と締めくくりました。

真の課題を見極め、効果的なデジタルマーケティングを

デジタルマーケティングにおける本来の目的と顧客視点の重要性は、言うまでもなく当たり前のことです。しかし、多くの企業が同じようなマーケティング手法に追従する中で、これらの基本的な視点を見失ってしまう可能性があります。

このセッションでは、そうした基本的な視点を再確認し、どのようにアプローチしていくべきかなどについて、本質に立ち返る重要性が説かれました。
デジタルマーケティングを行う本来の目的と顧客視点を念頭に置き、「真の課題」を解決するための施策を検討し実行することが、製品価値の最大化に繋がるでしょう。