減塩スプーン、一般向けCGM…テクノロジーの祭典でデジタルヘルスが隆盛|CES2025展示編

2025年1月7日〜10日、米ラスベガスで、世界最大級の最先端テクノロジー展示会「CES 2025」が開催されました。日本マーケティング協会が主催したCES 2025速報セミナーにて、株式会社ディライトデザイン代表 法政大学大学院 客員教授 朝岡崇史氏は、今回注目すべきトレンド領域は「デジタルヘルス」「スマートホーム」「モビリティ」であったことを解説しました。本レポートでは、CES 2025のInnovation Awards受賞テクノロジーの中から、朝岡氏が注目した医療・ヘルスケア関連ソリューションについて紹介します。
- CES 2025で耳目を集めたデジタルヘルスの展示
- デジタルヘルスと生成AI、パーソナライゼーション、遠隔医療の融合がトレンド
- エイジテック:遠隔医療や早期受診につなげるソリューションも
- ArthronPulse(アースロンパルス、EntWick社)
- CLholmes(シーエルホームズ、HolmesAI社)
- 心疾患・高血圧:疾患管理を楽にするパッチ、減塩食を楽しむスプーン
- BPM Pro 2(ビーピーエムプロ2、Withings社)
- FaceHeart CardioMirror(フェイスハート・カーディオミラー、FaceHeart社)
- Electric Salt Spoon(エレクトリックソルトスプーン、キリン)
- 糖尿病:一般向けCGMアプリ、自宅用高精度尿検査キット
- Lingo(リンゴ、アボット社)
- URINE CHECK-ER(ヨーレンチェックER、D&C Biotechnology社)
- アクセシビリティ:東大発スタートアップのロボット義足が最優秀賞を獲得
- Bio Leg(バイオレグ、BionicM)
- CES 2025で感じたマーケティング視点での3つの変化
- ブランディングはバックキャストからフォアキャストへ
- 主要なニュースソースはSNS、ポッドキャストへ
- 日本のスタートアップ、企業内起業家の支援を
- CES 2025のデジタルヘルス×AIから見た変化の時代
CES 2025で耳目を集めたデジタルヘルスの展示
CES 2025には4,500件を超える出展があり、その中から362件が優秀賞(Innovation Honoree)、22件が最優秀賞(Best of Innovation)に選出されました。現地取材した朝岡氏は、「CES Unveiled」というメディアと出展者向けのパーティーに参加したり、各会場の展示ブースを巡ったりなどして、注目度や来場者の熱気を肌で感じたといいます。
▼CESの概要や注目すべき理由、おすすめの歩き方の解説(昨年の記事)はこちら

▼CES 2025の基調講演に関する解説(今年の記事前編)はこちら

「CES Unveiled」では、昨年に引き続き生成AI×デジタルヘルスへの注目が集まっていました。また、CESの主催者であるCTA(全米民生技術協会)がテクノロジー市場のトレンドをメディア向けに解説した「Tech Trends to Watch」では、先進ソリューションの注目領域として「デジタルヘルス」「スマートホーム」「モビリティ」が挙げられました。

本記事では、その中からデジタルヘルスの受賞テクノロジーに絞って、朝岡氏の解説をご紹介します。
デジタルヘルスと生成AI、パーソナライゼーション、遠隔医療の融合がトレンド
生成AIは、デジタルヘルス、ウェルビーイングへの貢献との相性がよいと考えられます。健康状態や病気の進行の度合いは人それぞれです。パーソナライゼーション(個別化)にきめ細かく対応できることがAIの強みであり、そこが生成AIのデジタルヘルスへの活用に期待が高まっている理由になります。今年は、特に長寿化に対処するためのソリューションとして精密医療や、遠隔医療がトレンドになっています。

また、米国では国民の40%以上が肥満であり、糖尿病や心疾患、高血圧などのケアへのニーズがあります。特に、国民皆保険制度がなく、医療費も非常に高額で経済的な理由から医療にアクセスしにくいため、病気の発症予防や早期発見、重症化予防のニーズが高く、そこに生成AIが入ってきています。
エイジテック:遠隔医療や早期受診につなげるソリューションも
エイジテック(高齢者向けテクノロジー)の領域では、スタートアップがさまざまな面白い機器を発表しました。
ArthronPulse(アースロンパルス、EntWick社)
ArthronPulseは、関節に装着するウェアラブル機器で、パルス電磁場療法などを組み合わせて関節炎の炎症誘発因子の発現を抑制します。医師とデータ通信し、遠隔治療に活用できることも特徴です。米国では肥満者が多く、高齢層になると自立歩行できない人が増えることからも、多くのニーズが見込めると考えられます。

CLholmes(シーエルホームズ、HolmesAI社)
CLholmesは、心疾患の診断・予測に特化した健康管理プラットフォームです。胸部にウェアラブルパッチを貼っておくと、21種類の心臓不正脈を循環器専門医レベルの精度で診断したり、不整脈の発現を6か月前に予測して警告したりすることが可能です。さらにAIチャットボットが治療ガイドラインに沿ったアドバイスを提供する機能や、緊急時のアラート機能などもあります。

心疾患・高血圧:疾患管理を楽にするパッチ、減塩食を楽しむスプーン
BPM Pro 2(ビーピーエムプロ2、Withings社)
BPM Pro 2は、血圧と心電図を測定し、コンテキスト化(意味処理)したデータを医師に送信するモニター機器です。遠隔医療での患者モニタリングに使うことができ、医師から患者さんに対するアドバイスを送付することもできます。

FaceHeart CardioMirror(フェイスハート・カーディオミラー、FaceHeart社)
FaceHeart CardioMirrorは、心臓の健康評価のためのスマートミラーです。鏡を45秒間見るだけで、その人の心臓に関わるデータを収集し、心房細動と心不全を90%の精度で検出します。血管内の変化によって生じる皮膚の色変化を検出する技術と、深層学習を組み合わせることで、非接触でバイタルサインを測定できるようになりました。

Electric Salt Spoon(エレクトリックソルトスプーン、キリン)
Electric Salt Spoonは、独自の微弱電流を流すことで、塩味や旨味を感じやすくするスプーンです。血圧を下げるには塩分を減らすことが重要になりますが、減塩食は味気なく感じられやすいため、微弱電流を流して塩味や旨味を増強することで、おいしく食事をできるようになることが期待されます。
このスプーンは日本のキリンが中心になって開発したもので、「CES Unveiled」のイベントでも非常に多くの記者を引き付け、人だかりができていました。

糖尿病:一般向けCGMアプリ、自宅用高精度尿検査キット
Lingo(リンゴ、アボット社)
Lingoは、米医療機器大手のアボットが開発した、一般向けの持続血糖モニタリング(CGM)システムです。センサー付きの丸いパッチを2週間上腕に装着するだけで、血糖値の変化をスマホアプリでトラッキングできます。また、血糖値の変化にあわせて、パーソナライズされた健康アドバイスも提供されます。
この機器はCESでも2022年のアボットの基調講演の際にプロトタイプが紹介されていましたが、ついに市販されました。米国では処方箋なしで購入することができます。

URINE CHECK-ER(ヨーレンチェックER、D&C Biotechnology社)
URINE CHECK-ERは、在宅での尿検査ができるツールです。何らかの自覚症状のある人などが、この機器を使って自宅で尿検査をした後、そのデータを医療機関に送り、受診や遠隔医療などで医師に相談するという流れが考えられます。
病院で尿検査をすると費用がかかるため、在宅で検査したいというニーズは、米国では日本よりも大きいと考えられます。

アクセシビリティ:東大発スタートアップのロボット義足が最優秀賞を獲得
身体障害などのある人をサポートするアクセシビリティの分野でも、AIが活用されています。
Bio Leg(バイオレグ、BionicM)
ロボット義膝であるBio Legは、AIが人間の膝の運動特性を模倣してくれるため、非常にスムーズに歩けるようになることが特徴です。しかも見栄えがよく、自信や生きる活力も提供します。
この義膝は、東大初のスタートアップであるBionicM(バイオニックエム)が開発したもので、「CES Innovation Awards」のアクセシビリティ&エイジテック分野において最も高い評価の「Best of Innovation」を獲得しました。

CES 2025で感じたマーケティング視点での3つの変化
朝岡氏はCES 2025の総括として、マーケティングに関連する3つの変化について提示しました。
ブランディングはバックキャストからフォアキャストへ
1つ目は、米国の最先端テック企業群であるマグニフィセント7(アルファベット、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフト、テスラ、NVIDIA)で、ブランディングの考え方がバックキャストからフォアキャストへと変わりつつあるということです。
朝岡氏は、「従来は、まず3~4年先のビジョンを考え、そこから理念(パーパスや大切にする価値観)にバックキャスト(逆算)して事業経営の成長戦略を考えることが一般的だった。しかし、NVIDIAなどは全く逆の発想で、企業のコンピタンス(GPU・生成AIの企画開発力)をベースに、先の事業機会や脅威を敏感に察知しながら未来に向かってフォアキャスト型で短期の成長戦略を積み上げていると感じる」と述べています。
これは、こうした企業では、破壊的な影響力を持ってしまったため、自社の行為自体が外部の事業環境を大きく変え、自社の状況にも還元される、「中動態」の状態にあるためだと考察されます。
変化が大きい時代にあって、マーケティングの手順が変わるのかもしれないと、朝岡氏は予測します。

主要なニュースソースはSNS、ポッドキャストへ
2つ目は、SNSやポッドキャストが主要なニュースソースとなり、政治や経済にも影響するようになるということです。今回の大統領選などを通じて米国では既にそうなっていることが明らかになりましたが、将来的には日本でもそうなるだろうという朝岡氏の予見です。
CES 2025では、基調講演にX(旧ツイッター)のCEOや人気ポッドキャスターが登壇しました。調査会社のギャラップによると米国人の7割がほとんどまたは全くマスメディアを信用していないとされる中で、ポッドキャストはZ世代の28%が毎日聞いているメディアになっています。また、基調講演の中でXのリンダ・ヤッカリーノCEOは、「(旧来のメディアに代わって)Xは世界No.1のニュースソースになっている」と宣言しています。
日本のスタートアップ、企業内起業家の支援を
3つ目は、日本の復活には、スタートアップの育成強化や企業内起業家の支援がカギになるということです。
最近、CESでは韓国企業の出展が増えています。今年の「CES Innovation Awards」の「Best of Innovation」の主要なカテゴリー 22件(全体では33件)のうち、韓国系企業と思われる作品は7件、日本企業は4件でした。これは、日本企業と比較して韓国企業が特段優秀というわけではなく、例えばスタートアップの出展件数の比率自体が、日本企業と韓国企業とでおおよそ1対5であり、出展数に比例して受賞数も増えているにすぎないと、朝岡氏は分析しています。
韓国では数年前から国を挙げて組織的な出展を進めています。起業4年以内のスタートアアップが集結する「ユーレカパーク」に出展する1,500社のうち、約3分の1を韓国企業が占めています。CESの来場者も韓国人は日本人の数倍多く、しかもミレニアル世代の若年層やZ世代の若者の参加が際立っています。
日本でも昨年頃からJETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)を中心にまとまって出展を促進する取り組みを始めており、数の点では一定の成果を上げています。しかし、国の支援を含めて、さらなるスタートアップ育成強化を行い、CESにより多くの日本企業、日本人(特に若い世代)が来訪し、卓越したアイデアや圧倒的な熱量を肌で体感するようになることが重要と考えられます。
また、企業内起業家の支援も重要です。例えば、旭化成のブースでは、Battery-free Smart Diaperという画期的な技術のデモンストレーションが行われていました。これは、被介護者がオムツに排尿したら、水分の力で微弱な電流が生じ、それをBluetoothでスマホアプリに通知を飛ばし、介護者に知らせるという画期的なソリューションです。

朝岡氏はブースで説明を聞いて、これは「CES Innovation Awards」を獲得できる可能性が高い優れた研究だと感じました。しかし、出展社の若い技術者に聞いたところ、この研究は本業ではなく、非公式の研究に近い形でCESに来たため、賞に応募する時間的余裕が全くなかったといいます。
「CESに出展すること自体が有意義ではあるが、賞を取って成果を世の中に示し、注目されることも重要なので、もったいないと感じた。日本企業も、こういった優れた技術がまだまだある中で、どうアピールしたら世の中に響くかを貪欲に考えていく必要がある」と朝岡氏は述べました。
CES 2025のデジタルヘルス×AIから見た変化の時代
CES 2025では、デジタルヘルス領域においてAI活用がさらに加速し、多くのソリューションが登場しました。昨年も同様のトレンドが見られましたが、今年はさらに大きな潮流になっていると、朝岡氏は分析しました。
生成AIは、パーソナライゼーション(個人最適化)という特徴から、米国の社会課題でもあるヘルスケアとの相性が良く、人々のウェルビーイング実現や社会課題の解決に貢献することが期待されています。
また、変化の時代の中で、ブランディング手法やメディア環境にも変革が生じています。日本企業がグローバル市場での存在感を高めるためには、過去の成功体験から訣別し、スタートアップの育成強化と企業内イノベーションの促進に取り組む必要があることも明らかになりました。
本セミナーを主催した公益社団法人 日本マーケティング協会は、「マーケティングの力で、より豊かで持続可能な社会の実現に貢献する」のパーパスの下、最新のコンセプトやテクノロジー、トレンド、サクセス・ストーリーなどの紹介、新しい領域の開発、業界企業の最新動向など、企業が持続的成長を続ける上で欠かすことのできない「マーケティング」について、豊富な情報を発信しています。
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