最先端テック企業のプレゼンから見る生成AIの最前線とビジネス浸透|CES2025基調講演編

2025年1月7日〜10日、米ラスベガスで、世界最大級の最先端テクノロジー展示会「CES 2025」が開催されました。CES 2025を現地取材した株式会社ディライトデザイン代表 法政大学大学院 客員教授 朝岡崇史氏は1月24日、日本マーケティング協会主催の速報セミナーにて、その見どころやトレンドをマーケティング視点から解説しました。本レポートではその解説の中から、注目すべき3つの基調講演について紹介します。
モノからコトへ、テクノロジーの祭典で見る世界のトレンド
CES(シーイーエス)は、全米民生技術協会(CTA:Consumer Technology Association)が主催する世界最大規模の最先端テクノロジーイベントです。今年は参加企業4,500社、来場者14万1,000名がラスベガスに集いました。
ブランド戦略と顧客体験(CX:Customer Experience)の専門家である朝岡氏は、2014年から毎年CESを取材し、「デジタル×CX」をマーケティング視点で定点観測しています。
▼CESの概要や注目すべき理由、おすすめの歩き方の解説(昨年の記事)はこちら

今年も現地入りした朝岡氏は、昨年に引き続き、モノの時代からコトの時代への移行が完了しつつあると感じたといいます。例えば、「SONYのブースも、2014年には家電やデジカメなどの製品があふれていましたが、2025年はほとんど何も置いておらず、映画やゲームのソリューションを見せる形。CES全体としても、展示を見ることよりも基調講演やセミナーを聴くことに重点が移っていると感じた」と話します。

会期前には、主催者のCTAがテクノロジー市場のトレンドをメディア向けに解説する「Tech Trends to Watch」があり、以下のような動向が解説されました。
- 消費行動や最先端技術を牽引するZ世代が台頭。CTAのデータでは、Z世代の60%がアーリーアダプターで、より早いテクノロジー変化サイクルを許容
- 米国のテクノロジー市場はコロナ禍の停滞から脱出し、5370億ドル(80兆円超)に
- 生成AIビジネスがサーバーセキュリティ、クラウド、AIロボティクスなど多方面に拡大
基調講演では提供価値×生成AIでCXを「再定義」
CES 2025の主要な基調講演を見て回った朝岡氏は、CES 2025では「Redefine(再定義)」というキーワードが印象的だったと話します。登壇した最先端テック企業のリーダーらが、いずれも自社の提供価値を生成AIと掛け合わせて、顧客体験(CX)を再定義していたためです。

- NVIDIA:生成AIの活躍領域を「物理的AI」へと再定義
- アクセンチュア:カスタマイズされたAIエージェントで「働き方」を再定義
- パナソニック:AI活用で自社の「なりわい」を再定義
CESの基調講演はその注目度の高さゆえに、影響力が大きく、企業にとっては重要なアピールの場です。世界規模のイベントでのこうした情報発信は、自社ブランドの成長に対する期待感の醸成を狙いとしていると考えられます。
本レポートでは、これらの基調講演から3講演をピックアップし、朝岡氏の解説をご紹介します。
NVIDIA:生成AIは現実世界でも活躍できるステージへ
NVIDIAのジェンスン・ファンCEO は1月6日夜の基調講演で、マンダレイベイ・ホテルのミケロブ・ウルトラ・アリーナに集った1万2,000人の観衆を前に、専門性の高い説明を交えつつ1時間半にもわたるプレゼンテーションを行いました。

ファン氏の講演のポイントは、フィジカル(物理的)AIに市場と商機を見出しており、NVIDIAはそこに注力していくということだと考えられます。物理的AIとは、現実世界(物理的世界)の情報を学んだAIモデルであり、現実世界での物理的作業の自動化を可能にするものです。
NVIDIAの売上高は、直近の四半期で260億ドル(約4兆1,000億円)にもなりますが、その約9割はデータセンター向けGPU(画像半導体)に関するものです。生成AIの普及で、GAFAMなどの最先端テック企業によるデータセンター整備への投資が大きく増えており、NVIDIAが製造している高性能なGPUへの需要も大きく高まりました。
しかし、中国のデータマイニングバブルが2019年に崩壊したときに売上減少を経験しているファン氏は、「現在のデータセンター需要も長続きはしない」と想定した上で、二手先以上の打ち手として物理的AIに取り組んでいると分析されます。

NVIDIAは既に、自社の祖業であるコンテンツ生成AIの開発ではポジションを確立しています。今回のCESでも、クリエーター・ゲーマー向けのグラフィックボードの新製品であるGeForce RTX 5090 GPUを発表。GPUのさらなる高性能化と学習済みの生成AIのビルドインにより実現した、高クオリティかつ低コストでの画像生成について、リアルタイムCGで実演しました。
次の一手は、企業で活用できる推論能力とタスク実行能力の高い、自律的なAIエージェントの開発となりますが、これも後述する通り、アクセンチュアと連携してサービスをつくり、足場を固めてきています。
そして、さらに次の次に打つ一手が、現実空間で活躍する物理的AIです。例えば、工場や倉庫で人間のように働く人型ロボットを開発するとき、オペレーションレベル4(特定条件下では全操作をシステムが担う)を達成するには、必ず、人間のような目(視覚)を通して物理的世界を理解している生成AIが必要になります。そこでNVIDIAは、新たに物理的世界の深層学習プラットフォームである「Cosmos(コスモス)」の提供を始めました。
現実空間をAIに学ばせるためのソリューションとして、同社は既に、デジタルツインを使ってバーチャル空間で工場の現場作業などのシミュレーションを行う「NVIDIA Omniverse(オムニバース)」というサービスを、2021年から提供しています。しかし、刻一刻と複雑に変化する世界、例えば物流倉庫の中を無数のパレットが同時に自動運転で作業するような状況をAIに学ばせるためには、実際に起こりうるさまざまな場面を想定して膨大な回数のシミュレーションが必要になるという課題がありました。
しかし、OmniverseとCosmosを組み合わせれば、さまざまな状況のバーチャル空間を多種多様なパターンで生成することができます。そのバーチャル世界の中を動き回ることで、AIは物理的世界での活動について効率的に学習できるようになるのです。

なお、ファン氏は基調講演の中で、Cosmosをオープンライセンスで提供することを表明しています。
アクセンチュア:各企業、各業界に特化したAIエージェントの提供を拡大
アクセンチュアのジュリー・スウィート会長兼CEOは、会期2日目、1月8日午後の基調講演に登壇し、聞き手の記者と30分間対話しながら自社の構想を語りました。

スウィート氏のメッセージは、カスタマイズされたAIエージェントで働き方を変えていくということでした。
アクセンチュアはNVIDIAと連携し、「AI Refinery(エーアイ リファイナリー)」というサービスの提供を開始しています。英語の「Refinery」は精製工場という意味です。これはAIエージェントを特定の業種や企業に向けてカスタムメイドしていくことを意図しています。同サービスは現在、12業界に特化したAIエージェントで構成されていますが、2025年中には100種類以上に拡大して展開することが予定されています。
AIエージェントは、通常の生成AIツールと同様、自然言語でプロンプトを入力するだけで使えます。さらにAI Refineryには、企業内データや業界知識を用いて生成AIモデルをカスタマイズするためのプラットフォームや、そのモデルを環境に配置して利用するための仕組みなど、AIスタックと呼ばれるツールの集合体が組み込まれています。そのため、自律型エージェントによる、自社に特化した的確な支援を得られることが期待できます。
NVIDIAとアクセンチュアという「技術開発」と「企業への導入」という2つの業界のトップ同士が手を組んだことから、自律的なAIエージェントの浸透のスピードは拡大し、やがてさまざまな企業にアクセンチュアからAI Refinery導入の提案がされるであろうことが予想されます。
従業員のPCの中にこうしたAIエージェントがいて、マーケティング業務を助けてくれるとしたら、企画書をすぐに作ってくれるでしょう。ブランドの広告コピーを考える、ブランドプランやマーケティングプランを企画・創出するなども、大半の部分をAIエージェントが肩代わりしてくれるかもしれません。
おそらく、働き方が変わることになります。労働集約型の定型作業はAIがこなしてしまうので、それによって人間が、どういう付加価値を提供するのかという議論や、AIとクリエイティブに協働するための工夫もこれから始まると推察されます。
パナソニック:ハードウェア×ソフトウェアでAI関連の売上を30%へ
パナソニック ホールディングスのグループCEOの楠見雄規氏は、CES開催日初日の朝、俳優のアンソニー・マッキー氏とともに登壇し、プレゼンテーションを行いました。
パナソニックは1967年の第1回CESから毎年出展しており、今回は12年ぶりの基調講演への登壇となりました。なお、楠見氏が登壇したCES開催日初日の朝は、例年CESのハイライトとされる講演枠です。さらに、主催者が発行している日刊誌『CES DAILY』でも、楠見氏が表紙を飾りました。これらのことから、同社の講演は一定以上の注目度とインパクトを持って受け止められたと考えられます。

楠見氏は、パナソニックの地球環境に対する脱炭素のテクノロジーを紹介した後、AIを活用したビジネス変革を推進するグローバルな企業成長の取り組みである「Panasonic Go」を発表しました。同社のルーツであるハードウェアと、最先端のソフトウェアとを融合し、AIを活用したダイナミックなエコシステムを推進し、コネクテッド革命の最前線に立つという宣言です。2035年までに、AIを活用したハードウェア・ソフトウェア事業、ソリューション事業の売上を、全体の30%を占める規模にまで拡大することを目指します。
このPanasonic Goの具体的な取り組みとして、2つの例が示されました。
1つ目は、2021年9月に買収したBlue Yonder(ブルーヨンダー)というサプライチェーンマネジメントソリューションを提供する会社との協働です。予測AIと生成AIを使ってデータの価値を引き出し、自律的なサプライチェーンを構築する提案活動を、事業の柱として取り組むということです。
2つ目は、米シリコンバレーにあるグループ発のベンチャー、Panasonic Well(パナソニック ウェル)が提供する、ファミリーウェルネスAIプラットフォーム「UMI(ウミ)」です。
UMIは多忙な家族の関係性を良好にし、子ども、老親、そして自分自身のケアを支援するためのサービスです。同社の松岡陽子CEOが基調講演に登壇し、UMIのデモンストレーションをライブで行いました。

「今、家族と離れているので、その埋め合わせをしたい」と話しかけると、UMIの中のAIエージェントが松岡氏の意向を尋ね、家族のスケジュールを調整し、土曜日の午後にお気に入りの場所に出かけてタコスパーティーをするよう提案してくれました。
パナソニックが注力したい領域は、NVIDIAやアクセンチュアが取り組もうとしている領域と比較的近いと考えられます。
「こうした領域、特に大型倉庫のオペレーションやサプライチェーン効率化などの現場で活躍する物理的AIは、これから非常にホットなマーケットとなり、各企業が争って参入することは間違いないでしょう。その中で、パナソニックが10年後にPanasonic Goの事業目標を実現するのは、なかなかハードルが高いかもしれません。しかし、日本を代表する大企業として、異業種企業との水平分業体制を確立し、その中で存在感を出す形で取り組んでいただければと、応援しています」と、朝岡氏は所感を述べました。
CES 2025の基調講演から見えてきた、生成AI浸透後の世界
本記事では、CES 2025の基調講演について紹介しました。ChatGPTがリリースされたのは2022年11月末。昨年のCESは、生成AIが大々的に取り上げられた最初の回となりましたが、その1年後となる今年は、さらに深く生成AIが浸透してきていることが示されました。
生成AIは、自然言語処理という強みを活かして、アプリによる各種サービス、スマートホーム、それから企業のビジネスの現場に、AIエージェントという形で急速に浸透・実装が進んでいく可能性が高いと考えられます。
さらに、企業の競争力強化、人手不足解消を見据えて、物理的AI(工場・倉庫のオペレーション改善、サプライチェーン効率化などのB2B領域)にも大きなビジネスチャンスが生まれています。NVIDIA、アクセンチュア、パナソニックなどの各社が、新しい大きなビジネスチャンスを掴もうとしているという流れが、基調講演から明らかになりました。
CES 2025後編の記事では、出展各社の中から、デジタルヘルスに関するトレンドをピックアップして紹介します。
▼CES 2025の解説後編はこちら

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