組織・風土の改革と人材育成がDXの核となる -田辺三菱製薬が取り組むフルバリューチェーンでのDX推進

組織・風土の改革と人材育成がDXの核となる -田辺三菱製薬が取り組むフルバリューチェーンでのDX推進

田辺三菱製薬株式会社は、2030年に向けたビジョン「VISION 30」を実現するために、社としてデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しています。2019年に改称・発足したデジタルトランスフォーメーション部を中心とした取り組みや課題、その成果について、株式会社SHIFTが2024年12月12日に主催したセミナー「製薬・ライフサイエンス領域における業務改革に必要なDXとは」より、田辺三菱製薬 デジタルトランスフォーメーション部の金子昌司氏(セミナー当時)による講演内容をまとめます。

ますます重要性が増す製薬企業のDX。その背景と意義とは

生成AIの民主化が進み、データドリブンなビジネスがあらゆる業界でベースとなりつつあります。これは製薬業界でも同様で、このような背景を受け、ますますDXの推進が欠かせなくなっているといえるでしょう。

金子氏はDXの強みを「最終的にユーザーにつながること」だと説明します。ユーザーを中心に、すべてのサービスがつながっていくような設計が欠かせません。そのためには、スマホ経由でリアルタイムに顧客につながるだけでなく、デジタルとリアルを融合させたソリューションを作ることも必要です。

治療薬だけにとどまらず、患者さんが前を向いて進んでいけるあらゆる選択肢を作ることは、田辺三菱製薬が掲げる「病と向き合うすべての人に、希望ある選択肢を。」のミッションでも示されています。田辺三菱製薬のDXの根幹の目的は、このミッションと共鳴するようなソリューションを作ることにあります。

製薬企業がDXを進めるために必要なもの

本セミナーでは田辺三菱製薬のケースを例に、製薬企業がDXを進めていくために必要な要素やポイントが解説されました。

まず基本は、データを使える状態にしておくことです。データはDXにおいて基盤であり、重ねれば重ねるほど価値が上がっていくという特徴を有します。大量のデータを集め、AIを用いて人間以上の能力で分析・予測し、見えなかったものを見えるようにすることが、DXの本質です。そのためには、「まずはITツールなどのテクノロジーを使って、短期間で集中して質の高いデータをそろえることが大事」と金子氏は話します。

生成AIの民主化がここ数年で急激に進んだように、デジタルは動きが速く、瞬く間に進化します。DX推進はデジタル技術の進化の動きに影響を受けるため、3年の計画を立ててもその通りに進まないことがほとんどです。そのためDXの計画・実行にあたっては、アジャイルでOODA(観察・状況判断・意思決定・行動)を回すなど、コンパクトかつスピーディーな動きやフレキシブルな対応が求められます。

さらに金子氏は、「患者さん中心にすべてのサービスがつながっていくように設計するためには、患者さんに使ってもらえるサービスでなくてはならず、UXを考える必要がある。これには、デザイン思考も欠かせない」と強調します。

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DXは自社のバリューチェーンを磨き上げる

DXの進め方は、業界によっても異なります。製薬ビジネスを成長させていくためには、「いかに早く上市するか」「いかに早くピークセールスに持っていくか」「いかに製品のライフタイムを延ばすか」、この3点を極めることが重要であり、DXもこの3点を磨き上げるために設計しなければなりません。

そのためには、社内でデジタルツールを導入・活用促進するだけでは不十分です。金子氏は、「組織の風土改革と人材育成」こそがDXの核心であると述べます。

DXを成功させる組織体系

成熟した組織では、固定化されたプロセスがDXの妨げになることが多く、柔軟な組織への移行が求められます。DX推進部隊のコアメンバーにより共通の目的・方向性を定め、メンバーが自走し、柔軟に変化しながら最終ゴールへと近づいていくことが重要です。

経営陣自らが参画し「両利きのDX」を推進

田辺三菱製薬では、自社の「VISION 30」達成のためにDXパーパスと変革目標、主要なプログラム、そしてその根底を支えるDX基盤を「進化」と「深化」の両軸で設定。患者目線に立ち設定したパーパスに則り、自社が行うべきDXの具体的な目標やプログラムを設定しました。

例えば、新たなサービスを作る「進化」を進めていくためにはコア事業の薬剤による治療の価値を高めるようなデジタルサービス構築が必要であり、そのために患者接点を強化したり、データを利活用することが挙げられます。一方、既存の仕組みを磨いていく「深化」では、AIを徹底活用した装薬モデルの構築やデジタルマーケティングの強化といったプログラムに取り組みます。

このような「進化」と「深化」の両軸でDXを推し進めていくことを、金子氏は「両利きのDX」と表現します。

デュアルコア組織と人材育成で強靭な体制構築

田辺三菱製薬では、既存のビジネスを支え、コンプライアンスや品質の担保を担う「ピラミッド型組織」と、既存組織から志を持った人のみが集まって構成され、さまざまなパイロットを回していく「ネットワーク組織」を組み合わせた「デュアルコア組織」作りを実行しました。ピラミッド型組織とネットワーク組織の両者のバランスを保ちながらDXを推進することで、企業としての強力な目的意識やブレない軸を持ったまま、イノベーションを生み出せます。

さらに、DXを成功に導くには、ネットワーク組織でリーダーシップを発揮できる人材育成が不可欠であるとし、2025年までに300人のDX人材を育てることを目標に社内リーダーの選抜・育成にも力を注いでいます。

プロジェクト成功には「一人ひとりに合ったコミュニケーションプランを作ることが重要」と金子氏は言います。またイノベーションファンドの設立や、概念実証(PoC)の実施を通じて、組織全体で変革の土台を築いています。

0→1、1→10にするための協業

製薬企業がDXを推し進めるためには、外部パートナー企業との協業が必須です。自社が定めたDXのパーパスに共鳴する仲間を社内外から集めることで、デュアルコア組織がより強固なものとなり、0→1のイノベーションを生み出すことができます。

さらに金子氏は、「1→10こそがイノベーションであり、最も重要かつ難しいステージである。このステージは、新規事業での経験が乏しい自社だけでは困難であり、適切なパートナーと協業しながら推進していくことが重要」だと、自身の経験を振り返ります。

DXは、データ活用の基盤を整えるという技術的な面からの改革と、文化や組織システムの改革を並行して行う必要があります。金子氏は人材育成について、「頭の中で論理的に考える力だけでなく、ハートを熱くして取り組む思い。この2つを育てていける組織を作らなければ、DXは進まないだろう」と、知識や技術を与えるだけでなく、意欲を育てる組織改革の重要性を強調しました。