#5 治療の選択肢やリスクの話し方|Dr.心拍の「製薬本社にちょっと言いたい」

#5 治療の選択肢やリスクの話し方|Dr.心拍の「製薬本社にちょっと言いたい」

こんにちは。勤務医として臨床に携わりながら、専門的知見を生かしてさまざまなヘルスケア企業とお仕事をしております、Dr.心拍と申します。普段医療メディアやSNSで発信をしております。臨床医が本音で語る連載シリーズとして、製薬企業の情報提供や、医療現場との関係性について感じていることをお話しさせていただきます。

前回は、治療方針の決定に影響を与える要因についてお話ししました。

今回のテーマは、患者さんに治療の選択肢やリスクを説明する際の話し方についてです。私の日常診療での経験から具体例を提示した上で、製薬企業側はどういった意識を持ちながら我々に情報を届ける必要があるのかについて解説します。

肺癌を例にしてお話してみようと思います。
一般論として、肺癌の治療方法には外科的治療、放射線治療、化学療法があり、またそれらを単独あるいは組み合わせることによってさまざまな治療が行われています。

我々内科医は肺癌の厳しい予後を経験していますから、なんとか根治的手術が可能なのであれば外科の先生に繋げたいと思っています。しかしながら、患者さんにはさまざまな背景があります。例えば、高齢で認知機能が低下していて治療への理解が難しい、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)が低下していて手術後寝たきりになるリスクがあるなどの理由で、外科的治療が行えないケースもあります。またCOPDなどの肺疾患による肺機能障害や心疾患などで全身麻酔下による手術リスクが高いということもあります。

さらに、患者さんの人生観なども治療を決める際には重要なポイントになります。「どうしても手術は受けたくない」「放射線治療で癌を治せないですか?抗癌剤治療は受けたくない」、なかには「死んでもいいからタバコを吸い続けたい」「治療は一切したくない」という患者さんもいらっしゃいます。

患者さんの背景疾患やADL、また人生観なども考慮した上で、絶対こうでなければならないというような話し方ではなく、「標準治療としてはこういう治療を勧めます。ですが、あくまでそれは標準治療なので他にもこういう治療選択肢があります」というような話し方で落としどころを探りながら治療を決定していきます。時には、外科の先生に手術の話を聞いてから手術するかどうか決めたいという患者さんもいます。それでも良いと思うのです。幸い外科の先生にはそのような患者さんの受け入れも問題なくしていただいているので、外科の先生に繋いでいきます。

また、最後までタバコを吸い続けて治療を行わなかった患者さんのケースでは、亡くなられた後にご家族の方から、生前ご本人が書かれた感謝の気持ちが綴られたお手紙をいただいたこともあります。「病院に来て肺癌と診断されたら禁煙するように言われて治療するのが普通と思っていたものの、自分の気持ちを尊重してくれたので嬉しかった」というような内容でした。

さて、治療選択肢が複数ある場合に、我々が患者さんとどのように治療の合意形成を図っているかをお伝えしたいと思います。

ガイドラインなどで治療方針がある程度定められているとはいえ、治療選択肢が複数あることは珍しくありません。そんな時には患者さんにはどのように説明するのでしょうか。基本的には可能な選択肢はすべてお話しし、それぞれのメリット・デメリットをお伝えします。その上で、患者さんにどの選択肢が良いか希望を聞きます。とはいえ患者さんもどの選択肢が良いか決められないということもあります。先生はどれがおススメですか?と聞かれることもあります。

もちろん、自分の中でこの治療が良いのではないかとある程度明確な意見を持っている場合にはその根拠とともに伝えます。すべてを患者さんに任せてしまうのは患者さんにとっても戸惑いを与えてしまうからです。

一方で、正直自分の中でもどちらが良いかわからない場合にはそれも素直に伝えます。一緒に相談しながら考えるという過程も大切だと思うからです。その結果、最終的に患者さんが出した答えが正解となるのでしょう。

普段、医師がどんな感じで患者さんやご家族に治療選択肢やリスクの説明をしているのか、その内容について具体的にお話ししました。診療風景の一部を垣間見る機会になりましたでしょうか。

製薬企業の方には、薬剤の効果効能、副作用リスク、臨床試験の結果だけでなくこのような患者さんの背景や人生観なども治療選択に重要な影響を与えているということも知ってほしいと思います。もちろん、必要な情報提供を継続しつつ、少しでも診療のイメージを共有した上で医師と良い医療を提供するチームの一員として関わっていただければと思います。

さて、今回は治療選択肢やリスクの話し方についてお話しました。ぜひお声掛けいただければ製薬企業の方へ勉強会なども行っておりますのでお気軽にお問い合わせください。