「エビデンス×ストーリーテリング」 で価値を生む、製薬企業のコンテンツマーケティング戦略

製薬企業のマーケティングでは、エビデンスに基づいたコンテンツ制作や情報提供は欠かせません。しかし、世の中に情報があふれる昨今、単にデータを示すだけでは、医療関係者や患者の目に留まり、心を動かし、行動変容を促すことは難しくなってきています。
そこで注目されるのが、「エビデンス×ストーリーテリング」を組み合わせたコンテンツマーケティングです。本記事では、ストーリーテリングがなぜ効果的なのか、どのように活用すべきか、具体的な事例とともに解説します。
オムニチャネル時代だからこそ求められる「ストーリーテリング」
業界の特性上、製薬企業のコンテンツマーケティングではエビデンスに重点が置かれてきました。MRやMSLなどの情報提供活動では、正しいエビデンスを適切に医療関係者に伝えることが、何よりも重要であることに変わりはありません。
しかし、多くの製薬企業がオムニチャネルマーケティングを強化する中、情報伝達の方法にも変化が求められています。チャネルが多様化し接点が増えることで、単に同じデータをあらゆる場所で繰り返し示すだけでは、情報過多の環境下で埋もれてしまいます。この状況で、確かなエビデンスを基盤としながらも、それを医師や患者の文脈に位置付け共感を呼ぶことで、行動変容を起こす必要があるのではないでしょうか。
「感情×論理」がもたらすマーケティング効果
これからのオムニチャネル時代、求められるのは「共感を呼ぶ」コンテンツだといえます。そこで活用できるのが、「ストーリーテリング」です。
オムニチャネル全体を通して「伝えるべき情報」の軸はそのままに、チャネルによって「情報の表現方法」を変えることで、医師を飽きさせることなく、かつ共感を呼ぶコンテンツマーケティングが実現できると考えられます。
以下は、コンテンツにストーリーテリングを取り入れることによる効果とその概要です。
効果 | 概要 |
---|---|
エンゲージメント向上 | 医療関係者・患者が関心を持ち、製薬企業とのつながりを生み出せる |
記憶に残る | 感情を伴う情報は脳に定着しやすい |
信頼感の向上 | コンテンツの内容にリアリティが増し、共感を得られる |
適正な治療選択を促す | 医療関係者・患者が治療法をより深く理解でき、行動変容を後押しする |
「エビデンス×ストーリーテリング」を組み合わせたコンテンツをマーケティングに組み込むことで、単なる情報提供を超えた価値を生み出し、医師や患者の行動変容につなげることができるのです。
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製薬マーケティング戦略の中で「エビデンス×ストーリーテリング」はどう活かせる?
単なるデータを提示するコンテンツではなく、そのデータを裏付ける背景や文脈を伝えることで、医療関係者や患者とのエンゲージメントを強化し、企業や製品価値の深い理解を促します。
ここでは、「ブランドストーリー」と「信頼構築のためのナラティブ」の2つの視点から、マーケティング戦略における効果的な活用方法を探ります。
「ブランドストーリー」として活かす
モノ消費・コト消費ではない「イミ消費」が求められる現代では、製薬マーケティングにおいても、ブランディングの重要性が増しています。ストーリーテリングを活用することで、企業の理念や研究開発の背景を伝え、医療関係者や患者との感情的なつながりを強化できます。
以下は、ブランドストーリーとして「エビデンス×ストーリーテリング」コンテンツを活用する例です。
方法① 企業のストーリーとして伝える
例:「この企業がなぜこの疾患領域に力を入れているのか?」
→創業理念や研究開発の歴史を交え、患者との関わりを含めたストーリーを構築
方法② 製品が生まれた背景を伝える
例:「なぜこの製品が生まれたのか?」
→研究者の想いや開発過程の苦労、患者ニーズに応える姿勢をストーリーにする
方法③ CSR活動やパーパスドリブンなマーケティングに活用
例:「がんのない未来を目指す」
→研究開発の成果や社会貢献活動をストーリー化し、企業の姿勢を明確に伝える
例:「希少疾患に取り組む理由」
→実際の患者との関わりや、疾患の啓発活動をストーリーとして発信
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信頼構築のための「ナラティブ」として活用
具体的な「語り(ナラティブ)」を取り入れることで、エビデンスだけでは伝わらない「リアルさ」がプラスされます。
例えば、実際の医療現場や患者の経験を織り交ぜて伝える。これだけで、エビデンスが医療関係者や患者にとってよりリアルな情報となり、処方選択や治療継続などの行動変容を後押しするきっかけとなり得ます。
以下は、ナラティブを取り入れ、「エビデンス×ストーリーテリング」コンテンツを活用する例です。
方法① 患者視点のナラティブで共感を生む
例:疾患の診断・治療に踏み込んだ患者Aさんのストーリー
- 治療を受ける前の課題
- 診断・治療選択の経緯
- 治療後の生活の変化
方法② 医療関係者向けに臨床現場の声を取り入れて使用イメージを湧かせる
例:現場の医師がどのようにこの治療を活用しているか
- 実際の治療導入事例や、他の医師が抱える課題の共有
- 「患者はこういう傾向がある」という現場でのリアルな経験
方法③ イメージの湧きにくい内容をナラティブで補足し受容性を高める
例:最先端の医療AIの活用
- 技術の説明に加え、「このAIが実際にどのように患者を救うのか?」をストーリー化
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「エビデンス×ストーリーテリング」を活用したコンテンツマーケティング事例
事例① 研究者の努力と患者の姿を映像化し専門性と共感性を両立
第一三共は、がん治療の「ADC(Antibody Drug Conjugate)技術」をテーマにしたTVCM「研究員の日々」篇と「家族の日々」篇を制作し、2023年10月に放映。この施策では、エビデンスとストーリーテリングを組み合わせ、視聴者の共感を生みながら技術の価値を伝えています。
ADC技術は、がん細胞を標的とする先進的なバイオ医薬品であり、CM内ではその科学的背景と成果を紹介しています。一方で、「研究員の日々」篇では研究者の努力を、「家族の日々」篇ではがんと向き合う家族の姿を描き、感情に訴えかける構成としています。これにより、高度な医療技術の信頼性を示しつつ、人々に寄り添う企業としてのブランドイメージを強化しました。エビデンスとストーリーを掛け合わせたこのコンテンツマーケティングは、専門性と共感性の両立を実現した好例といえます。
出典:PR TIMES, がん治療における「ADC技術」でがん患者さんの未来に希望を届ける 第一三共 新TVCM「研究員の日々」篇・「家族の日々」篇10月2日(月)より放映開始, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000129924.html
事例② 患者の思いを伝えるコンテンツで製品理解を深める
ある製薬企業による、脳外科領域の医師向けオンラインセミナーでストーリーテリングを取り入れた動画コンテンツを活用し、医師の意識や行動に影響を与えた事例です。
セミナーの目的は、入院不要な治療の利点を伝え、疾患理解の向上や患者とのコミュニケーション改善を促すことでした。セミナーでは、小学校教員の実体験を基にした「悪性脳リンパ腫の僕が再び教壇に立てた理由」という映像を上映。入院不要な治療が患者のQOL向上に貢献する様子を描きました。
結果、医師の共感を呼び、医薬品の利点への理解が深まり、実際の診療での積極的な活用が報告されました。

事例③ 看護師不足の社会課題を啓発
ジョンソン・エンド・ジョンソンは、2020年に予測されていた看護師不足に対応するため、2002年に「Campaign for Nursing's Future」を開始しました。このキャンペーンでは、記事、トレーニング機会、ポッドキャスト、動画などを通じて、看護師たちの献身や日々の課題を伝えました。実際のストーリーを紹介することで、看護師の役割に対する理解を深め、企業の信頼性向上にもつながりました。
出典:Johnson & Johnson, https://nursing.jnj.com/
contently, 5 Examples of Creative Healthcare Content Marketing, https://contently.com/2019/10/11/healthcare-content-marketing-examples/
事例④ データに文脈を与え現実味を出す
ナショナルジオグラフィックの記事「米国における50万人のCOVID-19死者を可視化する」は、データにストーリーテリングを組み合わせることで数字への理解を促した好例です。COVID-19による膨大な死者数のように、大きな数値を扱う場合、その影響の実感が湧きにくくなります。この記事では、データを視覚化することで、情報を身近に感じられるよう工夫しています。
さらに、データに文脈を与え、読者が共感できる形で提示することも重要です。ナショナルジオグラフィックは、50万人の死者数を人々が想像しやすい対象や環境と比較することで、データの現実味を高め、感情的な共鳴を生み出しました。
出典:National Geographic, Visualizing 500,000 Deaths from Covid-19 in the US, https://www.nationalgeographic.com/science/graphics/what-500000-united-states-covid-deaths-look-like
「エビデンス×ストーリー」で共感を生む製薬マーケティングの未来
オムニチャネル時代において、製薬企業のコンテンツマーケティングは単なるエビデンスの提示だけでは不十分です。データを根拠としながらも、ストーリーテリングを組み合わせることで、医療関係者や患者の共感を生み、行動変容を促すことができます。情報の正確性を担保しつつ、ブランドストーリーや患者のナラティブを活用することで、製品や治療の価値をより深く伝えることが可能になります。
動画やSNS、患者支援プログラムなど多様なチャネルを活用し、エビデンスとストーリーを融合させたコンテンツマーケティングを展開することで、ブランド価値の向上と、顧客との長期的な信頼構築を目指せるといえそうです。