医薬品市場でのCX創造のためのソーシャル・リスニングとデザイン思考の応用|#4 ナラティブがもたらす深い患者理解と診療解題の仮説化

医薬品市場でのCX創造のためのソーシャル・リスニングとデザイン思考の応用|#4 ナラティブがもたらす深い患者理解と診療解題の仮説化

この連載では、ソーシャル・リスニングとデザインシンキングの思考法を繋ぎ合わせたプログラム「ペイシェント・リーダー®」を活用して製薬企業のマーケティングサポートに携わってきた経験をもとに、ペイシェント・セントリックな顧客体験(CX)を創造するための重要なプロセスを解説します。第4回は「ソーシャル・リスニングがもたらす深い患者理解や共感と診療解題の仮説化」がテーマです。

(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)

【連載第4回】ナラティブがもたらす深い患者理解と診療解題の仮説化
顧客が面している課題=アンメットニーズを把握することは、マーケティングの出発点です。従来、課題確認のためにアスキングリサーチ(Web調査やインタビュー調査)という手法が利用されてきましたが、いまやソーシャルメディア上に無数に発信されている投稿をリスニングする(聞き耳を立てる)ことでも顧客課題を把握することができます。このリスニングの最大のメリットは、アスキングで生じやすい聞き手のバイアスを取り外すことができることと、ありのままのナラティブ(物語)を拾えることです。この結果、アスキング調査では確認範囲に入りづらかった課題の把握や、経験した当事者でないと分からないペインを疑似体験することが可能になりました。
今回は、ソーシャル・リスニングで把握できたいくつかのナラティブをご紹介しながらペインを感じていただくとともに、診療課題=アンメットニーズの仮説化について考えてみます。

ソーシャル・リスニングで把握した「ナラティブ」 から患者のペインを理解する

ここで、ある皮膚科系希少疾患(疾患A)を例に、ソーシャルリスニングでどのように患者さんの深い理解と共感が得られるのか、そしてどのように診療課題の仮説が導き出せるのかについて紹介します。

ガイドラインでは見えない患者さんのペインへの深い理解と共感

まずは、診療ガイドラインでの疾患解説とソーシャルリスニング(Patient Reader®)で把握した患者さんの投稿をご紹介します。

診療ガイドライン1)の記載です。

疾患Aは慢性・炎症性・再発性・消耗性の皮膚毛包性疾患であり、患者の生活の質を著しく障害する。しかし、本邦では疾患Aは知名度の高い疾患ではなく、感染症と誤解されていることが多い。欧米では男女比が1:3で女性に多く発症する。本邦の報告では男性に多く、男女比は2~3:1である。

次に、40歳代の女性患者さんによる投稿です。

20代前半のある日、突然足の付け根が大きく腫れたのが始まりでした。直径2センチくらい、厚さ数ミリ。赤く腫れ、歩くだけで痛く、皮膚科に行ったら切開をして膿を大量に出されました。それ以降、月に1個くらい、左右に吹き出物が出来るようになりました。場所は脚の付け根のあちこちで発生し、数ヶ月前からは1~2週間に1個は出来ました。痛みを感じて見ると赤く腫れていて、数日すると白ニキビのようになり、そこを針で突いたり、指で押すと血の混じった膿が大量に出て、それからは腫れと痛みが治まる…というのを頻繁に繰り返すことに、疲れていました。そして、お尻に新たに出来た膨らみは、今までの鼠蹊部のモノと違い、1個シコリ状になった膨らみが常にあり、1ヶ月に1度くらい膿が溜まって痛みました。

ガイドラインでの専門用語による表現は、性状や好発部位、患者男女比など疾患の要所を概括的に理解することには大変役立ちます。ただおそらく、余程のその領域のプロフェッショナルでもないと、これらの専門用語から具体的な症状を容易に想像できそうにはありません。

一方、投稿には「どんな症状が現れ、どんな痛み=ペインや経緯があったか」といった、患者さんの物語=ナラティブが紡ぎ出されています。このナラティブは、読み手であるわたしたちに疾患や症状などを具体的に想起させてくれ、患者さんのカラダやココロの痛み=ペインに対する深い理解や共感を容易にしてくれます。

ナラティブから診療課題の仮説を立てる

ナラティブは、患者さんへの深い理解や共感を促すだけでなく、新たな診療課題も仮説化させてくれます。

たとえばガイドラインは、罹病期間について英国の約19年に対して日本では約7年で、確定診断の遅延が重大な問題と指摘しています。ところが既述の女性患者さんでは約20年間の未診断状況があり、非専門医では知名度の高くない疾患であることも併せて考えると、日本でも英国並みの長い罹病期間があることも想定できます。また、鼠蹊部や臀部に症状が現れやすい特性から、気軽に医師に相談することを臆する女性患者さんが少なからずいることも想定でき、患者男女比ももう少し欧米に近い状況なのかもしれません。

つまり、専門医による想定以上に大幅な診断遅延や女性患者さんの受診躊躇、といった新たな診療課題仮説も視野に入ってきます。

抽象化した語句では把握しづらい、ステイクホルダーの関わり方や患者さんのペイン

ある免疫系希少疾患では、口内炎が最初に現れる代表的な症状で、多くの患者さんが日常的に悩まされるそうです。誰しも一度は口内炎を経験しているので、改めて解説を要することはないと考えがちです。ところが、ソーシャルリスニング(Patient Reader®)で把握したこの病気による口内炎は、想定以上のものでした。

「わたしもこの病気なのでおびただしい数の口内炎に悩まされてきたけど“口内炎がひどい”と言うと健常者の認識での“ひどい”と解釈されることなんて、アホほどありましたわいな。1センチ超のやつが常に5~6個あって、朝起きたら口の端が膿でパリパリになってたこととか、あります?」


疾患に伴う症状や重症度などを言葉で表現しようとすると、先述のガイドラインでの表現のように医学専門用語を用いることが一般的です。口内炎もその例のひとつです。
例えば「診断遅延」という言葉で、端的に診断プロセスに関する課題の存在を理解することはできます。ただ、こうした課題を解決する方策を考える際に、どんなステイクホルダーがどんな背景で診断遅延を起こしているのか、診断遅延によって患者さんにどんなペインが降りかかっているか、を知ることもなく考えるのと、知った上で考えるのでは方法論や推進力に大きな差が生まれます。

免疫系希少疾患の事例

ここで「診断遅延」に関する2つの疾患の投稿を引用してみます。

1.去年の9月から突然体調を崩し、その原因は不明とされ今年1月まで病院をたらい回しにされた挙句、医者に嘘つき呼ばわりされて散々な目に合いました。今年の2月に病名が確定してから、他にもいろいろな病名が出てきて今では薬も随分と増えました。辛いことを考えると、残りの人生、絶望しかありません…


2.この病気で陰部に潰瘍ができたとき、母に付き添われて最初に行った婦人科で怒られたのを思い出す。あんたが男遊びしたんでしょ、それなのに親まで連れ出して、って。


1の投稿は悪性血液腫瘍の患者さんがいろいろな病院に罹っても診断が出ず、何軒目かにかかった市内の総合病院で、本人が申告する症状とさまざまな検査の結果とが整合しないことを理由に嘘つき呼ばわりされたという事例です。このナラティブで把握できることとして、診断遅延の背景には、非専門医が市中病院での診断の中心的なステイクホルダーになる機会がある得ることや、医療圏内での専門医への照会システムが曖昧になっている可能性などを挙げることができます。

2の投稿からは、陰部の潰瘍といった皮膚症状でも、皮膚科ではなく婦人科を受診する可能性があることや、婦人科の医師は陰部の潰瘍に対して経験的に性感染症等の疑いを持ちやすい可能性があることなどを挙げることができます。

造血機能障害系希少疾患の事例

次の例は、造血機能障害系希少疾患でのソーシャルリスニング(Patient Reader®)の事例です。この疾患では初期の段階から貧血が現れ、これに伴う疲労感などが起きます。貧血、疲労感と聞くと比較的軽度の症状に聞こえそうですが、次の投稿のナラティブからは、想像を絶するレベルのペインが患者さんに降りかかることを理解できます。

片道徒歩5〜7分位のコンビニに行ったら、往復するのに計7回の休憩(内3回はアスファルトに完全に横になる形)取らなきゃ動けなくて何時間もかかった。同じ位の距離にある役所に行かなきゃなんだけど完全に心折れてる。近いから、と思って酸素缶持っていかなかったのを後悔。この動けなさはどう見ても週一レベルの輸血必要や、と思うけど、どうなんや?


確かに輸血によってこの症状は改善しますが、安全性の観点から輸血回数には限度があり無制限に患者さんの要望に応えられるものではありません。そうした背景を考えると、このナラティブからは、貧血に伴う疲労度のレベルに対する患者さんやケアギバーなどのステイクホルダーの理解を高めることで無理な外出等を控えたり、必要のある外出ではサポート体制を準備しておく必要性があることや、輸血を行う症状やタイミングなどに対する医療提供者と患者さんの合意点を明確化しておく必要性があること、などの課題を仮説化できます。

課題解決策を考えるためには、課題を抽象化した単語にまとめ過ぎないことが大切

3つの投稿から言えることは、起きている診療課題を「診断遅延」や「疲労感」という一括りの抽象化された、概念的な表現でまとめてしまわない、ということです。つまり、n=1であれ、ナラティブを丁寧に読み込み、課題を構成しているさまざまな事実を汲み上げてみることで、よりシャープな解決策の考察や、ステイクホルダーに対して期待する行動や認識の変化を導き出すことができる、と考えています。

そのためには、投稿に表されたナラティブを自分事として感じることが大切だと思っています。自分事化することは、ナラティブを通じて患者さんの経験を擬似体験するに繋がります。擬似体験は、患者さんの経験したペインの内容や起きている診療課題の輪郭をより明確にしてくれます。

たった一人の患者さんのナラティブにココロを揺さぶられることが、解決策を講じるための原動力になる

こうした考えに対しては「たった一例の患者さんの経験に擬似体験しても多数例じゃないから意味はないのではないか」とご指摘を受けることもあります。
確かに、ペインの感じ方は同じ病気の患者さんでも個々に違うでしょう。ただ、嘘偽りのないナラティブを通して擬似体験した後の患者さんのペインへの深い理解と、文字面を通してだけ知っているレベルのペインへの理解とでは解決策への歩みもパッションも大きく異なるはずです。ナラティブには、それだけのパワーあります。

人それぞれに好みはありますが、Mr. Childrenや桑田佳祐やあいみょんなど、世の中には人の心を動かす曲を書くソングライターがたくさんいます。彼らの書く詞は彼ら自身の経験や信条に基づくナラティブがほとんどですが、なぜこれほどまでに多くの人たちのココロに刺さるのでしょうか。
彼らが書く詞は決して大多数の経験を集約したものではなく、むしろ彼ら自身の経験や世界観を表しているに違いありません。でもその彼ら一人ひとりの持つ世界観が、その詞を耳にする人の経験や想いと一体化することで既視感を覚え、ココロ動かされるのだと考えます。スタンフォード大学院のジェニファー・アーカー教授は「ストーリー(ナラティブ)は、ファクトだけの時より22倍もヒトの記憶に残る」2)と語っています。

ですから、n=1の顧客に目を向けることは必ずしも不合理なことではなく、ペインを深く理解し、診療課題を感じるためには大切なプロセスではないか、と考えています。

参考文献
1) 日本皮膚科学会ガイドライン2020より
https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/kanoseikannsenenn2020.pdf
2) Harnessing the Power of Stories, Stanford VMware Women’s Leadership Innovation Laより
https://womensleadership.stanford.edu/resources/voice-influence/harnessing-power-stories