DX/UXを踏まえたオムニチャネルの取り組みについて把握できたら、次に取り組む必要があるのは「マーケティングプランの作成」と、チャネルに載せるコンテンツすなわち「製品メッセージの作成」です。シリーズの最終回となる本記事では、DX/UXを踏まえたマーケティングやメッセージは、従来のそれらとどのように違うのか、どのような効果があるのかについて考えます。
(Prospection株式会社 カスタマーサクセス プリンシパル 高橋洋明)
マーケティングは「プロダクトアウト」から「マーケットイン」へ
UXの重要性が理解できると、従来の製品メッセージが医師に効果的に伝わっていたかどうかを客観的に吟味できるようになります。
これまで製品メッセージは、治験時に得られたデータを元に、自社製品の強みを最大限に表現すべく検討されてきました。このアプローチは「プロダクトアウト(企業が作りたいモノや、企業の方針に合致するモノなどを重視しながら製品の開発・提供を行う考え方)」といわれるものです。プロダクトアウトの考え方で思い通りに売上が伸びて市場のシェアを獲得できているなら、この方針をそのまま推進すべきでしょう。
しかし、近年ではインターネット、センサー、スマートフォン等のデジタルインフラやツールの普及によって、顧客の嗜好性や価値観がどんどん多様化・細分化していきました。これに伴い、単一のメッセージやマーケティングプランが通用しにくくなっています。
そのため、現在では 「マーケットイン(市場(顧客)の立場に寄り添いながら、市場が必要とするモノ、市場のニーズを満たすものを提供していく考え方)」 が、製品メッセージ開発やマーケティングプランの立案のアプローチの主流になっています。マーケットインの考え方は、顧客が欲しいものを提供するアプローチのため、結果が出やすいのが特徴です。
UX思考による製品メッセージとは?
マーケットインの考え方は、UXの考え方と非常になじみやすいでしょう。顧客にとっての「最高の顧客体験」を提供するUXのアプローチは、顧客のニーズを満たすことが大前提だからです。顧客のニーズを満たせないUXは、最高の顧客体験を提供できません。従って、製品メッセージを作る際には、顧客目線から作り出すことが重要です。
筆者が医師に医療用医薬品のメッセージについて尋ねると、ほぼ全員がその製品のメッセージを思い出せません。医師は、「医療用医薬品は、厚生労働省が厳しい審査を経て承認したものだから効果があって当然」「医療用医薬品なのだから、副作用もあって当然」という認識です。しかも、一人の医師に対して多数の製薬企業が情報提供しています。さらに、どの製品メッセージも自社製品の特徴を説明するにとどまっているため、医師や患者さんから見れば、「自分にどのような価値を提供してくれるのか?」ということが分かりにくく、医師の印象にも残りにくいのでしょう。
UXの思考でその製品がもたらす最高の顧客体験を表現したいならば、製品の特徴を踏まえ、その製品がどのような価値を医師や患者さんに提供するのかに踏み込んで検討する必要があります。
製薬企業がUX思考の製品メッセージを作るには
製品メッセージをUX志向で作る際には、以下のプロセスで考えます。
- 製品メッセージを医師や患者さんが享受できるベネフィットから考える
- 製品メッセージをブラッシュアップする
- 医師や患者さんとのコミュニケーションをデザインする
製品メッセージを医師や患者さんが享受できるベネフィットから考える
すべてのメッセージにおいて、データを見れば分かることだけを言うのではなく、それらを踏まえた上で、 医師や患者さんが享受できるベネフィットから考える ことが大切です。
<例>
これまで:
製品Xは、疾患Yの治療で○○の効果を発揮しました
↓
これから:
△△という症状に苦しむ疾患Yの患者さんの治療に、製品Xは〇〇の効果を示すことにより、患者さんとご家族のお時間のために貢献していくことを目指します
もちろん医療用医薬品の製品メッセージは、製薬協が策定している『 医療用医薬品製品情報概要等に関する作成要領 』に完全に準拠しなければなりません。その上で、その製品によって治療効果を得た患者さんは何を享受できるのかを考えてみましょう。
抗がん剤であれば、生存期間の延長によって患者さんとご家族が一緒に過ごせる時間と思い出を増やすことに役立てるかもしれません。このような考え方で、自社製品が何を患者さんに提供できるのかを検討すると、患者さんにとっての最高の体験が何かを明確にできるようになります。
製品メッセージをブラッシュアップする
製品メッセージは作るだけでなく、臨床現場からのフィードバックを得て改善し続けることが重要です。そのためには、その製品によって医師や患者さんがどのような経験をしたのかを情報収集し、吟味し、現場からのフィードバックを踏まえながらメッセージをブラッシュアップする取り組みが望ましいでしょう。
MRには、新規処方患者数の確認やMR活動のKPIのトラッキングといったマネジメントがなされていることが多くみられます。しかし、その取り組みのままでは、製品の価値の最大化と患者さんへの最高の体験を提供するには不十分です。
MRが新規処方患者について医師に確認する際、聞ける範囲で良いので、
「新規処方患者さんがその製品によって治療効果を得られたのか」「その患者さんは生活の中でどのようなベネフィットを得たのか」など、患者さんのQOLが向上したのか
も確認しましょう。
これらの情報を収集・整理することで、自社製品が患者さんにどのような体験を提供できるのかが分かり、製品メッセージを見直す際に役立ちます。
医師や患者さんとのコミュニケーションをデザインする
磨き上げた製品メッセージを、MR、自社ウェブサイト、サードパーティのサイト、動画等、オムニチャネル全体で統一して届けられるように、医師とのタッチポイントやジャーニー全体も設計します。
具体的な取り組み方法は、本コラムの第3回「
なぜ今プロマネに基本的なDX/UXの理解が求められるのか?
」をご参照ください。
UX思考によるKPIの見直しと改善の方法
施策を評価するKPIも、UX思考で見直す必要があるかもしれません。また、UX施策を通じて得たデータを分析し、改善していくことも今後ますます重要になっていくでしょう。
ウェビナーの利便性向上と評価のKPIを見直す
製品メッセージを届けるチャネルの一つであるウェビナー(Web講演会)でも、UXを改善する余地はあります。
ウェビナーはライブ配信だけでなく、後から視聴可能なアーカイブ配信も用意することが望ましいでしょう。ライブ配信のみのウェビナーは、医師の業務等を妨げることになりかねません。医師の時間を尊重しない製薬企業だという印象を与えるため、製品評価や企業評価も下げてしまいます。
ウェビナーは、ライブ配信とアーカイブ配信後1カ月程度の期間を設けた上で、アクセス数、視聴数、視聴時間などをKPIとする方が、医師にとって最高の顧客体験を提供しやすく、長期的にみてビジネス上良い結果をもたらす可能性があります。
メールのKPIも見直し、テストと改善で開封確率を高める
製薬企業の多くは、MRが送信するメールの開封率のほか、本社から医師に配信するメールの開封率、アポイントメントの獲得率もKPIとしています。本社から医師向けに配信するメールの場合は、件名、本文についてプロダクトマネージャーが責任を持つ方が良いかもしれません。なぜなら、メールを活用したマーケティングでは、さまざまなテストを実施しやすいからです。
例えば、本社からのメールを2種類用意し、ABテストを実施するといったメールマーケティングの企画・実施・評価をプロダクトマネージャー主導で行えるようになります。
ABテストとは、例えばAとBという2種類のメールを、1カ月の前半はAを東日本に配信し、Bは西日本に配信し、残りの期間はAとBを入れ替えて配信する、というような検証方法です。この場合のKPIは、AとBそれぞれの東日本と西日本でのメールの開封率です。
これによって、顧客がより開封しやすいメールのタイトルは、AとBのどちらなのかがわかるようになります。ABテストをやり慣れている他の業界の企業などでは、ABテストの結果を民族性の違いや個人の行動特性の分析にまで落とし込んで、プロモーションを立案している企業もあります。このような取り組みは、プロダクトマネージャーの業務にも役立つでしょう。
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UX施策を通じて得たデータで、医師を新たにセグメントする
DXの仕組みを整えて、ここまで見てきたウェビナーへのアクセスやメールの開封状況、自社サイトへのアクセスログ等の得られたデータを積極的に蓄積・解析すると、これまでのマーケティングでは得られなかった情報によって、医師を新たにセグメントできるようになります。
一部の製薬企業ではすでに実施していますが、医師をウェブへの親和性などでセグメンテーションし、セグメントごとのオプトイン率、自社サイトへのアクセス数、アクセスする医師/しない医師、アクセスするコンテンツの特徴を抽出するといった取り組みも、データがあれば可能になります。
これらの一連のUX施策の企画、実行、評価、改善を通じて、効果(顧客にとって最高の顧客体験の提供と、製品のライフタイムバリューの最大化)を検証しましょう。
そして、医師への情報提供の質を高めつつUXを高めるには、どのように自社内のDXを構築し、どのような製品メッセージが良いのかを改善し続け、成果に結びつけることが、重要です。この取り組みも、これからのプロダクトマネージャーの役目になるかもしれません。
製薬企業がDXに取り組む際に必要な2つの視点
DXの目的はUXの最大化です。そして、UXの最大の目的は、「顧客体験の最大化を通してビジネスを成長させること」です。そのためには、顧客とのエンゲージメントの強化が必須となります。
また、UXデザイン、すなわち顧客にとって最高の顧客体験を提供するには、どのようなコンテンツをどのようにして届け、そこからどのようなフィードバックを得るかというコミュニケーション全体、システム全体、デジタルツールのトレンド等の理解も必要です。
その取り組みによって製品のライフタイムバリューも最大化され、業績にもつながっていきます。
DXは今後、日本のあらゆるビジネスシーン、コミュニケーションのシーン、サービス等を、デジタル時代にふさわしい、望ましい姿に転換します。全く想像できないくらい、社会・ビジネス・人の暮らしが変わることでしょう。
デジタルによってあらゆるものがつながり、新たなデータが得られるようになり、それらのデータからこれまで提供できなかった価値が提供できるように変化していくでしょう。その結果、世の中の構造が全変革されていきます。
これからDXに取り組む上で重要なのは、次の2つの視点だと考えます。
- 何の価値を転換するのか?を考える
- 長期にわたってDXに取り組み続ける
何の価値を転換するのか?を考える
製薬業界でいえば、「医師や患者さんに提供する価値をどのように変えたいのか?」「何と何を組み合わせてどのような価値を引き出したいのか」「それを経営やプロモーションとしてどのように設定して実行していくのか?」について考える必要が出てきています。
例えば、Web会議ツールを使い、Webやデジタルツールへの親和性が高いKOLを中心としたコミュニティを作り、Webに親和性を持つ全国の医師を繋ぎ、新たな独自のチャネルを作り、医師に最高の顧客体験を提供することなども今なら簡単に実現できます。そのチャネルに、医師がKOLと直接話したい、教わりたいと思うことを即座に提供できるという価値を提供すれば、医師のニーズを満たし、医師は最高の顧客体験を得られるでしょう。
長期にわたってDXに取り組み続ける
社会が続く限りDXも続きます。DXは、変わり続けるものですので、取り組むなら徹底してどこまでも継続することが望ましいです。ある程度の結果が出たり、見通しが立ったりするようになるまで5年程度必要になるかもしれません。それくらいはDXと付き合うことになります。
DXによって社会がアップデートしたことに合わせて、自らもアップデートしなければなりません。これまでのやり方から新しいやり方に刷新するには痛みが伴うこともあるでしょう。
その際、製薬企業の評価制度も新たにする必要があります。新しいことにチャレンジして失敗すると減点される評価制度では、DXはうまくいきません。一度チャレンジしたことがうまくいかなくても、次に新たなアイディアを出して再度チャレンジすることを評価し、それを社内の文化として定着させる取り組みがなければ、DXは社内に定着しません。どんなに良いアイディアがあっても、成功は難しいでしょう。
これからはDXとUXを駆使できるプロダクトマネージャーが生き残る
今まさに、DXの変化の波の中で多くの人たちと共に受動的に恩恵を享受する側に回るか、DXを自らの想像力と実行力でリードしていくかの2つに、ビジネスパーソンは大きく分かれていくでしょう。
製薬業界もプロダクトマネージャーも、急速に変化を遂げる社会・ビジネス・患者さんの生活に合致するように、経営やマーケティングを最適化していく必要があります。社会や患者さん側では、すでにそのような変化が起こっています。これをチャンスと捉え、マーケティングにぜひご活用ください。
<参考>
藤井保文, 日経BP, 2020, 『アフターデジタル2 UXと自由』
藤井保文/尾原和啓, 日経BP, 2019『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』