完成形ではなく制作過程にも価値を見出そうとする「プロセスエコノミー」というマーケティング手法が注目されています。なぜ最終的なアウトプットではなく、途中段階であるプロセスが価値になるのか。本記事では、プロセスエコノミーの概念や事例、製薬企業での活用の可能性についてご紹介します。
モノづくりの「プロセス」をビジネスにする「プロセスエコノミー」
プロセスエコノミーとは簡単に言うと、完成された商品や成果物といった最終的なアウトプットにだけ価値があるのではなく、それらを制作する過程(プロセス)にも価値があるという考え方です。2020年に実業家として有名な古川健介氏(けんすう氏)が提唱し、2021年には書籍『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(尾原和啓・著/幻冬舎・刊)が発行され、新しいマーケティング手法として注目されています。
プロセスエコノミーと対比するのがアウトプットエコノミーで、完成された商品そのものを販売するという従来からある手法です。しかし、今はモノが溢れている時代で、店頭に並んでいるモノのほとんどが一定の品質をクリアしています。つまり、あらゆるジャンルで商品やサービスがコモディティ化しており、品質や価格だけでは違いが出しにくく差別化が難しくなっているのです。
そこで、商品が完成するまでのプロセスを顧客に価値として共有し、リリースの前段階からファンを囲い込み報酬や応援を得るプロセスエコノミーという手法が生まれました。アウトプットではなくプロセスがビジネスになる。一見不思議に思える話ですが、個人や企業の想いやこだわりが価値になる時代です。加えて、同じような商品なら自分が関わった方を選びたいという気持ちは、容易に想像できるのではないでしょうか。
プロセスエコノミーの他業界の事例
続いては、プロセスエコノミーの事例をご紹介します。どのような商品やサービスでプロセスエコノミーが取り入れられているのか、具体的に見ていきましょう。
1. クラウドファンディング
以前、 Medinewでも紹介しました が、クラウドファンディングとは、クラウド(Crowd:群衆)とファンディング(Funding:資金調達)の造語で、インターネット上で公開した資金募集案件に対して投資者や寄付金を募る仕組みです。プロジェクト起案者は、クラウドファンディングの運営サイトに自身のプロジェクトを掲載し、それに共感した方から資金を集めるもので、単なる予約販売ではありません。例えば、「洋服」でクラウドファンディングを実施するのであれば、新しい洋服を作る意義を伝え、デザイン、機能、材料、染色、縫製など、完成に至るまでの一連のプロセスを公表します。そして、そのプロセスを含めたストーリーに共感した人が支援者となり、資金提供するのです。このような特徴から、クラウドファンディングは、プロセスをビジネスにするプロセスエコノミーに該当すると言えます。
2. Nizi Project
韓国の芸能事務所JYPエンターテイメントと日本のソニーミュージックによる日韓合同オーディションである「Nizi Project」も、プロセスエコノミーと言えます。日本でも人気の9人組女性アイドルグループNiziUは、このプロジェクトによって誕生しました。グループ結成の前段階であるオーディションの模様を番組として公開しデビューに至るまでのプロセスを発信し続けたことで、デビュー前から熱烈なファンが生まれ、プレデビュー曲である「Make you happy」が社会現象になるほど大ヒットしました。
3. 北欧、暮らしの道具店
「北欧、暮らしの道具店」は、「フィットする暮らし、つくろう」をテーマに、北欧を中心としたさまざまな国の雑貨を販売している月間アクティブユーザー約200万人のECメディアです。
「僕らはモノを売っているんじゃない。映画館の入場券を売っているようなものだ。」と創業者の青木耕平氏が話すように、サイト上では商品の紹介や販売だけでなく、生活の中のちょっとした「非日常」を感じ楽しめるようなコンテンツも多数掲載されています。YouTube公式チャンネルも運営しており、同店の世界観が味わえるオリジナルドラマシリーズ「青葉家のテーブル」は600万回再生を超え、2021年6月に映画化もされました。このように、完成された商品だけでなく多彩なコンテンツを通して北欧のすばらしさ、作り手のこだわり、商品の歴史、仕入れてきた想い、日本向けのカスタマイズの工夫といったプロセスも丁寧に紹介することで、ファンとの強固なつながりを実現しています。
4. ドミノ・ピザ
デリバリーピザチェーンのドミノ・ピザは、2021年5月に同社のモットーである「おいしいに安心を」を目で感じることができる「世界一透明なドミノ・ピザ」をお台場にオープンしました。
冷蔵庫やキッチンなどが見えるように、店舗の大部分がガラス張りになっているのが特徴です。生地を伸ばすシーンや、オーブンで焼き上がる瞬間、カッティングのシーンなど、ピザをお届けするまでの工程を外から見ることができ、また、店内に設置した3台のWebカメラによりオンラインで見ることも可能です。こうしたプロセスをすべて公開することで、エンターテインメント性と、品質への安心感・信頼感を同時に訴求し、違いが出しにくい宅配ピザにおいて他社との差別化を図っています。
製薬企業がマーケティングにプロセスエコノミーを取り入れるとしたら?
「過程」を顧客に共有するプロセスエコノミーでは、「強固なファンの獲得」が期待できます。強固なファンが獲得できると、コミュニティが活性化し、ファン自らの情報発信により、新たなファンを生み出し、さらにコミュニティが活性化し…といった好循環も望めます。
プロセスエコノミーは、製薬企業も活用できる可能性があります。
例えば、多くの製薬企業が運営する医療関係者向けオウンドメディアにおいて、プロセスエコノミーを取り入れた独自性のあるコンテンツを作る、といった方法があります。通常なら監修として関わる医師に企画段階から参加していただき、さらに、その制作プロセスも公開し、ひとつのコンテンツが完成するまでの過程(オリエンテーションや企画会議の模様、制作・撮影現場など)をドキュメンタリーとして見せていくのです。採用されなかったボツ案なども公開することで、エンターテイメント性やライブ感なども演出することができ、これまでのコンテンツとは一線を画するものになりそうです。
強固なファンの獲得やコミュニティの活性化が期待できるプロセスエコノミーは、患者向けの疾患啓発にも有用です。上記と同様に、患者さんには製薬企業がすでに用意したコンテンツではなく、コンテンツの企画段階から参加していただき、制作プロセスを見せます。広く意見を集めて検討する姿勢を公開することで、多くの患者さんや一般市民から共感される、真の疾患啓発コンテンツが生まれるかもしれません。
マーケティングの目的達成のためにプロセスエコノミーを活用
プロセスエコノミーには、商品やサービスを差別化するだけでなく、顧客(製薬企業なら医療関係者や患者さんなど)を巻き込み、ファン化し、コミュニティを活性化する、といった特徴があります。ただし、注意点もあります。医師など顧客の意に沿いすぎてしまい、本来の目的を見失ってしまうことです。目指すべきゴールに向かうための手法であるのに、ゴールが変わってしまっては本末転倒です。プロセスエコノミーは、メリットだけでなく注意点も理解し、ゴールを明確にしたうえで活用することが大切です。
<参考>
※URL最終閲覧2021年11月9日
・『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』尾原和啓,幻冬舎,2021
・「プロセスエコノミーに注目 過程を見せて顧客巻き込む」,日経MJ(
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ttps://www.nikkei.com/article/DGXKZO73897780V10C21A7H21A00
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)
・「『北欧、暮らしの道具店』初の映画『青葉家のテーブル』全国からの大きな反響に応え、DVD&アナログレコード発売!」,PR TIMES(
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000049.000024748.html
)
・ドミノ・ピザ台場店(
https://www.dominos.jp/topics/anshin-oishi/daiba
)
・「ドミノ・ピザ、『世界一透明なドミノ・ピザ』 をお台場に本日オープン!全フード、合成着色料・合成香料・合成保存料不使用を達成し、『おいしいに安心をTM』をお約束します!」,Degital PR Platform(
https://digitalpr.jp/r/47597
)