「データ」と「感情」で患者と向き合う。これからのペイシェントジャーニーに必要なこと
新型コロナウイルス感染症やインターネットの普及といった患者を取り巻く環境の変化により、ペイシェントジャーニーがマーケティング手法として再注目されています。本記事では、ビッグデータを活用したペイシェントジャーニーの導入、改善の提案を手掛けるヤフー株式会社 データソリューション事業本部クライアントソリューション部 部長の新庄匠氏に、ペイシェントジャーニーの動向や成功のポイントなどをうかがいました。
ペイシェントジャーニーが再注目される2つの理由
「ペイシェントジャーニー」は、患者が病気を認知し治療を進めていくプロセスで、どのような思考・行動をしているのかを明らかにする手法です。患者インサイトを理解する方法として、以前からマーケティングに活用されていました。近年ではこのペイシェントジャーニーへの関心の高まりがさらに顕著になり、特に「ビッグデータ」を活用したジャーニーの構築、分析に注目が集まっています。その理由としては「既存の調査方法の限界」と「新型コロナウイルス感染症の影響」が考えられます。
1つ目の理由は、「既存の調査方法の限界」です。従来のペイシェントジャーニーは、患者アンケートなどで情報を収集し、作成していました。しかし、製薬企業は、ユーザーである患者さんに直接アプローチする機会が少ないという課題があります。医師へのヒアリングで患者さんの声を集めることもありますが、「患者さんが本当は何に困っているのか?」を把握することは、とても難しい状況でした。サンプル数が少ないとバイアスが強まるリスクも考えなければなりません。また、アンケートの内容についても「はい・いいえ」や「5段階評価」では、患者さんの本意を知ることは難しいという課題もあります。
2つ目の理由は「新型コロナウイルス感染症の影響」です。製薬企業は、患者さんだけでなく医師と直接面会することも難しくなりました。従来のヒアリングによる情報収集だけでペイシェントジャーニーを作るには限界があります。ペイシェントジャーニーを構築するために新たな手段を模索しなければなりません。
このような今までのペイシェントジャーニーが抱えていた課題と、社会情勢の変化に対応するために「データを活用したペイシェントジャーニー」に注目が集まっていると考えています。
データ活用によるペイシェントジャーニー
当社は、検索や人流などのヤフー上のビッグデータを企業や自治体でも活用いただけるデータソリューションサービスを展開しています。そのサービスの中で、お客様である多数の製薬企業のみなさまが、ビッグデータを活用してペイシェントジャーニーを構築し、患者インサイトや健康ニーズの獲得、効果的なコミュニケーション方法を検討するサポートを行っています。また、検索データだけでなく、検索後にアクセスしたサイトの傾向なども確認できるため、ペイシェントジャーニーを構築するうえで重要な病院を受診する前段階の「患者による情報収集」の精度を効果的に高められるのも強みです。
ビッグデータを用いたペイシェントジャーニーは、特にオンラインでの施策や患者さんに対する適切なコミュニケーション方法を模索する際に効果的です。その代表的な施策が、患者さん向けオウンドメディアのコンテンツ改善です。患者さんのことを理解しているかどうかによって、オウンドメディアに掲載するメッセージは異なってきます。ペイシェントジャーニーを適切に把握できれば、「どんなコンテンツを掲載すべきか」はもちろん、「遷移させるべきページの明確化」「SEO対策すべきキーワードの選定」「ペルソナに合わせたUI、UX設計」などさまざまな施策の指針になるでしょう。
希少疾患におけるデータ活用の重要性
ペイシェントジャーニーの構築状況は、製薬企業の規模やマーケティングの方針、医薬品によって異なります。そのなかでも、患者数が少ない「希少疾患」が対象の医薬品の場合、ペイシェントジャーニーの構築を十分に行えていない企業も少なくありません。資金や人的リソースなど原因はさまざまですが、そのなかでも特に「サンプル数の確保」が難しいことが大きいと私は考えています。
前述のとおり、ペイシェントジャーニーは患者の行動を把握するのが目的のため、「サンプルの量と質」の担保が重要です。日本においては希少疾患の患者数は5万人未満と定義されており、患者数が多い疾患と比べると患者さんの声を集める難易度は上がってしまうでしょう。それはWeb上の行動でも同じで、キーワードの検索ボリュームがメジャーな病気と比べて桁が違うほど少ないことは珍しくありません。データソリューションサービスとしても、検索ボリュームなどデータの母数が一定より少ない場合には、プライバシー配慮の観点から分析のご依頼をお断りさせていただくこともあります。
一方、希少疾患の患者さんは、身近に同じ疾患の患者さんがいなかったり、インターネットで調べても求めている情報が見つからないなどの問題を抱えている場合があります。そのため、希少疾患においては特にペイシェントジャーニーに基づいて作成した「本当に必要な情報」を患者さんに届ける必要性が高いと感じています。プライバシーへの配慮は大前提としたうえで、上手くペイシェントジャーニーを構築することができれば、より多くの製薬企業が希少疾患の患者さんのニーズにあった情報を届けることで、社会的意義がより大きな活動になるでしょう。
ペイシェントジャーニーの精度はデータと感情の掛け算で高まる
ペイシェントジャーニーの精度を上げるためには、さまざまな情報を収集する必要があり、ビッグデータはその重要な役割を担っています。実際、ビッグデータを用いたカスタマージャーニーによるマーケティングは製薬企業に関わらず、多様な業界で実施されています。しかし、残念ながらそのなかには失敗してしまった事例も少なくありません。その大きな原因の1つが、マーケティング担当者の「数値では表すのが難しい情報」に対する向き合い方の違いです。
データはあくまで「見えないものを見えるようにする」ために使うもので、決して万能というわけではありません。人の行動を決めるのは、数値だけでは測れない「感情」なども大きな要因になるため、特にペイシェントジャーニーにおいては「データで見えない要素」も積極的に収集する必要があるでしょう。
例えば、ヤフーのビッグデータではオフラインでは収集できない患者さんの検索意図や目的などをデータとして把握できます。一方、検索しているときの患者さんの焦りや不安といった「感情」は、あくまで推察することしかできません。データと感情の分断を防ぎ、線で描くことが重要です。
製薬企業がオンラインデータ以外の情報を収集する方法としては、先生方や患者さんへのヒアリングやコミュニケーション、アンケート調査などが考えられます。ペイシェントジャーニーに使えるビッグデータの種類が今後さらに増えたとしても、このようなオフラインでの情報収集は変わらず必要でしょう。従来の手法で取得できるオフラインデータとオンラインデータ活用を併用することで、より患者さんのインサイトに近いリアルなペイシェントジャーニーを描くことができるのです。
ビッグデータの活用をより広げていく
製薬企業では、これまでも患者さんのことを理解し、より良い情報提供をするためにさまざまな施策を講じてきました。しかし、自社で収集した情報だけでは、目まぐるしく変わる社会情勢や患者さんの行動の変化に対応するのは難しくなりつつあります。製薬企業にとって、ビッグデータの活用は今後ますます重要性が高まっていくでしょう。
コロナ禍によりさまざまな業界でDXが進み、データ活用の土壌はできてきました。ヤフーでは、患者さんの行動だけでなく、医療従事者のペルソナ分析、トレンド調査など、データを使ったさまざまな分析を提供しています。顧客のニーズをしっかり把握し、必要とされている情報を提供していくために、データでできることはまだ大きな可能性を秘めていると考えています。