#2 地域の医療ニーズを可視化する、地域分析のポイント|地域ビジネスプランニング
2040年を見据えた新たな地域医療構想の議論の中で、医療ニーズの地域差がより一層顕在化する見込みであることが明らかになってきた今、地域ビジネスプランニングの重要性が高まりつつあります。
その土台となるのが、データに基づいた詳細な地域分析です。具体的な分析方法や施策立案への活用策について、株式会社JMDC製薬本部 マーケティングソリューション部 部長 小沢晴久氏にお聞きしました。
データに基づいた地域分析により、重点施策の検討が容易に
―前回、医療ビッグデータの拡充によって、地域ごとの詳細な分析ができるようになったと伺いました。どのような分析が可能になったのか、具体例をもとに教えてください。
オレキシンクラスに分類される不眠症治療薬、製品Xを例に取り上げて説明します。下図は、人口300万人以上の都道府県における、製品Xのウォーターフォール分析の結果です。
ご覧の通り、都道府県ごとに診断率や薬物治療率、薬剤処方率の推計値が示され、全国平均との比較や都道府県同士の比較をしています。なお、全国平均よりも高い数値を緑、低い数値を赤で着色しており、色が濃いほど全国平均の数値との乖離が大きいことを示しています。
―この分析結果から、どのように施策の検討へつなげることができるのでしょうか。
まず、都道府県ごとの施策立案について考えてみます。
わかりやすい例としまして、埼玉県と千葉県を比較してみます。埼玉県は千葉県よりも100万人以上人口が多いにもかかわらず、製品Xの推定処方数が1万人以上少なくなっています。
ご存じの通り、不眠症は高齢者に多い疾患です。65歳以上の人口比率は千葉県の方がやや高いものの、高齢者の人口自体はやはり埼玉県の方が多いです。
最終的な処方患者数だけを見ると製品Xのプロモーションを強化し、処方患者数を増やすことが、埼玉県の重点施策であるかのようにも思われます。しかしよく見てみると、製品Xの処方率は千葉県よりも2%、全国平均よりも0.8%高くなっているため、埼玉県でのプロモーション活動は一定の成果をあげており、医師への直接的なアプローチの強化だけでは伸び代があまりないとも考えられます。
代わりに、埼玉県が全国平均や千葉県と比べて低い数値を示している診断率7.2%。こちらにフォーカスすることで、結果的に製品Xの処方増を狙う、という施策も有用なように見えます。
―分析結果からさまざまな施策が浮かび上がってきた場合、どのように優先順位をつければよいでしょうか。
各指標を売上数値に置き換えることで、優先すべき施策が可視化できることがあります。例えば、千葉県でのオレキシンクラスの処方率を1ポイント上げると+0.4億円、製品Xの処方率を2ポイント上げると+0.8億円のインパクトが予想されますが、埼玉県では診断率を1ポイント上げると+3.8億円、オレキシンクラスの処方率を1ポイント上げると+1.5億円の効果が見込まれます。
もちろん診断率を1ポイント上げるということは簡単なことではありませんが、このようにウォーターフォール分析をすることで、レバレッジポイントはどこなのか、ということを念頭にマーケティング施策や営業施策を講じることが大事だと思います。今回例に挙げた埼玉県の場合、地域での受診率や診断率向上のための市民公開講座や、院内での患者さんに向けた啓発活動なども施策として検討するべきと考えられます。
それぞれ施策にかかる費用も考慮する必要はあるものの、売上数値の変化に置き換えて考えることで、地域ごとの施策の優先順位をつけることも可能になることがあります。
また、患者の性別や年代、併存疾患といった軸と組み合わせてクロス分析を行えば、同一施策におけるターゲットの優先順位もつけやすくなると思います。
地域分析の結果にMRさんの知見を組み合わせ、施策を決定することが大切
―地域分析を活用して施策を決定するにあたり、気をつけるべきポイントを教えてください。
大切なのは、地域分析にMRさんの知見を組み合わせることだと思います。地域分析で明らかになる数値はあくまで結果に過ぎず、なぜそのような数値になっているのかを語るものではありません。ペイシェントジャーニーのプロセスを細かく区切れば区切るほど、課題のあるプロセスをより詳細に特定しやすくはなりますが、そこに課題がある理由は依然としてわからないままです。その要因を説明できる可能性があるのは、現場に精通しているMRさんの知見であり、これは患者さんに必要な治療や薬剤を届けるうえでも大変重要な点です。
そのため、まずは地域分析の結果とMRさんの知見を照らし合わせ、その地域がどのような事情でどのプロセスに課題を抱えているのかについて議論し、仮説を構築することが第一のステップとなり、そのうえで課題へのアプローチ方法や施策を検討します。
このような手順を踏み、より本質的な施策が採用されれば、リソース配分を最適化してマーケティングの費用対効果を高めることができると思います。例えば、処方率よりも診断率に課題がある地域にはMSLさん、その逆の地域にはMRさんを手厚く配置するというのも、一つの策といえるでしょう。
―地域分析や、それに基づいた地域ビジネスプランニングを優先的に検討すべきなのは、どのような疾患領域でしょうか。
地域分析や地域ビジネスプランニングを施策の精緻化と捉えるならば、不眠症や糖尿病といった患者数が多い疾患ほど、売上に与えるインパクトは大きくなるでしょう。この場合、地理的環境や生活習慣、気候による地域差などが見えることもあり得ると思います。
一方、希少疾患で地域分析を行う場合は、かかりつけ医など患者を送り出す側の医療機関と、基幹病院など患者を受け入れる側の医療機関の所在やネットワーク環境といった、医療アクセスがもたらす地域差を明らかにできる可能性があります。
つまり、いかなる疾患であっても、地域ごとの分析を深めて地域に最適化した施策を打ち出すことにより、マーケティング効果をさらに高められると考えています。