#1 データをもとに地域差を捉える、製薬企業に求められる戦略とは|地域ビジネスプランニング
2040年を見据えた新たな地域医療構想の検討が進む中、今後は地域ごとに異なる人口動態が予想され、それに伴って医療ニーズの地域差もより一層顕在化する見込みであることが明らかになってきました。製薬マーケティングにおいても、全国一律の施策展開だけでなく、各地域に目を向けた施策も開始され始めました。
それでは、どのように地域ごとの戦略を策定していくべきなのでしょうか。株式会社JMDC 製薬本部 マーケティングソリューション部 部長 小沢晴久氏に、医療ビッグデータを活用した地域ビジネスプランニングの手法とそのポイントについてお聞きしました。
全国一律の施策展開では、地域の医療ニーズを網羅できなくなっている
―まず、製薬マーケティングにおける地域ビジネスプランニングの概要と意義について、教えてください。
製薬マーケティングにおける地域ビジネスプランニングとは、その名の通り、地域の医療ニーズに即した戦略立案を指します。
製薬マーケティングにおいてこのような取り組みが必要な背景には、日本における医療ニーズの地域差がより一層顕在化しつつあることが挙げられます。2040年を見据えて新たな地域医療構想が検討される中で、今後は地域ごとに人口全体の増減や年代別人口の増減が異なる傾向を示すこと、それに伴ってターゲット医師の総数や国内の分布の状況も変化することが見込まれているため、全国で画一的な施策を展開するだけでは地域の医療ニーズをカバーし切れなくなってしまうと考えられます。
―現時点で、製薬マーケティングの地域ビジネスプランニングは、どこまで進んでいるのでしょうか。
一部の大手製薬企業では、地域ビジネスプランニングの専門部署やプロジェクトが立ち上がり、地域ごとにMRさんやMSLさんの連携を強化するなどの取り組みが始まっています。しかし、業界全体で見ると、着手している製薬企業はまだ多くありません。
その背景には、地域ごとに異なる戦略を立案するための各種コストが捻出できないという他に、データに基づいた詳細な地域分析ができないという製薬企業の課題があります。つまり、MRさんは各地域の医療機関で医療関係者に話を聴く中で、感覚知で地域特性を理解し、医療ニーズや製品販売量の伸び代を予測することができますが、それを裏づけるファクトの活用については、まだまだ限定的なのだと思います。
製薬企業がよく活用している実消化データは、ほぼ全国をカバーしていますので大変有用なデータであることには間違いありませんが、一方で、例えば地域ごとの診断率や治療率など、出荷よりも細部の情報や、患者さんの動態などを把握することは困難です。その結果、たとえMRさんが地域の特性を把握していても、その裏づけを得られないために、戦略や施策へと正式に反映することも難しくなります。
医療ビッグデータの拡充で、データに基づいた詳細な地域分析が可能に
―JMDCの分析ツールで地域ビジネスプランニングのハードルの1つだった地域分析が可能になってきていると伺いました。
その通りです。当社は2024年6月、自社の保有するデータを分析するツール「JMDC Data Mart」に都道府県別の分析機能を実装し、都道府県ごとの診断患者さん数や薬剤処方患者さん数の推計などを分析できるようにしました。
このような機能を実装できたのは、医療ビッグデータを拡充できたおかげだといえます。地域ごとに分析を行うには、それに耐えられるだけのデータ量が必要だからです。
当社では、社保由来データベースだけで累積約2,100万人分を保有しています。他にも、1,000施設を超える医療機関由来データベースや、7,000弱の調剤薬局由来データベース、200万人を超える後期高齢者医療制度被保険者データベースを保有しています。これらの各種データベースをもとに、独自のアルゴリズムを組み、都道府県ごとの疾患診断患者数と薬物治療患者数、薬剤処方患者数を推計しています。
このような分析ツールを活用し、従来MRさんが持っていた定性的な知見に、定量的な指標を組み合わせれば、これまでよりも一段高い解像度で各地域でとるべき戦略を導き出すことができるようになると思います。当該地域で必要なのは、診断や治療を推進する患者さん向けの疾患啓発なのか、あるいは医師に対する製品理解の向上なのかを特定しやすくなるはずです。各指標はファクトに基づいたデータなので、正式な施策立案にもつなげやすいでしょう。
地域ビジネスプランニングのポイントは、ボトムアップ施策とアンブレラ施策の両立
―地域分析を足がかりに、地域ビジネスプランニングに着手する場合、気をつけるべきポイントがあれば教えてください。
最も大切なのは、地域ごとの施策と全国規模のブランディング戦略を両立させること、つまりボトムアップとアンブレラアプローチを併用することです。
製薬マーケティングのゴールは、その製品を必要としているすべての患者さんに着実に薬剤や治療を届けること。そのためには、詳細な地域分析を通して、各地域で何が製品の浸透を妨げる原因になっているのかを正しく理解し、各地域の潜在患者さんにリーチすることが必要だということは、先に述べた通りです。
しかし、だからといって、全てのマーケティング戦略を地域ごとに個別最適化するべきだというわけではなく、むしろ製品のブランディングについては、これまで通り全国一律の戦略を採用すべきだと考えています。ブランディングが一貫していなければ、MRさんによる情報提供の質にバラツキが出る他、Webサイトやセミナーなど各種チャネルで異なるメッセージが乱立してしまい、逆に医療関係者の信頼を損なう可能性があるためです。
―地域ごとの施策と、全国規模のブランディング戦略を両立させるには具体的にどのようにすればよいのでしょうか。
例えば、既に取り組んでいる企業もあると思いますが、地域ごとに開催するセミナーなどでは、前半に全国共通のブランドメッセージを、後半には地域の特徴に応じたサブメッセージを盛り込むといったようなことが考えられると思います。
いずれにせよ大切なのは、地域ごとの施策に本部が全く関与しない、あるいは本部の施策に各地域の担当MRさんの意見や地域分析の結果が全く反映されないといった事態を避けること。地域の特性が数字で可視化され、本部とMRさんが共通認識を持てるようになった今だからこそ、ブランディング戦略とボトムアップの地域施策を両立・連携させることが大切だと考えています。