生成AIの全社活用を目指して-中外製薬が取り組む内製と協働による基盤構築

生成AIの全社活用を目指して-中外製薬が取り組む内製と協働による基盤構築

中外製薬株式会社は、2024年5月に全社に向けて独自の生成AIアプリ「Chugai AI Assistant」をリリース。AWS(アマゾン ウェブ サービス)との協働により、アジャイルでの開発とアップデートを実施しています。
本記事は、「高度な価値提供を目指した、中外製薬の生成AI活用事例」と題して2024年11月に開催された中外製薬とAWSの記者発表より、中外製薬のデジタルトランスフォーメーションユニット 鈴木貴雄氏による講演を抜粋。中外製薬の生成AI活用推進のための体制や、Chugai AI Assistantの詳細、アジャイル開発がもたらすビジネス改革の加速についてまとめます。

中外製薬が目指す2030年の姿とAIへの期待

中外製薬は「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を掲げ、全社でのDXを推進しています。CHUGAI DIGITAL VISION 2030では、「イノベーション創出を支える全社基盤の構築」をもとに、「全てのバリューチェーンにおける生産性向上」「デジタルを活用したRED(Research and Early Development)領域の高度化」を実現することで、さらなる価値創造と社会を変えるヘルスケアソリューションの提供を叶えることを目標としています。

そのうち「イノベーション創出を支える全社基盤の構築」の一つの軸となるのが、生成AIの活用です。製薬各社で生成AIの導入や活用が進む中、中外製薬は、生成AIを人と組織の可能性を解放するためのパートナーに位置付けます。鈴木氏は、「人を減らすためではなく人を助けるための存在として生成AIを活用していくことで、人と組織の可能性を解放し、新たな価値創造ができるのではないか」と話します。

そのため、中外製薬では生成AIの活用領域を以下のように定めています。

  • クイックな業務効率化(定型的業務の効率化)
  • 高度な自動化(創造的業務の効率化)
  • 社内に眠る知見のマイニング・活用(定型的業務のさらなる価値創出)
  • インサイト抽出・意思決定支援(定型的~創造的業務のさらなる価値創出)

これらの部分で生成AIを活用し人間と協働することで、単に業務の効率化や生産性向上が望めるだけではなく、人間が本来担うべき「創造的業務における新しい価値創出」のための役割を追求できるような基盤が構築できるのです。

「Chugai AI Assistant」で社内の生成AI活用基盤を構築

生成AIと人間が協働しながら互いの役割を適切に追求できるよう、中外製薬では全社で生成AI活用を推進するためのCoE(センター・オブ・エクセレンス)体制を敷いています。体制の拠点となる「生成AIタスクフォース」は、以下の5つの視点からさまざまな部門での生成AIの導入や開発を支援します。

生成AIタスクフォースの支援項目

概要

プロジェクト推進支援

全社ニーズの把握やユースケースの選定など

自社生成AI構築推進

独自のLLM・生成AIモデル構築に向けた検討推進など

基盤構築推進

PoC構築の設計・構築など

人財育成支援

生成AI人財育成戦略の策定など

ガバナンス

順守すべきルール・ガイドラインの策定および全社展開など

このうち、「基盤構築推進」にあたる取り組みの一つとして鈴木氏が取り上げたのが、AWSとともに開発した中外製薬独自の生成AIアプリ「Chugai AI Assistant」です。

社内の利用者は右肩上がりに増え続けており、現在は1,000名以上の社員がChugai AI Assistantを日常的に使用。一方で、現時点では研究部門での活用がメインであるため、今後は他部門でも活用を推進し、最終的には全社での活用を目標としています。

生成AIを業務で活用する際には、情報漏えいやハルシネーションなどのリスクが懸念されます。それゆえに、生成AIの使用に制限を設けている製薬企業が多くあることも確かです。しかし、Chugai AI Assistantであれば社内ガイドラインの規定に則った使用ができるため、ガイドラインや使用ルールを検索したり、資料を読み込んだりする必要はありません。

生成AI初心者に向けて「始めやすさ」を追求

Chugai AI Assistantは、全社全部門での活用を目標に、生成AI初心者であっても始めやすいさまざまな機能を有しています。

例えば、生成AIのユースケースをボトムアップで吸収し、社内で頻繁に使用されているシーンをテンプレート化。アプリ内にプロンプト集を用意することで、ユーザーの「何をどのように聞けばよいかが分からない」というハードルを解消します。

そのほか、Chugai AI Assistantは、ChatGPTをはじめとした6つのAIモデルを搭載。どの生成AIを使用するかは、質問したい内容やほしい回答に応じてユーザーが自由に選択できます。「このAIモデルであればこの業務や問いに適している」というような、カテゴリーに応じたおすすめのAIモデルを公開するなど、AIモデルを選ぶ基準が分からないユーザーに対するフォローも万全です。

こまめなアップデートで技術・ルールを柔軟に進化させる

Chugai AI Assistantは全社に公開された後も、常に最新の技術を取り込み、週次のペースで機能をリリースしています。

技術面だけではなく、ガイドラインも同様にアップデートしています。新たなユースケースが出てきたら、その内容やリスクに応じてガイドラインもアップデート。鈴木氏は、「変化するAI技術やユースケースに適時に対応できるように、アジャイルガバナンスを導入している」と話します。

内製化と外部協働のバランスを重視

中外製薬は、Chugai AI Assistantの開発や運用、ガバナンスの構築などをはじめ、生成AIの社内活用の基盤を整えるためにアジャイル開発を重視しています。全ての機能を一括で要件定義し、設計・実装・テスト・リリースまで順を追って行うウォーターフォール開発に対して、アジャイル開発は計画・設計・実装・テスト・リリースを機能ごとなど小規模な単位で繰り返し、小さく・素早く開発を進めていく手法です。

アジャイル開発を可能にするためには、意思決定だけではなく、現場からの課題抽出やそれに対する機能設計など、全てのフローでスピードが求められます。そのため、「迅速かつ柔軟な判断や対応ができる内製化を重視した」と鈴木氏は話します。

例えばシステムインテグレーターに丸投げをすると、アプリの開発一つとっても、製薬企業は計画からリリースまでの作業詳細を把握できず、ブラックボックス化してしまいます。鈴木氏は「業務を知っているのは現場である」と強調し、自社の現場を巻き込んだ内製化により、ブラックボックスをクリアボックスに変え、機敏性や柔軟性の向上だけでなく、社内のDXにも寄与できると述べました。

さらに、内製化をしていくためには、社内の人財教育はもちろん、ベースとなる知識獲得や環境構築を外部企業に適切に委託し、協働していかなければなりません。中外製薬は協働先にAWSを選択。AWSとの協働により、最新アーキテクチャを用いたChugai AI Assistantの機能基盤の整備だけでなく、Chugai AI Assistantの精度改善のためのチューニングやアジャイル体制の維持や改善も実現。同時に、自社にもナレッジが蓄積しつつあり、内製化の価値がさらに向上しています。

製薬企業が生成AIを活用するために

鈴木氏は最後に、生成AIタスクフォースとして全社での生成AI活用体制を構築していく中で得た「製薬企業が生成AIを活用する鍵」は以下の6つであると紹介しました。

  • 業務効率化だけでなく、価値創造に注目する
  • 全社で活用していくためのチェンジマネジメントを実施する
  • マネジメントが生成AIの活用をエンカレッジする
  • マネジメントが生成AIのインパクトを正しく認識する
  • リスクをコントロールしつつ、自社経験を積み重ねる
  • 最新技術・規制を適切に把握し社内の施策に反映させる

このうち、特に一つ目の「業務効率化だけでなく、価値創造に注目する」という点が重要であると鈴木氏。生成AIは業務効率化のツールとして有用ではありますが、ビジネスを変革していくためには、その先にある価値創造を目指して生成AIの活用を考えていく必要があります。

鈴木氏は、「生成AIをパートナーとして全社員が活用するために、Chugai AI AssistantはAWSとの協働のもとで、今後はさらにユーザーフレンドリーに最新技術を提供し、ビジネスを変革していきたい」と展望しました。