規制・文化を超えたヒントがある。製薬マーケティングのグローバル事例集

従来、製薬マーケティングの主役は「製品そのもの」でした。しかし今、医療関係者が製品や企業を「選ぶ」時代では、製品特性だけでは語りきれない価値を「どのように伝え・届けるか」がますます重要になっていると考えられます。
厳しい広告規制の中でも、AIや異業種とのコラボレーションを通じて、「情報の届け方」を最適化する動きはグローバルに広がっています。本記事では、海外の先進的な製薬マーケティング施策を4つ紹介。それぞれの取り組みから、国内の製薬マーケティング施策に応用可能な視点を探ります。
製薬マーケティングに求められる「届ける力」
医療関係者が治療選択肢を検討する際、製品の有効性や安全性といった特性が最重要視されることは間違いありません。ただ、近年では、それに加えて企業の姿勢や情報提供の分かりやすさ、患者視点での取り組みなどが、信頼形成の一因として意識される場面も増えてきました。
「企業がどのような姿勢で社会課題に向き合っているか」「患者や医療関係者に対してどんな価値を届けようとしているか」といった背景にあるストーリーも、選ばれる理由の1つになりつつあるのです。
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注目のグローバル製薬マーケティング事例
製薬マーケティングは各国の文化や規制の影響を受けつつも、共通して「どう伝え・届けるか」の工夫が求められています。
ここでは、ブランドの再構築や新技術の活用、異業種との連携など、海外の製薬各社の先進的な取り組みをピックアップ。日本企業のヒントとなる実践的な事例を紹介します。
【Pfizer】生成AIで伝え方のスピードと精度をアップデート
Pfizerは、Adobeの生成AI「Firefly」を統合したコンテンツ制作ツールを活用し、マーケティングチームによるビジュアル素材やテキスト表現の制作プロセスを刷新しています。これにより、キャンペーンやチャネルごとに適したクリエイティブの量産が可能となり、情報設計のスピードと柔軟性が大きく向上しました。
特に、レビュー・承認プロセスの効率化やコンテンツの再利用を前提とした設計は、製薬マーケティングにおける「届ける精度」の底上げにもつながっています。情報のパーソナライズやタイミングの最適化といった観点からも、生成AIの活用は今後のコミュニケーション設計における選択肢となりそうです。
出典:Adobe for Buisiness, 世界の革新的マーケティング戦略:ファイザーはいかにして全社規模でのコンテンツサプライチェーンの変革を実現したのか?, https://business.adobe.com/jp/blog/the-latest/dx-innovative-marketing-strategies-around-the-world-pfizer
【Novartis】スーパーボウルで乳がん検診を呼びかけるCM放映
Novartisは、2025年のスーパーボウル中継で乳がん検診の重要性を伝えるCM「Your Attention Please」を放映。視聴者の“注意”をテーマに、意表を突く演出とエンターテインメント性を交えながら、定期的な検診受診の重要性を啓発しました。
この取り組みは、一般生活者に意外な視点から乳がん検診の重要性を気づかせるCMとして注目され、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の「Super Bowl Advertising Review 2025」にて、全CM中トップ評価を獲得。20年続く「Super Bowl Advertising Review」で、初めて製薬企業のCMがトップに輝きました。
疾患啓発と企業ブランドの姿勢を同時に伝えるこの取り組みは、製薬業界の「プロモーションの在り方」そのものを再定義するアプローチともいえそうです。
出典:Novartis, Your Attention Please, https://www.yourattentionplease.com/
【Johnson & Johnson】動画シリーズでワクチン開発の裏側を発信
Johnson & Johnsonはパンデミック下でのワクチン開発の透明性を高めるため、「The Road to a Vaccine」というドキュメンタリーシリーズを制作・配信しました。研究者、医師、患者など多様な視点を交えながら、開発プロセスの複雑さや倫理的な配慮を伝える内容になっています。
専門的な医薬品情報を一般生活者にも分かりやすく届ける試みであり、科学的信頼と企業の誠実さを同時に伝えることに成功。共感を得やすい「動画」フォーマットを通じ、ブランド構築に寄与しています。
出典:Johnson&Johnson, The Road to a Vaccine, https://www.jnj.com/latest-news/the-road-to-covid-19-vaccine-live-video-series
【Novartis × NFL】スポーツと組んだ健康啓発
Novartisは、米ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)と複数年契約を結び、同リーグ初の公式製薬パートナーとして健康啓発に取り組んでいます。生活者との接点が限られる中で、関心の高いスポーツコンテンツを通じて疾患リスクや予防医療への意識を高める狙いです。
連携施策として最初に力を入れているのが、米国がん協会(ACS)とNFLが共同で進める「Crucial Catch」プログラムへの参加です。Novartisはこれに賛同し、特に医療アクセスの乏しい地域でのがん検診の受診促進を支援。情報格差の是正や行動喚起につなげています。
また、NFLの年次健康・安全サミットでもパートナー企業としてプレゼンスを高め、企業としてのヘルスリテラシー向上への姿勢を明確にしています。疾患啓発を社会にどう届けるかを再設計するうえで、スポーツを媒介としたこの取り組みから示唆を得られそうです。
出典:Nobartis, Novartis named first-ever corporate pharmaceutical partner of the National Football League, https://www.novartis.com/us-en/news/media-releases/novartis-named-first-ever-corporate-pharmaceutical-partner-national-football-league
日本企業にも活かせる3つのヒント
これらのグローバル事例から見えてくるのは、「何を伝えるか」だけでなく、「どう伝えるか」「どう届けるか」が重視されているという点です。単に情報を発信するのではなく、相手の立場や状況を踏まえ、“届ける”ための設計が求められています。
この視点を、国内の製薬マーケティングではどのように組み込むべきでしょうか。以下に3つのヒントを紹介します。
①「誰に、どう届けるか」までがメッセージ設計
Pfizerの事例に見られるように、単に情報を作るだけでなく、「誰に、どのように届けるか」までを含めた設計が重要です。AIの導入などはあくまで手段であり、顧客との接点にあわせて最適な表現・タイミングを選ぶことで、「情報が届く」設計に変わります。
チャネルごとに伝わりやすいフォーマット・語り口を見直すだけでも、メッセージはぐっと届きやすくなります。
②「体験」がブランドへの共感を強くする
Johnson & Johnsonのドキュメンタリー動画から読み取れるのは、「伝える」より「感じてもらう」ことを重視している点です。
共感や理解は単なる情報伝達ではなく、相手の視点に立ち、体験させることによって深まります。自社の取り組みや製品価値をどう語るかだけでなく、誰の目線で描くかを設計に組み込む視点が、ブランド構築の差を生むといえます。
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③医療情報の枠を超えたコラボレーションで新たな層に訴求
NovartisとNFLの連携のように、疾患啓発や予防のメッセージは医療情報の枠にとどまらず、スポーツやエンタメといった一般生活者の日常に絡めることで、より広く、そして新しい層にも届けられます。医師や患者との接点が限定されがちな中でも、「どこなら届くか」を起点に考えることで、選択肢は広がるでしょう。
視点を広げ、マーケティング戦略をアップデートするヒントに
各事例に共通するのは、製品の特徴や優位性を語るだけでなく、それを「誰に、どのように届けるか」を緻密に設計したマーケティング戦略に基づいて情報発信している、という点です。制約がある中でも、伝え方次第で医師・患者にとっての自社の存在感は大きく変わる可能性があります。
自社の文脈に引き寄せながら、届け方という視点を戦略にどう組み込むかが、これからの製薬マーケティングのカギになるのではないでしょうか。