製薬マーケティングに活かす地域医療の基礎知識【後編】変化し続ける地域医療を踏まえた製薬マーケティングの取り組みとは?
製薬業界のマーケティングは、大きな変革期を迎えるかもしれません。その理由は、都道府県や2次医療圏ごとに人口動態や疾病構造等が変化することで、地域ごとに患者や医師などの取り組みも異なってくるためです。この変化により、プロマネが作成した製品メッセージが処方に繋がりやすい地域と繋がりにくい地域に分かれる可能性があります。
そこで今回は、地域の状況を理解し、処方に結びつきやすいメッセージを開発するための具体的な手法について解説します。
地域医療構想の検索方法と読み解き方
都道府県の地域医療構想を調べる際は、「都道府県名+医療計画」または「都道府県名+地域医療構想」などのキーワードで検索できます。検索の際は、できるだけ最新版の地域医療構想を見つけるようにしてください。ほとんどの都道府県では「医療計画」というキーワードでヒットします。
例えば、東京都の場合は「東京都保健医療計画 令和6年3月改定」を見つけることができます1)。
また、自治体病院が占める病床数の割合が全国第1位(2023年:44.9%)の山形県の場合は「第8次 山形県保健医療計画(令和6年度~令和11年度)令和6年3月」が見つかります2)。
医療計画、地域医療構想を見つけたら、次はその内容を詳しく見ていきましょう。
【1. 全体像の把握】
都道府県ごとの医療計画の目次を確認し、その都道府県が今後どのような医療を提供しようとしているのかを把握しましょう。医療計画のフォーマットはすべての都道府県でほぼ同様なので、比較したい項目を都道府県間で見比べることができます。
東京都の場合は、以下のような方向性が示されています。
上記から、東京都の場合は15個のキーワード(ベン図の中の◯印)が設定されていることがわかります。製薬業界としては、「超高齢社会」「地域包括ケアシステム」が特に密接に関わるでしょう。
一方、山形県の医療計画では、以下のような方向性が示されています。
東京都と山形県の医療計画を比較すると、基本的な医療計画の方向性はかなり似通っていることがわかります。
その中で、山形県は「健康長寿日本一」の実現を掲げていることが特徴です。そのために「県民一人ひとりの主体的な健康づくり」を支援し、「生活習慣の改善、発症予防、重症化予防」を充実させるとしています。これらは長期的には患者数の増加を抑制する環境作りにつながるでしょう。
製薬企業が、例えば健康増進のためのキャンペーンを企画し、山形県に提案、実施することになったとしましょう。そのような取り組みによって、山形県の医療費の削減や健康長寿の推進につながれば、山形県の医療費の伸びを抑制することができ、財政の健全化に至るかもしれません。
このように、製薬企業は都道府県に対して、さまざまな関わり方で貢献できるのです。
東京都と山形県の医療計画には、そのほかにも下記のような違いが見受けられました。一部を抜粋します。
東京都 | 山形県 | |
---|---|---|
がん医療の取組 / 特徴 | · AYA世代への支援チーム設置促進、機能向上 · ピアサポート等患者の心理支援、ピアサポーター養成支援 · 小中高へのがん教育実施 がん患者の20%が他道府県居住者 | · AYA世代への支援の記述あり · ピアサポートの記述あり · 小中高へのがん教育実施については記載なし 一部の病院が国立がん研究センターとの遠隔手術サポートシステム共有 |
脳卒中 | · 救急医療体制の充実を引き続き図る | · 発症予防、正しい知識の普及啓発を推進 |
心血管疾患 | · 急性期医療機関間のネットワークを強化 · 関係者間の連携、情報共有の強化 | · 心血管疾患の予防や正しい知識の普及啓発 · 山形県脳卒中・心筋梗塞発症登録評価研究事業を継続実施 |
糖尿病 | · 糖尿病性腎症重症化予防を推進 | · 糖尿病発症予防を推進 · 初期・安定期治療 / 専門治療 / 急性合併症治療 / 慢性合併症治療別に対応可能病院をリスト化 |
精神疾患 | · うつ病・躁うつ病患者数が増加中 · 認知行動療法の専門職研修の継続実施 · 復職支援の継続実施 | · 精神疾患や精神障害者に対する正しい知識の普及と理解の促進 |
救急医療 | · 医師の働き方改革を踏まえた救急医療体制のあり方を検討 | · 病院前救護体制(救急隊による搬送途上から早期に適切な救命処置を行う)を一層強化 |
在宅医療の浸透度 | · 充足しつつある | · 在宅医療の情報提供、相談支援の充実をはかる |
アドバンス・ケア・プランニングの取組 | · 都民の理解推進 · 人材育成等の推進 | · 住民の理解を得る取組を推進 |
リハビリテーション医療 | · 急性期治療後、速やかに回復期リハビリテーション病棟へ転院推進 | · がん診療のリハビリ推進、人材育成推進 |
難病患者支援対策 | · 難病診療連携拠点病院、難病診療分野別拠点病院、難病医療協力病院を指定 | · 難病医療協力医療機関を増加 · 難病医療ネットワークの充実を促進 |
医療費適正化 | · データヘルス計画の推進 · 生活習慣病の発症、重症化予防の推進 | · 後発医薬品の普及 · 特定健診等の実施率の達成 · 生活習慣病に関する重症化予防の取組 · 重複投薬および複数種類医薬品の適正化 · 抗菌薬処方の適正化 |
【2. 対象疾患領域における自社製品の提供価値の検討】
医療計画を作成するときは、医療計画作成指針に従って作成されます3)。その中では、5疾病(がん、脳卒中、心筋梗塞等の心血管疾患、糖尿病、精神疾患)6事業(へき地医療、救急医療、小児医療、周産期医療、災害医療、在宅医療)が主に盛り込まれます。
そのため、これらの疾病や事業に関わる疾患の治療薬のマーケティングプランの立案時に、都道府県の医療計画が役立ちます。
例えば、上記の東京都の医療計画に合致するように自社製品の糖尿病治療薬のマーケティングプランを策定するとしましょう。この際に参考になるのが、クロスSWOTの考え方です。
クロスSWOTで「環境の機会」と「自社の強み」の合致を図る
東京都の医療計画では、糖尿病において「糖尿病性腎症重症化予防を推進」していくことが明記されています(第1章 第10節 411ページ)。これは医療費適正化でも「生活習慣病の発症、重症化予防の推進(第1章 第10節 411ページ)」とありますから、糖尿病治療薬のプロマネとしては以下の点を検討することが重要です。
- 東京都の糖尿病診療の質の向上に資する自社製品が提供できる価値
- 東京都の医療費適正化に資する生活習慣病の発症、重症化予防に対して自社製品が提供できる価値
これらを検討することが、東京都における自社製品の価値を最大化することになります。
その時、自社製品が糖尿病治療の際「糖尿病診療の質の向上」や「糖尿病の重症化予防」に対してどのようなアウトカムを出せるかを明確にしましょう。
糖尿病診療のアウトカムには、3ポイントMACE、心血管死、心筋梗塞、脳卒中、心不全入院、全死亡、複合腎臓アウトカム、腎機能悪化、アルブミン尿の出現または悪化、末期腎不全などがあります。これらを改善できるエビデンスがあるかどうかが、医師の薬剤選択に重要であるだけでなく、結果として東京都民の糖尿病診療の質の向上に寄与することにつながります。
さらに、糖尿病治療薬の有害事象の発現とその重症度の程度も、東京都の「糖尿病診療の質の向上」や「糖尿病の重症化予防」に深く関わります。
有害事象がシビアで、かつ高頻度で発現するなら、糖尿病治療の継続が難しくなりますし、患者さんの糖尿病治療への積極的な関わり方が期待できなくなるためです。
このように、糖尿病診療における「治療薬の効果」×「東京都の取り組み」、「治療薬の安全性」×「東京都の取り組み」を組み合わせて検討することで、自社製品が提供できる価値を都道府県の医療計画に則して表現できるようになります。
【3. 医療計画と製薬マーケティングの事例検討】
前項では自社製品と都道府県の医療計画の直接的な関わりで製品メッセージを検討しました。
ここでは、さらに一歩進めて、「都道府県の医療計画を踏まえた自社とターゲット医師らとの関係強化の方法」を考えてみましょう。
東京都の事例
東京都の医療計画では、脳卒中や心血管疾患に対して「救急医療体制の充実」や「急性期医療機関間のネットワークを強化」「関係者間の連携、情報共有の強化」が掲げられています。
病診連携の重要性は従来から言われていますが、実際には病診連携の台帳に連携先の診療所等の名前があるものの、実際に患者さんの紹介・逆紹介が行われている診療所は限定的だったりするケースがよくあります。
そのため、この状況を解消し、医療機関の患者紹介を活発にしつつ、患者さんへの処方薬が途切れずに変薬されない体制を作ることが、自社製品のシェア獲得や売り上げの基盤強化につながると考えられます。
筆者のこれまでの経験から、一般的に病診連携がうまくいっていないケースは、双方の理解不足が原因であることが多いです。
病診連携がうまくいっていない医療機関間では「患者さんを紹介したのに戻してもらえない」「紹介した患者さんが紹介先の病院でどのような診療を受けるのかわからない」「診療所から紹介されてくる患者さんは、いつも手の施しようがない重症例ばかりだ」などの不満が聞かれます。
このような状況を解消するため、病診連携を進めている医療機関間では、双方の施設の見学会などを実施しています。その時のキーパーソンは病院の院長と地域医療連携室のメディカルソーシャルワーカーです。
筆者は以前、ある製薬企業からの自社製品の売上アップの相談を受け、病院の院長および地域医療連携室と製薬企業の協業で、地域の病診連携の推進の企画を提案しました。
病院の院長とともに企画を立ち上げ、病院近隣の開業医を巻き込み、双方の意見交換会を行い、地域医療連携をさらに構築し、スムーズな連携を支援したところ、その製薬企業の生活習慣病治療薬のシェアアップを実現しました。
山形県の事例
山形県の医療計画では、脳卒中や心血管疾患でも東京都と異なり、「発症予防」や「正しい知識の普及啓発」に取り組みます。
そのため、脳卒中や心血管疾患の発症予防に取り組みたい医師あるいは医師会、薬剤師会をサポートすることが、ニーズを満たす活動になるでしょう。
診療所やクリニックなどの複数の医師とその門前薬局の薬剤師などと協力し、数人の医師が演者を務める脳卒中や心血管疾患の発症予防の市民講座を開催するのは一案です。
医師の理解を得ることが必須ですが、医師との協議によって講師謝礼なしとして、診療所の待合室などで開催すれば会場費がかかりませんし、むしろ診療所の近隣の住民に対して、ターゲット医師を「地域のかかりつけ医」として広く認知してもらえることに貢献できます。
このようなイベントは、自社製品の処方獲得までに時間がかかることもありますが、企画の打ち合わせを通してターゲット医師らとの面会機会が増え、自社製品の情報提供がしやすくなることも多いです。
東京都でも山形県でも、エリアマネジメントの一環として、急性期病院と周辺の診療所などの地域全体にどのような医療を提供していくのかを、病院の院長やエリアのオピニオンリーダーの医師と話し合うことは、実は医療機関側も期待しています。
これまでそのような話を聞く機会がなかった医師側が、「製薬企業は地域の医療連携を支援しない」と思い込んでいるだけです。
そのため、地域医療連携の実現に向けて製薬企業ができることを提供しつつ、自社製品がそこに提供できる価値を伝えていくことが、その地域における自社製品のポジショニングの確立につながります。
地域医療へのサポートが、シェア獲得の基盤になる可能性
地域医療構想は、「医師の働き方改革」「医師の偏在対策」と併せて、三位一体改革として位置付けられてきました。そして今後もこの3つが連携しながら医師の過重労働の解消や医師の偏在解消、地域ごとに最適化された医療提供体制の構築が進んでいきます。
この取り組みを率先して手掛けている医師会や院長などのキーパーソンに面会し、地域医療構想について製薬企業ができる支援を提案してみてはいかがでしょうか。
また、この具体的な内容を検討するには、プロマネだけではなく、地域の営業所長などとの協議も欠かせません。
理想的な関わり方は「プロマネが製品の基本的なメッセージを検討し、それをエリアの営業所長らがエリアの状況にフィットするように落とし込む」という流れになるでしょう。
エリアごとにシェア獲得を目指すならば、プロマネも営業所長も、地域医療への理解を深めることが必須です。
地域医療や医療政策の分析とマーケティングへの応用をすでに検討している製薬企業は、今回紹介したような取り組みをすでに実行しています。さらなる取組も検討、実施している可能性もあります。
ライバルの一歩先をいく、あるいは遅れを取らないマーケティング活動のためにも、地域医療への理解は、今後ますます重要になっていくでしょう。
<出典>※URL最終閲覧日 2024.6.21
1)東京都, 東京都保健医療計画 令和6年3月改定, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000686050.pdf
2)山形県, 2024.3, 第8次 山形県保健医療計画(令和6年度~令和11年度), https://www.pref.yamagata.jp/documents/8266/8jihontai.pdf
3)厚生労働省, 2023.6.15, 通知 医療計画関連通知 第8次医療計画, 医療計画について, https://www.mhlw.go.jp/content/001108169.pdf
<参考>
・厚生労働省, 地域医療構想に関する主な経緯や都道府県の責務の明確化等に係る取組・支援等, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001232705.pdf
・厚生労働省, 地域医療構想, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080850.html
・厚生労働省, 令和4年度 在宅医療関連講師人材養成事業 研修会, 2022.3.4, 総論①政策からみた在宅医療の現状について 資料1, 2040年に向けた人口動態・医療需要等, https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001090217.pdf
・厚生労働省, 2020.3.31, 医療従事者の需給に関する検討会 第4回 医師需給分科会 資料1. 医師の需給推計について, https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000120209.pdf
・厚生労働省, 2024.3.21, 第107回社会保障審議会医療部会 資料1. 地域医療構想の更なる推進について, https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001230825.pdf
・厚生労働省, 2023.5.25, 第12回地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ 資料1. 地域医療構想調整会議における検討状況等調査の報告, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001100421.pdf
・厚生労働省, 2024.4.26, 第4回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会 資料1. 医学部臨時定員の配分方針と今後の偏在対策について, https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001250705.pdf
・東京都, 東京都保健医療計画 令和6年3月改定, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000686050.pdf