【コラム】第5回 適応症や用法用量は決まっているのに、ポジショニングを考える意味はあるのか?

【コラム】第5回 適応症や用法用量は決まっているのに、ポジショニングを考える意味はあるのか?

これまで製薬企業のマーケティングやセールスに関する人材育成等のサポートに携わってきた中で、製薬企業の方からさまざまなご質問をいただいてきました。この連載では、わたしたちがトレーニングの際などに聞かれるシンプルかつ根本的な医薬品マーケティングに関する質問にお答えしたいと思います。第5回は「適応症や用法用量は決まっているのに、ポジショニングを考える意味はあるのか?」がテーマです。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)

Q:適応症や用法用量は決まっているのに、ポジショニングを考える意味はあるのか?

A:適応症は薬の「機能」を表し、ポジショニングは顧客のココロの中でそのブランドをどう位置付けてもらうかという「心象」のことです。

<ポイント>
①  適応症や用法用量は薬の「性能」を示す1つの切り口で、ユーザーにとってのベネフィット(価値)を示すものではない
②  「情緒的なベネフィット」こそが、ブランドイメージを確立する
③  製品が提供するベネフィットには段階がある
④  ポジショニングは、製品によって実現されるベネフィットを顧客のココロの中にイメージ付け、独自のポジションを築き上げることである

製品の性能と情緒的なベネフィットとは

商品から得られる価値、ベネフィットにはいくつかの種類があります。
添付文書には薬効群や作用機序、用法用量、有効性、安全性、禁忌慎重投与などその薬の科学的な特徴や注意点などが記されています。これを読むとその薬の「性能」が分かります。

一方、とても気に入っていて肌身離さず使っている薬があるとすると「痛みには欠かせない生活の相棒」「落ち込んだ自分を声も出さずに励ましてくれる友人」などその薬への信頼ぶりや愛着ぶりが窺える表現をすることがあります。これを「情緒的ベネフィット」といいます。

ユーザーは、自分が信頼でき愛着を持って使える商品を探します。自分が求めている価値を満たしてくれる商品が一番で、メーカーが用意した独自の機能があろうがなかろうがユーザーにはあまり重要なことではありません。商品の機能はユーザーが求める価値を実現するための道具立てであり、ユーザーが商品を選ぶときには道具立てである「性能」より、自分にとっての価値である「情緒的ベネフィット」が優先されます。

情緒的ベネフィットがブランドイメージを確立する

この製品が提供するベネフィットについて、腕時計を例に説明します。

最近ではあらゆる商品の価格が上昇していますが、スイス製の有名ブランド時計を中心とした腕時計もその例外ではないようです。
腕時計は、そもそも時を知ることが目的です。時を告げる正確さが最も重要な機能であり、この機能を生み出す心臓部がムーブメントといわれるものです。世の中には数多くの時計ブランドがありますが、ムーブメントを独自に開発するためには相当のコストを要するため、自社開発品ではなく汎用品を用いることも多いそうです。従って、自社開発ムーブメントを持つ腕時計は相対的に価格が高くなります。

例えば日本製の時計ブランドであるセイコーは、世界的にも最高峰の正確性を誇る自社開発ムーブメントを持つ腕時計を、数十万円で販売しています。これ自体、なかなか手が出ないほど高額なのですが、スイス・ブランドの腕時計にはその何倍もの価格の数百万円もする腕時計がたくさんあります。では、時の正確性という機能において、セイコーの高価格腕時計とスイスのそれにどれだけの違いがあるのでしょうか。

「刻む時の正確性」という機能だけで腕時計を選ぶならば、いまでは数千円のものでも十分働いてくれます。それでも、より正確な時計を求めるユーザーのために高級腕時計が存在しているのでしょうか。ご想像の通り、高級腕時計を購入するユーザーの多くは、機能以上にブランドイメージ(最近では投機性もあるかもしれません)を大切にしています。

こうしたブランドイメージを確立する要素が「情緒的ベネフィット」です。例えば、ロレックスであれば「世界で最も信頼できる」「実用性と最高のステータス性がある」、オメガであれば「ラグジュアリーなのにスポーティー」「ラグジュアリーだけど親父臭くなくてスマート」といった、多くのユーザーが共通して感じられる情緒的ベネフィットに牽引されて、ブランドイメージができ上がっていると言えます。究極的な話として、マーケターはこの情緒的ベネフィットを多くのユーザーの心の中に作り上げるために仕事をしているともいえます。この情緒的ベネフィットをどんな風景として彩りブランドイメージを構築するか、という作業プロセスのことをポジショングといいます。

ベネフィットには4つのプロセスがある

もしあなたが、担当製品で「こんな情緒的ベネフィットを感じてもらおう」と考えても、その商品にベネフィットと結びつく特徴(バリュープロポジション)が備わっていなければ残念ながらそれを感じてもらうことはできません。ターゲットとするセグメントのユーザーに商品を手に取ってもらうためには、適切な情緒的ベネフィットの設定が最大の促進要因になります。

適切な情緒的ベネフィットを考察するためには、商品のバリュープロポジションを出発点とした考察プロセスがあり、これをベネフィットラダーといいます。ベネフィットラダーは、製品特性〜機能的ベネフィット〜ユーザーの具体的ベネフィット〜情緒的ベネフィット、の4段階で構成されます。

ベネフィット・ラダー

スターバックスのベネフィット・ラダーの例

スターバックス・コーヒーの特徴は、綿密に管理された高級な焙煎コーヒー豆を使用して味わいや量など多様にアレンジできるドリンクと、落ち着いたインテリア空間を提供する滞在型セルフサービス・コーヒー専門店であることです(第1段階)。多様なリクエストに応じてくれるスタバでは、たくさん飲みたいかどうか、甘味が好きかどうか、ミルク入りが良いかどうか、友人との会話や仕事途中の作業かなどの好みや状況に応じて美味しいコーヒーを味わい、空間を利用することができます(第2段階)。焙煎コーヒーの良い香りや落ち着いたインテリア、礼儀正しくも活気あるスタッフの態度などは、スタバのユーザーにある種の優越感や非日常性、スタバブランドへの埋没感などを感じさせます(第3段階)。頻繁に利用するユーザーにとって、スタバは「お洒落で落ち着ける街角のリビング」あるいは「誰にも邪魔されずに集中できる第二の仕事場」として心に刻まれているに違いありません(第4段階)。

医薬品マーケティングにおけるベネフィット・ラダー

もちろん、医薬品マーケティングでもベネフィットラダーは当てはまります。適応症や用法用量は、第1段階である製品特性の1つの切り口に過ぎません。製品特性には他にも、特異的な作用機序であったり、有用性であったり、QOLへの好影響であったり、さまざまな要素があります。
その特性によって、第2段階である機能的ベネフィットには、効果が発揮されることによる患者さんの痛みの軽減であったり、運動機能の改善であったり、投与回数の減少による投薬管理の簡便性などがあります。
第3段階のユーザーの具体的ベネフィットには、例えば痛みの改善や運動機能の向上による散歩などの野外活動への促進であったり、注射のための医療機関訪問が減ったことによる趣味の時間での充実などが考えられます。

その結果、情緒的ベネフィットを多くの患者さんが感じられるとすれば、その製品のブランドイメージは確固としたものになるはずです。

ポジショニングとはベネフィットを印象付け、独自のポジションを築き上げること

前述の通り、適応症や用法用量はその適応患者さんにどのように使ってもらうかという医薬品の「機能」を表しています。一方で、ポジショニングは、多くのユーザーの頭の中に、ブランドによって提供できるベネフィットをイメージ付けることで、市場における独自のポジションを築き上げることです。

ポジショニングで重要なことの1つが、同じ市場での主な競合品に対する自社製品の効果的な差別化です。このときの差別化の切り口はさまざまであり、この切り口を縦横2軸で図表化して、どの位置にポジショニングするかを可視化するためにポジショニング・マップ(またはパーセプション・マップ)が用いられます。

ポジショニング・マップ

一見とてもシンプルですが、ポジショニングは単に差別化にとどまらず、誰によって、いつ、どんなシーンで、どのようにその製品を用いてほしい、というステートメントによって表現されることとなり、製品戦略の憲法的な存在としてとても重要な役割を担っています。

ポジショニングは、マーケティング戦略の最重要要素

ポジショニングは、自社製品の医学的薬学的な評価はいうまでもなく、顧客のジャーニーによる理解や競合動向の評価を含めた市場環境分析や戦略シナリオを経て、最終形として構築されます。つまり、ポジショニングはマーケティング戦略とその実践のための最重要要素だということを改めて強調しておきたいと思います。

<出典>※URL最終閲覧 2022/11/18
※Chrono24 The World’s Watch Market, Robert-Jan Brober, 2018.8.17, 世界的に有名な時計ムーブメント(https://www.chrono24.jp/magazine/%E6%9C%89%E5%90%8D%E3%81%AA%E6%99%82%E8%A8%88%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88-p_31115/#gref
・医薬品マーケターのためのプロマネ塾, トランサージュ株式会社, 2022

▼希少疾患のペイシェントジャーニーを描きたいなら、トランサージュの「ペイシェントリーダー
トランサージュの医薬マーケティング研修