小児適応取得の価値が高まる今、製薬マーケターが取るべき対応は?

小児適応取得の価値が高まる今、製薬マーケターが取るべき対応は?

小児適応取得には、製薬企業にとってさまざまなメリットが存在します。小児適応が取得できれば、正式にその治療薬が小児の患者さんに届くことになるのはもちろんのこと、薬価へのプラスの影響やブランドの価値向上に寄与するでしょう。
パイプライン製品のマーケティングに携わる製薬マーケターの方にとって、小児適応取得はパイプライン製品の開発ならびに上市戦略を練る上で外せない要素です。本記事では、その注意点も含めて小児適応について解説していきたいと思います。

(外資系製薬企業 経営企画室勤務/製薬キャリア3.0運営 こういち)

マーケティング目線で小児適応を考える必要性は?

小児適応取得は、小児の患者さんに新たな選択肢を提供する目的で進められます。

また、薬剤のライフサイクルマネジメントを考える上でも小児適応の検討は欠かせません。具体的に得られる数値上のメリットを捉えることで、そのインパクトの大きさが可視化され、投資判断(≒ここでは小児における臨床開発を進めるか否か)の材料になります。

具体的には、小児の適応取得・拡大で製薬企業が得られるビジネス上のメリットは次のような点が挙げられます。

  • 新薬創出加算(→薬価の維持。令和6年度に新たな要件として追加)
  • 薬価の加算(→売上拡大に貢献)
  • 製品のブランド価値向上 (→小児にも有効性と安全性が確立した薬剤)
  • 顧客との接点の増加 (→小児だけでなく、成人適応にもプラスの影響)
  • 新たなエビデンスの創出 (→ブランドへの付加価値)
  • 企業ブランドへの好影響 (→小児患者さんのために開発を行っている企業)

少し考えただけでもこれらのメリットが思いつきます。

したがって、マーケティング担当者としては「自分の担当する製品が小児開発の可能性がないのかどうか?」は一度は検討する必要があると個人的には思っています。

小児適応の開発のニーズがあり、市場規模が明らかにプラスになるケースでは、開発を進めることに対して反対意見が出てくることは少ないでしょう。そのような場合は、むしろR&Dも積極的に治験を推し進めていきます。

問題は、市場規模がプラスになるかならないか判断が難しい場合や、コストやリソースの観点からR&D側が難色を示した場合です。

そのような場合には、企業経営的な視点も含めて総合的な判断が求められます。マーケターとしては、上市後のことを考え、少しでもプラスの材料になるのであれば「小児適応はあったほうが良い」という方向に動くはずです。その際、周りを説得するための材料として、薬価への影響やブランド価値向上の影響を定量的な数値で示す必要があります。

小児適応取得で製薬マーケターが把握しておくべきメリット

ここからは、特に経営陣やR&D側への説得材料として重要となる新薬創出加算、薬価の加算、またブランド価値向上に焦点を当てて、それぞれ解説していきたいと思います。

①新薬創出加算→薬価の維持

令和6年度薬価制度改革における大きな変更点の一つに、新薬創出加算の品目要件に、小児適応が加わったことがあげられます。これにより、小児用医薬品開発を促進していくために、薬価のインセンティブを付与し、小児用医薬品開発を促進していく流れが整備されました。これは投資判断をする上で大きな変更になります。以下がその内容になります。

【基準改正】<品目要件>
革新的新薬を対象とする品目要件は維持し、対象に以下の品目を追加する。

  • 薬価収載時において小児の効能・効果、用法・用量が明確であり、小児加算による評価の対象となり得る品目(令和6年度以降に収載される品目に限る。)及び小児に係る効能・効果等が追加され薬価改定時の加算が適用された品目

https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238906.pdf
<厚生労働省:令和6年度薬価制度改革について 令和6年3月>

新薬創出加算を知らないマーケターはいないと思いますが、簡単に解説します。

新薬創出加算は、革新的な新薬の開発を促進するための制度です。この制度により、一定の条件を満たす新薬については、薬価改定時の薬価の引き下げが猶予されることで、薬価が維持され、売上が担保されることになります。結果、製薬企業が研究開発に投資しやすくなります。

薬価を維持することのできる新薬創出加算を取得できるかできないか?は受け持つブランドの5年後、10年後の売上に大きな影響をもたらすことになるので、新薬創出加算の品目要件に「小児適応」が加わったことは把握しておくべき重要な情報になります。

②薬価の加算→売上拡大

小児加算は、薬価算定における補正加算の一つです。

効能・効果や用法・用量に、小児(幼児、乳児、新生児及び低出生体重児を含む)に係るものが明示的に含まれた医薬品の薬価を算定する際に、加算される薬価における優遇措置です。

加算率は5~20%の範囲と明記されています。この加算は、初回の薬価収載時だけでなく、薬価改定時/効能追加承認等時にも適用されます。

売上への影響

成人適応の売上規模が大きい製品の場合には、小児適応を取得することにより、売上拡大に寄与することになります。

すでに成人適応がある薬剤の小児適応拡大のケースで、加算率が仮に5%であった場合について考えてみます。

単純計算になりますが、いまの売り上げが100億円のブランドであれば、小児加算が付くことで売上が105億円となります。5億円の売上がプラスとなります。

加算率が10%であれば110億円で、10億円の売上がプラスとなります。

成人適応の売り上げ規模が大きい製品ほど、小児適応取得により、その恩恵がより大きくなります。

このように小児適応加算のインパクトについては容易に想像できるかと思います。

令和6年の変更点

これまでは通常、小児適応に対する加算率は、その多くが5%が一般的で、5%以上の加算が適応されることは稀でした。

しかしながら、令和6年度薬価制度改革において、新規収載時に5~20%、薬価改定時に5~30%とされている小児用医薬品に関する加算については、規定の範囲内で加算率を柔軟に判断できるよう運用を改善することになりました。つまり、より高い加算率を目指せるような変更が加わったのです。

実際に令和6年1月に公表された品目の中には、5%以上の加算が適応された製品がいくつか確認できます。

薬価改定時の加算

③ブランド価値の向上→製品そのものやMR活動などへの好影響

小児適応取得により、プラスのメリットが得られるのは薬価だけではありません。

小児適応が追加されたことにより、製品そのものやMR活動にもプラスの影響が考えられます。

例えば、小児に適応を有することで、より安全性が確立された薬剤としての評価を得ることも可能です。実際、過去に担当した製品でも、小児適応を取得した後の市場調査で、安全性に対する顧客からの評価が高まった製品もありました。

医師からも「小児に適応がきちんとあるということは、その安全性について親御さんに対しても、きちんと説明できる良い材料になる」とコメントをもらったことがあります。

またMR活動に関して言えば、新たに小児の適応が追加になった場合は、顧客との接点の増加にも繋がり、それが結果として注力したい成人適応のディスカッションに繋がるといった事例も過去に経験があります。

メディカル活動に関して言えば、新たに小児適応が加わったことにより、エビデンスについてのKOLとのディスカッションや新たなエビデンス創出のきっかけにもなりえます。
企業活動に関しても、小児開発に力を入れているという企業ブランドへの好影響も期待できます。

マーケターとして小児適応取得に向けて考えておきたいこと

以上、ここまで薬価におけるインセンティブや、ブランド価値への影響といった小児適応追加のメリットを解説してきました。経営陣やR&Dを説得するためにも、小児適応取得により、薬価の側面、ブランド価値からの影響を精査することは非常に重要です。

薬価上のインセンティブに加え、ブランド価値向上にも寄与することを市場調査を利用して、見える化、数値化しておくことで、小児適応取得を後押しする説得材料になりえます。

小児適応が追加になることで、

  • 対象患者がどれだけ増えるのか?
  • 有効性や安全性に関する印象がどれだけ変わるのか?
  • 処方意向が増えるのか?


これらについて市場調査内で質問し、資料としてまとめるイメージです。

また、どのタイミングで承認を取得するかも問題です。通常、適応拡大の場合の加算タイミングは2年に1度です。そのため、せっかく小児の適応を追加取得しても、加算のタイミングが後ろ(最長2年後)にずれ込んでしまう、ということが起こりえます。

このような事態を避けるためには、マーケターとしては、薬事担当者とも相談の上、どのタイミングで小児適応を取得すべきか、検討します。

小児適応の取得が予想される年の、3〜5年前に検討をしておく必要があるでしょう。小児適応に対する臨床試験が始まる前に検討するのがベストで、その場合はもっと前ということもありえます。

自身の担当するブランドの要件を整理して、小児適応のライフサイクルマネジメントを考えよう

本記事は、小児適応取得におけるメリットとマーケティング担当者が考えておきたいことについてまとめました。

ぜひご自身の担当するブランドの要件を整理して、小児適応取得が可能かどうか?薬価上のインセンティブが出るのかどうか?ブランド価値が向上するのかどうか?について検討いただきたいと考えています。

日本の小児用医薬品開発の課題に関しては、厚生労働省の「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会」(2023年7月〜2024年3月) の中で、議論が展開されています。

小児用医薬品開発の課題としては、下記の点が指摘されています。

  • 小児用医薬品の開発は、日本だけでなく国際的にも、市場規模が 小さいことや治験実施の困難さ(症例集積性、コスト)などの理由 から、一般的に開発が進みにくいことが指摘されている。
  • 近年拡大が懸念されている「ドラッグ・ロス」の問題においても、 特に、希少疾病用とともに、小児用の医薬品でのロスが課題となっている。


この課題を解決するために、いま国としてさまざまな取り組みを行っており、本記事でご紹介した薬価制度改革もそのうちの一つです。

個人的には、国の後押しもあり、いま小児開発には追い風が吹いていると感じています。この追い風となっている状況を適切に把握し、企業にも、また患者さんにとってもWin-Winとなる状況を作りだす責任の一翼を担うのがマーケティング担当者だと考えています。

多くの製薬企業で適切に小児開発が進むことを願い、本日のまとめとさせていただきたいと思います。

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