来年の製薬マーケティングはどうなる?各エキスパートの洞察に学ぶ、2023年の業界動向振り返りと2024年の展望
2023年も製薬マーケティングは、新型コロナウイルス感染症の第5類引き下げ、ChatGPTの登場などさまざまな変化に直面し、複雑な課題にも果敢に取り組んできました。2024年、製薬業界では何が起こり、それらに対してどんな心構えで挑めばいいのでしょうか。本記事では、7名のエキスパートに、データ分析、クリエイティブ制作、講演会運営など多角的な視点から2023年の業界動向の振り返りや2024年の展望を語っていただきました。
- 医師への情報提供はPull型が主流に。売上の伸長に必須となる課題解決の質とスピードを上げるためのデータ活用がさらに加速(Prospection 高橋氏)
- デザイン思考1.0から 2.0 へ(トランサージュ 瀧口氏)
- ドラッグロス解消に向けた経営判断と医師の働き方改革を踏まえたオムニチャネル戦略の加速が欠かせない1年に(製薬キャリア3.0 こういち氏)
- 「STP」を見つめ直して新たなチャレンジを。2024年は一歩先のデータ活用が加速する1年に(JMDC 小沢氏)
- 製薬業界は2024年、AIによるグラフィック・映像生成を活用へ!(東京アドメディカ 新井氏)
- 来年も集客型講演会は堅調。オリジナリティやSGDsへの注目が高まる(医薬情報ネット 加藤)
- 2024年は「当たり前のマーケティング」を推進する1年になる(医薬情報ネット 笹木)
医師への情報提供はPull型が主流に。売上の伸長に必須となる課題解決の質とスピードを上げるためのデータ活用がさらに加速(Prospection 高橋氏)
【医業経営コンサルタントの立場から】
2023年の製薬業界のマーケティングや医師への情報提供は、あまり大きな変化がなかったと見ています。優れた新たなツールの登場は大変喜ばしいのですが、『製薬業界のマーケティングやコミュニケーションがそれらによって激変した』という印象はありません。
新型コロナウイルス感染症が第5類に分類され、完全アポイント制の病院が徐々に増加している中、MRの訪問数が増えたというニュースは耳にしません。
むしろ筆者の友人の教授や医師は「MRとは月1回くらいの面会頻度で十分」と言っています。
2024年4月からの医師の働き方改革によって、医師の勤務時間内に製薬企業が情報提供できる場面は、当面減ることが確実です。また、その時間は医師の『業務』時間には該当しないという医療機関の見方が大勢です。
さらに、筆者の医師への調査(非公開)でも、医師は「会おう」と思う製薬企業やMRをすでに厳選しています。
これらのことから、2024年以降の医師への情報提供方法は、医師の利便性を考慮すべきです。情報提供の方法として、MRなどを介したリアルなPush型の手法よりも、医師が必要な情報を得たい時に簡便に得られるWebを介したPull型の情報提供が主流になるでしょう。
その方が医師にとって利便性が高く、そのような情報提供を希望する医師も多いです。
【RWDの分析を手がけるProspectionの立場から】
2023年現在、製薬企業のコマーシャル側によるRWDの活用は、『どこまで詳細に疾患や市場のインサイトを得ているか』と『データの扱いの習熟度』で、企業間に大きく差があると見ています。この差は、データドリブンマーケティングの取り組みの差につながっています。
2024年以降は、従来以上に『データから得られるインサイトの質と得られるまでの速さ』が、製品の売上に大きく影響するでしょう。
売上の伸長のためには課題解決が必須で、今後はその課題をどれくらい精緻に特定し早急に解決できるかというマーケティングの実効力が競合優位につながるためです。
例えば、診療実態を明確にするために、機械学習などを駆使した『治療パターンの予測』も広まるでしょう。弊社でこのサービスの提供を始めたところ、本サービスへの製薬企業からの引き合いが非常に増えています。
これらの状況から、2024年は製薬業界での更なるデータの利活用が加速しそうです。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会 認定登録 医業経営コンサルタント
PROSPECTION株式会社カスタマーサクセス プリンシパル
高橋 洋明 氏
約25年、医療・製薬業界に携わる。MR、製薬業界へのマーケティング支援、MRの採用・教育・スキルトレーニング等を経て、現在はヘルスケアデータ分析を専門とするPROSPECTION株式会社にて、プリンシパル・カスタマー・サクセスを務める。その傍ら病院経営コンサルティングも手がける。
デザイン思考1.0から 2.0 へ(トランサージュ 瀧口氏)
今年の製薬マーケケティングに感じたことに、デザイン思考の拡がりがあります。実際、幾人もの製薬関係者から、学んだ、取り入れた、といったお話を耳にしました。弊社のプログラムにも、顧客課題を考察するワークショップにデザイン思考のアプローチを採用してきたので、大変嬉しく感じています。
一方で、今年はそのデザイン思考における課題も見えてきた様に思います。ひとつは実体験として、もうひとつはシンボリックな出来事として。
ひとつ目の実体験は、前述のワークショップで顧客課題から解決策を考えようとすると、聞き覚えがあるような、平板な打ち手になる傾向があること。こうした傾向に対する指摘は以前からありましたが、ここに来て改めて実感しています。
ふたつ目のシンボリックな出来事は、デザイン思考の元祖であるIDEOが、25%の人員削減と日本からの年内撤退を発表したこと。「これさえあれば」的に快進撃の勢いだったデザイン思考が方向修正を強いられているかと思うと、自分たちの実体験とのシンクロが妙に興味深くもあります。
デザイン思考からの課題把握を無駄にせずイノベーションを起こすためには、スパイスが必要なのだろうと思います。そのスパイスとして、課題をまとめ過ぎないこと、理想郷を掲げてそこからの逆算で考えること、の2点があると考えています。
デザイン思考を過去のものとして捨て去るのではなく、第二世代へと育み根付かせる年が2024年かな、と感じています。
トランサージュ株式会社 代表取締役
瀧口 慎太郎 氏
米国系製薬企業入社後、HRにて人事制度設計や組織文化活性化委員などを経験。その後、マーケティングにて体外循環用剤や内分泌代謝用剤、循環器用剤などのプロマネを経験後、カナダでの実務経験を経て大型新規循環器用剤の上市をリード。過去の同領域製品の成長を刷新する成功を実現。欧州系製薬企業で大型循環器用剤のためのKOL部隊組織化など、20年以上に渡り製品マーケティング実務およびマネジメントを経験。
ドラッグロス解消に向けた経営判断と医師の働き方改革を踏まえたオムニチャネル戦略の加速が欠かせない1年に(製薬キャリア3.0 こういち氏)
2023年の大きな変化のひとつに、「国際共同治験開始前に日本人対象のPh1試験を追加実施する必要はない」とすることを厚生労働省が了承したというニュースがあります。これは海外で開発が先行している薬剤に関しては、日本人Ph1試験を実施せずとも国際Ph3試験に参加できることを意味しています。
この変更により、これまで日本人Ph1試験を実施しなければならない制約のために、日本で治験が進んでこなかった薬剤の開発が進みやすくなるといった変化が期待できます。これは日本で課題となっているドラッグロスを解消していこうとする国の大きな方針転換です。この変化を迅速に捉えて、自社の開発戦略を柔軟に変更していくといった経営的判断が求められるのが2024年であろうと予想します。
営業現場レベルでは2023年に入り、コロナ禍のオンラインのみの面会から、Face To Faceでの面会の機会もかなりのレベルまで戻ってきました。ただ、2024年4月から厚生労働省が主導する「医師の働き方改革」がスタートします。特に勤務医の先生方の労働時間にはこれまで以上に監視の目が向くようになり、その労働時間にも影響する製薬会社MRとの面会にも影響が出ることが指摘されています。具体的にはこれまで以上の面会時間の制限やMRの病院訪問時間の規制などが考えられます。製薬マーケティングに従事する方はこの外部環境変化を捉え、オムニチャネル戦略(オンライン/オフラインを問わないあらゆるメディアを活用して顧客と接点を作り、購入の経路を意識させずに販売促進につなげる戦略)をブラッシュアップしていく姿勢がますます求められていくでしょう。医師が情報を必要とした時に、適切に情報が入手できるチャネルの開発およびアプローチ方法をより一層進化・改善していくことが重要になると予想します。
運営ブログ:製薬キャリア3.0
こういち 氏
大学卒業後、外資系製薬会社に入社。営業、メディカル、デジタル戦略部、製品戦略部を経て、現在経営企画部にて勤務。製薬・ヘルスケア・キャリアに関する情報をブログやTwitterを通じて発信中。
「STP」を見つめ直して新たなチャレンジを。2024年は一歩先のデータ活用が加速する1年に(JMDC 小沢氏)
2023年、マーケターの皆さまは、「サチュレーション」と「ペネトレーション」というふたつの課題が頭から離れない1年だったのではないでしょうか。
【サチュレーション】
コロナ禍以後、リアル接触量の減少をデジタルで補ってきたものの、Push型でのデジタル接触量の獲得は飽和に近い状態とも考えられ、訴求力や効果は減衰傾向にある。
【ペネトレーション】
ウェビナーやWeb上でのプロモーションの大量投下など、デジタルチャネルの活用は活発に行っているものの、視聴医師はおおよそ同じ医師に限られていて、新たな医師に興味を持ってもらったり、医師の課題解決に貢献出来ていない。
言葉は違えど、このような相談やディスカッションが大変多い1年でした。
これらから脱却するためにも、2024年は改めてSTP(Segmentation, Targeting, Positioning)を見つめ直すところから始まる気がしており、マーケティングの教科書通りではありませんが、以下のようなチャレンジができないかと思っています。
【S -Segmentation-】
所属施設の規模、診療科、専門/非専門といった属性だけでなく、消費財市場のように思考や感情、ニーズといったサイコグラフィック変数でセグメンテーションはできないか
【T -Targeting-】
個別の施設あるいは医師ごとの現状の傾向やポテンシャルをさらに精緻に捉えることはできないか
【P -Positioning-】
リポジショニング。製薬会社が開発する製品は、どれもエビデンスに裏打ちされた強いポジションを持っているため、そうそう簡単にポジションは崩れない。だからこそ、ベースとなる価値は保ちながら大胆なリポジショニング、コアメッセージング、サブメッセージングで個別化する医師それぞれにこれまで以上に価値を感じていただけないか
これらを実現するにはデータと分析が欠かせません。データを「実態」や「結果」に終わらせず、「手段」あるいは「武器」として活用することがさらに増え、一般化する1年になることを楽しみにしています。
株式会社JMDC
製薬本部 マーケティングソリューション部 部長
小沢 晴久 氏
ジョンソン・エンド・ジョンソンなどを経て、医療系広告代理店マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンに入社し、主に製薬会社・医療機器会社を担当。10年のアカウント経験ののち、2018年からGMとして5年間エージェンシーをリード。新薬ローンチ、リブランディング、デジタル戦略、インサイトドリブンマーケティングモデルの導入など、多くのプロジェクトを指揮。2023年7月JMDCに参画し、マーケティングソリューション部を新設。
製薬業界は2024年、AIによるグラフィック・映像生成を活用へ!(東京アドメディカ 新井氏)
2023年を振り返ると、製薬業界のプロモーション領域では、イラストアニメーションやVR空間内での表現が多用される傾向がありました。Webでは、TOPにリッチなビジュアルが取り入れられたり、他にもバーチャル背景を使ったコンテンツ、リアルタイムバーチャル配信など、ビジュアル/映像ともに表現の高度化が進みました。
一方で2024年には、AIによるグラフィック/映像生成技術を活用した表現によってさらに大きな転換期となるかと思います。プロンプトからCGキャラクターや空間、動画を自動生成できるこの先進技術は、従来にはない斬新な表現が可能となります。
東京アドメディカとしましても、既にAIを使用したクリエイティブ制作に着手しているところです。ただ、まだAIでの制作も走り始めたばかりのため、より良いクリエイティブ力の発揮まで到達しておりませんが、今後の技術動向をいち早く捉え、クライアント様へ最先端のクリエイティブをご提供できるよう社内の研修に注力している次第です。
株式会社東京アドメディカ
ビジュアル/企画部 ディレクター
新井 南海 氏
東京アドメディカに入社後、ディレクターとしてビジュアルやムービーの企画立案などをメインに活動。
製薬業界ならではの1種にとらわれない様々な演出を得意としており、イラストや3DCG、DTP、映像など多くのクリエイティブに携わっている。
来年も集客型講演会は堅調。オリジナリティやSGDsへの注目が高まる(医薬情報ネット 加藤)
2023年は集客型講演会を選択する企画が特に増加しました。集客型講演会では、ターゲットを絞り、届けたい情報を明確に打ち出した内容が多く、限られた予算をどのように有効利用するのか、選択と集中が顕著になった1年でした。集客型ならではの演出や装飾で、特別感、高揚感を感じていただく講演会が増え、ハイブリッド型であっても、オンライン視聴者との差別化を図る流れを強く感じました。医師の参加率もコロナ禍以前より高い傾向のため、集客型の開催形式は来年も堅調と考えます。
情報交換会は常に盛況で、予定時間内で完結出来ないケースが多く、対面コミュニケーションの力強さを感じます。一方で全国的にドライバー不足が長期化しており、参加者の交通手配は工夫が必要になりました。また、コロナ禍以前に比べ、ペットボトル飲料をなくしたり、情報交換会場でのフードロスへの注目など、SDGsへの関心は来年さらに加速すると考えます。
オンライン講演会は全体数は減っているものの、本社主導の講演会は堅調です。質問しやすく、集中できるとの声も多い一方で、開催数も多いため、より視聴選択のカギとなる内容の充実が求められます。
2024年は、オンライン、集客、ハイブリッド、どの講演会もその会にしか作れないオリジナリティが今までに以上に注目され、参加して良かったと思っていただける工夫が必要となるでしょう。
株式会社医薬情報ネット
GC Convention Unit 取締役/Coordinator Manager
加藤 朝
医療機器マーケーティング、コンピューター会社の秘書を経て、2007年に(株)ゴールデン・チャイルドに入社。年間40-50本の講演会運営に携わり、延べ700本以上の講演会、学会や展示、アドバイザリーボード会議などの企画・運営に携わる。2022年9月に㈱医薬情報ネットと吸収合併をし、GCコンベンションユニットとして、コンベンション事業を継続。
2024年は「当たり前のマーケティング」を推進する1年になる(医薬情報ネット 笹木)
2023年の製薬業界は、他の産業と同様に、マーケティング活動の個別化が重視された1年だったと実感しています。顧客一人一人に向き合い、コミュニケーションを通じて顧客課題やニーズを引き出し、最適なソリューションを提案するといった、当たり前のマーケティング活動に関連する相談が弊社にも多く寄せられました。その過程で、コロナ禍のデジタル重視のマーケティングから、リアルな関係性を重視したマーケティングの良さに改めて気付かされた関係者が多かったことも付記しておきます。
今年はFace to Faceで医師とお話する機会も多かったですが、「製薬企業の関係者とリアルにコミュニケーションして、地域医療の課題、患者コミュニケーションの悩みなどをディスカッションしたい。ただ、それができる製薬企業の人材が限られるもの事実だ」と言っていたのが印象的でした。この発言からは、対応する顧客のニーズや関心事、専門性などを事前に把握し、面談(訪問でもオンラインでも)に向けてしっかり準備して臨むという、当たり前のマーケティング活動、営業活動が十分にできていない可能性が示唆されています。
2024年は、医師の働き方改革への対応、生成AIなどのテックの浸透、MRやオウンドサイトを通じて蓄積した1stパーティデータの活用など、さまざまなバズワードを候補に挙げることはできます。ただ、こうした言葉に惑わされることなく、「顧客理解を深め、顧客課題を解決する」という基本に立ち返り、マーケティング活動を推進できるか否かが、競争力を左右することになると考えています。
株式会社医薬情報ネット
代表取締役
笹木 雄剛
総合商社系の調査・コンサルティング会社にて、バイオ、医療、食品技術のコンサルタントとして事業開発やマーケティング支援プロジェクトに従事。2018年、医療用医薬品専門の企画制作代理店、株式会社医薬情報ネットに入社。学会情報データベース、論文情報データベースを中心に、製薬企業、医療機器メーカーのデータマーケティング支援を担当。