製薬業界でも新潮流となるか?Web3.0の基本解説と製薬企業での取組事例

製薬業界でも新潮流となるか?Web3.0の基本解説と製薬企業での取組事例

NFT(Non-Fungible Token)、暗号資産などに代表されるWeb3.0が話題になって早数年。Web3.0はさまざまな分野で活用され、製薬企業にとっても新たなヘルスケアサービスを生み出すチャンスとなる可能性があります。そこで、本記事ではWeb3.0の概念や関連する技術を解説するとともに、いち早くWeb3.0の一つであるDAO(自律分散型組織)の構築を行った製薬企業の事例を紹介します。

中央集権的なWeb2.0から、分散型のWeb3.0へ

Web3.0(またはWeb3)は、ブロックチェーンを含む分散型台帳技術を基盤とし、中央集権的な構造に代わる分散型のデータ管理を実現する技術と思想の総称です。分散性、透明性、セキュリティなどの特性により、さまざまな産業で活用の可能性があります。製薬業界でも、患者データの保護、製品トレーサビリティ、契約履行の自動化、知財管理など、多くの用途が考えられます。

最初にWeb3.0を提唱したのは、ブロックチェーンのイーサリアムの共同創業者の一人、ギャビン・ウッド氏です。ウッド氏は2014年4月に「DApps: What Web 3.0 Looks Like」というブログ記事でWeb3.0という表現を使い、ブロックチェーン上で匿名かつ安全にデータをやり取りすることで、多くのサービスで信頼性を確保できることを述べました。

Web3.0が提唱された背景には、Web2.0はFacebook(Meta)やX(旧Twitter)などの巨大プラットフォームがデータを集中管理していること、個人のデータが1プラットフォームに蓄積されプライバシー侵害リスクがあること、データの所有権がプラットフォームや企業にあることなど、中央集権的な管理への反発がありました。

ブロックチェーンでは、ネットワークに参加している「ノード」と呼ばれる多数のユーザーのコンピューターがオープンな形の共有台帳としてデータを保存することで、分散型管理を実現しています。ノードは新しいデータ(トランザクション)をブロックとして追加し、他のブロックと連鎖してデータの完全性を確保します。これにより期待できるのが、改ざんや不正な操作からデータを保護し、信頼性を向上することです。ノードは、トランザクションデータや契約、資産の履歴を保持し、ユーザー間で共有されるため透明性が確保されます。

Web3.0を支える主な技術や考え方を知る

Web3.0では、中央集権的なプラットフォームではなく、ブロックチェーンなどの分散型台帳技術を使用して、分散ネットワークによってデータを管理します。

Web3.0では、次のような技術や概念が使われています。

分散型台帳技術

分散型のデータベース(台帳)を実現する、Web3.0の基盤となる技術です。これは、データをブロックに保存し、ネットワーク全体で分散して管理する方法です。

ブロックチェーン

ブロックチェーンは、分散型台帳技術の一種で、デジタル取引や情報を安全に記録し、改ざんをさせない仕組みです。ブロックチェーンはパブリックとプライベートの2つに分類できます。パブリックブロックチェーンは誰もが参加でき、透明な取引が行われます。主要なプラットフォームには、ビットコインやイーサリアムなどがあります。一方、プライベートブロックチェーンはアクセスを制限して特定の組織やグループ内で利用されます。

スマートコントラクト

スマートコントラクトは、契約条件をコード化した自己実行型のプログラムで、分散型アプリケーション(DApps)のバックエンドに組み込まれます。特定の条件が満たされるとブロックチェーン上で自動的に実行されます。異なるスマートコントラクトを相互に連携させ、複雑なプロセスを自動化することもできます。これにより、契約や取引の自動化が可能です。

分散型アプリケーション (DApps:Decentralized Applications)

ブロックチェーン技術や分散台帳技術を活用して、分散ネットワーク上で実行されるアプリケーションを指します。スマートコントラクトなどの仕組みを使用して、取引や契約を自動化し、信頼性や透明性を高めることができます。DAppsは、Web3.0エコシステムの一部として、分散型金融(DeFi:Decentralized Finance)、デジタルアート、ゲーム、仮想通貨交換など、さまざまな分野で利用されています。

トークン

デジタル上の資産や価値を表すデジタルアセットです。トークンは、ブロックチェーン上で生成、管理、および転送され、異なるブロックチェーンプラットフォームやDApps内で、取引や投資などさまざまな目的で使用されます。

Web3.0で実現できること

Web3.0の主要な要素としての、DID (分散型識別)、DAO (分散自治組織)、NFT (非代替可能トークン)、FT (代替可能トークン)について紹介します。

DID(Decentralized Identifier、分散型ID)

DIDはユーザーやエンティティ(組織やデバイスなど)を一意に識別するための仕組みです。中央集権的な認証機関や中央データベースに依存しない分散型の識別方法で、ユーザーは自分のデジタルアイデンティティを保有し、アクセスを管理できます。

製薬企業では、患者の医療データの管理、臨床試験データの記録と共有、研究者と専門家のアクセス管理などにおいて、DIDを活用できる可能性があります。

DAO (Decentralized Autonomous Organization、自律分散型組織)

DAOはスマートコントラクトによって、特定の管理者を有さずコミュニティや関係者が協力し合いながら運営を行う組織形態です。メンバーは投票や意思決定プロセスをブロックチェーン上で行い、透明性と信頼性の高い意思決定が可能です。

製薬業界では、DAOを使って患者自身が自分の医療データを管理する、アクセス可能な医療機関や研究機関を決定するといった活用や、研究プロジェクトの研究資金の分配や臨床試験データの共有や管理などに活用できます。

NFT (Non-Fungible Token、非代替性トークン)

NFTは一意で他のNFTと1対1で置き換えることができません。各NFTは独自の識別情報を持っており、デジタルアート、音楽、ビデオ、仮想ゲームのアイテムなどの独自性と所有権を証明するために使用できます。製薬業界では、特許や知的財産権の証明書のデジタル化などで利用できる可能性があります。

FT (Fungible Token、代替可能トークン)

FTは代替可能なデジタルトークンのことです。同じトークン同士は互換性があり、交換可能です。代表的な例は暗号資産(例:ビットコイン、イーサリアム)であり、FTは支払い手段として広く使用されます。また、FTはゲーム内通貨やトークンエコノミー内で使用されることもあります。製薬業界では、資金調達や供給チェーンの支払いに使用できる可能性があります。

製薬企業でのWeb3.0の事例:中外製薬の社内DAO

2023年9月末に行われた中外製薬 DX説明会では、同社のWeb3.0への考えや取組事例が紹介されました。

中外製薬 デジタルトランスフォーメーションユニット デジタル戦略推進部長 金谷 和充氏は、「Web3.0によって中央集権型であった仕組みが自律分散型の組織、コミュニティに変わり、患者や医療関係者、研究者、そしてヘルスケア企業がDAOで組織化されることによって新たな可能性が生まれる」と期待しています。

中外製薬のDAOの活用イメージの一つが、患者が中心になった患者DAOや、コラボレーションやアイデア創発を主とする研究DAOです。「知財の正確な保護や、フェアな運営から生まれる新たな共創の仕組みにより、新しいイノベーションを創出する可能性を探索したい」と検討を進めている状況です。現在は「DAO や Web3.0の技術がどう活用できるのかを理解していくフェーズ」にあると金谷氏は話しています。

現在は、実験室から新たなものが生まれるという願いを込めて「LABORN」と名付けた社内DAOを構築し、DAOの理解促進と活用の可能性を検証しているとのこと。

LABORNでは、部門や役職にとらわれずに、メンバーが匿名で参加でき自由闊達なコミュニケーションを促進しています。その中で、エンゲージメントスコアや投票権を与えることなどで、自律的な意思表示や貢献度の可視化、アイデアをNFT化するといった取り組みを検証しています。

「DAOで創出したアイデアを実現するプロジェクトが成果を出したとき、アイデアを創出した人にインセンティブが返っていくような仕組みを回していくことでDAOの価値を検証したい」と金谷氏は話します。

Web3.0の活用は製薬業界全体の質向上につながる

今回は、Web3.0の基本と製薬業界での可能性について取り上げました。Web3.0は、複数の技術や仕組み、考え方が複合的に組み合わさって実現されているので、主要な要素に絞って解説しました。

製薬業界でも、患者データの安全管理や知財管理、臨床試験の透明性、医薬品のトレーサビリティなどさまざまな場面でWeb3.0の活用が想定できます。データのセキュリティ、プライバシー、透明性の向上に役立ち、製薬企業にとって新しいビジネスを広げられる可能性があります。

<参考文献>URL最終閲覧日2023年10月21日
GAVIN WOOD, DApps: What Web 3.0 Looks Like,(https://gavwood.com/dappsweb3.html
城田 真琴, 東洋経済新報社, ‎2023年, 『決定版Web3』