「DX銘柄プラチナ企業」に学ぶ、製薬企業が生成AIを業務で活用するために必要なこと
「DX銘柄プラチナ企業」として、医薬品産業のDX(デジタル変革)をリードする中外製薬株式会社。2023年9月末、中外製薬のDXへの取り組み状況に関する説明会が実施されました。この記事では、DX説明会の内容から、近年注目を集める「生成AI」についてのトピックに注目し、製薬企業が生成AIを活用するために重要なポイントをご紹介します。
「DX銘柄プラチナ企業」として医薬品産業のDXを牽引する中外製薬
中外製薬は、医薬品産業の中から唯一、かつ2020年から4年連続で「DX銘柄」に選定されている製薬企業です。DX銘柄とは、DXに積極的に取り組み、成長力・競争力につなげている企業のことで、2020年より経済産業省が選定してきました。
2022年には、業種の枠を超えてデジタル時代を先導する企業として、「DXグランプリ」にも選ばれています。さらに2023年は、特に傑出した取り組みを制度開始当初から継続している企業として、「DXプラチナ企業2023-2025」に選定されました。
DXプラチナ企業に選定されているのは、全業種を通じて3社のみ。同社はその中の1社として、医薬品業界だけでなく、日本企業全体のDXを牽引しています。
今回のDX説明会では、マルチクラウドやサイバーセキュリティ、データ活用によるインサイトビジネスといったトピックと並び、「生成AI」に関する同社の取り組みも紹介されました。
中外製薬の生成AI活用に向けた取り組み
2023年、ChatGPTに代表される生成AIの進歩が、世界中で大きな盛り上がりを見せました。中外製薬でも、同年8月よりChatGPTの社内導入と活用推進を積極的に進めているといいます。
また、ChatGPT以外にも、今後は各部門に適した生成AIサービスを活用する方針です。さらに、コア事業である創薬に、生成AI全体をどのように使えるか、戦略とユースケースを立案中とのこと。
これらの同社の取り組みからは、製薬企業がChatGPTを導入する際に参考になる多くのヒントがあります。その事例に基づいて、製薬企業がChatGPTを導入するときのプロセスや注意点を見ていきましょう。
中外製薬の事例に学ぶ、製薬企業がChatGPTを導入するときの注意点
今後は製薬業界でもChatGPTの活用の輪が広がっていくことでしょう。しかし、センシティブな情報を扱うことの多い製薬企業には、導入に至るまでにさまざまなハードルが存在します。
ここでは、全社でChatGPTを活用している中外製薬の事例をもとに、製薬企業がChatGPTを社内ツールとして導入するために必要な3つのポイントをご紹介します。
まずは段階的に導入する
同社では、「中外版ChatGPT」をAzure上に構築し、まずは限定的なメンバーで、2023年5月よりトライアルを開始しました。
このトライアル運用の中で、有効なユースケースや考えられるリスクを洗い出し、全社向けのガイドラインを制定。ルールや手順を十分に整備した上で、8月の全社展開に至ったといいます。
全社で運用を始める前に、小規模なグループでトライアルを実施することで、起こり得るリスクを未然に把握し、全社向けのガイドラインを決めることができます。また、全社展開の前にユースケースを作り、活用の事例として従業員に伝えることができる点も、段階的な導入のメリットとなるでしょう。
リスクの洗い出し
さらに同社では、全社で活用できる環境を整えるためには、6つのリスクに対応する必要があると説明しています。
- 知財・著作権侵害
- 個人情報・機密データの漏洩
- 信憑性の欠如
- 偏ったアウトプット
- 目的外利用
- シャドーAI
生成AIが抱える問題として、知的財産権の侵害がよく取り上げられています。また、預かっている個人情報の漏洩や、信憑性のない情報の発信なども、顧客や取引先との信頼関係のもとに成り立つ製薬企業として、厳重に管理しなくてはならないリスクとなるでしょう。
中外製薬では、全社展開する前のトライアル運用の中で、こういったリスクを洗い出し、全従業員に向けたガイドラインを作成しました。ルールや手順を明確化し、従業員一人一人のリテラシーを上げることで、これらのリスクを防いでいく必要があります。
ユースケースを洗い出す
ChatGPTのトライアル運用の中で、要望の多かった初期のユースケースとして挙げているものには、以下のようなものがあります。
- 論文要約
- プログラミング効率化
- メールドラフト作成
- 会議議事録ドラフト作成
- 翻訳・校正
これらは多くの製薬企業で汎用的に活用できるユースケースとなるでしょう。上記以外に、社内の全バリューチェーン、全組織の中でのユースケースを洗い出し、それらにも優先順位を付けて取り組んでいく予定とのことです。
必要に応じて、社内のデータ利活用や、ChatGPTと別システムの組み合わせによって、さまざまなケースへの生成AIの活用を進めていきます。
また、セールス・マーケティングの面では、営業の効率化や顧客情報からのインサイト創出に生成AIが貢献するのではないかと同社は期待しています。
例えば、MR やメディカルインフォメーション、MSL の日々の活動の中で蓄積されていくデータを活用し、クリニカルクエスチョンを洗い出すことができるでしょう。そのクリニカルクエスチョンに基づいて、先生方とディスカッションすることで、アンメット・メディカル・ニーズを見つけられる可能性もあると将来の展望を語りました。
洗い出したユースケースの優先順位を決める
無限の可能性を持つ生成AIの活用先を考える中では、さまざまなユースケースのアイディアが生まれることでしょう。優先順位を考えながら、段階的に生成AIの活用に取り組まなくてはなりません。
同社は、ユースケースを横軸が「戦略・アセットとの整合性」、縦軸が「価値提供までの時間」とした以下の4象限に分類し、取り組みを進める優先順位を検討しているといいます。
- 自社の競争優位性の向上につながるが、生成AIや周辺システムの作り込みが必要で解決に時間がかかる
- 自社の競争優位性の向上につながり、現時点での生成AI技術で実現可能
- 自社の競争優位性の向上につながらないが、現時点での生成AI技術で実現可能
- 自社の競争優位性の向上につながらず、生成AIや周辺システムの作り込みが必要で解決に時間がかかる
この場合の「③自社の競争優位性の向上につながらないが、現時点での生成AI技術で実現可能」な部分については、価値提供に時間がかからないため、クイックな業務効率化につながる初期のユースケースとして実現されてきました。
一方で、同社が今後注力していくのは、戦略・アセットとの整合性が高い「①自社の競争優位性の向上につながるが、生成AIや周辺システムの作り込みが必要で解決に時間がかかる
」の領域です。特に、コア事業である創薬研究にAI技術を活用するための「インサイト抽出・意思決定支援」の実現を重要視しているとのことでした。
ただし、①は「価値提供までの時間」が長くかかる領域になるため、まずは「②自社の競争優位性の向上につながり、現時点での生成AI技術で実現可能」な部分として、社内に眠る知見のマイニング・活用に取り組む予定です。
初めから幅広い活用を目指すのではなく、優先順位が高いと考えられるケースから活用していくことで、リスクを最小限に抑えられるだけでなく、社内での理解も得られやすくなることでしょう。
製薬企業でのChatGPT活用で成功のカギを握るのは「適切なリスク管理」
この記事では、中外製薬の事例を参考に、製薬企業が生成AIを導入する上で考えるべきポイントをご紹介しました。
特に、製薬企業でのChatGPT活用で成功のカギを握るのは、適切なリスク管理です。誤った情報発信や、個人情報・機密データの漏洩、知的財産権の侵害などのリスクを抑え、効果的に生成AIを取り入れるためには、十分なリスクの洗い出しと従業員一人一人のリテラシー向上が必要不可欠です。
想定されるユースケースを洗い出し、積極的に取り組む領域を決めるためにも、最初は小規模のグループでトライアルを行い、手順やルールを明らかにしてから全社に展開するとよいでしょう。
上手に活用することで、大きな成果を生み出す可能性を持っている生成AI。この記事を参考に、定常業務の効率化や、さらなる企業の競争力強化に生成AIをお役立てください。