ペイシェントジャーニーを精緻化する多様なHaaS。事例を一覧で解説
ウェアラブルデバイスや遺伝子検査など、多様化するHaaSが製薬業界に新たな可能性をもたらしています。従来の限られた患者ヒアリングによって作成されるペイシェントジャーニーは、今後HaaSの活用によって、より多くの患者さんの行動を把握することができるようになると考えられます。本記事では、多岐にわたるHaaSのツールにはどのようなものがあるのか、具体例を整理しました。
ペイシェントジャーニーとHaaSの、切っても切れない関係
これまで患者さんを深く理解しようとしても、ペイシェントジャーニー分析には、大きな課題がありました。特に、患者さんが受診前にどのような行動を取るかを把握することが困難でした。定性調査、定量調査で把握したくても予算は限られています。そのため、少数の患者さんへのヒアリングになってしまうと、そこから得られたインサイトをどれだけ一般化して考えて良いかの判断が難しいのです。
このような状況を補ってくれる可能性が高いのが、ウェアラブルデバイスなどを含むHaaSの各種サービスと考えられます。HaaSは、より多くの患者さんから幅広いデータを収集し、深い洞察を得る手段として期待されています。
HaaS無しでは高精度のペイシェントジャーニーは作れない
ペイシェントジャーニーを医療機関の電子カルテやレセプトデータから作成することは簡単です。その理由は、それらに患者さんや診療に関するデータが格納されているからです。
しかし、受診前の患者さんのバイタルがどのような状況かは、医療機関の電子カルテ内にはデータがありません。そのため、従来のペイシェントジャーニーは、初診以降については電子カルテ内のリッチなデータによって精度高く把握できているものの、受診前のペイシェントジャーニーはよく分かりませんでした。
例えば、初診時にヘモグロビンA1cが高い患者さんが、初診前にいつ頃からヘモグロビンA1cが上がり始めたのか、初診までにどのようにしてヘモグロビンA1cが上がってきたのかが分からないということです。
また、今後は地域医療構想の進展に伴い、病院と周辺の医療機関の間を患者さんが紹介・逆紹介によって行き来することが増えるでしょう。それに伴い、DPCデータであれば、患者さんのデータも「病院」と「連携している医療機関」に断絶、分散されることになります。患者さんが65歳になった際も、社会保険あるいは国民保険から高齢者医療制度に移行した際に、データが断絶されます。
これらのことは、ペイシェントジャーニーの作成において、患者さんのJourneyの実態を精緻に把握しようとするときに、その精度を落とす可能性があります。
そのような状況を解消すべく、患者さんのインタビューなども行われますが、予算の都合上、インタビュー可能な患者さんの人数は限定されます。そのことによって、プロマネは「このインタビューから得られた知見を、自社製品の処方対象患者さん全体に当てはめて考えて良いのだろうか?」と悩むことになります。
今後、ペイシェントジャーニーの精度を高めるためには、どうすれば良いか?
厚生労働省の医療DX工程表1)によれば、2025年度から医療機関間の電子カルテ共有サービスの提供が開始予定ですが、これはあくまでも医療関係者・医療機関にて活用されるものです。
そのため、充実したペイシェントジャーニーを作成するときに役立つのが、医療機関の電子カルテなどとは全く異なる方法で収集される「ウェアラブルデバイスをはじめとしたHaaSのデータ」と考えることができるでしょう。
あくまでも理論上ですが、患者さんのHaaSのデータと電子カルテのデータを紐付けてペイシェントジャーニーを作成することができれば、これまで以上に深いインサイトが得られ、患者さんを理解することに役立ちます。
実際には、HaaSに格納されているデータの所有者と所有権、活用の範囲などをサービスプロバイダーや患者さんなどに確認し、同意を取得する必要があると思われます。とはいえ、HaaSが私たちの患者理解を深めるために有益な情報をもたらしてくれることは、変わりありません。
ウェアラブルデバイスの登場は、製薬マーケティングにどのような変化をもたらすか?
患者さんがウェアラブルデバイスを身につけ、データを蓄積してくれていれば、「初診前」の患者さんの血圧や脈拍、血糖値、運動の強度(患者さんの位置、運動時間、距離、速さ、歩数、カロリー消費量など)、体重、睡眠時間、睡眠の質、ストレス状況などがデータとして得られます。
これらのデータは、
- 患者さんの受診前の体調の状況がどうなっているのか?
- 体調がどのような変化を経て初診に至ったのか?
など、これまで得られなかった貴重な情報を提供してくれます。
このことによって、受診前の患者さんのペイシェントジャーニーをこれまで以上に精緻に描くことができるようになるでしょう。
このことから、たとえば疾患啓発のコマーシャルのメッセージが
- 〇〇病と言われたら専門医へ
といった『顕在患者を、適切な医療機関に受診してもらう』趣旨から、
- 〇〇と感じたら、まずは受診を
というように、「潜在患者さんの掘り起こし」や「患者さん自身が自ら受診したくなるように促す」、市場拡大を図るメッセージに変わるかもしれません。
もちろん、このメッセージが最も有効なのは、当該市場で最もシェアを獲得している企業です。「王者が取るべき戦略」にウェアラブルデバイスが関わることで、今後の製薬業界のマーケティングの効果がより高まることも考えられます。
このように、ウェアラブルデバイスを含めたHaaSは、今後の製薬業界のマーケティングにさまざまな影響を及ぼすことが考えられるため、一層注目されていくようになるでしょう。
HaaSのショーケース
ここからは、現在利用可能なHaaSの事例を見ていきましょう。
以下に示すHaaSの代表的なサービスは、まだまだHaaSの一部にしか過ぎません。HaaSは、実際には非常に多岐に渡ります。また、デバイスやセンサー、新たなデータなど、技術の転用によって従来なかった技術が新規に作り出され、HaaSに応用されることもたくさんあります。
そのため、今回はHaaSの主要なカテゴリーと具体的なサービス例を挙げますが、2024年11月時点のHaaSの事例であることにご留意ください。
また、今回はHaaSの事例を国内外問わず、広く紹介いたします。ご参考になれば幸いです。
【治療・服薬支援】
サービスの種別 | 活用方法 | サービス名 |
服薬管理アプリ | 服薬時間のリマインダー、服用記録、残薬管理などをサポートする | - ePill - お薬手帳プラス など |
スマートピルケース | 服薬状況を自動記録し、飲み忘れを防止する | など |
オンライン服薬指導 | 薬剤師がビデオ通話などで服薬指導、疑問に答える | - CLINICS など |
治療アプリ、デジタルセラピューティクス | 特定の疾患の治療をサポートするアプリ (呼吸法トレーニング、リハビリテーションなど) | - Propeller Health(喘息) - BlueStar (糖尿病) など |
慢性疾患の管理や健康教育 | 患者さんが自分の健康状態をより効果的に管理できる | |
中央集中型のリモート臨床監視システム | 遠隔地でも専門家が患者さんを監視し、早期警告や継続的な改善を可能にする | - Tele-critical care solutions など |
▼参考記事
製薬企業の治療アプリ参入を考察|医師調査や有識者視点から導く課題と対応策
【健康管理・疾病予防】
サービスの種別 | 活用方法 | サービス名 |
健康管理アプリ | 食事、運動、睡眠などの記録・分析 食品や化粧品をスキャンし健康アドバイスも提供する | - Yuka など |
ウェアラブルデバイス、IoMT (Internet of Medical Things) | さまざまなデバイスが心拍数、活動量、睡眠、血中酸素濃度、血圧、体重などのデータを計測し、健康状態を可視化する。医療関係者が患者さんをより効果的にサポートできる。 | - Fitbit など |
オンラインカウンセリング | 栄養士、トレーナーなど専門家に健康のための相談ができる | - FiNC - COACH ME など |
遺伝子検査サービス | 遺伝的リスクを分析し、個別化された健康アドバイスを提供する | - GeneLife など |
【医療アクセス向上】
サービスの種別 | 活用方法 | サービス名 |
オンライン診療 | ビデオ通話などで医師の診察、処方箋発行を受けることができる。海外では画像を遠隔地で取得し、診断やコンサルティングのために送信するシステムを活用中。これにより、医療チームが協力し、専門家の才能を効率的に活用可能になる。 | - クロン - ポケットドクター など |
遠隔モニタリング | 訪問看護、訪問介護、医療機関間のネットワーク化によって収集したバイタルデータを医師が遠隔で確認できる | - 岩国医療センター など |
オンラインセカンドオピニオン | オンラインでセカンドオピニオンを受診できる | など |
ヘルスケア・ステーション | 海外で展開。急性期医療以外の医療サービスを提供し、患者さんが簡単にアクセスできる | など |
医療機関検索・予約サービス | 診療科目、地域、保険適用などで医療機関を検索・予約できる | - EPARK など |
【データ分析・活用】
サービスの種別 | 活用方法 | サービス名 |
医療データ分析 | 診療記録、検査データなどを分析し、病気の予防、診断、治療に活用する | など |
創薬支援 | 臨床試験の効率化、新薬ターゲット発見、AI創薬、AIを活用した新薬開発などにデータ分析を活用する | など |
個別化医療 | 患者さんの遺伝情報、生活習慣、治療経過などを分析し、最適な治療法を選択可能にする | - OneOme など |
【その他】
サービスの種別 | 活用方法 | サービス名 |
VR/ARを用いた医療トレーニング | 医師・医療関係者向けの教育訓練に活用する。 また、患者教育や患者さんとのコミュニケーションにも活用されている | - Osso VR など |
▼参考記事
東レ・メディカル×ジョリーグッドに学ぶVR活用の可能性(前編)| 全事業部にVRコンテンツ制作を導入。その狙いと社内導入プロセスは
これらのサービスは、IT企業、ITのスタートアップ、バイオベンチャーなど、さまざまなプレイヤーによって提供されています。HaaSは、医療の質向上、医療費抑制、患者さんと医療関係者の負担軽減など、多くの可能性を秘めており、今後も新たなサービスが続々と登場すると予想されます。
HaaSが製薬業界のマーケティングにもたらすもの
HaaSは、これまでなかった医療・診療のサービスを医療関係者や患者さんに提供してくれます。そして、これらのサービスを通じて収集される膨大なバイタルデータや行動データは、製薬マーケティングの世界に新たな可能性をもたらそうとしています。
例えば、これまでにない詳細な属性データにより、より精緻なセグメンテーションができるようになったり、データ分析時に新たなデータの切り口などが検討できるようになることが考えられます。
これらの変化は、製薬企業がより効果的かつ効率的にターゲット層にアプローチし、患者さんの健康増進に貢献する可能性を秘めています。HaaSの進化とともに、製薬マーケティングの未来は、より精密で患者中心のアプローチへと着実に歩みを進めていくことでしょう。
<参考>※URL最終閲覧日2024. 9.27
1)厚生労働省, 医療DX工程表, https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/001163650.pdf