製薬マーケティングに変化をもたらすHaaS。今後の可能性と課題を考察

製薬マーケティングに変化をもたらすHaaS。今後の可能性と課題を考察

HaaSは、製薬業界の歴史の中で比較的新しいコンセプトとして注目されています。従来の『医薬品の販売』から、『サービス指向のアプローチ』に重点を移したビジネスモデルです。HaaSでは多くの場合、デジタル・プラットフォームを通じて、患者さん、医療者、保険者に包括的なヘルスケア・ソリューションを提供します。
そこで今回は、注目のHaaSを深掘りして、HaaSが製薬業界にどのような影響を及ぼすかを一緒に見ていきましょう。

そもそも、HaaSとDXはどのような関係にあるか? 

「デジタル・プラットフォームを構築し、さまざまなデータを蓄積し、それらを活用する」という点では、HaaSとDX(デジタル・トランスフォーメーション)の概念は非常に似ています。
では、HaaSとDXはどのような関係にあるのでしょうか?

DXの定義を再確認する

DXは、ビジネスのプロセス全体を、デジタル技術を活用して変革することを指します。これには、データ分析、センシング、IoT(さまざまなモノをインターネットに繋ぐ技術)、AI(人工知能)、クラウドコンピューティングなどの技術が含まれます。

DXでは、デジタル技術を通じて業務効率の向上や新たな価値提供、社会あるいは組織全体のバージョンアップを目指します。
逆に言えば、これらを実現できないDXはDXではなく、いわゆるデジタライゼーション、もしくは社内のシステムを連携させただけである、ということです。

一方のHaaSの定義は?

HaaSは、前述のデータ分析やAIなどのデジタル技術を活用し、付加価値の高い医療サービスを提供することで、患者さんや医療関係者に対する総合的な医療体験を創出する新しい形態です。つまり、HaaSはDXの一部として位置づけられ、DXの進展によって可能となるサービスモデルです。

具体的には、HaaSでは医薬品と患者支援プログラム、データ分析、遠隔モニタリングなどの付加価値サービスを組み合わせることが可能になります。
そして、患者さんの転帰を改善することを通じて、患者さんが希望する世界の実現を医療・ヘルスケアが支援することを目指します。

HaaSによって患者さんに提供される医療が最適化されることから、将来的には効率良い医療を容易に目指せるようになります。結果として医療費を削減することにもつながるでしょう。

このようにHaaSは、DXによる技術革新があってこそ実現が可能であり、医療サービスを大きく拡大させ、その提供方法を根本的に変えるものだと言えます。

▼HaaSの基本的な解説は、こちらの記事もぜひご覧ください。
https://www.medinew.jp/articles/marketing/trend/haas-concept

HaaSは、製薬企業の何を変革するのか? 

HaaSは、製薬企業のバリューチェーンを患者さん中心のサービス提供へと拡張し、新たな価値創造と収益源を生み出す可能性を秘めています。

従来の製薬業界のバリューチェーン

従来の製薬業界は、主に下記のようなバリューチェーンでした。

  • 研究開発:新薬候補の探索、基礎研究、前臨床試験
  • 臨床試験:有効性・安全性を確認するための試験
  • 承認:規制当局による承認取得
  • 製造:医薬品の製造、品質管理
  • 物流:医薬品の流通、納品
  • 販売・マーケティング:医療機関への情報提供、販売促進活動、適正使用の推進、安全性情報の収集・評価・提供

従来の製薬業界のバリューチェーンは、創薬・開発、臨床試験、承認、製造、販売・マーケティングという流れで構成され、製薬企業の収益は主に医薬品の販売量に依存していました。

HaaSによるバリューチェーンの拡張

HaaSによる影響は、製薬業界のバリューチェーン全体に及びます。
上記のバリューチェーンがどのように影響を受けるか、それぞれ見ていきます。

  • 研究開発への影響

伝統的な製薬のR&Dプロセスは、主に新薬の発見とその臨床試験に注力します。

HaaSを活用する世界では、例えば新規化合物の評価、文献検索と評価、データ分析などの研究開発に関わるさまざまなプロセスを、HaaSのAIの技術がスピードアップさせています。


  • 製造と物流の効率化

HaaSを通じて、製薬業界ではデジタル技術を用いた製造プロセスの自動化や最適化が進められています。これにより、サプライチェーン全体の効率が向上し、需要に応じた柔軟な製品供給が可能になります。


  • 販売の変革

HaaSは製薬マーケティングにおいて、従来のバリューチェーンにおける「販売」以降のフェーズを大きく変えます。主に、以下のようなサービスを統合することで、新たな価値を創出します。


分類

内容

治療・服薬支援

  • 服薬管理アプリ、スマートピルケース、オンライン服薬指導などを提供する
  • これらの提供を通じて患者さんの治療継続を支援する

健康管理

  • ウェアラブルデバイス、健康管理アプリ、オンラインコミュニティなどを活用できる
  • 患者さんの健康状態をモニタリング、生活習慣改善をサポートする

個別化医療

  • ゲノム情報、生活習慣データ、治療経過などを分析する
  • 患者さん一人ひとりに最適化された治療法や予防策を提供する

予後・再発防止

  • オンライン診療、遠隔モニタリング、個別化医療などが予後を改善する
  • これらを組み合わせ、病気の再発や重症化を予防する

これらの例の中には、すでに活用されているものもあれば、これから提供が始まるものなどがあります。いずれも、患者さんが受ける診療の質の向上が期待できたり、医療者をより支援できるものです。
では、HaaSによってバリューチェーンが変わると、私たちにとってどのような変化が起こるのでしょうか?

HaaSが製薬マーケティングにもたらしてくれるもの

製薬マーケティングにおいて、HaaSの活用で新たなデータが生み出され、その分析を通じて従来は見えなかった新たなインサイトを探索できるようになります。
このことによって、以前DXの解説で紹介した「より深い顧客理解」を得ることにつながり、個々の顧客に最適な医療サービスや情報を提供できるようになります。
例えば、HaaSによって製薬企業にもたらされるベネフィットには下記のようなものが考えられるでしょう。

収益モデルの変化

医薬品販売に加え、サービス利用料、データ分析による新たな収益など、多様な収益源を獲得できる可能性が高まります。

競争優位の差別化

優れたHaaSを提供することで、患者さんや医療者にとっての体験価値を高められます。
このことから、他の製薬企業との差別化を図り、競争優位性を築けるようになるでしょう。

患者さんとのエンゲージメントの向上

継続的なサービス提供を通じて、患者さんとの長期的な関係が構築できるようになります。
例えば、モバイルアプリを通じた服薬管理、遠隔診療、健康状態のモニタリングなどが実現可能になりますので、診療からの患者さんの脱落を減らせる可能性が高まります。
その他にも、デジタル・プラットフォームを用いれば、医療関係者や患者さんへの直接的なコミュニケーションや教育プログラムを提供できるようになります。
これらの取り組みは、患者さんの治療体験を向上させます。したがって、患者さんの満足度が高まり、アドヒアランスが向上することにつながります。
結果として、自社医薬品の長期処方などに至ることも期待できるでしょう。

データとフィードバックループの形成

HaaSの活用にとって、患者さんや医療データを効果的に収集できるようになります。
それらを製品開発やサービス改善に役立てるフィードバックループを形成できますから、継続的に製品のポジショニングやサービス、提供価値を最適化することが可能になるでしょう。

製薬企業がHaaSに取り組む上での課題は?

さまざまなベネフィットが考えられるHaaSですが、製薬企業が取り組むには、課題もあります。

  • 新たな投資が必要

企業経営として、HaaSに投資できるか?


  • 法規制への対応

個人情報保護への対応や、生成AIの利活用に伴う法律の整備が遅れている


  • 異業種との連携

HaaSのスタートアップが続々と誕生しているため、どの企業とHaaSを進めていくかを選択することは困難か?


  • 製薬企業のデジタル化

ビジネスプロセス全体のデジタル化は、企業間でバラついている

既存のシステムやプロセスを変革する必要がある


  • セキュリティーのリスク

HaaSに関わらず永遠の課題である

常に最新のセキュリティーが必要である


  • 人材の育成

HaaSに理解があり、ビジネス化できる人材の育成は、一朝一夕には進まない

企業としてどう取り組むかという意思決定と、経営陣のビジネスセンスが問われる。


  • HaaSの適性

1回のワクチン接種や数日の感染症治療薬の処方から得られるデータには限りがあるか?

これらの医薬品には、HaaSは不向きか?


このように、製薬企業がHaaSに取り組むには、解決すべき課題が考えられます。一方で、この課題を解決すれば、従来なし得なかった新たなマーケットへのアクセスやマーケティングのプランニングなども取り組みやすくなることが予想されます。

現時点ではHaaSが多種多様なため、製薬企業としてはどのように取り組むかの判断が難しいのが現状と思われます。しかし、ITやリテールなど他の業界ではHaaSを小さく始めて、施策やプロダクトのアイデアを「まずは作って試してみる」という姿勢が成功の近道になっています。

HaaSが秘める製薬企業の飛躍の可能性

HaaSは、製薬企業の提供価値を高める新しいモデルです。製薬業界のバリューチェーンを大きく変革し、患者さん中心の医療サービスの提供を実現する可能性を秘めています。

製薬企業は従来の企業の枠を超えて、効率的で個々の患者さんのニーズに即した、包括的な医療ソリューションを提供できるようになります。HaaSが個々の患者さんのデータを収集し、分析し、その結果を活用していくからです。

急速に少子高齢化と人口減少が進む中、日本政府は「効率の良い医療提供体制の構築は必須」と考えています。
そのため厚生労働省は、地域医療構想などの制度面から医療提供体制を堅持しようとしています。
そのような中、製薬企業がHaaSで更なる提供価値の向上を図り、迅速に提供していくことで、日本の医療において「持続可能な医療システムの構築」に貢献していくことにつながります。

今後、製薬企業は従来のビジネスモデルにとらわれず、積極的にHaaSに取り組むことで、次世代の新たな成長モデルを描くことができるようになるでしょう。