話題のUXグロースを製薬マーケティングに活用するには?|#4 UXグロースの導入プロセス② 実査からプランニング

話題のUXグロースを製薬マーケティングに活用するには?|#4 UXグロースの導入プロセス② 実査からプランニング

UXグロースでは、調査の際に「顧客が置かれている状況によって、顧客がどのように判断するのか?」という顧客の判断軸にフォーカスをして調査を行います。このアプローチは、これまであまり製薬業界ではなされてこなかったかもしれません。しかし、他の業界ではこのUXグロースならではの調査で新たなインサイトを探索し、ビジネスで結果を出している企業や製品・サービスがどんどん増えています。今回はこのポイントに着目し、グロースの導入プロセスの実査からプランニングを解説します。

UXグロースにおける実査とは

第3回まで見たように、私たちが製薬業界のマーケティングで結果を出すためには、従来以上に顧客のことを深く理解し、ビジネスに落とし込むことが必要です。
そのための具体的な方法として、「私たちの顧客が誰で、顧客に提供する価値が何か」を定義し、その顧客の困りごとが何かを深掘りすることが欠かせません。

従来の製薬業界でのマーケティングリサーチにおいては、定量調査と定性調査を両方実施する場合もあります。場合によっては、患者さんのアンメットメディカルニーズやインサイトの探索の場合は、インタビューによる定性調査のみを行うこともあります。

これに対しUXグロースでの実査は、顧客理解を深める意図で、自社が持つ「顧客のデータ分析(定量調査)」と「顧客の行動観察調査(定性調査)」の両方を行います(図『2-3. 実査』参照)。

UXグロース導入のプロセス

Webサービスやアプリにおける顧客のデータ分析

顧客のデータ分析では、Webサービスやアプリなど、顧客の行動を捕捉できたデータを用いて分析します。
おもに、下記のようなポイントを顧客ごとに確認、分析していきます。

  • アクセスの頻度
  • ページ遷移(Webサービスやアプリ内でのジャーニーを捕捉する)
  • ページごとの滞在時間
  • 離脱ページ など

特に、Webサービスやアプリのキラーコンテンツへのアクセス状況は、詳しく見ておく必要があります。UXグロースで自社の疾患啓発サイトを検証したい場合、患者さんのページ遷移などの行動を精緻に把握することは、そのサイトの課題発見や改善ポイントの探索に役立ちます。

ここから得られた顧客の行動の実態と、そこから考えられる仮説が、その後の顧客の行動観察調査で検証するポイントの一つになります。

医薬品における顧客のデータ分析

ある疾患とその治療薬における患者さんへのインタビューでも、事前にさまざまな情報を収集しておくことで、患者さんへの質問の質を高め、深掘りしやすくなります。例えば、下記のようなデータを参考に、患者さんへの質問を吟味することをお勧めします。

  • ソーシャルリスニングのデータ
  • 以前自社で実施したプライマリー調査のデータ
  • リサーチ会社が持つ患者パネルへのアンケート調査データ など

顧客の行動観察調査

顧客の行動観察調査では、顧客に直接面会し、顧客の行動の「背景」や「意図」、疾患や治療、自社が提供しているWebサービスやアプリへの「印象」などを理解していきます。

この調査の前提には、前項で示した顧客のデータ分析の結果から想定された仮説があります。それを検証するために顧客の行動観察調査の際にアプリのプロトタイプやコンセプトを示したり、デモを実施したりするなど、顧客に自社のサービスに実際に触れていただき、その場で率直な意見を出してもらいます。

そして、Webサービスやアプリなどをどのように顧客が操作するかを丁寧に見ていきます。
この時、事前に顧客にそれらのサービスの操作などについて詳細に説明することは、顧客を私たちに都合の良いように誘導してしまいます。その結果、私たちの製品やサービスに対する顧客の真の声を失うことにつながりかねないので、必ず避けましょう。

顧客の行動観察調査で見るべきポイント

顧客の行動観察調査では、下記のポイントを詳細に見ていきましょう。

  • 顧客がWebサービスやアプリをスムーズに扱えているか
  • 顧客が見たいページに迷いなく辿り着けているか
  • コンテンツの内容を理解できているか
  • 顧客が「使い続けたい」と思っているか
  • その他調査のKPIとして設定している項目 など

この時顧客が、私たちの想定していなかった挙動をした場合、必ず「なぜ今、その操作をしたのですか?」と尋ねましょう。その答えの中に、Webサービスやアプリの改善ポイントが秘められていることが多くあります。

顧客の行動観察調査は、関係者全員で共有する

顧客の行動観察調査では、UXグロースの関係者全員が調査の進行を見学し顧客の声を聴くことが、UXグロースの成功に大きく関わります。調査当日に同席できない人がいるなら、顧客の同意を得た上で、調査中にその模様を録画させていただき、欠席者にも見せる必要があります。

これまでに筆者が経験したマーケティングリサーチでは、リサーチ結果の報告会などで、リサーチに参加していない上長が「この結果は、自分の経験と違っている。このリサーチ結果は正しくないのではないか?」などと言い出すことがありました。そして、リサーチ結果をひっくり返したり、リサーチ結果を自分の都合の良いように解釈を変えたりして、マーケティングプランの策定が頓挫することが、少なからずありました。

これは製薬業界に限らず、どのような業界のマーケティングリサーチでも起こっていました。プロマネとしては、このようなリサーチ業務の手戻りを防ぐために、顧客の生の反応や声をUXグロース関係者全員が共有し、顧客理解の認識をそろえることが重要です。
要職の鶴の一声でリサーチの結果がひっくり返されるようでは、データドリブンなマーケティングの実現は不可能かもしれません。

結果の分析

顧客のデータ分析や行動観察調査から得られた結果や気付きを整理し、さらに分析を深めます。
UXグロースでは、主に下記の観点で整理していきます。

  • 結果
    • 顧客の反応や回答がこちらの想定通りだったものは何か?
    • 顧客の反応や回答がこちらの想定外だったものは何か?
    • 私たちの医薬品やサービス等を患者さんはどれくらい受け入れてくれているか?
    • 私たちに対する患者さんの期待は何か?
    • 患者さんの行動阻害要因は何か?
    • 競合の医薬品やサービスとの違いや優位性は何か?
    • どのような経路からウェブサービスやアプリを知るのか?どのような経路でそれらにアクセスするのか?


  • 新たな気付き
    • 私たちが知らなかった顧客の考え方、価値観、顧客の問題、我々の問題は何か?
    • 私たちの医薬品を処方してほしい、私たちのサービス等を利用したいと思う患者さんの価値観は何か?
    • 私たちの医薬品を処方してほしくない、私たちのサービス等を利用したくないと思う患者さんの価値観は何か?
    • 顧客が知らないことは何か?
    • 顧客が知っていることは何か?


結果の分析時の注意点① 患者さんが見ている世界を知る

ここでの大事なことは、私たちが「患者さんは世界をどのように見ているのか?」を知ることです。
そのためには、行動観察調査中に、UXグロースに関わる全員が「顧客に対する気付き」と「自社の製品、サービス、アプリに対する問題」を付箋などにメモしておき、調査直後に全員でそれらをシェアし、ディスカッションしましょう。

結果の分析時の注意点② 想定外の結果を喜ぶ

第3回でもお伝えしましたが、UXグロースにおいては、私たちの想定通りの結果が得られるリサーチは失敗です。私たちが顧客を質問で誘導し過ぎているか、調査前に立てた仮説が検討不足だったなどが原因だった可能性があります。

UXの専門家にとって、調査結果が事前の仮説から外れることは、素晴らしいことです。私たちも、そのような認識を持つことは、顧客理解を深めるために極めて重要です。

結果の分析時の注意点③ 顧客の判断軸を洗い出す

顧客理解ができている状態とは、顧客の判断軸を把握できている状態です。これがUXグロースでの調査のゴールの一つです。

「こういう状況に置かれた医師、あるいは患者さんは、どう判断と行動をするのか?」を私たちが想像できることが重要です。これができれば、他のデータなどはさほど重要ではありません。

マーケティングのプランニング

ここまでのUXグロースのための調査から明らかになったさまざまな結果を、自社製品や自社サービス等のマーケティングプランの策定に反映させます。

従来の製薬マーケティングでは、患者さんとその主治医そのものにフォーカスしたマーケティングプランが策定されていました。これはこれで一定の成果が期待されますが、UXグロースの場合はもう少し異なるアプローチを取ります。

それは、「顧客が置かれている状況にフォーカスしたセグメンテーションやターゲティング」を行うということです。これは、特に異業種で効果を発揮しています。

従来のセグメンテーションとターゲティングは…

顧客を医師とした場合を例に一緒に見ていきましょう。
ターゲット医師に関する調査は、従来であれば

  • 所属施設(大学 / 病院 / クリニック など)
  • 所属施設の機能別(かかりつけ医 / 一般病院 / 特定機能病院 / 地域医療支援病院 など)
  • 所属施設のベッド数
  • 医師の勤務地(大都市圏 / 地方 / 都道府県別)
  • 医師の所属あるいは標榜している診療科
  • 疾患別の専門医 / 認定医 / 指導医
  • 医師の経験年数
  • 特定の疾患における医師の持ち患者数
  • 医師あるいは施設の手術件数

などでセグメンテーションするのが一般的でした。
それらの切り口で医師をセグメント化し、優先順位を付けて、リソースのアロケーションを検討し、プロモーションを展開してきました。

もちろんこのセグメンテーションも大事なのですが、従来なかった新たなセグメンテーションとターゲティングをUXグロースでは可能としました。

前述の「顧客のデータ分析(定量調査)」と「顧客の行動観察調査(定性調査)」によって明らかになった、顧客の判断軸に基づいたセグメンテーションとターゲティングです。

「顧客が置かれている状況にフォーカスしたセグメンテーションやターゲティング」とは

医師や施設の属性を切り口としたセグメンテーションやターゲティングとは異なり、「診断や治療のある場面で、どのような判断や意思決定をするか」という分類でセグメンテーションとターゲティングを行うのが「状況セグメンテーション」「状況ターゲティング」です。

例えば、がん治療において、腫瘍マーカーが下がり切らない患者さんがいた時、

  • もう少し様子を見る
  • これまで使った治療薬を他の治療薬に切り替える
  • これまで使った治療薬から放射線治療などの別の治療法に切り替える

などの対応が考えられます。

状況ターゲティングでは、上記のそれぞれ、すなわち特定の状況に置かれた医師の判断軸に基づいて医師を分類し、新たなセグメントを作ります。そしてそのセグメントごとに最適なプロモーションを展開します。

さらに増えるセグメンテーションの切り口

医師の判断軸や患者さんの判断軸に加え、現在はさまざまなコミュニケーションツールも増えているので、デジタルツールへの親和性といった新しいセグメントの切り口も考えられます。

さらに、レセプトデータや電子カルテのデータといった、さまざまなリアルワールドデータを活用することで、個別の施設単位あるいは患者単位で治療の傾向を分析し、クラスタリングや機械学習での予測といった新しいセグメンテーションやターゲティングも技術的には可能です。

「状況」に着目することで、私たちが得られるもの

UXグロースの取り組みによって、従来のセグメンテーションの属性とは異なる「状況セグメンテーション」や「状況ターゲティング」が実現できます。

この場合、同一施設・同一診療科の医師同士であっても、判断軸が異なる場合はそれぞれの医師に最適なプロモーションを変えていく必要が出てくるかもしれません。これは、その施設・診療科で、疾患ごとの治療レジメンをどのように定めているのかを踏まえて、個別に対応が必要になる場合もあるでしょう。

とはいえ、医師や患者さんの状況にフォーカスした状況ターゲティングは、プロモーションでカバーすべき医師を、医師が日常で直面する課題を踏まえて、医師の判断軸ごとに情報提供を最適化することが可能になります。

「状況ターゲティング」は、医師や患者さんの判断軸が私たちのプロモーションやメッセージングの起点です。そのため、私たちのプロモーションやメッセージが医師に受け入れられやすくなる可能性が高まります。

UXグロースを軌道に乗せるために

ここまでUXグロースの導入プロセスを見てきましたが、ここに到達したら完成ではありません。UXグロースの核は、顧客との長期的な関係構築や、顧客の成功支援にあり、私たちはそのことに注力しなければなりません。

医師や患者さんが自社製品による治療を開始したり、自社のWebサービスやアプリなどを利用し始めた後も、MRなどのリアルの接点とデジタルの接点を通じて、絶えず最高の顧客体験を提供し続ける必要があります。そのことが、長期的なロイヤルカスタマーの育成に繋がり、安定した処方獲得に至ります。

そのため、一度作り上げたUXグロースのモデルを定期的に見直し、顧客理解を深め、顧客の判断軸を知る取り組みを継続しなければなりません。私たちが変わらなくても、先に社会や医師・患者さんを取り巻く環境が変化してしまうのが現代です。ですから、常に顧客をよく理解し、顧客が置かれている状況をキャッチアップしていきましょう。

また、UXグロースの取り組みを続けていると、モデルの疲弊なども起こってきます。自社ならではのUXグロースのモデルを作り、製薬業界を席巻できたとしても、必ずフォロワーが生まれ、サービスのコモディティ化も起こります。

次回は、これらの課題への対策について取り上げます。