製薬企業ではこれまで売上アップのKPIとして、ディテーリング数や説明会回数が重要視されていました。しかし昨年来の新型コロナウイルス感染症拡大により、MRが医師に面会できない状況が生じています。この状況下で、医薬品の売上へのディテーリングの効果は、2020年度の医薬品売上月次推移データからは限定的ともみて取れます。医薬品マーケティングにおけるディテーリング数の意味を考え直す時期がきていると考えられます。
ディテーリング数や説明会回数を追うようになった背景
ディテーリング数や説明会の回数を増やすほど、医薬品の売上は伸びるー。
Share of Voice(以下 SoV)と呼ばれるこの考え方は、これまで長らくプロダクトマネージャー(以下 プロマネ)の考えるマーケティングの基本でした。SoVは、生活習慣病治療薬から一部のスペシャリティ領域の治療薬にいたるまで、いまだに幅広く用いられている考え方です。SoVが重用されてきた理由は、ディテーリング数と売上の間には相関があるとみられたためです。
SoVが王道マーケティングとなったきっかけ
このような考え方が出てきたのは、2000年前後の頃からといわれています。当時、ある製薬企業がカルシウム拮抗薬の新薬を上市しました。その時、その製薬企業が取ったプロモーションが、SoVです。カルシウム拮抗薬の新薬は、社内からブロックバスターになることが期待されていました。そのために大量のMRを採用・動員し、全MRがディテーリング可能なシンプルな製品メッセージをターゲット医師に伝え続けたのです。その結果、医師の認知と処方を獲得し、売上を大きく伸ばすブロックバスターになりました。
SoVによって一定の結果がみられたこの取り組みは、他の製薬企業でもいち早く取り入れられ、2000年以降のカルシウム拮抗薬、ARB、スタチン、DPP-4阻害薬、インスリン製剤、SGLT2阻害薬など、多くの生活習慣病治療薬の王道のマーケティングとなりました。
SoVを後押しすることに使われた論文
また、SoVの効果を裏付けると考えられた論文もありました。「ザイアンス(ザイオンス)効果」または「単純接触効果」と呼ばれる研究結果の論文です。
ザイアンス効果について、現在は「何度も繰り返しその名前や顔を見ると、それを好きになる」という意味で広まっています。これは厳密には誤解で、正確には「何度も繰り返し見た名前や顔の 中には 、好きになるものがある」ことがわかったという論文です。つまり、どのような顔でも、何度も繰り返して会えば好きになってもらえるのではなく、「何度も繰り返して会っているうちに好きになってもらえる顔と、そうではない顔がある」ということです。 SoVが広まった背景には、この論文が誤解されたままSoVに当てはめられ、「製品名を何度も医師に伝え、処方依頼すれば、処方が獲得でき売上が伸びる」というプロモーションにつながった可能性があると考えられます。
ディテーリング数の推移はプロモーションの進捗を表しているか?
このようにSoV全盛期の製薬業界のマーケティングでは、ディテーリング数と売上に相関があると考えられていたため、プロマネはディテーリング数の推移も売上予測のデータの1種類として利用していました。しかし、ディテーリング数の推移は、プロモーションの進捗を測る指標として本当に適切なのでしょうか。
MRの評価にディテーリング数が用いられた影響
SoVのマーケティング手法を継続しているうちに、徐々にディテーリング数と売上の伸びの相関が弱くなる製品もありました。これには、MRの評価のKPIにディテーリング数が大きなウエイトで設定されていたことが考えられるのではないでしょうか。
多くの製薬企業では、MRを「売上の達成度」と「行動目標の達成度」で評価しています。そのウエイト配分は製薬企業ごとに異なりますが、MRとしては自分の評価が昇級昇格や賞与に関わるとなれば、売上が未達であったとしても行動目標だけは達成したいと考えます。その結果、会えていない医師にディテーリングしたとMRが入力する「不適切な日報入力」の可能性が出てきます。このようなデータが混ざってしまうと、正確なディテーリング数が把握できず、プロマネはディテーリング数による「プロモーションの進捗確認」や「マーケティング効果の評価」がしにくくなりました。
新型コロナウイルス感染症流行がおよぼしたディテーリング数への影響
さらに、2020年の新型コロナウイルス感染症流行によって、ディテーリング数は大きな影響を受けました。医療機関が感染症予防のためにMRの訪問を強力に規制し、対面によるディテーリングが大幅に減少しました。その代替策として、製薬業界のプロモーションは、アポイントを獲得してからウェブ上で行うWEBディテーリングに変化しました。しかし、MRが全てのターゲット医師とWEBディテーリングを行うのは難しいのが現状です。そのためディテーリング数が伸び悩み、ターゲット医師の毎月のカバー率は大きく悪化しました。
このような現状を踏まえ、現在では毎月のディテーリング数やターゲット医師のカバー率100%達成をMRに課さなくなった製薬企業も増えてきました。医療現場の現状を鑑みると、ディテーリング数やターゲット医師のカバー率を毎月追うことが現実的ではないという判断がなされたということです。
これは、これまでの製薬業界のマーケティングのトレンドを大きく変える出来事として、将来も記憶に残ることでしょう。
COVID-19流行下であぶりだされたディテーリング数の本来の価値
しかし、マーケティングの観点からは、もっと重要なポイントがあります。それは、2020年の医療用医薬品の売上をみると、月ごとに売上の伸びに変動があるものの、医療用医薬品市場全体の月間売上の推移は、2019年のそれとほぼ同様の推移を示していたということです。
2020年4月~6月頃にかけて、製薬業界全体で医療機関への訪問が自粛されました。その間のMR活動はメールや手紙の送付など限定的なものだったにもかかわらず、売上の推移は変わっていません。これは、「製薬業界全体のマーケティングに巨大なパラダイムシフトがすでに起こっていて、それが明るみに出た」と言えるかもしれません。
もしディテーリング数と売上に相関があれば、2020年4月~6月頃のディテーリング数の減少によって同時期の売上も減少するはずで、それは2020年と2019年で異なる推移を示すと考えられます。しかし、実際にはそうなりませんでした。具体的には、2019年と2020年の売上の差は年度で-2.8%、四半期ごとでは-1.5%~-6.0%程度の変化でした。これに対し、2019年度と2020年度のディテーリング数は各社で異なる推移を示したと思われますが、それでも売上の差ほどは小さくなかったはずです。つまり、ディテーリング数は売上予測に使えるデータではない可能性があるということです。このことを、COVID-19の流行は期せずしてあぶりだしたようにもみえます。
ディテーリング数をマーケティングにどう活用するか?
それでは、マーケティングプランを立てる際に、ディテーリング数はどのように考えれば良いのでしょうか。ディテーリング数を追い求めるだけではなく、その製品のポジショニングを確認したり、自社医薬品の売上に最も寄与する要因が何なのかを特定することが製品戦略の策定やプロモーション評価のポイントになります。
ディテーリング数だけでなく製品ポジショニングを確認する
COVID-19流行下でも、医師は「処方する医薬品の選択に、今までとの違いはない」とコメントすることが多いようです。これはMRのディテーリングの有無にかかわらず、医師は自らの判断で処方薬を決めていることを示唆しています。
もちろん、医師が専門医か非専門医かなどによって、医薬品の選択が変わることはあるでしょう。しかし、どのような疾患領域においても、少なくとも第一選択薬はコロナ禍でも処方されやすく、それ以外の医薬品は処方されていない可能性があります。医薬品によっては売上のトレンドに大きな変化が認められない製品があるのは、このような背景があるからです。すなわち、医師の治療方針の中で、第一選択薬のポジショニングを獲得しているのかどうかが、その医薬品の売上のトレンドに影響するということです。
このように、ディテーリング数だけを追っていると、その医薬品のポジションが見えてきません。全く違うアプローチで、医師の治療方針の中での自社医薬品のポジションを調べる必要があります。例えば医師へのインタビューで調べたり、ディテーリングの中でどのようなメッセージを医師に伝えたのか、どのメッセージが最も医師から賛同を得たのかなどの確認をすることが必要でしょう。
ディテーリング数の推移をモニタリングすることも必要かもしれませんが、むしろ医師が考える医薬品のポジションを確認した方が、マーケティング上有益な示唆が得られます。
ディテーリング数と売上の相関関係を再考する
これまでみてきたことから、ディテーリング数の推移が売上と強い相関を示すのかは疑わしいことが分かってきました。すでにこのことに気づき、マーケティングプランには別の手法やデータを駆使しているプロマネもいますが、一方では従来のSoVを踏襲し続けているプロマネもいるのではないでしょうか。このマーケティングの考え方やプランの内容の違いが、医薬品の市場のシェアやトレンドとして表れている可能性も否定できないかもしれません。
マーケティングの観点からは、自社医薬品の売上に最も寄与する要因が何かを特定することが、製品戦略の策定やプロモーションの評価に必要です。ディテーリング数が自社医薬品の売上に明らかに寄与しているならそのままディテーリング数をKPIとして用いても良いでしょう。もしディテーリング数が自社医薬品の売上にあまり寄与していないのなら、確認すべきKPIは他にあるということです。プロマネとして今後は、そのKPIの特定と分析、活用が求められるでしょう。
ディテーリング数が示している意味を吟味しよう
製薬業界のマーケティングにSoVがこれほどまでに広まった真の背景は、ディテーリング数と売上の相関関係が認められたことを「2つには因果関係があると誤解した」ということかもしれません。
ディテーリング数と医薬品の売上に「相関関係があること」と「因果関係があること」は全く別物です。相関関係をデータから読み解く場合、注意すべき医師や患者さん、MRのインサイトを見落としたら、データを誤って解釈してしまいます。
ディテーリング数が多いほど売上が高いというデータがあった時、売上が高い要因はディテーリング数以外にもまだまだあるかもしれません。例えば、「ディテーリング数が多い」ことを「MRが医師と頻繁に面会できている」とみるなら、その要因としては次のように考えられるでしょう。
- MRが医師に好かれている:MRが礼儀正しい、MRの立ち振る舞いを所長が適切に指導できている、MRがいつもニコニコしている、医師からの質問にMRが適切に対応できている など
- 自社医薬品のデータが話題:医師が自社医薬品の最新データに興味を持っていたため面会できた
- 医師と全MRの関係:医師が他社MRを嫌っている
このように、ディテーリング数とひとくくりにするのではなく、ディテーリング数が示している意味をよく吟味することがプロマネにとって必要な取り組みといえそうです。
現在、SoVではなく別のアプローチでマーケティングプランを策定するプロマネが出てきています。この変化は今後、製薬業界全体のパラダイムシフトになっていくかもしれません。
プロマネが本来重視すべきは、「プロモーションとポジショニングの因果関係を明らかにし、その因果関係に密接にかかわる要因を特定し、マネジメントすること」です。これが、これからのプロマネの必須スキルとして求められていくと考えられます。
<参考>
・Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal Effects of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2), part 2, pp.1-27.
・COVID-19流行による医師の医薬品情報収集方法の変化と課題についての調査PwC (
https://www.pwc.com/jp/ja/press-room/commercial-model-pharmaceutical200622.html
)
・エンサイススナップショットデータ(薬価基準ベース)2020年度(2020年4月~2021年3月)
https://www.encise.co.jp/wp-content/uploads/2021/04/エンサイススナップショットデータ-2020年度.pdf
【プロマネTips.6】プロマネが動かすのは、MRと医師の心