これまで製薬企業のマーケティングやセールスに関する人材育成等のサポートに携わってきた中で、製薬企業の方からさまざまなご質問をいただいてきました。この連載では、わたしたちがトレーニングの際などに聞かれるシンプルかつ根本的な医薬品マーケティングに関する質問にお答えしたいと思います。第4回は「どうすれば良いプロモーションを考えられるのか?」がテーマです。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)
Q:どうすれば良いプロモーションを考えられるのか?
A:
良いプロモーションを考える早道は、じっくりと顧客を観察することだ
<ポイント>
①「プロモーション」とは顧客のいまの認識や行動を期待するものへ変化を促すための働きかけ
②プロモーションは、顧客の考え方や行動をどのように変化させるためにどう働きかけるか、つまり戦略シナリオを把握するが重要
③適切な戦略シナリオを描ければ、インパクトのあるプロモーションを考えることは難しくない
良いプロモーションのためには何をすればよいのか?
マーケティング・トレーニングを一通り終えた後によく聞かれる質問があります。
「とてもためになる研修をありがとうございました。ひとつお聞きしたいのですが、良いプロモーションを考えるためにはどんなことをしたら良いのでしょうか。」
10年以上続けているマーケティングトレーニングでこの質問がなくなることはありません。
マーケティング・プランニング・プロセスのほとんどは、第三者からは何をやっているのかが見えにくく静的です。これに対して、プロモーションは考えた戦略の実践パートになるので、国際シンポジウムやウェビナーなどのオピニオンリーダーによる講演会、メールや動画などのキーメッセージのデジタル配信、患者さんへのTVコマーシャルや新聞紙上での疾患啓発キャンペーンなど、動きが可視化されるとともにそれなりの経費が掛けられられます。そのため、プロモーションはマーケティングの中心的存在と捉えるシニアマネジメントが多いことは事実です。実際、質問者の話を聞いていると「実は上司からもっと良いプロモーションを考えろと言われるのです」という話は少なくありません。
マーケティングとプロモーションの違いとは
最近、いろいろなシーンでマーケティングという言葉を聞くことが増えてきた印象があります。以前ならプロモーションという言葉が使われていた文脈でマーケティングという言葉が使われ、マーケティングも市民権を得たなあと思うこともあります。ただ、多くのケースでマーケティングもプロモーションも同じもので、今時っぽいからマーケティングと言っておこう、といった誤解がある気もしています。企業の中で、この2つの言葉の解釈に誤解や混同があると推察できます。
ここで改めてマーケティングとプロモーションの違いを明らかにしておくと、マーケティングは市場の観察分析から戦略立案、実践、そしてモニタリング修正まで一連の全体プロセスなのに対して、プロモーションはそのプロセスの中の実践パートでありマーケティングの一部の構成要素になります。”promote”という英語は「促進」や「主催」を意味します。
ですから、そもそもの意味を考えるとマーケティングとの違いを理解しにくくなってしまいますが、マーケティングの中でのプロモーションという考え方はそもそもの英語の意味合いから少し変化して、「促進するための活動」を指す、と理解すると分かりやすくなります。
マーケティングで目指すことは、顧客に使ってみたいと思わせること
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(配給:パラマウント・ピクチャーズ)という、2013年に公開されたレオナルド・ディカプリオ主演のハリウッド映画をご覧になった方も多いと思います。その中で、主人公はこれから始める証券事業の話し合いに加わっているトップセールスパーソンに、テーブルの上にあるボールペンを隣の仲間に売って見せてくれと頼むシーンがあります。
そのトップセールスパーソンは白紙を取り出し、隣の仲間に「ここにお前のサインを欲しい」と言いながら、自分のジャケットからペンを出してテーブルに置きます。すると隣の仲間はすぐに「ペンを貸してくれ」とトップセールスパーソンに頼みます。主人公は「ほらな、これだよ」とみんなに告げるシーンです。このシーンに、マーケティング的な意味を強く感じます。
「ボールペンを売って見せてくれ」と言われたら、普通のセールスパーソンはこんな風に始めませんか。
「このボールペンはとても軽くてインクがボてることもなく書きやすいんです。えっ、値段ですか?それがお客さん、とても安いんです。こんなに性能が良くて見た目も悪くないのに〇〇円ですよ」
マーケティングとプロモーションの違いの観点からいえば、後者はいきなりプロモーションを始めた事例です。他の製品と差別化ができる製品特長を最大限放り込んだセールストークで、お客さんの心をぐっと摘もうとしているのがよく分かります。もちろん、ペンを欲しいと考えている人には効果的かもしれませんが、大事な仕事のことで頭がいっぱいの人には「うるさいから後にしてくれるかな」と思われるのが関の山です。これに対して前者のトップセールスの行動は戦略的気配を感じさせます。ペンそのものをいきなり売り込む(プロモーションする)のではなく、使いたくなる状況を演出(戦略的思考)した上で、ペンという商品を自分のジャケットから取り出して見せている(プロモーションしている)ところです。
プロモーションの役割
マーケティングにおいて、プロモーションは欠かせないプロセスのひとつです。先述の通り、マーケティングは市場分析や戦略立案からモニタリングまでの一連のプロセスですが、どんなに評判の良い製品でもプロモーションという実践プロセスも必要です。
例えば現代なら、世の中の製品やサービスのほとんどは評判の良し悪しに関わらずGoogleなどのポータルサイトで検索されます。あまり知られていない製品を知ってもらうために、検索結果が上位になるようにWebコンテンツ上に巧みに検索キーワードを配列してページを作り込むこともプロモーションのひとつです。あるいは、一度見た製品やサービスの広告がその後の画面上で追いかけるてくるリターゲティング広告といった仕掛けもあります。プロモーションの役割は、こうした 仕掛けなども使いながらお客さんに働きかけること です。
まずは、プロモーションという働きかけの結果として、製品の名前を覚えてくれたり、興味を持ってくれたり、使ってみたいなと思ってもらったり、という認識の変化を生みます。そして、最終的にはいままで使っていた物に変えて自分たちの商品を使ってもらう、という行動の変化を生むことが、プロモーションの役割です。
したがって、良いプロモーションを考えるためには、「お客さんのどんな行動を変えたいのか」「その行動変化を生むためにはどんな認識を変えなければいけないのか」という基本的な「あらすじ」を考えなければ始まりません。
良い医薬品プロモーションを考えるということ
医療用医薬品の場合、医師が目の前の患者さんのために数々の医薬品の中から自社製品を選んで処方することで、初めてその医薬品が患者さんの元に届きます。つまり、最も大事な行動は自社製品を選んで処方をしてもらうことです。多くのケースでは、医師が患者さんを診て、ある疾患と診断した時に、その疾患に対する適応症を持つ複数の医薬品の中から、その患者さんに最も適した医薬品を選択します。とはいえ、ガイドラインで推奨されている医薬品や医師ごとに使い慣れた医薬品があって、そうした医薬品が選択されるケースが多いことも事実です。
製薬企業が新薬を発売した場合、こうした薬剤選択というタイミングでガイドライン推奨薬や使い慣れた医薬品に替えて処方してもらう、という医師の行動の変化を期待して、プロモーションを行なっているといえます。こうしたプロモーションではその医薬品の有効性や安全性という性能を伝えることになりますが、プロモーションとして医薬品に関する情報提供を受ける医師としては「なるほどね」と思えても、あまり興味が湧かないと使用してみようとまでは思えないのが現実でしょう。そんな現実に直面するから、多くの上司は「もっと良いプロモーションを考えろ」というリクエストを出すのだと思います。
ここで先ほどの映画の話を思い出してみましょう。他と差別化できる特長を最大限放り込んだメッセージを流して製品そのものを売り込むのではなく、使いたくなる状況を演出したトップセールスパーソンの話です。大事なことは、ヒトが行動を変えるときは変えたくなるきっかけがある、ということです。
戦略シナリオ
例えば、医薬品Xという架空の薬があったとします。
Xは全く新しい作用機序の消炎鎮痛剤でした。作用機序が新しいということでその領域では注目を浴びたのですが、効果は従来の薬と変わらないという使用医からの評価だったため発売半年間の伸びは、期待ほどではありませんでした。苦悩したマーケターは、リサーチャーと相談してXと競合品の使用動機について医師インタビューを実施しました。
その結果分かったことは、「診察時に患者さんが消化器障害の不安を訴えるケースではXを使用する傾向が高い」ということでした。Xのプロモーションではもちろん消化器障害の少なさも伝えていました。そのため、医師の頭の中にはなんとなくその印象は残っていたのですが、いざ薬を選択する時にはそれまでの慣習を乗り越えることができず、使い慣れた医薬品を使うことが圧倒的でした。
この結果を把握した後に医師へ行った働きかけは、「診察時に必ず消化器障害の経験の有無を患者さんに聞いてもらうこと」でした。この医師への働きかけ(=プロモーション)展開後の製品Xは期待通りの成長を示しました。これをカスタマージャーニーのフェーズで捉えると、「薬剤選択フェーズ」より手前の「診察フェーズ」への働きかけになり、競合薬剤よりも一歩手前に製品を頭に浮かべてもらえたことになります。
この話が示していることは、どんな行動(ここでは薬剤選択)を変えるために、どんな認識(ここでは消化器障害が少ない医薬品)によって、どんな行動(ここでは診察時に消化器障害の経験の有無を聞いて、経験ありの場合は製品Xを選ぶ)を取ってもらうか、という「あらすじ」をしっかりと押さえることが重要だということです。
少し専門的な言葉でいうと、 レバレッジポイント(戦略の力点)と期待行動(期待する行動変容) と呼ばれる要素です。これらの要素と、患者さんが消炎鎮痛剤で経験した消化器障害に対する不安という 顧客課題(またの名を”アンメットニーズ”) 、その解決策としての 製品X独自の特徴=バリュープロポジション の4点が製品戦略を考える上で重要な要素になります。ちなみにわたしは このあらすじ4点セットを「戦略シナリオ」 と呼んでいます。
戦略シナリオに沿った顧客への働きかけこそ「インパクトのあるプロモーション」
適切な戦略シナリオをしっかり描ければ、インパクトのあるプロモーションを考えることはそんなに難しくないはずです。消炎剤Xのケースでは、医師に対して「患者さんは消化器障害の不安を持つことがあるので診察時には消化器障害の経験がないかどうかを確認してください」と依頼することがインパクトのある働きかけです。他の薬剤との差別化を耳元でどれだけ囁いても記憶に留めてもらえなかった製品Xを、診察の時にひとつの質問を加えてもらうことで連鎖的に思い浮かべてもらう、というプロモーション戦略です。
インパクトのあるプロモーションと聞くと、多くのコストを掛けてマスメディアやデジタルツールなどありとあらゆるメディアを総動員した煌びやかな一大キャンペーンを思い浮かべたりします。もちろん、なかなか医師に会えない現状を打破するためにそれなりの工夫は必要かもしれませんが、消炎剤Xの様なケースならば医師へ適切にプロモーションを行うためにことさら壮大な仕掛けは必要ないと考えられます。
戦略シナリオのヒントを見つけるには
適切な戦略シナリオをどう把握すれば良いのか、という疑問にぶつかるかもしれません。この答えはとてもシンプルです。適切な戦略シナリオを見つけるためには、自分たちの顧客を見つめること以外ありません。その時、通り一遍の観察で終えるのではなく、表面に見えてきた顧客の行動や発言の裏に隠された背景や理由までを深く理解することがとても大切です。
本シリーズの第2回 で紹介したペイシェント(カスタマー)ジャーニーで医師や患者さんの行動や認識を描き込んだ上で、ワークショップなどで可視化できた行動や認識の裏側にある情緒的な背景や動機(いわゆるインサイト)を考察することです。医師や患者さんの経験を疑似体験することで、その経験や想いを自分事化し共感することがとても大切です。こうした共感を通して初めて、顧客にとってどこが一番の課題なのか、それがどのフェーズで起きている(レバレッジポイント)のか、どの課題を解決できるのか(バリュープロポジション)、顧客にどう行動してもらえば解決策に近づく(期待行動)のか、を把握できるようになると考えています。
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