製薬マーケティングの土台となる「カスタマージャーニー」の基礎知識

製薬マーケティングの土台となる「カスタマージャーニー」の基礎知識

消費者の購買プロセスが変化した昨今、マーケティングを考える上では消費者がどういった行動を経て商品の購買、サービスの利用に至るのかを理解するために「カスタマージャーニー」の設定が有効です。これは、製薬マーケティングにおいても同様です。今回は、製薬マーケティングの屋台骨となるカスタマージャーニーの基本事項や作成手順を解説します。

カスタマージャーニーとは? 

カスタマージャーニーとは、消費者(顧客)が製品・サービスの購入に至るまでの行動経路を「旅(ジャーニー)」に見立てた考え方です。

カスタマージャーニーは見込み顧客の行動や感情、自社とのタッチポイントを整理する概念であり、それを可視化したものが「カスタマージャーニーマップ」です。
製薬マーケティングにおいては、マップの内容が詳細で精度が高いものであるほど、リアリティある医師の課題解決に沿ったマーケティング戦略を策定できます。

カスタマージャーニーマップは、自社ビジネスにおける顧客体験の全体を図示します。マップを全社に共有することで、製薬マーケティング施策のコンセンサスを取りやすくなったり、目線合わせができたりと、部門間での連携がスムーズになります。

製薬企業がカスタマージャーニーマップを作成する意義とは

製薬企業が医療従事者向けのマーケティング戦略を策定する際に、カスタマージャーニーを用いるメリットを解説します。

医師視点のマーケティング施策を立案できる

カスタマージャーニーを整理する過程では、顧客である医師の視点で購買行動を考える力が求められます。自社の顧客が何を思い、どのような過程を経て処方に至るのかを考えることで、より顧客視点のマーケティングにつながります。

カスタマージャーニーを整理すると、医師向けオウンドメディアにおけるユーザーの行動ログやアンケート調査などから得られる断片的な情報よりも、広い視野でマーケティング施策を考えられます。

さらに、製薬マーケティングで用いるMA(マーケティングオートメーション)ツールを使ったメルマガ配信では、カスタマージャーニーで可視化したユーザーの行動・感情を反映させてコンテンツを選定したり、興味関心を引く件名を設定したりすることで、メルマガの開封率やクリック率向上が期待できるでしょう。

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複雑な購買行動を正確に分析できる

現在、多くの製薬企業がマルチチャネルやオムニチャネルを基本とした製薬マーケティング施策を実施しています。医師が製品の情報収集で用いるチャネルが広がった結果、処方決定に至るまでの顧客行動が複雑化しました。カスタマージャーニーを整理・分析することで、製品の情報収集から処方決定に至るまでの顧客の行動を正確に把握できます。

マーケティング施策ごとのKPIの明確化につながる

カスタマージャーニーマップ作成の大目的は「購買ファネルの各フェーズに位置する顧客はどのような課題を抱えていて、それをどうやって解決するべきか」を考慮した上で、施策方針を明確化することにあります。ここでいう購買ファネルとは、「認知」「興味関心」「比較・検討」「購入・申込」など、顧客の購買行動を各フェーズに分解した考え方を指します。

カスタマージャーニーマップの作成により必然的にファネルも整理され、自社のマーケティング施策におけるKPIも設定しやすくなります。

例えば、カスタマージャーニーマップをもとに「自社製品の認知段階における医師に対しては、インプレッション数が指標になる」といった形で、ファネルごとのKPIを設定できます。購買ファネルの「興味関心」のフェーズにいる医師に対しては、「メールマガジンの開封率」「Web講演会視聴数」などがKPIとして考えられます。

医師向けカスタマージャーニーの作成方法

具体的に、どのようにジャーニーマップを作成すればよいのでしょうか。大別すると以下の6つの手順に分けられます。

1.医師のペルソナ設定を行う

まずはペルソナを設計します。ペルソナとは、「自社にとっての理想の顧客像(個人)」です。

自社がターゲットとすべき医師について、詳細かつ具体的な顧客像を設定することで、ニーズを深く正確に理解するのが主な狙いです。
ペルソナは、自社の保有している顧客情報を整理・統合した上で、自社が狙いたい顧客像について、領域や臨床経験年数だけでなく、年齢や性別、年収、趣味、物事の考え方など、その個人を構成するあらゆる要素を細かく設定します。

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2.縦軸/横軸を設定する

カスタマージャーニーマップは、「縦軸」「横軸」に要素が分けられています。

カスタマージャーニーマップ(縦軸/横軸を設定する)

縦軸・横軸は、どちらから設定しても問題ありません。縦軸では、ペルソナの「行動」「感情」を洗い出します。縦軸には以下の要素を埋め込むのが一般的ですが、自社のマーケティングフローに則り「動機」「ニーズ」「情報収集の手法」など、項目を付け加えましょう。

<縦軸の例>

  • 行動
  • タッチポイント
  • 感情思考
  • 課題
  • 施策

横軸では、一般的に購買ファネルの各フェーズ、認知から購買(クロージング)までをそのまま引用します。クロージングに行き着くまでに顧客がとると予想される行動があれば、付け足す必要があります。

<横軸の例>

  • 認知
  • 興味・関心
  • 比較・検討
  • 購買

3.タッチポイントを洗い出す

カスタマージャーニーマップ(タッチポイントを洗い出す)

前述の縦軸にも含まれている通り、カスタマージャーニーではタッチポイントの洗い出しが必要です。製薬マーケティングでは、「メール」「対面やWebで上のMR面談」などが考えられます。この際、マーケティング部門だけではタッチポイントの見落としが発生する可能性があるため、MRや各部門と連携して行いましょう。

4.顧客行動を書き込む

カスタマージャーニーマップ(顧客行動を書き込む)

次は各タッチポイントに対応する顧客の行動をマップに書き込みます。このステップ以降では、自社で設計したペルソナに即してそれぞれの内容を設定します。

製薬マーケティングでは、「MRなど製薬企業から製品情報を取得」「医師向けオウンドメディアへの会員登録」など各フェーズに合わせて顧客の行動を設計していきます。

5.各フェーズにおける顧客の感情・思考を推定し記入する

カスタマージャーニーマップ(各フェーズにおける顧客の感情・思考を推定し記入する)

次は各フェーズにおける顧客の感情・思考の動きを記入します。ここでは「テキスト以外に絵文字を使う」「感情の起伏をグラフ化する」など、ビジュアル面で工夫を加えるとより直感的に理解でき、次フェーズの施策立案を行う上で効果的です。

6.各フェーズの課題を想定して施策を立案する

カスタマージャーニーマップ(各フェーズの課題を想定して施策を立案する)

以上の落とし込みが完了したら、各フェーズにおける自社視点の課題を書き出し、具体的なマーケティング施策の立案を行います。各課題を解決できる施策を立案することで、顧客を購買ファネルの次のフェーズへと促せます。

カスタマージャーニーマップ作成で役立つ消費行動モデル

顧客の消費行動モデルを体系的に整理したフレームワークを併用すると、カスタマージャーニーマップの作成に役立ちます。フレームワークから導き出した自社のマーケティングフローや顧客行動などが、カスタマージャーニーマップの縦軸・横軸に加えられるかもしれません。

代表的なフレームワークとして、以下が挙げられます。

AIDMA

AIDMAは米学者サミュエル・ローランド・ホール氏が提唱した消費行動モデルで、以下の構成要素から成り立っています。

  • Attention(認知)…広告などによって自社プロダクトの存在を知る
  • Interest(興味・関心)…見込み顧客が自社プロダクトに興味を持つ
  • Desire(欲求)…見込み顧客が自社プロダクトを購入、あるいは利用したいと思う
  • Memory(記憶)…自社やプロダクトの存在を記憶する
  • Action(行動)…実際にプロダクトを購入したり、利用したりする


AISAS

2004年に広告代理店である株式会社電通が提唱したAISASは、AIDMAにインターネット社会の購買活動を適応させたモデルです。

  • Attention(注意)…広告などによって自社プロダクトに注意を払うようになる
  • Interest(興味・関心)…見込み顧客が自社プロダクトに興味を持つ
  • Search(検索)…自社商品の評判や詳細についてインターネット検索を行う
  • Action(行動)…実際にプロダクトを購入したり、利用したりする
  • Share(共有)…プロダクトについて、レビューを投稿したり、SNSでシェアを行ったりする


インターネットでの情報収集を前提としており、商品を「Search(検索)」し、購入後に「Share(共有)」する行動はリンクしています。検索によってシェアされた投稿を目にすることで情報は拡散され、売り上げの増加、広告コストの削減につながります。

5A(ファイブエー)理論

5A理論は、2017年に米経営学者フィリップ・コトラー氏が確立した購買行動モデルで、以下の5つのAから始まる単語で成り立っています。

  • Aware(認知)…見込み顧客が自社プロダクトを認知する
  • Appeal(訴求)…企業側が自社プロダクト・自社の魅力を訴求する
  • Ask(調査)…自分が気になっているプロダクトを調査する
  • Act(行動)…実際にプロダクトを購入したり、利用したりする
  • Advocate(推奨)…他の人にも自社プロダクトを勧めるようになる


コトラーは、2016年に新しいマーケティングの概念として自己実現を目指す「マーケティング4.0」を唱えており、そのゴールは「奨励者(=ファン)を増やすことだ」としています。5Aは、コトラーの最新の理論が反映された購買行動モデルです。

医師を“単なる顧客“から“ファン”に変えることが大切です。それにより、自社製品を処方するだけでなく、例えば同じ領域の医療従事者に自社製品を勧めてくれるなど、さらなる処方拡大が期待できます。

カスタマージャーニーマップで顧客体験を向上させよう

製薬マーケティングは医師のニーズに即した良質な体験を提供するものでなければなりません。カスタマージャーニーマップを作成することで、購買ファネルの各フェーズにおける見込み顧客の行動・感情などが可視化でき、顧客理解が深まります。適切なカスタマージャーニーマップを作り上げ、自社のマーケティング施策の土台を整えましょう。