コロナ禍により医師の行動が変化したことで、製薬企業はリアルなMR活動だけでなく、デジタル上における医師行動も考慮して活動する必要性が高まっています。前編では、デジタルマーケティングに使用するITツールの概要を解説しました。後編は、デジタルマーケティングによって製薬企業にどのような価値がもたらされるのか、具体例や必要な技術などを解説します。
製薬企業におけるデジタルマーケティングの5つの価値
製薬企業でデジタルマーケティングが進む背景には「コロナ禍でMRが医師に会いづらくなった」という理由のほかにも「医師のデジタル行動が急激に増大し、データが蓄積されることによって、デジタルマーケティングならではの価値が出しやすくなった」という側面が考えられます。
その「デジタルマーケティングならではの価値」とは、大きく5つに分類されます。
- 深く顧客を理解する
- 情報提供する顧客の優先度を明確にする
- 情報提供のチャネルを顧客に合わせる
- 情報提供のタイミングを顧客に合わせる
- 情報提供の内容を顧客ニーズに合わせる
製薬企業における現状の営業・マーケティング活動の課題と、デジタルマーケティングがそれをどう解決するかについて、この5つの価値に沿ってそれぞれ解説します。
①深く顧客を理解する
医師は、MRだけから情報収集し、処方を決定しているわけではありません。3rd Partyメディアでの情報収集や、Web講演会の視聴、より深く知りたいなら製薬企業のオウンドメディアを閲覧したり、学会や論文を自分で検索したりするなど、多様なデジタル行動が絡んできます。MRの面談数や、医師のカバー率も下がってきていることからも、医師の考えや、今どんなニーズをもっているのか、最近の興味度合は高いのか、低いのか、などを把握することが難しいのが現状です。
データを活用したカスタマージャーニー
深い顧客理解を可能にするためには、さまざまなデータを統合し組み合わせ、さらにMRが持っているデータには表れない医師の嗜好も併せて検討することが重要です。 処方が多い医師・少ない医師、早期採用者・後期採用者、などの仮説に基づいたセグメントに分けてカスタマージャーニーを比較してみると、必要としている情報の仮説や、次なるマーケティング施策、営業活動の一手を考えることができます。深い顧客理解に基づいた施策や活動は、面談の量と質の向上、開封率やクリック率などコンテンツ閲覧の向上に寄与します。
カスタマージャーニーに必要なITツール
カスタマージャーニーの作成には、データ集め、まとめて、さらに見える化/分析することが必要です。技術的にはMRの行動データはCRMから、学会や論文関連のデータは外部ベンダーから購入、オウンドメディアや、3rd Partyメディアの行動ログは、MAやサイトの管理システムから収集します。これらをすべて顧客が特定できるメールアドレスやIDなどで各種データを結合できる状態にして、CDPやDMPなどのITツールに集約します。ただし、時間単位(日単位、週単位など)、かつ顧客一人単位など、各データの粒度が揃ったデータ構造になっていないと、うまくカスタマージャーニーになりません。さらに完成したジャーニーを柔軟に修正したり、直感的に可視化するためには、BIツールが適切です。
もちろん、CRMに各種データを連携し、可視化することも可能ですが、可視化専用ツールでないため、表現の制約あることもあります。
CRM、CDP、DMPなどの各ITツールの概要は、前編で紹介しています。
【製薬企業におけるデジタルマーケティングの全貌|前編】マーケターが知るべき8つのITツール
②情報提供する顧客の優先度を明確にする
コロナ禍以降は、医療機関の訪問規制も相まって面談頻度や間隔が空いてしまい、直近の医師の状況が理解しづらいことがあります。一方で、MR活動やマーケティング施策はたくさんのやるべきことがあるため、全てを完遂することは難しく、何から手を付けてよいか迷うことも多いかもしれません。やることの優先順位をつけるために、社内の顧客情報や売上を調べて医師の状況を理解しようとしても、相当な時間がかかってしまうことも珍しくありません。
興味度合いや処方意向のアラート・スコアリング
デジタルマーケティングにより、時間をかけずに情報提供する優先顧客を特定することができます。具体的には、「売上の増加/減少を検知した場合にアラートを配信する」「処方意欲の増減を検知したらアラートを配信する」などの、特定の条件を満たした場合に行動や注意を促すアラートをMRに提示する方法が1つです。
さらに進んだ方法として、スコアリングで優先順位を設定する方法や、機械学習による予測モデル(いわゆるAI)で優先顧客を設定する方法もあります。 アラート配信やスコアリングで優先順位を設定すると、MRが一人一人顧客を調べて優先順位を考えていた内勤時間が一気に削減されることや、一日の面談数が同じでも、より効果的な顧客に集中していることから総合的にみると有効なMR活動になっていることがメリットです。
スコアリングを使用すれば、より多面的に優先順位を設定することができます。医師属性(診療科や専門性)、市場規模、関心度合(自社コンテンツの閲覧頻度など)、過去の面談量など、マーケターが重要だと思う要素に重みを付けたりしながら、それぞれを点数化し、〇点以上は「優先度高」として活動を推奨する方法です。複数観点から重みを付けて優先順位を設定していることから、より精度が高く、MRに納得感の高い優先順位を提示できます。
アラート・スコアリングの注意点
アラートやスコアリングを行う際には、いくつか考慮すべき点があります。
単純すぎるアラートでは、MRもすでに知っている内容となってしまい、アラートがむしろ余分な情報として邪魔に感じることもあります。スコアリングでも、ある一定期間でスコアを総合的に判断すると、数カ月以上かけてある一定上のスコアに達成する人と、一日で一定上のスコアに達する人も同じスコアと判断してしまいます。実際には急激にスコアが向上した顧客の方がより優先が高い可能性が考えられますが、この辺りはスコアの算出頻度や、重みづけの方法など、粘り強く試行錯誤が必要です。すぐに成果が大きく伸びるわけではないので、継続した改善が重要だと理解しておく必要があります。
AIによる優先顧客の予測も同じで、注意深く予測モデルを組まないと、現場の感覚と乖離した優先順位を提示することになり、現場から支持を得られず形骸化するリスクがあります。
スコアリングに必要なITツール
優先順位を設定するために、データ集め、まとめて、さらに見える化/分析し、MRに提示する必要があります。技術的には製品ごとの売上データや、顧客の属性データ、MRの行動データはCRM等から、オウンドメディアや、3rd Partyメディアの行動ログは、サイトの管理システムから収集します。
れをすべて顧客が特定できるメールアドレスやIDなどで各種データを結合できる状態にして、CDPやDMPなどのITツールに集約します。 CDPやDMPで統合したデータから、アラートやスコアリングの条件設定とデータ処理を行い、優先順位に関するデータセットに変換した上で、CRMに連携しMRごと、顧客ごとに結果を表示させる必要があります。またMRが優先順位をパッと判断できるように、一覧の表などにして、どの顧客がどんな状態にあるかを見やすくわかりやすく提示することも大事なポイントです。
また、MAツールやCRM単体でも、いくつかのデータを連携し、スコアリングやアラート設定することも可能ですが、ツールの制約上、すべてのデータを連携できないため、設定したい優先順位をうまくできないことが多いです。現実に通用する、MRが納得できるレベルのアラートやスコアリングを行うにはCDPやDMPによるデータ統合が必須と考えられます。
③情報提供のチャネルを顧客に合わせる
最近、MR活動やマーケティングにおいて、重要性が増しているのがチャネルの選定です。医師は多様なチャネルから情報を収集しており、さらに朝はメールで、夕方はネットなど、時間帯によって使い分けています。医師の立場からすると、さまざまな情報量が溢れかえっている現状です。適切なチャネルとタイミングで活動しなければ医師に情報が届かなかったり、すぐ次の情報が入ってきて流れてしまったりして見向きもされません。
最適チャネルを特定するヒートマップ
デジタルマーケティングによって、チャネルやタイミングを特定することができます。
具体的には、医師ごとに過去一定期間でアクションが成功したチャネルを集計し、並べて、どのチャネルがもっとも成功しそうか比較できる一覧表をMRに提示する方法があります。
集計回数の多い・少ないによって、色を濃くしたり薄くして可視化する「ヒートマップ」などの手法が直感的にも把握しやすいです。
ほかにも、医師ごとにチャネル情報をまとめたデータセットを作成し、クラスタリングという機械学習の手法を用いて、チャネル特性が似通った医師をいくつかのグループに分けることもできます。 A医師はメールを開封しているのか、Web閲覧が多いのか、Web講演会は視聴したかなど、多面的にチャネルの成功結果を一覧化すると、MRが感覚的には気づかなかった医師のベストチャネルやタイミングの仮説を立てることができます。この仮説に基づいて一定期間MR活動を行うことで、本当に成功率が上がったのかというPDCAを回すことができ、より効率的な接点の構築につながります。
チャネル集計・一覧化の注意点
一方で、チャネルの集計・一覧化では、いくつか課題があります。医師毎により適切なチャネルが明らかになったとしても、MRには改善できない場合もあることです。
MRからのメール開封や、オンライン面談は全くなく、WebコンテンツやWeb講演会ばかりから情報を得ている医師がいた場合、MRにできることは少なく、デジタルチャネルに頼らざるを得ません。このような医師は本社マーケターの方針にもよりますが、本当にMRがカバーすべき顧客なのかターゲティングを再考し、デジタル施策との連携することが重要になります。MRの立場としては、本当にMRとの面談ニーズがないのか、データには表れないチャネル(郵送すると見てくれる等)などを活用した地道な試行錯誤を継続する必要があります。
チャネル集計・一覧化に必要なITツール
チャネルを一覧化するために、技術的にはMRの行動データはCRMから、オウンドメディアや、3rd Partyメディアの行動ログはサイトの管理システムから、配信メールの開封クリック情報はMAツールから収集します。これをすべて顧客が特定できるメールアドレスやIDなどで各種データを結合できる状態にして、CDPやDMPなどのITツールに集約します。
CDPやDMPで統合したデータから、チャネルやタイミングに関する情報のみを抽出し、期間やチャネルの成功・不成功の条件などを設定した上で、集計を行います。このように一覧表のデータセットに変換した上で、CRMに連携しMRごと、顧客ごとに結果を表示させる必要があります。
また、CRM単体でも、いくつかのデータを連携しチャネルの一覧化することも可能ですが、ツールの制約上、すべてのデータを連携できなかったり、データ抽出や集計の機能が不十分だったり、思う通りに一覧化できないこともあります。
④情報提供のタイミングを顧客に合わせる
MRがすべての医師のベストなチャネルやタイミングを把握し、活動するのが理想ですが、
活動が複雑になり、チャネルやタイミングが複数医師で重複するなどの課題もあり、完璧に実行することは難しいです。
そこで、事前に設定しておいたコンテンツを、顧客の関心が高いタイミングを特定し、自動でメール配信するなどの施策が有効になってきています。
顧客のタイミングに合わせてメール配信するMA
情報提供のタイミングを合わせるのは、デジタルマーケティングの中でもMAツールが活きる施策です。
具体的には、Web講演会1週間前に参加登録のない医師に再案内を送ったり、講演会参加予定の医師に対して講演会当日にリマインドを送ったりすることが可能です。MAツールだけでなく、CDPなどを組み合わせると、オウンドメディアや3rd Partyメディアである製品の安全性情報を複数回見始めた医師に、さらに詳細な安全性コンテンツを送信するなど、精緻なマーケティングオートメーション施策も実施できます。このような顧客の関心タイミングやコンテンツに合わせて施策を行うと、一方的にばら撒く配信メールより、格段に開封やクリック率が向上し、マーケターの伝えたいメッセージの伝達が効率的になります。
さらに、一度設定しておけば、あとは作業しなくても配信が実行されるので、マーケターの時間効率もよいというメリットもあります。 しかし、精緻なマーケティングオートメーション施策は難易度が高いと言えます。MAツールの操作の習熟が必要で、一定のトレーニングを経験した専門の担当者が必要になる場合もあります。さらにデジタル行動から医師の関心を特定するには、マーケターのセンスが問われる部分で、単純すぎても複雑すぎても、現実の施策として効果が発揮されないこともあります。
マーケティングオートメーションに必要なITツール
マーケティングオートメーション施策を設定するために、データ集め、まとめて、さらに集計した上で配信対象を決定し、コンテンツの配信設定をしておく必要があります。技術的にはMAツール単体でも、特定条件で自動配信することは可能です。
ただしツールの制約上、すべてのデータを連携できないため、顧客の関心をうまく設定できなかったり、思うようなセグメントを抽出できないこともあります。 その場合は、やはりCDPやDMPなどのITツールに一度集約し、CDPやDMP等で統合したデータから顧客の関心に関する条件設定とデータ処理を行い、配信対象を抽出するデータセットに変換した上でMAツールに連携し配信する方法が現実的です。
また、顧客の関心が高いうちに施策を実行するためにリアルタイム性は重要です。しかし、別々のシステムからバラバラの時間帯にデータを更新すると、結果としてすべてのデータを集計するまでに2、3日かかることも珍しくありません。このあたりのデータ収集周りの調整を行い、鉄が熱いうちに打てるようなツールの仕組みを整えるのも大事なポイントです。
⑤情報提供の内容を顧客ニーズに合わせる
どのような情報を医師に提供すれば、医師の行動変容が促されるのかは、営業やマーケターにとって永遠の課題です。最近では、オンライン面談が増加したことで、MRが製品紹介をディテールーリングしてもリアルな医師の反応が見えなかったり、表情や雰囲気がわかりづらかったり、医師の反応に関する情報が不足しがちです。そうなると、次なるディテーリング内容をどうしようか悩むケースがあると思います。
レーダーチャートによるコンテンツ推奨
デジタルマーケティングでは、データから顧客の関心を特定し、推奨コンテンツを提案することができます。
具体的には、「特定コンテンツを見た後、あるいはまだ見ていないコンテンツを推奨する」「一定以上のコンテンツ閲覧履歴がある場合は、閲覧コンテンツの内容を分類しレーダーチャートのように可視化し、推奨コンテンツを決める」などの方法があります。
さらに高度な手法としては、顧客の閲覧量や、コンテンツの種類の相関を計算し、似た関心を持つ医師をいくつかのグループに分ける方法(クラスタリング)もあります。ほかにもAmazonなどのEコマースでも活用されている「この商品と購入した人は、こちらの商品も購入しています」のような協調フィルタリングという手法で、顧客毎に推奨コンテンツを特定することができます。
いずれにしても、どのコンテンツが、どんな種類の情報であるかを分類する情報を付与したり(コンテンツAは作用機序、コンテンツBは有効性など)、顧客の反応が良好だったか、不良だったかのデータを一定量集めることがポイントです。
一方で、コンテンツの分類が「有効性」など大雑把すぎると、推奨を出しても結局MRは有効性のどの部分を重視して紹介したらよいかわからなくなってしまうでしょう。また、推奨に該当する営業資材がどれかわからなかったりすると実際のMR活動につながらないこともあるので、実際のMR活動も含めて全体をよく検討したうえで設計することが重要になります。
コンテンツ推奨に必要なITツール
コンテンツ推奨を設定するためには、データを集め、まとめて、さらに集計し、MRに提示するというプロセスが必要です。技術的にはオウンドメディアや、3rd Partyメディアの行動ログを製品、顧客毎に、サイトの管理システムから収集し、顧客の属性データやMRの行動データ等をCRMから集める必要があります。これをすべて顧客が特定できるメールアドレスやIDなどで各種データを結合できる状態にして、CDPやDMPなどのITツールに集約します。
MRに推奨コンテンツを提示する場合は、CDPやDMPで統合したデータからの推奨条件設定とデータ処理を行い、推奨コンテンツを抽出したデータセットに変換した上で、CRMに連携しMRごと、顧客ごとに結果を表示させます。 推奨コンテンツを顧客に配信するなら、CRM連携ではなく、MAツールに連携し、推奨に該当するコンテンツと配信条件を設定すれば配信準備の完了です。
MRに推奨コンテンツを提示するにしても、顧客に推奨コンテンツを配信するにしても、デジタル行動から正確に顧客の関心を推測できるかが成否のポイントになり、マーケターの腕が問われる部分でもあります。
これからは製薬企業もデジタルマーケティングの知識が必須に
コロナ禍によって医療従事者のニーズが急速に変化したことにより、営業・マーケティングの現場では、デジタルマーケティングが拡大しています。実際には、まだ試行錯誤の段階の企業もありますが、すでにMRを大幅に削減する企業も出てきており、この変革の流れは止まらない可能性が高いでしょう。
それに伴い、営業やマーケティング活動の手法や役割が変わったり、さらにキャリアチェンジを検討される方もいるかもしれません。本記事の 前編 と後編から、まずはデジタルマーケティングの概要を把握するところから始めてはいかがでしょうか。