骨太の方針2023から読み解く製薬マーケティングの今後

骨太の方針2023から読み解く製薬マーケティングの今後

2023年6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針20231)」、いわゆる「骨太の方針2023」が閣議決定されました。製薬業界で働く私たちにとって、どのような影響が出るのでしょうか。そこで今回は、骨太の方針をどのように読み解けば良いのかを解説し、今回の骨太の方針における医療と製薬業界の記述、そして今後のマーケティングのヒントを考えます。
(Prospection株式会社 カスタマーサクセス プリンシパル 高橋洋明)

「骨太の方針」から日本が向かう方向が分かる

骨太の方針とは、簡単に言えば翌年度の日本の予算編成の基本的な考え方を示したものです。
つまり、今回の骨太の方針2023を読めば、2024年の予算編成の基本的な考え方を把握でき、日本が来年向かう方向が分かるということです。
これが、骨太の方針を読んで理解することの最大のメリットでしょう。

骨太の方針が閣議決定されるまでには、それぞれの省庁が各方面からできる限り反発されないように、大変綿密な根回しをして取りまとめられます。

そして、骨太の方針が閣議決定されると、各省庁の施策の方向性が定まり、その実現に向けて具体的な予算編成やアクションなどの検討が始まります。

骨太の方針が示された後、新型コロナウイルス感染症のパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻のような急激な社会環境の変化がなければ、骨太の方針にそぐわない議論がなされることは少ないです。

骨太の方針を読み解くポイント

骨太の方針は、診療報酬改定の概要と同様に、多くの場合は冒頭に最も重要なことをまとめて書いてあります。
したがって、骨太の方針の基本的な読み解き方は、まず冒頭をしっかり読み込むことです。

医療や製薬業界に関わる者としては、私たちに直接関わる箇所をつい探しがちですが、その時の社会情勢などによって、骨太の方針の中での医療や製薬業界の位置付けは毎年変わります。

今回の冒頭で挙げられていた重点項目については、後述します。

また、近い将来の製薬業界についてより深く検討したい場合は、骨太の方針だけでなく、関連する他の資料にも目を通しておくことが望ましいでしょう。

例えば、下記のような資料は、今回の骨太の方針と密接に関わっていますので、興味がおありでしたら一度お読みいただくと、製薬業界に関わる厚生労働省や財務省などの考えやその背景も一層深く理解できます。

  • 厚生労働省有識者検討会議2)
  • こども未来戦略方針3)
  • 財政制度等審議会 建議4) など


骨太の方針2023における医療・製薬業界の位置付け

2024年は、医療と製薬業界で大きなイベントがあります。すなわち、診療報酬、薬価、介護報酬、障害者サービス等の報酬の同時改定です。これらは日本の国家予算としても計上される改定です。

私たちは、これらの改定はいずれも医薬品の処方、ひいては製薬企業の業績などに密接に関わるため、極めて重要な改定だと認識しています。
では、今の日本政府は、これらの改定をどのように認識しているのでしょうか?

骨太の方針2023が優先する取り組みは?

今回の骨太の方針2023を読むと、これらの改定は、政府内では他の取り組みごととの関連の中、残念ながら最優先であるとは言えない状況です。
なぜなら、今回の骨太の方針2023の冒頭には、来年2024年の予算編成において、重点的に配分を検討する項目を下記のように示している(一部抜粋)からです。

  1. 構造的賃上げの実現を通じた賃金と物価の好循環
  2. 社会全体でこども・子育てを支える社会の構築や全てのこどもがチャンスを得られる教育制度の確保
  3. 生活の安定や将来の安心の基盤となる社会保障制度の持続可能性の向上
  4. 多様な価値観が尊重される包摂社会の実現に向けた取組等を通じ、分厚い中間層を復活
  5. こども・子育て政策は最も有効な未来への投資であり、「こども未来戦略方針」に沿って、政府を挙げて取り組みを抜本強化し、少子化傾向を反転

さらに、先日のG7広島サミットで「経済安全保障の観点も踏まえつつ、民間による人への投資や設備・研究開発投資の喚起を通じて持続的成長を目指す取り組みの重要性」が共通の認識と位置付けられました。この会議をリードした岸田首相の立場から、この取り組みが最優先になることは間違いありません。

薬価改定率には、一層の注意が必要か?

したがって、日本の政府としては、製薬業界への関与と優先順位は、新型コロナウイルス感染症対策が喫緊の最優先課題だった2021年〜2022年の骨太の方針からは、大きく後退することになるでしょう。

もちろん、中医協での今後の議論次第では、診療報酬改定の中で大きく取り上げられる項目が出てくることも十分に考えられます。

しかし、それは医療や製薬業界の一部の話です。
むしろ、下記(一部抜粋)の基本方針の実現のために、社会保障関係費が「都合のいい財布」として使われ、その原資の捻出のために薬価改定率が検討される可能性すらあるのではないかと筆者は見ています。

外の環境変化に対応したマクロ経済運営の基本的考え方を示すとともに、「新しい 資本主義」の実現に向けた構造的賃上げの実現や人への投資、分厚い中間層の形成に 向けた取り組みや、GX・DX、スタートアップ推進や新たな産業構造への転換など、官と民が連携した投資の拡大と経済社会改革の実行に向けた基本方針を示す。

骨太の方針2023で薬価制度の見直しに期待が高まる理由

骨太の方針2023をすでにお読みの方は、今後、現在の薬価制度が見直される可能性があり、このことは特に新薬の研究開発に力を入れている先発医薬品メーカーにとって追い風になると期待を寄せているのではないでしょうか。

これは、骨太の方針2023のPDFの38ページに、下記の記述(一部抜粋)があるからです。

創薬力強化に向けて、革新的な医薬品、医療機器、再生医療等製品の開発強化、研究開 発型のビジネスモデルへの転換促進等を行うため、保険収載時を始めとするイノベーションの適切な評価などの更なる薬価上の措置、全ゲノム解析等に係る計画の推進を通じた情報基盤の整備や患者への還元等の解析結果の利活用に係る体制整備、大学発を含むスタートアップへの伴走支援、臨床開発・薬事規制調和に向けたアジア拠点の強化、国際共同治験に参加するための日本人データの要否の整理、小児用・希少疾病用等の未承認薬の解消に向けた薬事上の措置と承認審査体制の強化等を推進する。これらにより、ドラッグラグ・ドラッグロスの問題に対応する。

この文言をそのまま受け取るならば、今後日本政府は、製薬企業が革新的な新薬を開発できたら、それを薬価で評価して、更なる革新的な医薬品の開発を後押しするとも読めなくはありません。

そして、現行の薬価制度が薬価を押し下げる仕組みになっている中、製薬企業が政府に対して新薬の薬価を手厚く後押ししてくれることを期待する気持ちもよく分かります。

さらに、顕在化する「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」や日本の創薬力低下に対する危機感が日に日に増していることから、これらの社会課題の解決のために、製薬業界が日本政府に対して、新薬の開発促進支援や薬価での評価を希望することも共感できます。

しかし、残念ながら、そのような豊富な開発ポートフォリオを持つ製薬企業は多くありません。したがって、新薬に対するそのような新たな枠組みができたとしても、その恩恵を受けるのは一部の製薬企業に限定的でしょう。

2024年度以降の製薬業界のマーケティングは?

このように見てくると、今回の骨太の方針は、今後一層の社会保障関係費及び医薬品費の抑制によって、製薬業界に厳しい環境を強いるとも考えられます。

そうなると、今後の製薬業界のマーケティングは、製薬企業のマーケティング予算の有効活用という観点で考えると、「ピカ新などの新薬か否か?」で大きく分かれるかもしれません。

すなわち、「ピカ新などの画期的な新薬」には集中的に予算を投下し、「ジェネリック医薬品が追補される前の新薬」では必要最低限の予算で最大の効果を得ることを、製薬企業の経営陣が考えるかもしれません。

そうなれば、製品や投下可能な予算の規模によって、取るべきマーケティングの考え方が変わるでしょう。

ピカ新などの画期的な新薬が取るべきマーケティングの考え方

ピカ新などの画期的な新薬の場合、そもそも臨床上必要とされるニーズとその解決策である医薬品という関係が明確なため、採用されれば処方が見込めます。

そのため、その疾患がいかに治療する必要性が高いかをしっかり社会に広く伝えることが重要になるでしょう。

  1. まずはその対象疾患が、いかに診療に難渋する疾患か、その治療薬がいかに必要とされているかの実態を広く啓蒙する
  2. その上で、その新薬がどのようにその疾患の治療および患者さんに貢献できるかを明確に打ち出す
  3. 1.と2.の時期はマーケティングの予算上、投資の位置付けになる。だが、この1.と2.がしっかり医療従事者に伝われば、元々その新薬は治療のニーズに合致しているため、その新薬の採用と処方の確度は非常に高まる。結果として、投資の回収は十分に見込めると考えられる
  4. 1.と2.のためには、PR(パブリックリレーション)、CMやプレスリリース、Web広告、Website等の各メディアに、市民と医療者が接触できるように、同時期に短期集中で対象疾患の露出を高め、自社から情報提供しやすい環境作りを行い、MRからのフォローアップとクロージングを行う
  5. その新薬が市場に流通し始めたら、臨床での使用実態下の状況把握のために、売上データやリアルワールドデータ、市販直後調査等のデータを解析する
  6. 5.から得られたインサイトを元に、新薬の処方に対する医師の心理的障壁を下げる取り組みも行う。処方の障害を取り除き、処方からの脱落を防ぐ


ジェネリック医薬品が追補される前の新薬が取るべきマーケティングの考え方

新たなデータが発表予定の新薬の場合は、そのデータがその年における情報提供の中心となるため、そのための施策を従来通り検討すれば良いでしょう。

それ以外の、今後新たなデータが見込めないもののジェネリック医薬品が未追補の新薬の場合は、限られた予算をいかに有効活用するかが鍵となるかもしれません。まさに選択と集中が求められるでしょう。単にデータを紹介するだけでなく、医師の共感を得るための工夫も重要になるかもしれません。

現在の最先端のマーケティングにおいては、いかにして顧客に最高の顧客体験をしてもらうかが鍵になります。それをプロモーションやMR活動に落とし込むことも、重要な取り組みになるでしょう。

  1. 製薬企業のプロモーション品目およびポートフォリオにもよるが、それらが大きく変化しない場合、基本的には従来のマーケティングの手法を踏襲する
  2. 1.において、製品の薬価が仮に5%前後ダウンすると仮定すると、マーケティング予算も減額される可能性が高まるため、一層の予算の効率的な配分と使用が求められる。そのため、マーケティング手法は従来同様であっても、チャネルを厳選するなどの新たな検討が必要と考えられる
  3. 2024年内に新たなデータが発表される製品ならば、そのデータを医療者に浸透させるために予算を集中的に投下することが、予算の効果的な活用につながる
  4. すでに製品メッセージは十分にターゲット医師に伝えてきているはずなので、マーケティング活動そのものを「その製品に対して医師が共感するメッセージング」と「患者さんの背景を丁寧に聞き取り、慮り、それに応えうる情報提供活動」にシフトする
  5. 4.の実践のためには、One Patient Detailingの実践やペイシェントジャーニーの探究などの取り組みが有効


▼ぺイシェントジャーニーについてはこちらのコラムシリーズでも解説しています。

【コラム】ペイシェントジャーニーが必要とされる背景を正しく理解しよう
2022.12.27
マーケティング戦略
【コラム】ペイシェントジャーニーが必要とされる背景を正しく理解しよう

骨太の方針を「今後の日本の道標」として活用する

骨太の方針は翌年の日本政府の予算配分や政府としての取り組みごとを明記したもので、言うなれば「今後の日本の道標」です。

これをしっかり読み込んで、私たちの医療や製薬業界への影響を分析し、それらを踏まえて製品戦略を立案できれば、マーケティングやプロモーションの実効性が高まります。

これはPEST分析の一部の取り組みでもあります。
骨太の方針の内容を吟味して、PEST分析で情報を整理し、自社製品のマーケティングに活かしていきましょう。

<出典>※URL最終閲覧日2023.7.24
1) 内閣府, 20230616, 経済財政運営と改革の基本方針 2023について(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2023/2023_basicpolicies_ja.pdf
2) 厚生労働省, 20230609, 第8回医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議 医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会 報告書(https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/001108290.pdf
3) 内閣官房, 20230613, こども未来戦略方針(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_mirai/pdf/kakugikettei_20230613.pdf
4) 財政制度等審議会, 20230529, 歴史的転機における財政(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20230529/01.pdf