医師の働き方改革と製薬マーケティング 後編|医師の働き方を踏まえて製薬企業が取り組むべきこと

医師の働き方改革と製薬マーケティング 後編|医師の働き方を踏まえて製薬企業が取り組むべきこと

2024年4月からの医師の働き方改革の施行は、医師の就業中の時間の使い方を変化させるものです。このことは、MRのベストタイムが変化する可能性が高く、製品メッセージの伝達効率などにも影響が出るかもしれないということを意味します。製品メッセージが医師に伝わらなければ、マーケティングプランは水泡に帰すでしょう。これは、製品戦略の立案と実行を担う私たちにとって見過ごせません。どのように対応していくべきか、みていきましょう。

MRは医師に、どれくらい会えなくなるのか?

医師の労働時間短縮計画が今後検討・策定され、2024年4月以降に実施されれば、多くの医師のベストタイムが、残業時間から勤務時間内に変わる可能性が高いです。

それでは、そのことで医師の動きの変化や製薬企業への影響はどのようなことが考えられるでしょうか。製薬企業の方からよくいただく質問にお答えします。

Q1. いつまで医師に会えない時期が続くのか?

A1. 今、連携B・B・Cの指定を受けた病院でも、2035年度末までに時間外労働時間を現在のA指定の病院同様に、年960時間まで減らすことが求められるため、2035年までは医師の労働時間の短縮のための取り組みは続きます。

したがって、それまではMRと医師との面談の機会は減少するかもしれません。

Q2. MRとの面会をアポイントメントだけに限定している医師の場合はどうか?

A2. アポイントメントでの面会が主な医師であっても、残業時間にアポイントメントの時間をくれる医師は減るでしょう。

また、アポイントメントをくれる医師であっても、医師によっては「このメーカー、あるいはMRとは面会するに値しない」と判断する事例を筆者が医師から直接伺うこともあります。データはありませんが、医師の働き方改革への準備で医師が多忙になるにつれ、MRからのアポイントメントの内容を吟味する医師が増えている印象を筆者は持っています。

Q3. 当直明けの医師は、今後どのように変化するのか?

A3. 医師の働き方改革では、勤務医が確実に休息を取ることができるよう、退勤から翌日の出勤までに原則9時間を空けるルール(勤務間インターバル制度、宿日直許可を取得した病院の場合。宿日直許可がない病院の場合は18時間空けること)が始まります。

これらの取り組みによって、医師は業務が終わり次第速やかに帰宅するように変わるでしょう。

Q4. 医師の業務で変わるものはあるか?

A4. あります。そもそも厚生労働省は、医師に医師本来の仕事に特化してほしいと考えています。

そのため、医師が現在抱えている仕事を下記のように棚卸しし、医師以外でもできる仕事はタスクシフト・タスクシェアで病院全体の作業効率を高め、医師の勤務環境を改善し、患者満足度が高い医療の提供を目指しています。

  • 医師でなければできない仕事:診断、治療方針の決定、治療 など
  • 医師以外でもできる仕事:患者指導、患者教育、患者に関する資料の作成(例:保険会社に提出する資料の作成、入退院サマリーの作成 など)


詳しくは後述しますが、このタスクシフト・タスクシェアは、製薬企業として医療を支援できる良い機会となる可能性があります。

Q5. 医師には応召義務があるため、簡単には時間外労働時間を短くすることはできないのではないか?

A5. 誤解されやすいのですが、応召義務は病院にあるもので、その病院の勤務医にはありません。医師の多くは誤解しているのですが、医師は本来労働者です。

そのため労働基準法の範疇で働かなければなりませんし、長時間労働が続けば医師は産業医との面談を命じられます。医師は年2回の健康診断も受けなければなりません。医師の労働時間に対しても、医師本人には本来自由裁量はありません。

このように見ると、医師と私たち労働者は本来同じような働き方をしなければならないということです。しかし、私たちも含め、医師も医師の働き方を従前通りに考えて疑いませんでした。前述の誤解が一気に明るみになったのは、今回の働き方改革がきっかけだとも言えます。

Q6. 製薬企業が提供する説明会は、医師の自己研鑽や診療技術の向上に必要だと考える。これまで説明会を時間外に実施することもあったが、今後はどうなるのか? 

A6. 基本的には、医師の時間外労働に該当する作業や内容を、その病院が規定します。時間外の説明会が医師の自己研鑽や診療技術の向上に資するかどうかは、その医師の上司や病院が判断します。

筆者が聞く限りですが、製薬企業の説明会を医師の業務に含めて考えている病院はないようです。

医師には業務か業務外かが曖昧な仕事があります。これらを区別するために、社会保障審議会医療部会が「医師の宿日直許可基準・研鑚に係る労働時間に関する通達」1)を出しました。

これによると、自己研鑽には「診療ガイドラインについての勉強、新しい治療法や新薬についての勉強が含まれる」としていますが、これらは「一般的に労働時間に該当しない」との見解も併せて示しています。

これらを受けて、現時点では、多くの病院が下記のように規定を作成しているようです。

学会発表: 上司の指示なら業務として時間外労働時間に認められ、残業代も発生する。
自己研鑽: 時間外労働時間に含めない。退勤後、速やかに帰宅し、自宅で自己研鑽することを求めている病院が多い。

こちらも後述しますが、製薬企業が提供する説明会が本当に医師の診療技術の向上に資する充実した内容となるよう、今後一層求められると思われます。従来のように、自社医薬品の説明のみに終始しているのであれば、説明会の時間をもらうことも難しくなっていくかもしれません。

医師の働き方改革を踏まえた製薬企業のマーケティング

これまで見てきたように、医師の働き方改革は、特に製薬企業と医師のコミュニケーションの場面でさまざまな変化をもたらすことが考えられます。

そしてその変化は、製品メッセージが届きにくくなり、臨床で起こっていることが一層わかりにくくなるといった製薬企業にとって好ましくない方向に進みそうです。

そこで、今後の製薬マーケティングを考え、実践していくために必要と考えられるポイントを下記に挙げてみます。

1.医師とのコミュニケーションラインの確保が最優先事項である

言うまでもなく、このポイントが最優先で着手すべき取り組みでしょう。この医師とのコミュニケーションラインが確保できなければ、医師の働き方改革実施以降、MRあるいはデジタルチャネルを介した製品メッセージの提供が、医師に届かなくなる可能性があります。

こうなると、最悪の場合、製品メッセージは医師間の口コミや広告経由でのみ届く、などということになりかねません。そのようなことにならないために、下記のポイントを検討することが重要と考えられます。

  • 医師が高く評価してくれるメッセージングとプロモーションを企画する
  • 本社からのメールを配信する場合、医師に「開封したい」と思ってもらえるメッセージとコンテンツを検討する
  • MRのディテーリングストーリーも我田引水なデータ活用ではなく、患者の生活などを見据え、医師の共感と納得が高まるストーリーを吟味する
  • そのためにも患者のUX(User Experience:顧客体験)およびペイシェントジャーニーの理解は不可欠である


2.医師の労働時間の短縮に資する情報提供活動を考える

医師の労働時間を短縮するための方策には、「医師自身の診療スキルの向上による労働時間短縮」と「医師の業務を連携するスタッフへのタスクシェア・タスクシフトによる労働時間短縮」の2つが考えられます。

ここでは、前者に役立つ取り組みを考えます。

i) 医師の診療の質を高めるために役立つ企画を検討、実施する
例えば、KOLとのWebカンファレンス、診療報酬改定を踏まえた自社医薬品の使い方などの企画が考えられるでしょう。この企画の内容によって、医師が話を聞きたいと思うかどうかが決まります。

筆者が医師にインタビューすると、医師は製薬企業からの情報提供に「自分にとって役立つ情報なら聞きたい」と期待していることもわかっています。
そのためこのポイントは、プロダクトマネージャーとしての腕の見せ所です。

ii) 医療の現状をより正確に理解するために、PEST分析も必須である
PEST分析をきちんと行わなければ、医師が置かれている環境を正しく理解できず、自社にとってのみ都合の良い企画やマーケティングプランができあがり、医師からの共感が得られず、最終的に結果が出ないという事態に陥ります。これを回避することも、プロダクトマネージャーにとって極めて重要な取り組みです。

医師の働き方改革の影響は、気にしなければ見過ごしてしまいやすいことですが、極めて影響が大きいです。プランニングの最初の段階で、ぜひPEST分析を実施してください。

3.医師以外の医療従事者への情報提供を考える

前述の医師の労働時間短縮の方策の「医師の業務を連携するスタッフへのタスクシェア・タスクシフトによる労働時間短縮」についても、製薬企業がサポートできることはたくさんあります。

厚生労働省も好事例をまとめています2)し、タスクシェア・タスクシフトのコンサルティングをビジネスとして展開している企業も多数あり、病院の収益が改善できている事例3)もあります。

もちろん製薬企業によっては、すでに実施している活動もあるでしょう。それらを踏まえつつ、下記に考え方の例を挙げます。

i) 医師と連携している看護師・薬剤師・リハビリテーションなどへの情報提供
医師の働き方改革に頻繁に取り上げられるタスクシェア・タスクシフトは、製薬企業も勉強会の企画や患者指導せんの提供などで支援可能です。特に、ペイシェントジャーニーをしっかり検討した後であれば、患者の困りごとの時期や内容などもよくわかった上で、そこを医療従事者と一緒にサポートができます。

その時、必ずしも医師が対応しなくても良い場面もあります。医師と連携する看護師や薬剤師が、どのような業務でどのように連携しているのかは病院ごとに異なりますが、どのようなツールなら患者指導などに使いやすいかといった製薬企業ならではの支援の仕方もあるはずです。そこを確実に把握しましょう。

ii) 食事療法や運動療法、教育入院などの業務の支援
食事療法や運動療法などの患者指導や、糖尿病の教育入院など、必ずしも医師が担わなくても良い業務があります。厚生労働省がまとめているように2)、看護師や薬剤師がこれらの業務を担当することで、医師の業務を減らしながら患者満足度を高めることも可能です。

これらの業務の中で、薬物療法に関与する情報提供を製薬企業が支援することは、医療従事者にとっても製薬企業にとっても有益と考えられます。
製薬企業の面目躍如と言えるでしょう。

4.病院の治療方針を院外でもできる限り継続させる

最近は日常診療の中で、在宅医療が浸透しています。これは厚生労働省が急性期病院の病床の確保などを目的に診療報酬改定などで推進しているためです。

在宅医療への移行によって、マーケティングの観点で言えば、ターゲット医師が変わり、治療方針も変わります。一言で言えば、入院時の医療と在宅で行われる医療は別物になる可能性が高いということです。

筆者の知人の在宅医らによると、在宅医療の現場では、特に終末期の患者の場合、入院時の治療薬が投与中止になることが多いとのことです。これは患者の希望で金銭の負担を軽減し、余生にやりたいことを実現するために時間とお金を使うためです。

このような事例が現実に存在する今、製薬企業としては病院内で行われていた治療を在宅に移行後も継続してもらう必要があるでしょう。
そのためには、従来一部の製薬企業が取り組んでいた下記のような施策の見直しが必要かもしれません。

  • 病院の地域医療連携室への訪問、および院外の在宅医との連携構築の支援を実施する
  • 病院と連携している在宅医への自社医薬品のメッセージングの検討と提供を行う
  • これらの活動は、医師の働き方改革を推進しながら病院の売上を上げたい院長の思惑(急性期病院の院長は病床の回転率を高め、収益を向上させたいため)に合致する。院長を味方につけることで自社のビジネスへの良い影響を図る


自社医薬品に特化した「医師の働き方改革」に合致した取り組み例

ここまでは医師の働き方改革、医療制度、病院経営、患者のニーズなどを俯瞰してさまざまな取り組み事例を見てきました。

これ以外にも、自社医薬品に特化した「医師の働き方改革」に合致する取り組みもあります。

例えば、近年の新薬の中には、患者への投与時にデバイスが必要な薬剤もあります。それらの中には、不慣れな患者にとっては操作が難しいものもあるでしょう。もしプロダクトマネージャーが担当する医薬品が医師・薬剤師・患者にとって扱いにくかったり、操作がわからないデバイスが必要だったり、薬剤師による調製が難しい場合、医療ミスが起こりやすくなるかもしれません。

そうなれば、働き方改革によって勤務時間を長引かせられない医師から見れば、医療ミスといった面倒なことを避けたいため、その医薬品を積極的に処方したいと考えにくくなるかもしれません。

この場合、プロダクトマネージャーがなすべきことは、その医薬品の使い勝手を良くすることと、その医薬品の適正使用のための情報提供を徹底することになるでしょう。

医薬品の製品情報概要や調剤のガイドといった紙資材だけでなく、操作や調製の動画を作成し、その医薬品を少しでも使いやすいものと医療従事者に納得してもらう取り組みも必要です。

使いにくい医薬品、使い方がわかりにくい医薬品は、医療従事者から敬遠されます。同じ疾患の治療薬であれば、効果と安全性はもちろんですが、処方や投薬、服用が簡単な医薬品が好まれるのは間違いありません。

顧客の変化は、私たちのビジネスにも影響する

医師の働き方改革は私たち製薬企業のマーケティングにも影響を及ぼします。それは、私たちの想像以上に広い範囲に、より深く、より解決が困難になる可能性を秘めています。

一方で、医師が困難な状況を私たちがサポートできれば、医師とのコミュニケーションラインが確保しやすくなり、マーケティングプランが効果を発揮しやすくなるといった良い影響も生み出しやすくなります。

そのためには医師や現場の変化、そして厚生労働省の今後の方針など、さまざまな情報に対して高感度のアンテナをはり、情報を収集し、それを自社の取り組みに活かすという一連の流れを理解し、身につけておく必要があります。

これからのプロダクトマネージャーは、医師の変化を一層敏感に察知し、それを踏まえたコミュニケーションやマーケティングを企画立案し、実施していくことが求められるでしょう。

<出典>※URL最終閲覧日2023.06.09
1) 厚生労働省, 令和元年7月18日 第67回社会保障審議会医療部会 参考資料1-3医師の宿日直許可基準・研鑚に係る労働時間に関する通達(https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000530052.pdf
2) 厚生労働省, 令和3年9月15日 第15回 医師の働き方改革の推進に関する検討会 参考資料4 医師の働き方改革に関する好事例について(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000832529.pdf
3) 「医事業務」医師の働き方改革チーム 編, 産労総合研究所 出版部 経営書院, 2023, 『医師の働き方改革を実現!グッドプラクティス24に学ぶ』