前回の基本編 では、注目のキーワードである「デジタルトランスフォーメーション(以下DX)」について、その概念の背景や重要性について紹介しました。製薬企業のプロマネにとって、DXは取り組まなければならない課題が多くあります。そこで今回は、DXに関わるプロマネの実務について考えます。
製薬企業のDXの推進の際に必要なデータとは?
プロマネは、自社製品のマーケティングやプロモーションプランの策定・実行・評価・次のプランの策定が求められるため、それに必要なデータをDXから得たいと考えるでしょう。したがって、プロマネがDXに求めることは 「医師のインサイトを明確にすること」 により「 医師に最高の顧客体験を提供すること 」だと思います。
そのために必要なデータは、プロマネの身近にあるデータならば
MRによる正確な日報データ、自社製品の実消化データ、社外から購入する医薬品市場のデータ、National Data Base、
学会情報データベース
、医師データのリストまたはターゲット医師リスト、医師が自社サイトもしくは製品サイトにアクセスしたときのアクセスログ、第3者機関のウェブサイトやウェブ講演会等へのアクセスログ、メールの開封データ、自社で実施した独自のリサーチデータ…などが挙げられます。
たとえば、自社ならびに第3者機関のウェブ講演会は、アンケートの設計次第で、医師のインサイトを推測することができます。参加した医師の氏名、アクセス時間、参加した理由、視聴時間、質問やコメントの有無、退出時間などのデータが購入可能なケースもあります。特に、医師からの質問やコメントは、医師が困っていることを知ることができ、次のウェブ講演会の企画立案時のヒントにもなります(第3者機関からの情報提供の際に、別途費用が必要になるかもしれません)。
製薬業界のDXにおける課題①
マーケティングプランの評価が不十分
しかし、前述したこれらのデータだけでは、プロマネが策定したマーケティングやプロモーションのプランの目的を達成したか、ターゲット医師がどのように思ったかといった医師のインサイトを探るには、不十分な可能性があります。
なぜなら、前述のようなマーケットや売上のデータ、ウェブサイト上の医師の行動データだけでは、売上が目標を達成したのかどうかは分かっても、医師が考える製品のポジショニングがプロマネの狙い通りだったのか、製品メッセージは医師に伝わっているのか、その製品の売上アップの中で、何が最も効果があったのかなどが明確には分からないからです。これでは、マーケティングプランが有効だったのかそうでなかったのかを評価するには不十分だと感じるのではないでしょうか。
プロマネは、DXの導入・推進によって、その製品の売上アップに何が最も効果があったのかを検討できるデータを作り出す必要があるのです。
製薬業界のDXにおける課題②
行動データが得られない医師
最大の課題は、「全てのターゲット医師から、一様に詳細な行動データが得られない」ということです。医師によってはMRから情報を得たい医師もいますし、デジタルチャネルから情報を得たい医師もいます。また、「情報提供は、MRでもデジタルチャネルでもどちらでもよい」という医師もいますし、逆に「自分が必要な情報は自分で探すから、MRも製薬企業のデジタルチャネルも不要」という医師もいます。
このように医師は、自分が必要とする情報を、自分にとって最も簡便に迅速に得たいと考えており、それができないMRやデジタルチャネルには頼らないという傾向が強まっているように感じます。
たとえば、詳細な行動データが得られない例として、以下の2つが挙げられます。
会員制オウンドメディアで全ターゲット医師のデータは得られない
現在製薬企業では、自社製品の適正使用に必要な最新の添付文書やインタビューフォーム、製品情報概要、疾患関連情報などを会員制のオウンドメディアから入手できる仕組みを整えています。ですが、そのオウンドメディアの会員医師数は、全ターゲット医師数の何%でしょうか?
「全ターゲット医師5万人全員がオウンドメディアの会員で、全員がアクティブユーザーです」という製薬企業は、おそらくないでしょう。
これは、オウンドメディアの非会員の医師からは、行動データが得られないということを意味します。
医師との関係性でデータ入手の難易度が変わる
さらに、医師と製薬企業との関係がうまくいってないケースもあります。医師がその製薬企業やMRに良い印象を抱いていない場合、そこから情報を得たいとは思いにくいでしょう。医師がどうしても情報を必要とするなら、他の同僚の医師、他の製薬企業から情報を得るかもしれません。
つまり、その製薬企業やMRと医師の関係性がうまくいってなければ、その医師の行動データの入手は非常に困難になるということです。
これは、医師のメールの開封でも同じです。もしMRが医師がメールを開封してくれないなどで悩んでいるなら、もしかすると医師とその製薬企業やMRとの関係性がうまくいってないのかもしれません。この状況は、プロマネが作った製品メッセージが、全ての医師に届かない可能性があるといえるでしょう。
マーケティングプランの効果を評価するには
以前あるプロマネと、前年の製品のマーケティングプランの話をしていた時のことです。そのプロマネは「今あるデータから、このようなマーケティングプランを作り、実行した。製品メッセージもデータに裏付けられている」と話していました。しかし、その製品の売上は目標を未達成でした。
未達成の理由を尋ねると「それはMRの活動量が他社よりも不足していて、医師の理解が十分に得られていないのではないか」との答えでした。確かにそのようなデータをプロマネが独自にリサーチして持っていたので一理あるものの、本当にそれだけが理由なのでしょうか。
そこで、前期のその製品の売上に何が最も有効だったのか?を詳しく聞いてみると、
- どのリーフレットを使用したか
- そのリーフレットのメッセージは何か
- 医師はそのメッセージを評価したのか
については分析されていなかったのです。
現在の多くの日報入力システム、顧客管理システム(CRM)は、その仕様によってはリーフレットごとに医師の評価を入力する仕組みがないので、これは当然のことといえます。そのため、リーフレットごとにメッセージの伝達効果を比較するデータが得られず、分析ができないのです。このような仕様になっている日報入力システムは、リーフレットごとに製品メッセージが医師に伝わったかを入力できるように、システムの改修が必要だと考えられます。
その上でDXを導入し、駆使していけば、今後自社製品の売上に最も効果があるメッセージやキャンペーンなどが従来よりも明確に分かるようになるかもしれません。 マーケティングプランを適切に評価するためにどのようなデータが必要かを考え、そのためのデータをどこから集めるのか (外部から購入可能か、自社で作り出すのか)をDX導入時に検討することが、今後のプロマネの重要な仕事になっていくのではないでしょうか。
データが不足している医師への効果的なアプローチ
DXによって医師の行動データなどが蓄積してくると、それらを分析することで、プロマネにとって有益な新しいセグメントを見つけることができるかもしれません。
例えば、チャネル別の医師の反応を分析することで、新しい医師のカテゴリーを作る取り組みがあります。
また、協調フィルタリング(有名なECサイトで頻繁に見かける「○○を購入した人は、△△も購入しています」という表示)などのAIの技術を駆使することも、これからの新しい医師のカテゴリー作りに有用です。このような技術を駆使すれば、ウェブサイトやウェブ講演会などへのアクセスがあった医師のデータをもとに、アクセスがない医師にとって必要かもしれない情報を予測できたり、医師の情報収集におけるチャネルの好みが分かったりなど、プロモーションの最適化を図ることができるようになるかもしれません。
このような取り組みによって、従来の医師の属性データ(施設の住所、診療所か病院か、専門医か非専門医か、持ち患者数の多寡 など)によるセグメンテーションよりも、さらに効果的なマーケティングが可能となります。前述の「オウンドメディアの非会員の医師」でも、MRからの日報のフィードバックのデータによって、オウンドメディアの会員医師と同じセグメントにグルーピングされるかもしれません。
DXでマーケティングプランの最適化を図るために
これらの積み重ねによって、マーケティングプランを最適化できる可能性が高まります。実行した結果、仮に当初の目論見通りの結果が出なくても、得られたデータをもとにセグメンテーションやチャネル、メッセージなどを迅速に見直し、新たな次の一手を検討・実行していくのが、DX時代のマーケティングです。
これを支えるためのデータや連携されたシステムがDXであり、このような考え方や社内文化、マーケティングの思想を社内に定着させることもDXであり、それらによって競合優位を勝ち得ることがDXの目的なのです。
製薬企業のDX導入と活用においてプロマネが担う役割
基本編、実務編の2回にわたってプロマネにとってのDXについて考えてきました。DXは、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革し、競合優位を確立するために導入します。
医師に提供する最高の顧客体験は何かを明確にし、それを伝えるための社内外のコミュニケーション全体をどのようにデザインしていくのか、そのために必要なデータをどこから入手し、どのように活用・分析・企画立案するのかについて検討する役割を、これからのプロマネは担っていくことになるのではないでしょうか。
【参考】
・「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」 2018年12月/経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf
(2021年3月2日閲覧)
・『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』 藤井 保文、尾原 和啓、日経BP、2019
・『アフターデジタル2 UXと自由』 藤井 保文、日経BP、2020
・デジタルトランスフォーメーションレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~/経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-1.pdf
(2021年3月2日閲覧)