疾患啓発は製薬会社の大切な役割でもありますが、正しいことを正しく伝えるだけでは、効果は期待できません。今回は、疾患啓発のアイデアを考えるヒントとして、ピンクリボンフェスティバル・デザイン大賞で受賞作品に選ばれたキャッチコピーを7つの切り口に分けてご紹介します。
※ピンクリボンフェスティバル・デザイン大賞:乳がん検診への一歩を後押しするポスターデザインとキャッチコピー作品を一般公募するコンテスト。2005年から毎年開催され、2020年で16回目を迎えた。2020年の応募数は、ポスター部門989点、キャッチコピー部門22,861点の計23,850点。
疾患啓発のキャッチコピー7つの切り口
ピンクリボンフェスティバル・デザイン大賞には、「乳がん検診受診率向上」という課題に対して、毎年ユニークな視点のキャッチコピーが数多く集まります。これらの視点・発想・考え方は、乳がん以外の疾患啓発の企画立案にも役立つはずです。
今回は以下の7つの切り口に分けてご紹介します。
- 現状のスタンスや思い込みを正す
- メリットを伝える
- 家族への影響を伝える
- 近しい人に向けて訴求する
- 大きな視点で語る
- 恐怖訴求
- ユーモア・ダジャレ・言葉遊び
<切り口1>現状のスタンスや思い込みを正す
・『今年受けないあなたは、来年も受けないあなたです。』
・『まず治すべきは、受診しない自分。』
・『健康のために、走っている。乳がん検診には、行っていない。』
乳がんに限らず検診や健康診断を受けない理由には、「忙しい」「面倒」「特に気になるところがない」「健康的な生活を送っている」といったことが挙げられると思います。しかし、この理由には科学的根拠は一切なく、検診を受けない言い訳にすぎません。受け手のインサイトを正しく理解し指摘を与えて、間違った思い込みを正すアプローチは、疾患啓発の王道の切り口です。
<切り口2>メリットを伝える
・『乳がん検診で一番多く見つかるものは、安心です。』
・『明日より、今日の方が、早期発見です。』
・『「見つかった」と「早く見つかった」は、大きく違う。』
人間が行動するかどうかを決める際に、メリット・デメリット(損得)を判断材料にすることは少なくありません。そのため、上記に挙げたキャッチコピーのように、乳がん検診を受診するメリットを伝えることは、非常に有効なアプローチです。ポイントは、“周知のメリットを伝える”のではなく、“新たな気づきのあるメリットを伝える”ことです。「早期発見が命を救う」という周知のメリットよりも、「明日より、今日のほうが、早期発見です。」と言われたほうが、「そういえばそうだな」という気持ちになりやすく、アクションにつながるでしょう。
<切り口3>家族への影響を伝える
・『じゃあボクも注射しないッ』
・『お母さんが行けば、子どもは、乳がん検診をフツーに思う。』
・『検診を受けに行く妻は、家族を守りに行っているんだと思う。』
自分のためには行動しなくても、大切な人のためになら行動を起こすという人もいます。『じゃあボクも注射しないッ』は、「ママが病院(乳がん検診)に行かないのなら、僕だって風邪を引いたときに注射をしないからね(または、予防接種を受けないからね)」というシーンを描いたキャッチコピーです。実際に子供がこのような気の利いたセリフを発するかどうかは別として、妙な説得力がありドキッとするママもいるのではないでしょうか。自分が検診に行かない(行く)という選択が大切な人にどう影響するのかを伝えることは、新鮮な気づきを与えやすいユニークなアプローチです。
<切り口4>近しい人に向けて訴求する
・『「行くべきだった」も悔しいけど、「行かせるべきだった」も悔しいよ。』
・『検診怖かったら、ついてくよ。』
・『愛してる。検診してくれ。』
当事者に向けてではなく、当事者の近しい人に向けてアプローチする切り口もあります。まずは、近しい人に向けて乳がん検診の必要性を訴え、そして、近しい人から当事者に「乳がん検診を受けよう」と声がけをしてもらう、というロジックです。直接当事者に伝えるだけがプロモーションではありません。命や健康に密接な疾患啓発では、正攻法ではなく、ターゲットをずらしてまずは近しい人にアプローチするという方法も有効です。
<切り口5>大きな視点で語る
・『医療は進んでいるのに、私たちが立ち止まっている。』
・『医学の進歩も、あなたの一歩にはかなわない。』
・『日本の未来は、支持率よりも受診率にかかっている。』
医療、医学、進歩、日本、未来など、大きなテーマとからめて啓発するというアプローチです。しかし、いっけん「なるほど」と思えても、話が大きすぎて自分事として捉えにくく、「乳がん検診を受診する」というアクションにまでは至らない(至りにくい)という側面もあります。「検診の実情を伝える」という目的であるなら大きな視点で語るのは有効かもしれませんが、個人の意識変化・行動変容には向いていないでしょう。
<切り口6>恐怖訴求
・『検診に行ってない人は、全員「がんかもしれない人」です。』
・『「そのうち行く」の「そのうち」に、乳がんは育つ。』
・『万が一じゃない。二十分の一なんだ、乳がんは。』
恐怖訴求は、刺激的な内容でインパクトを与えやすい切り口です。しかし、受け手が自分事として捉えやすい反面、不安をいたずらに煽ってしまうこともあります。日本製薬工業協会(製薬協)では、疾患啓発広告に関する通知(2015年1月6日付)で、そういった不安を煽るような疾患啓発について「やり方によっては、医薬品医療機器等法で禁止される広告に該当するおそれがある」と注意を促しています。製薬会社が発信する疾患啓発では、「受け手はどんな気持ちになるのか」を十分に検証し、細心の注意を払うことが大切です。
<切り口7>ユーモア・ダジャレ・言葉遊び
・『今年も乳試、受けました?』
・『定期あんしん』
・『ほっときますか?ほっとしますか?』
最後に紹介する切り口は、『入試』→『乳試』、『定期検診』→『定期あんしん』など、既存の言葉をもとに新しい言葉を作り出したり(造語)、文章を一部分だけ変えて対比させるといった、ユーモア・ダジャレ・言葉遊びです。作り手側は「うまいこといえた」と思っても、受け手側は、「ふーん」や「で、それで」となってしまうケースも少なくありません。さらには、「ふざけている」「馬鹿にしている」といった印象を与えてしまうこともあります。匙加減やバランス感覚が難しいですが、親しみやすい・印象に残りやすい・広がりやすいという側面もあるため、切り口のひとつとして覚えておいて損はありません。
アイデアは切り口を増やして考えてみる
ひとつの課題(今回は、乳がん検診受診率向上)に対するアプローチにも、いろいろな切り口(視点)が存在することをご紹介しました。アイデアに行き詰まる原因として、ひとつの切り口で、いくつものアイデアを考えようとすることが挙げられます。キャッチコピーでもコンテンツの企画でも同様です。ひとつの切り口で5つのアイデアを考えるよりも、5つの切り口で1つずつアイデアを考えるほうが、発想の幅が広がり、従来とは違った新しい企画が生まれやすくなります。「今、自分はどんな切り口でアイデアを考えているのか」を意識して、そこを掘り下げるだけでなく、発想を変えて別の切り口で考えてみることもおすすめします。今回ご紹介した切り口は、乳がん以外の疾患啓発でも応用がきくはずです。アイデアを広げるヒントとして、ぜひご活用ください。
【参考】(いずれも2021年3月11日最終閲覧)
・ピンクリボンフェスティバル・デザイン大賞/ピンクリボンフェスティバル公式サイト
https://www.pinkribbonfestival.jp/design_award/
・製薬協コード・オブ・プラクティス/日本製薬工業協会
http://www.jpma.or.jp/about/basis/code/pdf/code2.pdf
・Medical Education 2015年 秋号
https://medicaleducation.co.jp/web/wp-content/themes/medicaleducation/images/pdf/me_autumn2015.pdf