製薬企業のプロマネの皆さんは、会社が用意しているフォーマットに合わせてマーケティングプランを作ることもあると思います。その際によく聞くのは「一見きれいにプランが作れるし製品メッセージも明快なのに、あまり医師に伝わっていないような気がする」というお悩みです。そこで今回は、実効性がある製品メッセージを作る際のポイントを一緒にみていきましょう。
マーケティングツールの活用度合いと売上の伸びに因果関係はあるか?
近年では、Web上でのディテーリングのためのWeb会議システムや、タブレットで説明用スライドをコントロールするサービスなども増え、デジタルツールの活用に伴ってマーケティングの手法自体がどんどん広がっているように見えます。ところが、さまざまなツールが登場しても、それに比例するほど医薬品の売上は伸びていないようです。「ツールを導入しても思ったほど売上が伸びない」「新ツール導入のためにコストは増えたものの肝心の売り上げは微増だ」といった声をよく耳にします。
デジタルツールの活用はもともと、コロナ禍でMRが医師に会えない状況を打破するために導入されたはずなのですが、売上のトレンドを劇変させたという評判はあまり聞きません。なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。
1つには、「医師のオプトインを獲得できているか?」ということが挙げられます。自社製品に関連した動画コンテンツのリンクを医師に送付して視聴してもらおうと思っても、そもそも医師のメールアドレスが入手出来ていなければ、医師はその動画コンテンツを見ることはないでしょう。
また、医師のメールアドレスを入手できていても、医師が興味を持つ動画コンテンツでなければ、やはり医師はその動画コンテンツを視聴しないと考えられます。このように、動画コンテンツだけでなく、その製品のメッセージ全体が医師に伝わるように機能しているのかを、詳細に吟味する必要がありそうです。
製品メッセージは伝わっているか?
製品のマーケティングプランの立案、プロモーション全体の統括だけでなく、医師に伝えるべき製品メッセージを洗練することもプロマネの重要な仕事です。医師や患者さんのニーズ分析や自社と競合の比較分析、SWOT分析、グループインタビューやデプスインタビューなどから得られたさまざまな意見などを踏まえ、製品メッセージを作り上げていきます。
では、製品メッセージが伝わらない原因はどこにあるのでしょうか。4つの問題点を考えてみました。
問題1:KOLの意見は、必ずしも正しいわけではない
最近では、企業のさまざまな事情により、マーケティングプランを以前よりも短期間で作り上げることが求められる場合もあります。この影響で、製品メッセージを洗練させる時間があまりないケースもみられます。
短期間でマーケティングプランを作る場合、費用と時間がかかるグループインタビューやデプスインタビューを省略し、プロマネが懇意にしているKOL数人に製品メッセージを見せ、医師に受け入れてもらえるかを尋ねるという方法をとることもあるようです。このやり方で製品メッセージの効果を正しく検証できれば問題ありません。しかし、相談するKOLの人数が少なかったり、KOLと一般の医師が置かれている環境が違っていることで、医薬品に期待する価値が違うことがあります。例えば、高所得の世帯が多い大都市圏では医薬品の薬価の高さがあまり問題にならなくても、所得が高くない地域では、高薬価の医薬品は好まれないなどです。KOLが評価した製品メッセージが必ずしも全ての医師に受け入れられるわけではないといえます。
このようなちょっとしたボタンの掛け違いから、製品メッセージを全国に展開した後、現場の医師が製品メッセージを受け入れてくれず、製品メッセージの見直しを余儀なくされたというケースは、意外とあるのではないでしょうか。「KOLに聞いたから大丈夫」という思い込みは、少々危険かもしれません。KOLの意見が、他の医師の心を動かすとは限らないからです。
問題2:製品のプロファイルやデータに基づく差別化には限界がある
医師の心が動かない理由には、製品メッセージそのものに課題があることもあります。例えば、同種同効品が多数あり、医薬品の差別化が非常に難しい場合です。血圧、脂質、血糖値を下げる時、それぞれの治療薬の作用機序が同じ場合はどの医薬品も似たような効果になります。しかも、それらの医薬品が代謝経路も同じ、主な副作用とその発現頻度も似ている、臨床試験の結果も似ているとなると、医薬品ごとの特徴はほとんどなくなります。
そのような時、多くのプロマネは何とかして競合の医薬品との違いをはっきりさせ、自社の医薬品は他社のそれと違うということを打ち出したくなります。すなわち、徹底した差別化です。プロモーション上、自社の医薬品だけが持つ独特の特徴があれば、それは医師がその医薬品を処方する理由になりやすいですので、製品メッセージとしても使いやすくなります。MRも医師に説明しやすいので、差別化ポイントが多い医薬品は、プロマネもMRも売りやすくなるでしょう。しかし実際には、そのような医薬品は多くありません。生活習慣病治療薬の場合だとSGLT2阻害薬だけでも7品目(1物2名称含む)あり、いずれも医薬品のプロファイルは似ています。製品のプロファイルやデータに基づく差別化には、限界があると言えるでしょう。
問題3:細かすぎる差別化で、製品メッセージになっていない
問題1、問題2を踏まえた上で、各製薬企業のプロマネがそれぞれの医薬品のマーケティングプランを作ると、結局、大量処方医をターゲットとして、プロモーションをすすめています。こうなると、あとはMRが現場で医師へどのようにアプローチするのかという営業力の勝負にならざるを得ません。これはもうマーケティングではなくなり、人海戦術の勝負、MRと医師の関係の勝負になります。そうならないようにするために、プロマネはさまざまな論文を検索し、自社の医薬品だけが持つデータや特徴を必死に探します。
ところが、探し出した論文が分子生物学にありがちなシグナル伝達や何らかの因子の活性化など、あまりにも微細な部分を検討した論文だと、その医薬品の価値を正しく表現した製品メッセージが作りにくいことがあります。医薬品の分子生物学的な違いが臨床試験で検証・証明されていなければ、臨床では伝わりにくいメッセージになってしまいます。その製品メッセージで興味をひくことは非常に難しく、医師の心は動かないでしょう。これが細かすぎる差別化がはまりやすい落とし穴です。
問題4:製品メッセージがデータの紹介になっている
「製品Xは、従来の血糖降下薬と比べてHbA1cが○.○下がった」「製品Yは、従来の抗がん剤と比べて有意に高い抗腫瘍効果を示した」など、データを紹介する製品メッセージもよくみられます。事実なので間違っていないのですが、この製品メッセージが医師の心を動かしているかといえば、少々疑問が残るかもしれません。製品のマーケティングプランやメッセージに血が通っていないように感じられるのは、実はこのようなところにも理由がありそうです。
「時速300㎞出せるからフェラーリが好き」というよりも、「フェラーリに乗っていたら、周囲から羨望のまなざしで見られて自分が幸せに感じる」という方が、フェラーリの魅力が伝わりやすいのではないでしょうか。これは、データに基づくメッセージと、ベネフィットに基づくメッセージの違いです。もちろんデータ重視の医師もいれば患者さんへのベネフィット重視の医師もいます。どちらの医師にも、心を動かすべく対応する必要があります。
製品メッセージは、医師や患者さんのベネフィットにつながっているか?
医薬品の製品メッセージは何のために考えるのでしょうか。この根本を明確に理解した上で製品メッセージを作る必要があります。そのためには、前述した4つの問題点を踏まえ、医師や患者さんについて深く洞察することが欠かせません。そしてその洞察の結果から、自社製品が医師や患者さんにどのような価値を提供するのかを、言葉にすることが求められます。
プロマネが特に意識すべきなのは、医師の心を動かすということです。
医師の心が動かなければ処方という行動が変わることもありません。全てのマーケティングはすべからく顧客の心を動かすために行います。科学的に検証されたデータから製品メッセージを作らなければなりませんが、医師の評価や患者さんが享受したベネフィットなど、注意深く見ていくことで新たな製品メッセージに気づくこともあります。
また、人がどのような時に心が動くのかという人の探究を徹底することで、効果的な製品メッセージを作れるようにもなります。データや理詰めで正しいストーリーであっても、それを医師が心地よく受け入れてくれるかどうかは別問題です。このような障壁をクリアするためには、人への興味関心やコミュニケーションへの理解が欠かせません。人の心を踏まえた上でマーケティングプランを立案するからこそ、医師の心を動かし、結果として売上が上がるのです。