患者インタビューなど、市場調査のためのインタビュー調査を行う際には、どのようなことに気をつけければよいのでしょうか。本記事では、話を聴くプロであるカウンセラーが使う傾聴の方法から、マーケティング・インタビューに活用できるテクニックを紹介します。
マーケティング・インタビューとは
市場調査の方法のひとつにインタビュー調査があります。製品や企業ブランドにまつわる課題を調査したり解決するために、消費者や専門家などに聞き取り調査を行うことを指します。製薬企業のマーケティングの場合、患者や患者の家族へ面談をして困っていることを聞き出し、課題をあぶり出すことがインタビュー調査にあたります。そして、このような マーケティングリサーチのためのインタビューを「マーケティング・インタビュー」といいます 。
単なるアンケートであれば、あらかじめ準備した質問事項を提示し、対象者へ回答を埋めてもらうワンストロークのやり取りで完了します。しかし、インタビュー調査では対象者と会話しながら聞き取りを行います。アンケートとは異なる双方向のやり取りが発生することにより、 インタビュアーや対象者がそれまで意識していなかった気づきを得られ、その気付きがマーケティングにおける重要なヒントにつながることがあります 。
マーケティング・インタビューに必要な「聴く技術」
マーケティング・インタビューには「聴く技術」が必要です。
具体的に「聴く技術」とは、相手に傾聴する姿勢を示し、相づちをうち、沈黙を受け止めながら相手から情報を得るものです。
人の話を聴くことは日常生活で自然に行っているため特別なスキルは必要ないように思えますが、課題解決のヒントを得られるよう結果を得られる聞き方をするためには、意識するポイントがいくつかあります。
人の気持ちに寄り添い、聴くプロであるカウンセラーは「傾聴」と呼ばれる方法を用います。
傾聴とは?
カウンセリングやコーチングで使用されるコミュニケーション技法の一つです。「傾聴」の漢字にあらわれているように、耳だけではなく目と心を傾け、相手が何を語り、表現しようとしているのかを注意深く、集中して聴くことをいいます。
相手の発言を理解するだけではなく、非言語的な表現、相手の存在全体に積極的に関心を寄せ、相手が自由に主体的に語ることができるように促すほか、その語りの内容や表現されている感情について正確に理解し、応答することを指します。
傾聴の技法が必要な理由
インタビューを受ける側はインタビュアーと初対面の場合が多く、緊張していてすぐに打ち解けるのは難しいものです。特に製薬企業の領域では患者インタビューなど、話題が自身や家族の病気というセンシティブなテーマになるため、安心して語ることができる場を作ることが重要です。
対象者との間で信頼関係を作り、心の内を安心して話すための方法はカウンセリングの分野で研究が行われています。カウンセリングにはさまざまな理論的立場があり、技法も数多くありますが、 安全に心理的援助を提供するためには共通して「傾聴」が大切 であると言われています。
傾聴のスキルを高める「場と関係を作るための方法」
傾聴のスキルは一朝一夕に身につくものではありませんが、意識をすることで少しずつコツを掴めるでしょう。今回は、カウンセリングで行われている「場と関係を作るための方法」と「応答の方法」にしぼり、それぞれ2点のコツを紹介します。
傾聴の場と関係を作るための方法① 場面構成
カウンセリングでは、開始前にカウンセリング関係についての話し合いや場の設定が行われます。挨拶のほか、了解事項を確認することで、ここが語るための安全な場所であることを伝えます。
マーケティング・インタビューでは、インタビューを始める前に、以下のような内容を伝えるといいでしょう。
- インタビュー承諾に対する感謝
- インタビューの目的、時間、回数
- 意見を否定することはないので、忌憚なく意見を述べてほしいこと
- 質問に対して正解や不正解はなく、何でも言っていいということ
- 守秘義務を徹底していること(この場で話されたことはマーケティングのためだけに使用するものであり、外部に漏れることはないこと)
- (会話と映像を記録する場合)インタビューの録音、録画をさせてほしいこと
特に守秘義務は信頼関係を作る大前提となるため、必ずインタビューを始める前に約束をすることが重要です。
傾聴の場と関係を作るための方法② かかわり行動
相手に積極的な関心を向けることを「かかわり行動」といいます。安心して語るためには、話す側に対して非言語的メッセージを含めて積極的な関心を向けることが大切です。
相手に関心を持ち、しっかり聴いて受け止める準備があると伝えることで、話す側は自身を振り返りながら自分の内側の大切な情報を開示できるようになります。具体的には以下のような方法で相手への関心を示します。
1. インタビュアー自身の心身の状態や準備を整える
インタビュアーの気がそぞろだと、話し手は話すことをためらってしまいます。インタビュアーが余裕をもって準備し、落ち着いた状態でインタビューに臨むことが重要です。
2. 表情や視線、姿勢や動作で積極的な関心を向ける
「メラビアンの法則」では、 コミュニケーションは7%の言語、38%の準言語(声のトーンやイントネーション、早さなど)そして55%は表情と仕草によって伝達される といいます。具体的には、次のようなことを注意してみましょう。
- 穏やかで自然な笑顔、視線を相手に向ける
- 顔だけではなく、体全体を相手に向ける
- 腕や脚を組まず、力を抜いた自然な姿勢で座る
3. 声の質や話す速度に注意する
時間制限のある中で聞き取りを行うと内心の焦りが無意識に出てしまい、自然に話す速度が早まったり、硬い声になったりする場合があります。ゆっくり話すなど、落ち着いた声の質になるよう意識しましょう。インタビューの録音や録画をする場合、自分の話し方を聴くことで客観的に振り返ることができます。
傾聴のスキルを高める「応答方法」
次は、話す際の応答の方法です。会話は双方向のコミュニケーションなので、話し手は聞き手の反応をみながら話す内容を変えることがあります。その結果、聞き手の期待に沿うような回答しか出なくなってしまうと、新たな気づきを得るインタビューにはなりません。
聞き手が話し手を邪魔することなく、自由に語ってもらうためには次のような方法があります。
傾聴における応答方法① シンプルな受容
相手の語りをそのまま、ありのままに受け止めることを「シンプルな受容」といいます。 話し手に聴いていることを伝え、うなずきや相づちで受容を示します。 相づちが多すぎると、かえって相手の反応が気になり話しにくくなってしまうため、自然で落ち着いたタイミングで「あなたの話を聴いていますよ」と全身で返します。
自由に話してもらっていると、相手の話に対して共感できない場面や、何かしらの判断を下したくなる場面があります。しかし、それが相手に伝わると失礼になり、話す気持ちを削いでしまいます。否定せず、黙ってうなずくことで話を聴いていることが相手に伝わり、話しやすい雰囲気を保てます。
傾聴における応答方法② 伝え返し
聞き手の意見を表明することなく、対象者の意見に反応する方法に「伝え返し」 があります。これは話し手が語る言葉の中で重要なキーワードや、独特な言い回しを捉え、そのまま伝え返すことです。「繰り返し」や「オウム返し」とも呼ばれます。シャドーイングのように、何でも単に相手の言うことを繰り返すのではなく、相手の話す内容を正確に理解し、重要そうなキーワードや言い回しを口に出すことがポイントです。
<例>
話し手:こんなことを言うのもなんですが、ただ仕事をしているだけでも大変なのに、病気を抱えて毎日がほんとうに大変です。
聴き手:ご病気を抱えて毎日ほんとうに大変なのですね
同じ言葉を返すことで、話し手はその言葉を受け止め、言葉について考えることができます。同じ言葉でも、自分で話す場合にはあまり気にしていない場合でも、相手から発せられた言葉として耳で聴くことで、その言葉について考えるきっかけとなる場合があるのです。
傾聴スキルを身につけ有意義なマーケティング・インタビューを
傾聴テクニックをすぐにマスターすることは難しいですが、意識することで聴き方は変化します。今回紹介した方法を使い、新たな気づきのあるマーケティング・インタビューを実践されてみてはいかがでしょうか。
<参考>
・上野啓子『マーケティング・インタビュー』東洋経済新報社
・『産業カウンセリング 産業カウンセラー養成講座テキストⅠ』一般社団法人 日本産業カウンセラー協会