製薬マーケターが知っておきたい、市場調査の進め方10ステップと意識すべきポイント
「市場調査」とは、顧客に対するインタビュー調査(定性調査)やアンケート調査(定量調査)を通じて、課題やニーズを深堀したり、プロモーション施策のメッセージ浸透度を把握することを指します。マーケティングには欠かせない市場調査ですが、実際にどうやって進めればいいのかわからない、実施したけれど思うような結果が得られなかったなどの声も聞きます。今回は、市場調査の種類や実際の進め方をステップに沿って詳しく解説していきます。日々の活動のヒントに、お読みいただけますと幸いです。
(外資系製薬企業 経営企画室勤務/製薬キャリア3.0運営 こういち)
市場調査は定性と定量の2種類
市場調査には大別して定性調査と定量調査の2つの調査があります。この2つの調査の違いを把握して、使い分けることによって顧客理解が進み、効果的なマーケティング戦略立案・施策に繋げることができます。
定性調査でWhyを深掘りする
「定性調査」は、英語ではQualitative Researchと呼ばれる手法で、質的研究とも言われます。
ある事象に対して、深堀したり、理由を明らかにしたい時に、対象者に対してインタビューを実施して、深く対象者の心理を解明しようとするアプローチです。
対象者から発せられる生の言葉や、表現を通じて、数値化しにくいデータの収集を目的にしています。
定性調査の規模感としては、数人〜十数人に対して実施することが多いです。
60分~90分のインタビューを通して、Why(原因把握:なぜ、そのように考えるのか?)を深堀する調査という性質があります。
製薬企業であれば、治療薬選択の理由を深堀して質問したり、アンメットメディカルニーズ(満たされない医療上の課題)を明らかにする時に活用する調査手法になります。
定量調査でWhatを把握する
「定量調査」は、英語ではQuantitative Researchと呼ばれる手法で、量的研究とも言われます。ある事象に対して、アンケートを用いてランキング形式や選択式で質問に回答してもらうアプローチです。
定量調査は多くの場合、数百人規模で実施されます。
収集されたデータを数値化することを想定しており、調査結果を統計学的に分析する調査手法です。
30問~40問のアンケート調査を通じて、What(実態把握:顧客は何を、どう認識しているか?)を把握する調査という性質があります。
製薬企業であれば、ブランドの認知率の確認や、治療で困っていることを列挙して何が最も課題と感じているかを数値化するときに用いる調査手法となります。
定性調査 | 定量調査 | |
---|---|---|
得られる情報 | 発言録、動画など | 順位や割合などの数値データ |
具体例 | ・薬剤の実際の使い方や場面 ・治療薬選択の背景や気持ち ・治療判断の根拠の深堀 | ・ブランド認知率 ・薬剤の満足度 ・項目に対する順位付け |
調査人数の目安 | 数人~20名程度 | 100名以上 |
特徴 | ・課題や問題点を把握できる ・想定外の発見が得られることがある ・質問内容を場面に応じて調整できる ・聞きたいことが深堀できる | ・結果を数値化しやすい ・全体傾向を掴める ・属性による傾向の違いが分関できる ・順位付けがしやすい |
主な手法 | インタビュー調査 | アンケート調査 |
市場調査の進め方
ここからは、実際に市場調査をどのように進めるのかを具体例を用いて解説します。
「会社として初めて参入する領域の市場調査をしてくれないか?」
上長からこのような指示を受けた新人マーケターであるあなたは、どのように調査を設計すべきでしょうか?
以下、必要となる10のステップについて具体的に解説していきます。
①調査の目的を明らかにする
まずは、調査の目的を明確にするところからスタートします。
当たり前のようですが、ここがきちんと言語化されていないと、後々の調査設計のところで質問することが曖昧になったり、余計なことを質問してしまうことに繋がります。
目的は1つだけではなく、2〜3個設定し優先順位付けを行っておくと、後々の調査設計が容易になります。
今回のケースでは新人マーケターが上長から依頼されたケースを想定しています。こういった時は、上長の期待値をきちんと確認し、言語化することが重要です。言語化ができていないと、上長が期待している結果の認識と、実際に出てくるアウトプットが異なるリスクがあります。そこで、自分なりに上長の期待値を想像しつつ今回の調査目的を言語化し、上長に確認するプロセスを取ります。
このように、最初に上長と目線合わせをしておくことが最初のステップとして重要になります。
上長との打ち合わせを通じて、以下3つの目的を設定できたと仮定して、次のステップに進みます。
調査の目的
- 新たに参入する領域の診療実態を把握する。
- 現在の治療環境における医師の困りごと(解決したい課題)を把握する。
- 現在の治療環境におけるキーステークホルダーを明らかにする。
②総説およびガイドラインを一通り読み込む
調査を始める前に、現在の治療がどのように行われているかをある程度把握する必要があります。把握が必要な理由は、どのような質問をすれば良いか、ある程度当たりを付けるためです。
総説、もしくはガイドラインを一通り眺めることで、ある程度その治療領域でどのような治療が行われ、どのような薬剤が使われているかを把握することができます。
注意点としては、実際の診療や治療が総説やガイドライン通りに行われているとは限らないという点です。実際の診療実態がどのようになっているかは、書かれてある情報を参考に、調査で明らかにしていきます。
またここで読み込んだ情報は、後々調査会社と共有することもあるので、保存しておくと良いでしょう。
③手段(定性調査か、定量調査か)を吟味する
目的を達成するための手段を吟味します。
得たい回答を得るために、定性調査が適するのか、定量調査が適するのかを吟味します。
今回のケースでは、
- 診療実態の把握
- 医師の困りごとの把握
- キーステークホルダーの把握
を目的にしています。
会社として新たに参入する領域ということで、領域における経験値や予備的知識もほとんどない状態です。
そのため、聞きたいことをある程度深堀できる定性調査が適すると考えられます。
そこで今回は定性調査を企画することを決定します。
④仮説を考える
次に調査を通じて得られる仮説を考えます。
仮説とは、物事を考える際に「最も確からしいと考えられる仮の答え」のことです。調査では、この仮の答えの成否を確認していきます。
仮説がないと質問がぼやけてしまったり、浅い質問しかできなくなってしまいます。仮説を立てることで、質問がブラッシュアップされます。文献やガイドラインを読んで、調べた結果を元に、現時点での仮説を構築していきましょう。
調査を通じて仮説が正しいのか、正しくないのかを検証していくので、立てた仮説は必ずしも正しいものである必要はありません。大切なことは、「仮説を立て、検証する」というアプローチ方法を実践する中で質問の質を高めていくことです。
⑤RFP(Research For Proposal)を作成する
RFPとはResearch For Proposalのことで、日本語では「調査設計書」や「調査提案書」と呼ばれるものになります。
この段階になって、初めて調査会社とやりとりを行うことが一般的です。
①〜④を経ずに、いきなりRFPの作成に取り掛かる方を時々見かけますが、あまりおすすめしません。
なぜなら自分自身でのリサーチ、目的の設計、仮説立ての検討が不十分であるために、「何を調べたくて実施する調査なのかわからない」「調査をしなくても、調べればわかるようなことを質問してしまう」という事態に陥ってしまうためです。
RFPの構成要素としては以下のようなものが挙げられます。
- 調査目的
- 調査期間
- 調査手法
- 調査仮説
- 期待される成果
- 調査の予算
このような内容を纏めた書類を調査会社とやりとりします。
⑥医師のスクリーニング票と調査票のドラフトを作成する
スクリーニング票・調査票共に、ドラフティングは調査会社の担当者が行うことが一般的です。彼らは、専門家として数多くの市場調査を企画・設計した経験を有しており、RFPに基づいて1st ドラフトを作成してくれます。
スクリーニング票とは、インタビューしたい対象のプロファイルを列挙したものです。
例:
○○専門医取得済
直近1年間の生物学的製剤使用患者 5名以上
上記のように、条件に合致する医師をリクルートするためにスクリーニング票を作成します。
調査票とは、インタビューで聞く質問を整理した質問票のことです。
⑦スクリーニング票と調査票をレビューし、ブラッシュアップする
マーケティング担当者としての腕の見せ所はこの部分です。
RFPに記載した目的と設定した仮説を検証できる質問になっているかどうか、質問を細かくレビューします。
質問の仕方や聞き方が不適切な場合は修正する必要がありますし、仮説を検証するにあたって足りない質問があれば、質問を追加する必要があります。
どんなに日々の業務が忙しくても、質問票のレビューの時間はしっかり確保することが重要です。ここが疎かになってしまうと、得たい結果を見ることができなかったという結果に繋がりかねません。
あなたが実施主体者の場合には、できれば同じ領域で働くチームのメンバーにも質問票はレビューしてもらってください。
同じ部署の方に限らず、メディカルアフェアーズやR&D担当者にもレビューに協力してもらいましょう。
多角的な視点を取り入れることで思いがけない指摘や、気付きを得ることにも繋がります。
大きな製薬企業の場合は、社内に市場調査会社との窓口担当者を置いていることもあります。その場合はその担当者が窓口となり、調査会社と色々やりとりをしてくれます。
気を付けなければいけないことは、こういった担当者がいる場合に、調査設計を含めて全てを任せてしまうことです。このようなケースでは、聞きたい質問が漏れていたり、すでに把握していることに対する余計な質問が入っていたりします。
調査担当者が社内にいる場合は、適切にアドバイスをもらいつつ、あくまで調査の実施主体は自分自身であるという意識は忘れないようにしてください。
⑧インタビューを実施する
スクリーニングされた対象医師の中から、今回インタビューする医師をセレクトします。
コロナ禍を経て、定性調査のインタビューはWebを介しての調査がメインとなりました。そのため、ほとんどすべての調査に同席して視聴することが可能になりました。
私は可能な限りすべてのインタビューを視聴することをおすすめしています。
特にマーケターは、MRの頃に比べて現場の声を聞く時間が減っています。現場の貴重な意見を聞く機会にもなりますし、文字情報からは読み解きにくいニュアンスの部分も把握することができます。
インタビューを聞きながら、質問を追加することも可能です。最初のうちは調査票や提示資料の微修正も行っていきます。
そうすることによって、後に続くインタビュー調査の質も高くなっていくでしょう。
⑨まとめてほしい内容を相談する
調査も終盤に差し掛かると、調査会社から速報が届きます。速報とは、これまでに得られたインタビュー内容の簡単なサマリーです。この速報をベースに、最終報告書がまとめられます。
この最終報告書を良いものにするかどうかも、マーケターの腕の見せ所です。
得られたインサイトをどのように資料に落とし込んで欲しいのかを、口頭およびメールベースで調査会社に伝達することが重要です。
- 立てた仮説に対する調査結果はどうであったか?
- 調査会社から見て新たに得られたインサイトや提言があったかどうか?
このあたりを中心に、最終報告書をまとめてもらいます。
またフォントや写真の使用など、報告書として見やすい工夫を取り入れてもらうことも忘れないようにしてください。
日本の調査会社は、一言一句を正確に記載することは得意ですが、海外の調査会社と比べた時に、文字ばかりで読みにくいなど見せる資料としての質が低いことが多く見受けられます。
そのため、そういった点についても事前に打ち合わせしておくことをおすすめします。
⑩報告会をプロジェクトチームで実施し、Next Actionに合意する
最終報告書を受領した後は、報告会を実施します。
報告会は、結果の紹介を調査会社から行い、後半はチームでディスカッションの時間を持つようにします。
ここで大切なことはチームとしてNext Actionに合意することです。
「この領域のことが分かってよかった」「医師の困りごとが分かってよかった」では自己満足で終わるだけです。
必ず「So What(だから、何?)」を意識して、次のActionに繋げることを意識してください。
今回のケースでは、
- 今回の結果を次の定量調査の実施に役立てる。
- 戦略立案のベースとして今回の調査結果を活用する。
- 日本の現状をGlobal Teamに共有するための資料として活用する。
などといった調査結果の利用方法が考えられます。
このように、調査結果は必ずNext Actionに繋げることを意識しましょう。
以上、ここまで①~⑩の市場調査のステップについて解説してきました。この①~⑩を行うのに掛かる期間は通常3〜4ヶ月となります。
そのため、タイムマネジメントも重要な要素です。
- いつまでに結果が欲しいのか?
- そのためにはいつから調査を開始しなければいけないのか?
そのあたりを良く考えた上で調査をスタートする必要があります。
市場調査をいちから組み立ててみよう
数多くの調査を経験してきた製薬マーケティング担当の方であれば共感できる部分が1つか2つはあったのではないでしょうか。
今回は、実際にどうやって進めればいいのかわからない、実施したけれど思うような結果が得られなかったという悩みを持つ方、主にMRからマーケティングに異動してきたばかりの方を対象に記事を執筆しました。
本記事の内容が皆さまの日々の業務や生活のお役に立ったのであれば嬉しく思います。以下、運営しているブログの中では製薬企業で勤務する上で役に立つ情報やマインドセットについても発信しています。良かったらご覧ください。