2022年4月に診療報酬改定がなされます。診療報酬改定は、医療機関や医師も非常に興味を持っており、医師の行動変容にもつながります。よって、医師の処方や患者さんの受療行動等として、製薬業界にも影響するでしょう。製薬企業にとって診療報酬改定の内容の理解は、自社製品の将来を見据えたマーケティングプランの立案や医師のニーズの変化の予想に役立ちます。本記事では、診療報酬改定を医薬品マーケティングに活かすポイントを解説します。
2022年診療報酬改定に至るまでの経緯
まずは、2022年の診療報酬改定がどのような議論を経てまとまったのかを確認しておきましょう。
これまでの診療報酬改定は、2025年問題が全ての議論の背景にあります。2025年に団塊の世代が後期高齢者に到達し、高齢者人口が3,500万人に急増するとされています。この時期、日本の医療費がピークを迎えると見込まれているため、国はこの大きな人口動態の変化に対応した医療提供体制を構築しなければならないと考えているのです。
2022年診療報酬改定でも、その基本的な考え方は変わっていません。そのため、国内最多の病床である7対1一般病床の削減と地域包括ケアシステムへの移行など、従来から続いている施策は今後も継続します。
2022年診療報酬改定のポイントを整理
2022年の診療報酬改定は、これまでの取り組みであった2025年問題への対応を堅持しつつ、以下を加えた医療提供体制の構築である、といえるでしょう。
- 新型コロナウイルス感染症への対応
- 医師の働き方改革への対応
- 安心・安全で質の高い医療の実現
- 効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上
2022年の診療報酬改定のポイントを確認する際、覚えておくべき読み方があります。
診療報酬改定の個別改定項目等の資料に、「評価」と記載されている場合はその項目がプラス改定あるいは加算を新設するという意味です。「適正化」あるいは「見直す」という場合は、その項目がマイナス改定あるいは削除もしくは要件を厳しくしますという意味になります。
これらを踏まえつつ、製薬業界のマーケティングに関わるポイントを中心に、それぞれの項目を解説します。
I. 新型コロナウイルス感染症等にも対応できる効率的・効果的で質の高い医療提供体制の構築
今回の診療報酬改定では、新型コロナウイルス感染症に対応できる医療提供体制の構築に向けた取り組みについて外来、入院、在宅それぞれが評価されます。
新型コロナウイルスの蔓延に伴い、医療機関の出費が莫大になり、医療機関の経営が危機に瀕しました。そのため国は、医療機関に補助金を支給して医療現場を支えてきています。今回の診療報酬改定からは、新型コロナウイルスに感染した患者さんを診療する医療機関を点数で支えていくように舵を切りました。
そのほか、国が各医療機関に対してそれぞれの役割を全うしてもらうことを期待しています。そのため、2022年の診療報酬改定でも、医療機関の機能をしっかり評価していく従来からの方針に変わりはありません。
1. 医療機能や患者の状態に応じた入院医療の評価
感染対策向上加算の点数が大幅に引き上げられました。
前提として、厚生労働大臣が定める施設基準に適合している必要があります。新型コロナウイルス感染症治療薬やワクチンを担当しているプロマネやMRは、担当先がこの施設基準に適合しているか知っておいて損はないでしょう。施設基準に適合している施設には新型コロナウイルスに感染した患者さんが今後一層集まる可能性があるからです。連携状況も併せて確認しておきましょう。 サーベイランスの実施状況や加算にも関わります。
2. 外来医療の機能分化
従来からあった、 初診で紹介状なしに大病院を受診する患者さんに対しての定額負担を¥5,000から¥7,000に引き上げました。また、そのような患者さんに対して初診の場合200点、再診の場合は50点を保険給付範囲から控除 します。
国の財政に占める社会保障費が増大しているため、診療報酬の方針と異なる受療行動の患者さんには相応に負担してもらうという国のメッセージとも受け取れるでしょう。
3. かかりつけ医、かかりつけ歯科医、かかりつけ薬剤師の機能の評価
患者さんのかかりつけ医への受診を一層促します。今後、一般内科を標榜する開業医には、さまざまな患者さんの受診がさらに増えるかもしれません。
200床以上の地域医療支援病院や特定機能病院は、一般外来を縮小し、専門外来を確保する方向に動くかもしれません 。大病院の勤務医なら、従来以上の高度な専門性の高い情報を欲しがると考えられます。医師の情報収集のニーズを改めて確認してみましょう。
4. 在宅医療
地域包括ケア病棟(病床)との関連が一層強くなります。 2022年の診療報酬改定では地域包括ケア病棟の在宅復帰率等の要件を細やかに新設・厳格化します。クリアできない場合は入院料が減算されます。
在宅医では、外来在宅共同指導料が新設 されます。これは外来担当医と共同で患者さんの指導を実施した場合に算定できます。また、機能強化型の在宅療養支援病院(在支病)における要件として、緊急の往診実績を緊急の入院患者の受け入れ実績に替えることが認められます。これによって、在宅医療に参入する医師を増やし、在宅医によって一層在宅医療の質を高めてもらい、在宅医自身も在宅医療に従事しやすくなります。
この一連の国の動きは、今後も患者さんの居場所が大病院から地域包括ケア病棟へ、そして最終的にはご自宅に移行することを促進するものです。この時、主治医は病院の医師から在宅医に変わるため、製薬企業としては病院で処方された自社医薬品がそのまま在宅でも継続処方される仕組み作りが極めて重要になります。
そのためには日頃から地域の病診連携の状況をこまめにチェックすることが大切です。そして必要であれば、病院と連携してくれる開業医を増やしたり、病診連携促進のための企画を実施したり、といったエリアマネジメントも重要な施策になるでしょう。
II. 安心・安全で質の高い医療の実現のための医師等の働き方改革等の推進
製薬企業のプロマネやMRにとって、地域医療支援病院や特定機能病院の勤務医等の働き方改革等の推進は見逃せない影響が出ると考えられます。この取り組みによって
遅くても2024年までに、MRが医師と面会できる機会が不可逆的に減少し、プロマネの製品メッセージが医師に伝わらない可能性が高まります
。結果として、マーケティングプランの進捗の遅れにつながるでしょう。
おそらく院長は、勤務医の残業時間をできる限り減らそうと考えます。これは残業代が病院経営上無視できないコストだからです。
今後は、自社製品のプロモーションが勤務医の残業時間を増やすものではなく、医療機関側にとって有益で必要不可欠な情報を提供していると病院側に認識してもらうことが、ますます大切になるでしょう。
1. 医療機関内の労務管理と労働環境改善の取組推進
医師等の働き方改革に該当する病院に勤務する医師は、医師労働時間短縮計画作成ガイドラインに基づいて、自身の労働時間短縮計画を作成することが求められます。院長は医師の時間外労働時間が規定の時間を超えないように厳密に管理しなければなりません。勤務シフトでも始業時間から24時間以内に9時間の連続した休息をとるなどが明記されます。
このことによって、MRは今後医師と面会しにくくなるかもしれません。そうなると、MRは医師といつ、どのような内容で、どのようにして面会するのかを再考しなければならなくなるでしょう。 医師の勤務時間内でも医師に「このMRとの面会は自分にとって必要だ」と思ってもらえるMR活動やマーケティング企画が必須です。
2. 勤務医の負担軽減の取組
シフトの状況によっては、当直明けに適切に休みを取得することが義務付けられるなど、医師の病院内の滞在時間は短くなります。そのような環境下でMRは医師にどのようにして面会し、最新情報を提供するのか、製品メッセージをお届けするのかなどを考え直す必要がありそうです。
プロマネも、Web講演会を医師の勤務時間に関わらず、
医師が最も便利に視聴できるWeb講演会のアーカイブ化等の仕組みに切り替える方が望ましい
かもしれません。
3. タスクシェアリング/タスクシフティング
生活習慣病のような慢性疾患の診療ほど、タスクシェアリング/タスクシフティングがしやすく、医療従事者全体の時間外労働時間が短くなり、働きがいも創出され、病院の評判が高まり、医療従事者からの人気が高まる事例がたくさんあります。
例えば糖尿病診療における患者さんへの説明等を医師がやるのではなく、看護師や管理栄養士、薬剤師などがチームで関わることで患者さんを含めた全てのステークホルダーの満足度が向上するという調査結果
*1
もあります。
生活習慣病治療薬を販売している製薬企業は、その病気の診療に関わるスタッフ全体へのサポートが有効
でしょう。
III. 患者・国民にとって身近であって、安心・安全で質の高い医療の実現
患者さんにとって利便性の高い医療は常に望まれます。今回の改定では、オンライン診療が注目されます。また、患者さんへの支援もさらに充実した内容となっています。
1. オンライン診療
2022年の診療報酬改定で、情報通信機器を用いたいわゆるオンライン初診が認められます
。原則としてかかりつけ医が行うとされています。それ以外にも細かく改定されていて、オンライン診療が今後広がることが考えられます。これが普及すると、処方箋が従来以上に広域に広まるかもしれません。オンライン診療を手がける医師に全国から患者さんが集まるほど、その傾向は強まるでしょう。
もし仮に、全国の医師に影響を与えるKOLがオンライン診療を手掛けたとしたら、KOLの発言だけでなくKOLの処方箋も全国に広まることになります。このことは、製薬企業にとって医師のターゲティングやMRへの販売目標の設定に影響してくる可能性があると考えられるかもしれません。
2. がん診療
今回の診療報酬改定でも、がん患者さんへのさまざまな支援にますます力を入れています。
例えば、
医師と看護師が共同で患者さんと十分に話し合い、診療方針等に関する意思決定を支援し、文書等で提供した場合に、がん患者指導管理料が算定できるようになります
。もちろんその施設が患者さんの適切な意思決定支援に関する指針を定めていることが必要です。したがって今後は、医師だけでなく看護師への情報提供等の支援も製薬企業としてはますます重要になっていくでしょう。
また、
前項のオンライン診療に関して、がん診療でも新たに医学管理の評価対象となった医学管理もあります
。これらもオンラインによるがん診療の広がりにつながるかもしれません。
- 小児悪性腫瘍患者指導管理料
- がん性疼痛緩和指導管理料
- がん患者指導管理料
- 外来緩和ケア管理料
- がん治療連携計画策定料2
- 外来がん患者在宅連携指導料
- 療養・就労両立支援指導料 など
3. 精神疾患
今回の改定で、 精神疾患を有する患者さんの受け入れ態勢を十分に確保している急性期病院では、その態勢が評価される加算が新設されます 。精神疾患の患者さんの地域定着のため、精神科外来で多職種(看護師または精神保健福祉士)による面接や関係機関との連絡調整といった包括的支援マネジメントを実施した場合、加算されます。
同時に施設基準も見直されています。 在宅医療では、精神科在宅患者支援管理料が保健師や関係職員、精神科医による訪問や診療で算定される内容を明確にしました。 精神疾患の診療では薬物療法が非常に重要ですが、支援の体制を充実させることも重要なため、このような改定内容になったといえます。
4. 薬局業務
今回の改定でも、
従来からの地域におけるかかりつけ薬局が機能しているかが評価されます
。
例えば、在宅患者さんへの訪問薬剤管理指導を行なっている薬局は、在宅医の主治医だけでなく、在宅医と連携している他の保険医療機関の医師からの求めにも応じた場合、
在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料が算定可能
となりました。
在宅患者訪問薬剤管理指導料としては、在宅での医療用麻薬の持続注射療法や中心静脈栄養法用輸液等の薬剤の使用など、在宅での薬学的管理と指導を行うと評価されるように改定されました。
その他、 患者さんの退院時に薬剤師も退院時共同指導に参画し、情報共有と多職種と連携することを促進することが求められます 。国が薬剤師に対して、患者さんに一層寄り添うことを求めていると見ることができます。
IV. 効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上
ここでの注目箇所は、重症化予防とリフィル処方箋と考えられます。どちらも、自社製品と絡めながらMRが医療機関に情報提供することで、顧客満足度を高められるかもしれません。
1. 重症化予防の取組の推進
今回の改定では重症化予防の取り組みとして、以下の項目が取り上げられています。
- 透析中の運動指導
- 継続的な二次性骨折予防
- 生活習慣病
- 高度難聴
- 歯科口腔疾患
現在のかかりつけ医や急性期病院では、患者さんの現在の疾患をいかに重症化させないかが診療上の課題の一つです。患者さんの症状が重症に進展してしまうと、急性期病院への入院や再入院につながります。急性期病院に患者さんが集中しすぎると、スタッフの疲弊や提供される医療の質の低下にもつながりかねません。
製薬企業として、薬剤に関連する疾患の重症化予防の取り組みを推し進めることは、社会からも医療現場からも求められています。
2. 医師・病棟薬剤師と薬局薬剤師の共同
今回の改定で、リフィル処方箋が認められました。 リフィル処方箋は、医師が患者さんの病状等を踏まえ、医学的に適切と判断した場合発行が可能です。リフィル処方箋は3回まで反復利用が可能です。その期間も、主治医の判断によります。患者さんにとっての利便性の向上が期待されますが、そのためには患者さんにリフィル処方箋の使い方をきちんと理解してもらう必要があります。リフィル処方箋で2回目、3回目に調剤薬局に行ってお薬をもらう場合、1回目の調剤日を起点として1回目に処方された薬剤の日数を経過する日が次回調剤予定日となります。患者さんはこの日の前後7日以内に2回目、3回目のお薬をもらいに行かなければなりません。
このように、リフィル処方箋に関わる医師・病院薬剤師・薬局薬剤師がこの仕組みを正しく理解し、患者さんに説明できるようになっておく必要があります。 生活習慣病治療薬のように長期にわたって服用すべき薬剤のプロマネならば、リフィル処方箋の活用の浸透によって、患者さんの予期せぬ服用の中断等が生じないような対応策を講じる必要があるかもしれません。
診療報酬改定が製薬企業に及ぼす影響
製薬企業がこれまで見てきた診療報酬改定のポイントをマーケティングに活かし、結果を出していくためには、本社だけではなくエリアの営業所長やマネージャーらの協力が欠かせません。それは診療報酬に対する地域の医療機関の対応が個別にバラバラだからです。
従来の医薬品のマーケティングでは画一の製品メッセージを作り、全国に一気呵成に広めるプロモーションを行なってきました。しかし、現在は地域ごとに医療の課題や現状が異なっており、そこの医療機関が個別に地域での生き残りをかけた経営戦略を取っています。
医療機関は自らが生き残るために、診療報酬改定に敏感です。国の方針を踏まえつつ、地域の患者さんの特性を踏まえ、どの加算を取りに行くかを吟味し、地方厚生局に届け出ています。地域内の患者さんの受療行動も、かかりつけ医の浸透等に伴って変化してきました。急性期病院に入院した患者さんの居場所も病院から自宅に変化しており、主治医も勤務医から在宅医に引き継がれます。これらはすべて診療報酬改定によって生じた変化です。
これらの変化を見逃さず、自社医薬品が全国各地でどのように価値を発揮するかを考えることが製薬企業にとって非常に重要であるといえるでしょう。
診療報酬改定を医薬品マーケティングに活かすには
製薬企業のマーケティング担当としては、まず自社医薬品のマーケティング戦略の中に、診療報酬の中で自社医薬品に関連する部分を織り込む必要があります。そしてその戦略を、営業所長やマネージャーが地域の医療機関の実態にフィットするようにアレンジして落とし込むことをサポートできればベストです。当面は、現場から診療報酬改定の内容を踏まえた製品戦略について質問された場合、簡単に回答・解説できれば十分でしょう。
プロマネも診療報酬改定の内容を理解して、下記のようなポイントを説明できるようになっておけば、マーケティングプランをエリアに落とし込みやすくなります。
- 営業所長やMRに、ターゲット施設の機能から、その施設が目指す医療機関の姿を把握してもらう
- ターゲティングは、ターゲット施設に勤務する医師からエリアの在宅医にまで広げ、自社医薬品の処方が途切れない仕組みを作る
- 2.を踏まえ、患者さんの動きをフォローし、自社医薬品の処方が途切れていないかをチェックする
- その地域の医療をサポートすることを院長・医師・薬剤師等の医療従事者にコミットする。その上で、それぞれの職能を踏まえ、そこに自社医薬品の関連情報を織り込み、彼らが興味を持ってくれるコンテンツを作成、提供する
診療報酬改定を踏まえたマーケティングで、製品の価値を最適化・最大化する
2年に1度の診療報酬改定によって、医療現場のニーズや患者さんの受療行動も変化します。その変化にきめ細やかに対応できる製薬企業とその医薬品、MRは、地域の医療従事者から必要とされる存在になるでしょう。その後押しができるのはプロマネや営業企画、コマーシャルエクセレンス、マーケットアクセスなどです。
これらの部署の皆様に求められるのは、究極的には製品の価値を最適化・最大化することです。それを現場にアレンジするのは営業所長やMR等の現場の仕事ですが、現場から本社の各部署にサポートの依頼が増えることも考えられます。その際に皆様が対応できれば、営業所長やMRからも医療従事者からも頼りにされるでしょう。
診療報酬改定を踏まえた自社医薬品のマーケティングは、医療従事者と同じ目線で物を語ることができます。すなわち医療従事者の賛同が得られやすいということです。そのようなマーケティングは市場への浸透が早いです。このようなマーケティングを、ぜひプランニングしてみてください。
<参考>
※URL最終閲覧2022/03/14
・2022年診療報酬改定の基本方針, 厚生労働省.
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000864859.pdf
/
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000864860.pdf
・個別改定項目について, 中医協.
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000905284.pdf
・第118回社会保障審議会医療保険部会 資料2-1「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部の とりまとめ」について, 厚生労働省保険局, 2019/06/12.
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000517328.pdf
*1:医師4668人に聞いた「タスクシフトに賛成?反対?」「事務作業をタスクシフトしたい」医師が5割, 日経メディカル, 2019/09/26. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/1000research/201909/562257.html