HaaSが変える、製薬企業から医療関係者と患者への価値提供

HaaSが変える、製薬企業から医療関係者と患者への価値提供

ヘルスケアに関わるさまざまなステークホルダーから注目されるHaaS。自社開発だけでなく、HaaS提供企業との提携を検討する製薬企業も増えています。このことは、製薬企業の価値提供が高品質な治療薬の供給だけでなく、多様なデータを組み合わせた新たな付加価値を創出し、プレシジョンメディシンの世界に突入するという可能性を秘めています。本記事では、HaaSがもたらす医療現場の変化と、製薬企業の新たな役割について解説します。

患者さん・医療関係者の診療プロセスにおけるHaaSの役割

以下の記事では、HaaSのショーケースとして、国内外で提供されている各種HaaSを紹介しました。

ペイシェントジャーニーを精緻化する多様なHaaS。事例を一覧で解説

これらのHaaSは、患者さんや医療関係者の診療のプロセスに則ってマッピングすると、次のようになります。

HaaSマッピング

このマッピングを見ると、HaaSは、以下の5つに分類できることが分かります。

  1. 患者さんの受療前のサポート
  2. 患者さんおよび医療関係者の診療のサポート
  3. 患者さんおよび医療関係者の経過観察中のサポート
  4. 患者さんに提供した医療行為の評価のサポート
  5. その他のサポート

HaaSツールから、医師や製薬企業は患者さんの何を知ることができるのか?

HaaSは、患者さんや医療関係者を幅広くサポートできるサービス・ツールです。特に強みを発揮するのは、上記1、2、3にあたる「医療関係者が、従来見えていなかった患者さんの状況を見える化する」点でしょう。

これまでの医療では、患者さんが来院した際の検査結果に基づいて治療計画が立てられ、治療が行われていました。この医療行為のあり方は、今後も変わらないと考えられます。

一方、今後HaaSの活用が進み、医療に関わるさまざまなデータが容易に得られ、蓄積され、見える化できるようになると、医療関係者にとって「これまで外来や入院では見えなかった患者さんの自宅での様子やバイタルの変化などが見える」ようになります。

このことは医療関係者にとって、患者さんにより適切な治療を提供するために有益な情報をもたらします。その結果、医療関係者は一層適切に治療の意思決定ができるようになります。これは医療者や患者さんにとって、直接的に提供される新たな価値となるでしょう。

HaaSに取り組む製薬企業が、「医師」に提供できる価値

HaaSに取り組む製薬企業は医師に対して新たな価値を提供することができます。例えば、下記のようなことが考えられるでしょう。

1.患者さんのご自宅での様子の理解

患者さんの自宅での状況が分かります。1日の中での血圧の日内変動といったバイタルサインや服薬状況、食事の摂取時間など、患者さんのライフログデータが医療関係者の意思決定に有益なインサイトをもたらすことは間違いありません。

2.治療継続状況や生活習慣が治療に及ぼす影響の把握

例えば、運動療法が必要な患者さんの実際の運動量が分かるようになります。そのことによって、医師は患者さんに運動の動機付けをしたり、運動している患者さんを励ましたり、薬物療法の開始時期を見極めたりといった、患者さん個別に最適な関わり方ができるようになります。医師の患者指導の質や、提供する医療の質が向上し、患者さんの治療満足度も高まることが期待できます。
結果として、医療機関としては患者さん離れを防いで経営が安定化しやすくなります。患者さんも治療効果を最大化できるようになるでしょう。

3.医師と患者さんのコミュニケーションの強化

症状の変化を正確に表現することが苦手な患者さんや、服薬状況を正確に報告できない患者さんの実態を、HaaSを通じて客観的に把握することができます。 HaaSによって患者さんの生活の中から得られたデータを医師が確認できれば、医師は一層適切に医療を提供できるようになります。
患者さんが正しくない回答をするときには、患者さんが医師に言いにくいことが背景にあったりします。そのようなことも、HaaSから得られたデータがきっかけとなって、医師と患者さんがより話しやすくなる場面も考えられます。HaaSは、医師と患者さんのコミュニケーションを一層強化することにも役立つでしょう。

HaaSに取り組む製薬企業が、「患者さん」に提供できる価値

HaaSは患者さんに対しても新たな価値を提供します。前述の「HaaSに取り組む製薬企業が医師に提供できる価値」で詳細に示した内容の中には、患者さんに提供できる価値も含まれますので、ここではそれ以外の価値を取りまとめて紹介します。

1.従来のペイシェントジャーニーをさらに高精度なものにブラッシュアップできる

これまでのペイシェントジャーニーは、患者さんが受診してから診断〜検査〜治療〜経過観察などの転帰に至るまでのDiagnosis Journey、あるいはTreatment Journeyと言うべきジャーニーが多かったようです。 これは、ペイシェントジャーニー作成時に活用できる情報がレセプトデータや、患者さんへのヒアリングに依存していたためです。

レセプトデータからペイシェントジャーニーを作成しようとすると、レセプトデータに存在しているデータからしか作成できません。すると、データが存在しない受診前や、病院からかかりつけ医に転院・逆紹介されたことで電子カルテデータやレセプトデータが断絶される状況になると、患者さんのデータを追跡できなくなるため、精度が高いペイシェントジャーニーを作成することが難しくなります。

一方、患者さんへのヒアリングでジャーニーを作成しようとすると、患者さんが受診前にどのようなことを考えたかや、どこから情報を得たかなどを聞きとることができますが、予算の都合上限られたサンプル数でペイシェントジャーニーを作成するケースが多いようです。そのようなとき、プロダクトマネージャーには「このサンプル数のペイシェントジャーニーで、自社製品の処方対象となる患者さんを網羅できているのだろうか?」などの不安が生じるとうかがいます。

このような状況を解消するには、HaaSによって患者さんの受療前の行動を数多く収集することがおすすめです。ヒアリングによる患者さんの意見のバイアスを排除しやすくなるというメリットもあります。

2.患者指導の質の向上に資する新たな情報提供、その資料の提供

患者さんについて精緻に理解したぺイシェントジャーニーを活用し、患者さんの服薬時のバリアが見つかれば、それを解消するための具体的な支援が可能になるでしょう。製薬企業は、服薬の重要性を再認識させるための患者指導せんや患者指導アプリなどを、患者さんの利便性を考慮した方法で提供することで、服薬アドヒアランスが向上し、治療効果の最大化が期待できます。このような患者さん向けの情報提供は、結果として自社製品の服用期間の延長、売上アップにもつながります。

一方患者さんは、例えば治療アプリを通して服薬のタイミングを知らせるアラートや治療に関する情報が届くことで、自身の治療の理解が深まることでしょう。さらに、治療アプリを通じた適切な服薬管理により、治療計画に沿った回復が期待できます。これは患者さんの早期の社会復帰を可能にし、収入の損失を最小限に抑えることにもつながります。同時に、ご家族の負担も軽減されます。 治療アプリによるこのような患者さんにとって望ましい支援は、患者さんに素晴らしい体験として記憶に残ることでしょう。これこそが、体験価値そのものです。

治療と患者さんを繋ぐ治療アプリから、さまざまな患者さんのライフログデータなども得られている企業が、他社の一歩先をいくマーケティングやプロモーションを展開しやすいことは、言うまでもありません。 

HaaSによる製薬業界マーケティングの進化と今後の課題

現状では、HaaSは、患者さんに提供される医療の質を向上するためのさまざまな支援や生活支援が主たる提供価値ですが、HaaSの導入により、製薬企業のマーケティングも進化します。新たなデータの活用の機会、例えばセグメンテーションの際に新たな属性を提供してくれたり、データ分析時に新たなデータの切り口などが検討できるようになることが考えられます。

新たなセグメンテーションの軸として、患者さんの生活の状況別や患者さんの居住地別(地域別)、職種別、年齢別あるいは年代別、自宅でのバイタルの数値別、服薬のボトルネック別、HaaSのアプリの利用状況別など、従来の売上データやレセプトデータだけでは得られなかったセグメンテーションが検討できるようになるでしょう。

このように、HaaSにはさまざまな可能性があります。すでに着手している製薬企業の方に話をうかがうとHaaSへの期待ややりがい、社会課題の解決といった期待も多々聞こえてきます。

一方で、HaaSの課題も実感しておられるようです。具体的には、HaaSだけで利益を出すことが難しい点です。現時点では、製薬企業の経営陣から見れば、HaaSは投資の域を出ておらず、製薬企業の売り上げに直接つながっているという話はほぼ聞こえてきません。また、データ不足(=データの患者数不足)が懸念点となって、HaaSをまだ利用していない製薬企業も頻繁に耳にします。この点も、製薬企業がHaaSへの投資を検討する際、経営陣が躊躇してしまう理由の一つと考えられます。

しかし、今後はHaaS内の患者数が増え、データが充実していくことが容易に予想されるため、HaaSを活用する製薬企業は将来増えていくことでしょう。

今後一層の発展が期待されるHaaSと製薬ビジネス

現在HaaSに取り組んでいる、先進的な製薬企業には、これまで収集が難しかったさまざまなデータが蓄積され始めています。「それらのデータの活用は、今後の検討課題だ」という声も聞きました。その上で、「現在のHaaSの取り組みは、将来のビジネスの基礎を作っている状況だ」との認識もうかがいました。この製薬企業は、大手であるがゆえにHaaSに取り組めているのかもしれません。ただし、この製薬企業が独自にHaaSに取り組んでいるわけではなく、HaaSの技術を持つさまざまな企業らと連携してエコシステムを構築して、HaaSを展開しています。

今後はこのように、他社との連携でエコシステムを作り上げ、これまで得られなかった新しいデータを集め、新たなマーケティングを展開する製薬企業が増えてくるかもしれません。
今後のHaaSにも、ぜひご注目ください。