SMBC日興証券(株)株式調査部 徳本進之介アナリストに、「アナリスト視点で見る、製薬業界デジタルマーケティングの将来像」を語っていただく後編。スペシャリティ分野の医薬品やリアルワールドデータ(RWD)活用、疾患啓発などのテーマについて触れていただきます。ヘルステック企業と製薬企業の連携が生み出す未来についてもお聞きしました。
今後、医療用医薬品で主役となるスペシャリティ医薬品
―スペシャリティ医薬品の領域でのデジタルマーケティングの将来はいかがでしょうか?
<SMBC日興証券(株) 徳本進之介氏> スペシャリティ医薬品の市場規模は、ケアネットが2021年12月期第3四半期進捗報告の中で、2020年から2030年までの10年間で2兆円拡大を予想する集計結果を公表しています。 これまで主流であるプライマリからスペシャリティへ、大きく医療用医薬品の市場が変化すると分析されています。 仮に10年間で2兆円、スペシャリティ医薬品市場が拡がった場合、スペシャリティに対応するデジタルマーケティング市場が900億円程度となる可能性があると弊社では試算しました。
この900億円も、前回の記事と同様に、ヘルステック企業のサービス拡大によって、上振れも下振れもする可能性があります。既にエムスリーでは、製薬・医療機器メーカー向け営業マーケティング支援サービスである「メディカルマーケター(MM)」「メディカルマーケタープラットフォーム(MMP)」の導入薬剤数が累計100薬剤を突破したと21年7月に公表しており、この中の29%がオーファンを含むスペシャリティです。ケアネットは、中期経営計画の中で、医療用医薬品の市場変化に対応してスペシャリティ医薬品のデジタルマーケティング強化を打ち出しました。これら ヘルステック企業の動きを製薬企業側でも積極的に活用して、医療用医薬品市場の変化に対応したデジタルマーケティングを模索していくことが必要 になります。
医療用医薬品の主役交代で、利活用拡大が見込まれるリアルワールドデータ
―製薬企業のリアルワールドデータ(RWD)の活用は拡大していくのでしょうか ?
RWD利活用の市場規模は、将来1,000億円規模になると考えています。現状、JMDCを筆頭にした医療データ利活用市場のヘルステック企業の直近1年分の各社の売上状況を見ていると、年間130~140億円ぐらいが、現状の日本のマーケット規模だと推計できます。立ち上がったばかりの市場で、年に20~25%以上は市場が成長するポテンシャルがあり、株式市場からの期待値はかなり高く、注目を集めている領域です。 スペシャリティ医薬品やオーファンドラッグ(希少性医薬品)が、今後医療用医薬品の主役を占めることを考えると、RWDの利活用は、製薬企業のデジタルマーケティングの重要な課題になってくる のは間違いありません。
疾患啓発(DTC)は、歩留まりを高めるペイシェントジャーニーのサポートが課題
―疾患啓発(DTC)での課題をお聞かせください
デジタルオーファンドラッグ(希少性医薬品)は、2026年世界市場の約20%を占めると予想されており、スペシャリティ医薬品と同様に、これからの製薬企業の成長を支える重要な開発テーマになるのは間違いありません。 こうした追い風もあって、疾患啓発(DTC)市場は、希少疾患のペイシェントジャーニーをサポートする観点から拡大していくでしょう。しかしながら、製薬企業のマーケティングの中でメインストリームとなるまでは時間がかかる とみています。
疾患啓発(DTC)は、患者がサイトを検索するところからスタートします。患者がサイトを見つけるというハードルがあり、そして、サイトの内容を読んで理解してもらうというハードルがあり、読んで理解できた場合は、実際に診療する病院への接続もしなくてはならない。こうして、サイト上で病院までの接続をナビゲーションできたとしても、患者が病院に行くかどうか、実際のアクションを起こすという最後のハードルもあります。潜在患者に対して、サイト検索から病院の診療から処方にまで辿り着くCVは高くないでしょう。
この歩留まりを高めるペイシェントジャーニーをサポートする施策もまだ開発途上であることから、疾患啓発(DTC)市場は、成長するまで時間が必要になると思われます。
製薬企業に必要なのは、激変するヘルステック業界で最適なパートナーを探すこと
―製薬業界各社と連携するヘルステック業界は今後どのようになりますか?
2010年半ばぐらいから、ヘルステック業界では、ベンチャー企業の起業がかなり加速しました。各社で多様なサービスが出てくる一方で、乱立状態になっているのが業界の課題になってきています。今後は、この乱立状態から三つのグループへの再編が進むとみています。
1つ目は、製薬企業とのインターフェースを持っているエムスリーやJMDCです。 今後は、製薬企業とのさらなる事業展開を模索しつつ、医療機関、患者体験のデジタル化支援などに参入していく動きを加速させていくとみています。
2つ目のグループは、Withコロナの中で立ち上がってきた市場、患者とのインターフェースを持っているメドレーやMICIN、インテグリティ・ヘルスケアです。 このグループは、オンライン診療などで収益を得るビジネスモデルを模索していますが、メドレーのオンライン電子カルテ参入など、医療機関の中に入り込む事業にも注力しています。また、KDDIとMICIN、メドレーとNTTドコモなど、通信キャリアとの連携を経て事業成長を加速させる動きも出てきました。
そして、医療機関に販売機能を持っている医薬品卸などと連携するベンチャー企業群です。 このグループでは最近、スズケンが受け皿になるケースが目立ちます。エンブレースの買収、サスメド、fronteoとの事業提携などヘルステック業界での新たな動きとなる機運が見られます。
また、こうした国内のヘルステック企業の再編と同時に、海外勢もこのマーケットに参入してきています。医療データ系では、Googleがメイヨー・クリニックと連携し、医療分野への進出を加速していますし、シーメンスヘルスケアは、AIメディカルサービス、エルピクセル、Splinkの3社と提携し、医療DXの更なる加速を模索しています。
こうしたグループや海外勢を核とした合従連衡によって複数の極が生じ、多極化して市場を広げていく、そんなヘルステック業界の未来像を想像しています。 こうした業界の動きを着実にとらえ、最適なパートナーを探すためにも、製薬業界各社がMedinewのような情報提供サイトを定期的にウォッチする重要性は高まってきた といえます。
ヘルステック企業と製薬企業の連携が生み出す未来
―製薬業界各社がデジタルマーケティングで成功するための課題をお聞かせください
デジタル化の流れが加速する中で、製薬企業各社は選択と集中がこれまで以上に重要になると思います。 デジタルマーケティングの究極的なボトルネックは、前回の冒頭でお話した製薬企業のアンケート結果にもあるように、デジタルに精通した人です。 これをどのように解消するか、そのための選択と集中が重要になります。
ヘルステック企業は、さまざまな会社から受注を受け、ソリューションを提供する経験を重ねる中で、そうした現場に精通している人たちが蓄積されてきました。現状では、Web講演会やmy MR君など単体の事業が中心ですが、 やがて上流工程のコンサルティングなども製薬会社と並走してサービスを提供できる実力がついてきて、製薬会社はPDCAのPとCの一部も、彼らにアウトソースすることが可能になります 。このようにして、ボトルネックの人を融通しながら成長する。これが、製薬業界各社がデジタルマーケティングで成功し、製薬企業とヘルステック企業がWIN-WINの関係になる一手だと考えています。