医療用医薬品の枠を超える -アステラス製薬のデジタルヘルス事業「Rx+®」の提供価値とビジネスメリット-/ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ2024

医療用医薬品の枠を超える -アステラス製薬のデジタルヘルス事業「Rx+®」の提供価値とビジネスメリット-/ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ2024

製薬企業がデジタルヘルス事業に参入する動きが活発化する中、アステラス製薬は医療用医薬品(Rx)事業で培った強みに最先端技術を融合した「Rx+®事業」に取り組んでいます。本記事では、2024年4月下旬に開催されたファーマIT&デジタルヘルス エキスポ2024における同社Rx+事業創成部 アソシエイト 劉 ウェンヅィ氏の講演「アステラス製薬が取り組むデジタルヘルス事業とそのビジネスメリット」の内容を紹介します。

変化する医療環境とRx+®事業への挑戦

製薬企業を取り巻く環境が大きく変化する中、アステラス製薬は2018年にRx+事業創成部を立ち上げました。

Rx+®(アールエックスプラス)事業では、医療用医薬品(Rx)事業で培った強みをベースに、医療技術や異分野の先端技術を融合した製品・サービスを開発しています。医療用医薬品の枠を超えたヘルスケアソリューションを提供することで、従来の医療用医薬品では届かなかった形で人々の健康に寄与することを目指しています。また、自社製品に付随するものではなく、単独で収益を生む事業性を持つものと位置づけられています。

Rx+®事業の目指す世界:医療用医薬品の枠を超えたヘルスケアソリューションとして3つの取り組みを実施

同事業部では、ベンチャーキャピタルへの投資やオープンイノベーションを通じて、全世界の最先端の課題や技術にアクセスしてきました。

「科学的根拠に基づくヘルスケアソリューションによって、心身ともに健康に、自分らしく生きることができる社会」の実現を目指し、トップマネジメントの全面的なサポートのもと社内のリソースを活用しながら新規事業を推進しています。

2018年に発足後6年目までの本事業部の歩みについて、①自社技術と新たな医療技術の融合、②デジタルヘルス・デジタルセラピューティクス(DTx)、③ヘルシフィケーション(Healthification)と大きく3つの側面から紹介がありました。

①薬で手術のサポートを。製薬技術と医療機器技術の融合で外科的治療の課題解消に取り組む

外科的治療のアウトカムは、疾患の複雑さや患者の状態、担当医の経験・スキルにより影響を受けることがあり、課題とされています。そこで、正確で効果的な手術を実現するために、同定が困難な臓器や組織をイメージング技術により可視化する「光イメージガイド手術」のアプローチが注目されています。

この光を発する化合物と光を検出する医療機器を用いるコンビネーション技術を実現するためには、医療機器技術に加え光を発するための蛍光造影剤の開発が重要となりますが、そこに製薬技術として培ってきた知見が強みとして生かされます。

外科的治療のアウトカムが良好でなければ、場合によっては再手術や合併症、長時間にわたり難易度の高い手術が必要になるなど、医師や患者の負担、医療システムの負担につながる恐れがあります。
今回のアプローチによって術中に対象領域を瞬時に把握することができれば、安全で正確な手術を目指すことが期待できます。

「薬で手術をすることはできませんが、薬で手術のサポートを行い、外科的治療のアウトカム改善に寄与することを目指しています」と劉氏は現状を語ります。

②糖尿病治療アプリで診療以外での治療をサポート

次にDTx※1への取り組みについて紹介がありました。
※1疾患、障害、状態、怪我の治療や緩和を目的に医療的に介入し、治療効果をもたらす医療ソフトウェア
米国FDA承認済みの糖尿病を対象とした治療用アプリについて、2019年11月にWELLDOC社と戦略的提携を行い、国内リリースに向け準備が進められています。

医療従事者の介入が難しい診療以外の場において、アプリがパーソナライズされたコーチングを行うなど医学的な介入を行うことで、治療アウトカムの向上に寄与することを目指します。

このアプリは現在臨床試験中で国内未承認(2024年4月時点)ですが、日本向けでは患者用・医師用アプリとしてそれぞれ以下の機能のリリースを予定しているとのことです。

【患者用】

  • 糖尿病の病態改善を目的として、個別化されたメッセージを患者にリアルタイムあるいは定期的に発出
  • 糖尿病教育のための独自の教育コンテンツを提供


【医師用】

  • 患者が入力した情報を提供
  • 医師に推奨される治療や検査などを提示


患者や医師それぞれに最適化した情報を提供することで、病状の改善や治療の質が向上することが期待できます。

③ムーミンの世界観を通して歩行習慣の改善や効果的な行動変容を促す

最後にHeathificationの取り組みとして、ゲームアプリ「ムーミンムーブ」について紹介がありました。

このアプリでは、GPSを利用して実際に歩くことで疑似的にムーミンの世界を歩くことができたり、アイテムを入手したりできます。

「ゲーミフィケーション(Gamification)※2の要素が取り入れられていますが、ゲームの楽しさを提供することで効果的な行動変容を促し、結果的に健康な状態へ導くという願いを込めHealthificationと呼んでいます」と劉氏。
※2 ゲームを本来の目的としないサービスなどにゲーム要素を応用することで、利用者の意欲の向上を図ること

ゲームから得られるデータの研究活用にも取り組んでおり、2022年には「ムーミンムーブ」を通じた歩行習慣や行動に関するデータを取得・解析することについて北海道、青森県、沖縄県と提携しました※3
※3 現在App Store、Google Playにてダウンロード可能

「研究から得られた学びから、ゲームアプリのみならず、自主的に人々が健康的な行動を取るようになる方法を模索しており、将来的に複数のサービスが提供できるように検討しています。」と劉氏は今後の展望についても明らかにしました。

以上、Rx+®事業の3つの取り組みについて紹介しましたが、本事業の強みはパートナーとのコラボレーションにあります。

今までアステラス製薬では医療用医薬品について強い知見を持ち合わせていましたが、本事業では異分野の知見や技術が必要となります。そのためパートナリングによってコラボレーションの価値を最大化することに努めているといいます。

医療用医薬品の枠を超えることで得られるビジネスメリットと提供できる価値

劉氏は、RX+®事業に挑戦することによる同社のビジネスメリットについて、大きく以下の3点を挙げました。

  1. 従来の製薬会社の垣根を越えて、ヘルスケアソリューションを提供する会社へと成長できる
  2. 医療の最先端に立ち、より幅広い患者価値を提供できる
  3. よりペイシェントジャーニーに寄り添った形で価値提供できる


医療用医薬品ではカバーできなかった領域でも、テクノロジーや知見を掛け合わせることで、革新的なソリューションを生み出せると考えているといいます。

例えば、従来では手術が必要であった病気に対して治療薬が開発され、服薬のみでの治療が可能になれば、患者さんの身体的負担だけではなく精神面でも大きな改善となるため、患者さんにとってのアウトカムは大きくなります。

このような医療用医薬品の考え方同様に、Rx+®事業では、服薬では届かない領域を探求することで、ペイシェントジャーニー全体において価値を生み出すことを目指しています。

劉氏は「医療用医薬品の枠から出ることで、日々進歩しているテクノロジーと、我々の持つサイエンスが掛け合わさり、これまでにない革新的なソリューションを患者に提供できる。それが我々の持続可能なビジネスにつながると信じている」と話し講演を締めくくりました。