客観的な医師ターゲティング実現へのユーシービージャパンのデータ活用事例とその成果とは/ファーマIT&デジタルヘルス カンファレンス 2023レポート
2023年10月18日に開催された「ファーマIT&デジタルヘルス カンファレンス 2023」。スペシャリティ領域における客観的な医師データを活用したターゲティング精度向上への取り組みについて、ユーシービージャパンの小川雅宏氏、久米滋生氏に2つの事例を共有いただきました。医薬情報ネット 芳賀瑞枝が紹介した製薬業界のデータ活用の現状と課題に関する調査結果もふまえ、講演内容をまとめます。
- 医師ターゲティングにおけるデータ活用は進む一方、客観性や選定基準に課題(芳賀)
- 事例1:複数データの活用で実現するターゲットの可視化(小川氏)
- ターゲット医師を「市場性」「処方決定権」「他者への影響力」の3つの観点で評価
- ターゲット施設および医師数は減少したものの、市場カバレージは増加
- 事例2:事業部のニーズに基づいた医師別患者数予測モデルの構築(久米氏)
- 限られた利用可能なデータから医師別患者数予測モデルを構築し、ターゲティング精度の向上を目指す
- ニーズを踏まえたアウトプットの粒度調整と、事業部側との事前のすり合わせがポイント
- 2つの事例から言える、ターゲティングプロジェクトで留意すべき6つのポイント
- 医師ターゲティングの精度を高める学会および論文情報データベース
一方で、2021年に医薬情報ネットが実施したセミナー申込者アンケート結果によると、製薬企業は医師ターゲティングの課題として
- 客観的な情報に基づいたターゲティングができていない(53.3%)
- 医師ターゲティングの手法が属人的である(50.3%)
- 医師ターゲティングの手法がチームによってバラバラで、会社として統一されていない(46.2%)
を挙げており、データ活用は進んでいるが、うまくいっていないケースが半数以上あることも示されました。
これまで医薬情報ネットには、各製薬企業のマーケティング担当者やメディカル担当者から、
- 客観的データを集められない
- 論文情報のみでリストアップすると医師が限られる
- 従来通りのMRから上がってくる情報だけでは偏りや限界がある
といった声が寄せられてきました。今回は、ユーシービージャパンでビジネスパフォーマンス評価、リサーチやデータ分析によるインサイト提供、営業生産性向上のための戦略検討などを通じて横断的に各ビジネスユニットをサポートするInsight Generation部の小川氏と久米氏から、打開策となりうる事例を2つ紹介いただきました。
事例1:複数データの活用で実現するターゲットの可視化(小川氏)
医師ターゲティングを行うにあたり、まず事業部側とターゲット医師のコンセプトを定義した上で、実際の医師を特定するために必要な情報を選定していったと小川氏は話します。
ターゲット医師を「市場性」「処方決定権」「他者への影響力」の3つの観点で評価
今のビジネス環境を考えたときに、どういう医師がターゲットとしてふさわしいかを「市場性」「処方決定権」「他者への影響力」の3つの観点から可視化していきました。
「市場性」については、その医師の受け持つ患者数の規模などを複数データの組み合わせで算出しています。市場データから施設別患者数を特定しつつ、MRが入力する医師別患者数で医師単位に落とし込み、MRからの情報で賄えない部分はモデル予測で算出する、といった方法です。
「処方決定権」はMRからの情報、「他者への影響力」は医薬情報ネットの学会・論文情報データベースを活用しました。これらをベースにターゲット施設と医師リストを作成し、数名のMR経験者にフィードバックを受け、実行フェーズに移行しました。
ターゲット施設および医師数は減少したものの、市場カバレージは増加
今回の取り組みにより、従来「薄く広く」行っていたディテーリングを、重要な医師に「濃く狭く」フォーカスしました。結果、ターゲット施設および医師数は減少しましたが、市場カバレージは11%向上しました。
小川氏は「『予測モデルだけ』『特定のデータだけ』ですべての予測や可視化を行うことは難しいため、複数の情報を組み合わせながら『知りたい情報は何か、それをどの情報で埋めていくのか』を考えてプランニングすることが大切である」と強調しました。他にも本取り組みから得られたポイントとして
- データサイエンティストの予測結果は、1回でビジネス的に解釈が可能な内容にはならない。トライアンドエラーが大切
- 分析担当のみでのアウトプットでは納得感が足りない。フィールド経験者の意見が必要
- 従来とロジックを大きく変える場合は特に、現場に本社推奨ロジックを明確に説明することで理解と納得を醸成する
- 本社推奨ターゲット医師を現場が選定しないことも認め、選定しない場合はその理由をフィードバックしてもらうことで将来の改善につなげる
などを挙げました。
事例2:事業部のニーズに基づいた医師別患者数予測モデルの構築(久米氏)
続いて久米氏が、事例1で市場性の評価指標の一つとして紹介された医師別患者数予測モデルを、事業部のニーズに基づいてアウトプットの粒度を調整しながら構築した事例について紹介しました。
限られた利用可能なデータから医師別患者数予測モデルを構築し、ターゲティング精度の向上を目指す
この取り組みは以下の課題から出発していると久米氏は話します。
- 患者数が限られているスペシャリティ領域において、これまで営業担当者の主観でターゲット医師が選定されていた
- 利用可能な情報の中でできる限り客観的なデータに基づいて、ターゲティング精度を最大化したい
そこで、利用可能な情報を明確にした上でMRに提供できる情報精度はどの程度かを見積もり、提供可能なアウトプットやその活用方法を事業部側へ提案・合意した上で分析を実施しました。アウトプットは医師別患者数の予測モデルであり、特定の疾患の患者を抱えていそうな医師を予測するものです。
ニーズを踏まえたアウトプットの粒度調整と、事業部側との事前のすり合わせがポイント
まずは医師レベルでの患者数サーベイを実施し、教師データ(AIが機械学習に利用するデータ)としました。次に、その医師の論文データと施設・医師の属性情報を組み合わせることで、教師データの数値が再現可能かどうかを少数のサンプルでモデル構築し、それを全施設医師に展開する手法を取りました。
事業部から「対象患者を診ている医師は調査対象から漏らしたくない」というニーズがあったため、全体の予測精度よりも、「患者なし」予測の正解率を優先することで、対象患者を診ている医師を網羅するモデルとしました。そのため、リストの中に対象患者を診ていない医師が多少含まれていることは許容したと久米氏は説明します。
その後、現場MRへの調査を行ったところ「AIによる予測は40%以上有用であった」が96%、「次回もターゲット予測リストが欲しい」との声も98%であり、高評価を得る結果となりました。
久米氏はこの取り組みで工夫した点として、以下を挙げました。
- 利用可能なデータの少なさ、内容、そして推定医師数から、事前にどの程度の予測精度のモデルが期待できるかを事業部側と議論し、アウトプットの粒度感を調整した
- 患者数を数値で示すことで実際の数と乖離しないように、一定範囲で予測するモデルにし、予測精度を安定させた
- まずは一つの疾患でモデル構築後に検証とフィードバックを行い、他の疾患へ拡大する手法をとった
2つの事例から言える、ターゲティングプロジェクトで留意すべき6つのポイント
紹介された2事例を合わせて考察された、分析プロジェクトを実施する上で留意すべきポイントとして以下が総括として示されました。
- 活用できるデータが限定的な場合、複数のデータソースを組み合わせて利用することを検討する
- MRへのデータ収集協力依頼は、「データの利用目的」「収集範囲」「収集データの明確な定義」を明示して仰ぐ
- 製薬業界経験のあるデータサイエンティストは少ないので、ビジネスとの間をつなぐ人材が重要
- AIのみに頼らず、人との協業により適切で精度の高いアウトプットを得る
- 提供できる分析精度をあらかじめイメージした上で、事前に想定アウトプット精度を依頼者とすり合わせ、期待値をコントロールする
- 製薬業界は多様なデータが出てくるので、常にアンテナを張り精度向上に努める
医師ターゲティングの精度を高める学会および論文情報データベース
最後に医薬情報ネットの芳賀より、学会情報データベースと論文情報データベースの紹介がされました。国内医師に特化し、国内・国際学会および海外論文を基にしたデータベースを構築し、公開から迅速に提供しています。目的に応じてデータセット化に対応しており、フラグ立てや若手医師の発掘も活用可能です。医師ターゲティングにかかる時間を短縮する仕組みとして医師分析システム「Doctorna(ドクターナ)」も提供しています。
多くの製薬企業で課題となっている医師ターゲティングにおける客観性。ユーシービージャパンの事例から、複数のデータソースの組み合わせの重要性が示されました。客観的なデータとなる学会および論文情報データベースは、医師ターゲティングの精度を向上するための解決策の一つと言えるでしょう。
<出典>※URL最終閲覧日2023.11.02
1)Medinew, 2022年10月, 「製薬企業デジタル&データ活用 実態調査2022レポート」 (https://www.medinew.jp/downloads/research/digital-data-report-data2022)