経済産業省の進めるヘルスケア政策の現状と今後の展望とは?/メディカルDX・ヘルステックフォーラム2023
2023年7月29日、医療・ヘルスケア分野でのDX(デジタルトランスフォーメーション)活用事例や課題、ソリューションなどを産官学で共有する「メディカル DX・ヘルステックフォーラム2023」がオンラインにて開催されました。
基調講演にて、経済産業省の橋本泰輔氏より、我が国のヘルスケア政策の現状と今後の方向性について、経済産業省が進めている政策のお話しがありました。
経済・社会の現状の課題と3つの目標
2023年現在から2050年にかけて、生産年齢人口の劇的な減少が予想され、経済や社会へ大きな負荷がかかるとされています。また、社会保障費の圧倒的増加も見込まれ、現役世代への負担増大を解消するためには、かなりの手当を要します。
これらの課題に直面する我が国の今後の目標は、「新しい健康社会の実現」です。国民の健康増進と持続可能な社会保障制度構築への貢献、経済成長の3つを同時実現するために3つの具体的な数値目標が掲げられています。
- 国民の健康寿命の延伸 2016年の72歳から3歳増やし、2040年にかけて75歳へ延伸します。
- 公的保険外のヘルスケア・介護に係る国内市場の増大 2020年の24兆円から50兆円増やし、2050年にかけて77兆円へ増大します。
- 世界の医療機器市場における日本企業のシェア増大 2020年の3兆円から10兆円増やし、2050年にかけて13兆円へ増大します。
目標達成のために経済産業省が推進する6つの政策
ヘルスケア政策における経済産業省の役割は、主に「一次予防(予防・健康づくり)」フェーズにおいて、予防・健康づくりへの投資促進やデータ活用、適切なヘルスケアサービスの創出を行っていくことであり、厚生労働省と連携しながら進められています。
具体的な政策として以下の6つが掲げられており、それぞれの概要について紹介がありました。
需要面の政策:
- 健康経営の推進 供給面の政策:
- PHR(Personal Health Record)を活用した新たなサービスの創出
- へルスケアサービスの信頼性確保、
- ビジネスケアラーへの対応
- ヘルスケアベンチャー支援
- 医療・介護・ヘルスケアの国際展開
政策①:健康経営の推進
「従業員の健康維持増進への取り組みが、将来的に企業の収益性を高める投資である」という考え方に基づく経営を推進します。具体的な施策として、日本健康会議による健康経営優良法人の認定や、経済産業省と東京証券取引所で決定する健康経営銘柄などの顕彰制度が行なわれています。
これらの効果として、資本市場では健康経営の取組状況を投資家向けに発信する企業が増え(令和4年度調査において上場企業のうち約7割)、投資家側も投資先企業の健康経営を評価する動きが加速しています。労働市場では求職者が企業の健康経営への取組状況を重視するようになり、採用活動において健康経営優良法人ロゴマークを活用する企業が増加しました。
今後は、健康経営を可視化(効果分析と適切な指標の検討)し質の向上を目指すほか、国際展開を含めた新たなマーケットの創出や、顕彰制度運営事務局の民営化を目指しています。
政策②:PHRを活用した新たなサービスの創出
近年のテクノロジーの発展を踏まえ、公的インフラとして制度整備が進められています。
PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)には、
- 健診やレセプトなどの公的機関情報
- 電子カルテなどの医療機関情報
- 個別に得られるライフログデータ
があります。
これら3つを、医療機関の受診時(診断の質の向上や個別化医療の提供)や研究への利活用だけでなく、日常における個人活用を民間事業者と連携して進めることにより、健康状態の把握や最適な行動変容の提示により、個々の健康増進へつなげていきます。
日常におけるPHRを活用した生活や新たなサービスのイメージには以下のようなものがあります。
- スーパーでの買い物の際に、生活データや嗜好データからおすすめのレシピがレコメンドされる
- レストランでのメニュー選択の際に、取り入れたい食事が提案される
- フィットネスに通う際、その時々の健康状態などから、随時最適な運動が提案される
これらを実現するためには、
- データの標準化
- 質の高いサービスを担保するためのルール作り(個人情報の取り扱い、レコメンド、広告表示など)
などが必要になります。課題解決に向けて民間主体で進めるために、令和5年7月に「PHRサービス協会」が設立され、119社が参加しています(2023年7月10日時点)。
すでに、以下のような実証事業が進んでいます。
- 医療機関におけるPHR利活用の促進:医療機関にPHRシステムを提供している事業者が中心となり、生活習慣病関連に必要なPHRデータを対象に、データの標準化および医療者向けPHRシステムのプロトタイプを構築し、医師への提供価値を検証
- 日常生活におけるPHRサービス利活用の促進:生活関連産業を中心とした業種横断の複数企業が連携してPHRを活用することで、デジタル・リアルを融合させた新たな価値体験の提供
また、2025年の大阪・関西万博の機会を利用し、万博来場者にPHRを利活用した新たなサービスを体感してもらうことで、PHRサービスの普及・発展につなげるための企画も進行中です。
政策③:ヘルスケアサービスの信頼性確保
医薬品ではない、ヘルスケア分野における信頼性の課題が顕在化しています。たとえば以下のようなものです。
- 遠隔健康医療相談における不適切な指導
- エステ機器における健康被害
- エステサービス、サプリメント、食品における景品表示法に基づく措置命令のケース
課題としては、以下の2つが挙げられます。
- ヘルスケア分野におけるエビデンス構築が不足していること
- オーソライズする仕組みや制度が不足していること
これらの課題から、ヘルスケアサービスの社会実装において、有象無象のものが出てきやすい現状になっています。
そこで解決策として、事業者団体の自主ガイドラインの策定とアカデミアによるエビデンス整理が進められています。自主ガイドラインの策定については、経済産業省で指針を策定しており、①透明性 ②客観性 ③継続性を踏まえ最低限盛り込むべき10項目の指定や、最低2年ごとの更新が必要であることなどを定めています。
事業者団体の自主ガイドラインの策定に関して、例えば遠隔健康医療相談業界の自主ガイドラインでは、「安全・安心なサービス提供体制」や「コンプライアンス遵守」の観点からそれぞれ複数の自主基準が盛り込まれています。
アカデミアによるエビデンス整理に関しては、「成人・中年期の課題(生活習慣病分野など)」「老年期の課題(認知症・フレイルなど)」「職域の課題(心の健康維持増進・女性の健康分野など)」「働く世代における二次・三次予防(脂肪肝関連疾患、婦人科疾患など)」の大きく4領域において、医学会と連携しながら整理が進められています。
政策④:ビジネスケアラーへの対応
ビジネスケアラーとは「仕事をしながら介護などへ従事する人」のことで、高齢化に伴い増加し、仕事と介護に関する問題が顕在化すると見られています。2030年には家族介護者の4割がビジネスケアラーになると見込まれており、両立困難による労働生産性損失を中心に約9.1兆円の経済的損失が予想されています。
ビジネスケアラーの負担は主に日常生活支援に偏っており、地域における介護保険外サービスの活用や支援好事例の横展開、職場での支援推進が進められているところです。
政策⑤:ヘルスケアベンチャー支援
ヘルスケア分野のベンチャー支援やイノベーションの創出、活性化を目的にHealthcare Innovation Hub(通称InnoHub/イノハブ)を設置し、スタートアップのみならず、企業の新規事業部門などイノベーションを必要とする多様な団体から幅広く相談を受け付けています。支援側であるイノハブサポーターは230団体(2023年5月末時点)にものぼり、事業化相談やネットワーク形成の支援にあたっています。
また、ヘルスケア分野の課題解決に挑戦する個人・団体・企業などを表彰する「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)」を毎年開催し、活性化を目指しています。
政策⑥:医療・介護・ヘルスケアの国際展開
産官学医が連携しながら日本の医療の国際展開の中核を担う組織として2011年に設立された「Medical Excellence JAPAN(MEJ)」が中心となり、相手国が必要とする要請に応えるかたちで医療機器やサービスの提供(医療アウトバウンド)、外国人患者の国内医療機関への受け入れ(医療インバウンド)に取り組んでいます。
例えば医療機器やサービスの提供に関しては、人材育成とパッケージ化した医療機器・サービスの効果的な海外展開や学会ガイドライン・保険収載による現地における標準的な診療方法の確立などを支援しており、オリンパス株式会社やメロディインターナショナル株式会社などの海外展開の支援実績があります。
ヘルスケア国際展開ウェブサイトでは、経済産業省が過去に支援した海外での実証事業報告書や、作成したカントリーレポート(国別の基礎情報集)などが公開されています。
ヘルスケア政策の方針から今後の市場の動きを予測する
「国民の健康増進」「持続可能な社会保障制度構築への貢献」「経済成長」の同時実現に向け、経済産業省が取り組むヘルスケア産業創出・振興に向けたアプローチが紹介されました。
ヘルスケア政策の方向性を把握しておくことは、製品やサービスの需要、医療機関における医師・患者間のコミュニケーションの変化、新たなアプローチ手段の開拓の可能性などを見極めるのに役立ちます。
また、健康経営の推進と共に、PHRを活用した新たなサービスの創出、エビデンスに基づいたヘルスケアサービスの振興、へルスケア領域でのサービスの立ち上げや国外への展開を国としても積極的に支援しています。
このような政策の展望をもとに、マーケティングや事業戦略へ生かしていきましょう。