MDMD2022Autumnレポート|医薬品マーケティングにおける「連携」を各社の取り組みから考える
- バイエル薬品のデジタルプロモーションの取り組み
- 1.DXにおける役割・責任の明確化とガバナンス構築
- 2.顧客ごとの適切なチャネルと情報提供
- 3.顧客インサイトデータの収集と分析
- 4.MRのデジタル志向向上
- 5.新しい情報提供方法・ツールの創出
- BioMarin Pharmaceutical Japanにおける希少疾患×マルチチャネルの取り組み
- 「マルチチャネルカスタマーエンゲージメント」のミッション
- マルチチャネルカスタマーエンゲージメントの取り組み
- オウンドメディアの充実、分析について
- ディスカッション
- Q1: KPIはどのような項目で設定し、どのように効果検証していますか?
- Q2: デジタル化の予算はどのように組んでいますか?
- Q3: リモート専任のMRは配置していますか?
- 製薬業界におけるさまざまな「連携」の重要性
2022年9月に開催した「Medinew Digital Marketing Day(MDMD) Autumn」。株式会社医薬情報ネットの金子がモデレーターを務め、バイエル薬品株式会社の石倉浩司氏、BioMarin Pharmaceutical Japan 株式会社の佐藤大輔氏をゲストとして迎えたパネルディスカッションでは、疾患領域や企業規模によって異なるデジタルマーケティングの連携についてお話を伺いました。
バイエル薬品のデジタルプロモーションの取り組み
バイエル薬品株式会社のオンコロジー領域事業部においてプロダクトマーケティングを担当し、デジタルマーケティング部長も兼任している石倉氏。オンコロジー領域事業部でのデジタルプロモーションの取り組みには、5つのポイントがあるといいます。
- DXにおける役割・責任の明確化とガバナンス構築
- 顧客ごとの適切なチャネルと情報提供
- 顧客インサイトデータの収集と分析
- MRのデジタル志向向上
- 新しい情報提供方法・ツールの創出
また、5つのポイントの中でどのような「連携」が行われているかも紹介されました。
1.DXにおける役割・責任の明確化とガバナンス構築
1つ目のポイントは「DXにおける役割・責任の明確化とガバナンス構築」です。
社内の各部署との連携が重要であると石倉氏は話します。バイエル薬品でデジタルに関わる部署を大きく分けると「デジタルトランスフォーメーション」「コマーシャルオペレーション」「IT」の3つになります。
「デジタルトランスフォーメーション」の中には、アプリ・ツールなどのソリューション開発やデータサイエンス、データエンジニア、オムニチャネルエクセレンス、調査チームといった役割があります。特徴的なのは、データサイエンティストが多く在籍している点です。データサイエンティストが分析を行い、分析に基づいたビジュアル化も担当しています。また、事業部と連携しながらカスタマージャーニーの作成も行います。
「コマーシャルオペレーション」は、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)システムの構築やツールの管理を行います。また、「IT」では、グローバルと連携しながら全社的なIT構造の管理をしています。
これら3つの部署と各事業部の製品マーケティング、デジタルマーケティングが連携し、デジタル関連施策のセールスへの落とし込みをしています。
石倉氏は、さまざまなチームがいる中で重要なのは「デジタルガバナンスの強化によるサイロ化の防止」であるとし、次のように話します。「毎月、デジタルに関わる各部署が集まり会議を行ったり、オンコロジー事業部内だけでなく他の事業部のデジタルマーケティング担当と積極的にミーティングを実施しています。その中で重要なのは、組織体制やリソースなどのトップダウンで進める戦略だけではなく、各部署が自分たちに必要なソリューションを提案し、ポートフォリオを組んでいくボトムアップの手法です」。バイエル薬品では、このトップダウンとボトムアップの方式を醸成しようと取り組んでいるといいます。
2.顧客ごとの適切なチャネルと情報提供
2つ目のポイントは「顧客ごとの適切なチャネルと情報提供」です。
デジタルマーケティングは製品戦略としっかり結びついていることが重要だと石倉氏。戦略立案〜実行・評価のコマーシャルプロセスにおけるデジタルの役割について以下の図を示しました。
カスタマーエンゲージメントの観点では、戦略段階での「医療従事者インサイト」「患者インサイト」「競合状況」に関するデータの収集、実行段階での「マルチチャネル運営」「プロモーションコンテンツ作成・管理」にデジタルを活用しています。また、インフラとして「オウンドメディア・3rdパーティメディア」を活用することで、顧客にしっかり情報が届くようにしています。
アドバンスアナリティクスの観点では、戦略段階での「予算・リソース配分」「売上予測」、実行段階では「顧客プロファイル管理」、トラッキングでは「活用KPI・顧客KPIデータの分析」にデジタルを活用しています。
コマーシャルプロセスにデジタルを活用しながらバイエル薬品が重視しているのは、オムニチャネルの取り組みだといいます。石倉氏は「オムニチャネルの概念は、医師のデジタル志向度に合わせたコンテンツを提供し、MRが調整していき、その結果を分析・改善し情報提供活動のサイクルを回していくこと」だと話します。
具体的には、以下のようにカスタマージャーニーを元にしたコミュニケーションを実施しています。横軸が消費者の購買行動モデルであるAIDMAのプロセス、縦軸が医師のデジタル志向です。デジタル志向度の高い医師へのアプローチでは、メルマガや医療ポータルサイトなどから自社Webサイトを閲覧してもらい、そこからMRの情報提供に結び付けていきます。
デジタル志向度が中程度の医師へのアプローチでは、まずはMRから情報提供を行い、興味を引いていく段階で自社Webサイトを活用し、最終的なクロージングはまたMRに戻すというフローを理想としています。
3.顧客インサイトデータの収集と分析
オムニチャネルマーケティングでは個々の医師の志向に合わせたアプローチが重要となるものの、一人ひとりの志向に完璧に合わせることは難しいという現実もあります。また、石倉氏は「カスタマーエンゲージメントのために、今後はマルチチャネルで全体のカバー率を上げることが重要」だと話します。バイエル薬品では、顧客との接点をしっかり持ち、マルチチャネルカバー率を上げるために、医師セグメントごとに「顧客エンゲージメントジャーニー」を作成してアプローチ方法を変えているそうです。顧客エンゲージメントジャーニー設計の流れは、以下の通りです。
- デザイン設計
- ツール準備
- 資材作成
- 現場へのカスケード
- 情報提供実行
- 分析
まず、デザイン設計では、目的、ターゲット、セグメント、キーメッセージを作り、その情報提供内容・順番、KPIを全て設計しています。これをクォーターごとに、プランニング・実行しています。次に、デザイン設計に合わせてツールの準備をします。
それから、プロモーション資材を作成し、プランニングした内容をジャーニーに基づいて現場がしっかりと訴求していく、という流れです。
また、そうした情報提供の結果もしっかり分析をしていくということが重要だと石倉氏は話します。分析内容の1つとして「チャネル間のシナジー効果」を検証した例を挙げました。
「チャネルAのチャネルBに与える影響を検証したところ、チャネルAで接点がない医師のチャネルBのカバー率が一番低く、チャネルAで元々接点のあった医師のチャネルBカバー率、チャンネルAで新たに接点ができた医師のチャネルBカバー率の方が高いという結果でした。やはりマルチチャネルでしっかり情報提供することが重要だということが分かります」
また、情報提供を行なった後の顧客の心情的な変化もクォーターごとに検証しているとのことでした。クォーターの前後で比較することで、MR活動やプロモーション開発が有効であったかが把握でき、その結果に基づいて新しいプロモーション資材や情報提供を検討しているそうです。
4.MRのデジタル志向向上
バイエル薬品オンコロジー事業部では、本社事業部のデジタルマーケターとデジタル推進担当者だけでなく、各営業所にエリアデジタルプロモーターを配置。本社担当者とエリアデジタルプロモーターがしっかり連携しながら、デジタルプロモーションを推進しています。三者間で月次のミーティングの実施、デジタルKPIのフォローアップなどを行なっています。
今後は、デジタルの定義やデジタルの範囲・MRの役割の明確化といった「デジタルマインドセットの醸成」や、オムニチャネルツールやデータ分析といった「デジタルケイパビリティの向上」に取り組んでいくとのことです。
5.新しい情報提供方法・ツールの創出
新規ツールの創出は、外部のベンダーと連携しながら取り組んでいると話す石倉氏。ツールを導入する際は、新しさを理由にすぐに取り入れるのではなく「目的と課題をしっかりと検証していくことが重要」だと話します。
ペイシェントジャーニーの予防から予後・再発といった過程の中で、患者さんはどこに問題点を抱えていて、デジタルでどういったことを改善できるのかを考える必要があります。例えば、その疾患が患者さんにあまり認知されておらず予防や受診に繋がらないという課題があった場合、潜在患者さんのネットでの行動を、外部データを活用しながら探索し、それに基づいて製薬企業が疾患啓発や医師への情報提供を変えていく、といった検討が必要です。
BioMarin Pharmaceutical Japanにおける希少疾患×マルチチャネルの取り組み
BioMarin Pharmaceutical Japan(以下、バイオマリン)は、希少疾患に対するバイオ医薬品の開発・製造販売に特化しているグローバル企業です。画期的な治療法が無いながらも希少疾患に向き合われている患者さんやそのご家族に対して、一人でも一刻も早く、治療の選択肢を提供することを目指し、新規治療薬の開発に取り組んでいます。現在の社員数は約30名、国内で取り扱っている製品は4製品で、全てオーファンドラッグに指定されています。
希少疾患に特化した製薬企業におけるデジタルマーケティングの課題とその解決策について、バイオマリンの佐藤氏が、同社の取り組みと「連携」にまつわる考え方についてお話しました。
「マルチチャネルカスタマーエンゲージメント」のミッション
佐藤氏のポジションである「マルチチャネルカスタマーエンゲージメントスペシャリスト(以下、MCS)」は、マーケティングや営業とともにコマーシャル部門に所属しています。MCSは同社で2022年1月に設立された新たなポジションであり、ポジション設立のタイミングで佐藤氏が入社し、本格始動しました。
MCSのミッションは、「使えるチャネル(ツール)を状況に応じて駆使し、患者さん/患者さんの関係者/医療関係者/ベンダーとバイオマリンを、情報を媒介にして関係者をつなげる、巻き込む」ことです。
佐藤氏は「チャネル(ツール)」について、次のように説明します。
「マルチチャネルで使うチャネル(ツール)というのは、デジタルでなければというこだわりはありません。さまざまなチャネルを使い、私たちの希少疾患に対する取り組みに対して理解を示してくれるフォロワーの数を増やしていくというのをミッションにしたポジションであるといえます」
マルチチャネルを推進する背景には、COVID-19の影響による学会のオンライン化などの「情報の受け手側の変化」と、SNSの普及などによる「情報の拡散スピードの飛躍的向上」があります。そして、バイオマリンは希少疾患にコミットしている会社だからこそ、鮮度の高い正確な情報をいち早く届けることが、医療従事者だけでなく治療法を求めている患者さんやご家族に対しても、とても重要であると佐藤氏は話します。
マルチチャネルカスタマーエンゲージメントの取り組み
十数年にわたる製薬業界でのキャリアの中で、新薬トレンドの変化やCOVID-19感染拡大を経験してきた佐藤氏。次第に「営業戦略のあり方として、『SOV(Share of Voice)=量』が全てではないのでは?」と考えるようになったといいます。製薬企業として、どういったタイミングで、どのようなニーズを満たす情報提供が必要なのかと自問自答と試行錯誤を繰り返した結果、「マルチチャネル」というキーワードに至りました。
MCSの取り組みをまとめた図を示します。
現在運用しているオウンドメディアは、コーポレートサイト、医療従事者向け会員サイト、疾患啓発サイト、バイオマリン製品使用患者さん向けサイトの4つです。全て一人で運用するわけではなく、社内の関連部署や外部ベンダーと連携しながら構築・運用しています。
医療従事者向け会員制サイトと連携し、医師との接点を定期的に作るためのメールマーケティングも導入しています。新薬の上市の際には、3rdパーティーメディアとタイアップした情報提供を実施しました。さらには、外部からの問い合わせ、各メディアの視聴歴などを元にフォローアップ対応などもしています。
MCSは、このようにさまざまなチャネルを使い、MRがカバーしていない診療科の医師や、看護師、薬剤師などの医療従事者の方にも幅広く情報提供をしています。今後は、人々の行動パターンに特化した次世代AI技術を活用して「どこにこういった情報を求めている患者さん/医療従事者がいるのか」というデータを抽出し、ピンポイントで情報を提供していくような方法を検討しているそうです。
オウンドメディアの充実、分析について
オウンドメディアの運営は、日々コンテンツの充実や分析・改善を繰り返していくことが重要です。佐藤氏は、毎月各サイトの分析を行い、その結果を元にスピーディーに改善していくことを心がけているといいます。
医療従事者向け会員サイトでは、主に新薬の情報を中心にWebセミナーのオンデマンド配信、資材のダウンロードなどのコンテンツを用意。製品を使用している患者さん向けサイトでは、患者さんやご家族の心理的負担を改善するようなサイト構築を目指しているといいます。これは、希少疾患の患者さんとそのご家族は、治療を開始される際には罹患したショックや戸惑いを抱えながらも、治療に伴うさまざまな知識を習得しなければならない状況であることが推察されるためです。
患者さんや医療従事者に安心して製品を使っていただくため、「顔が見える」希少疾患の医薬品メーカーであることが大切だと話す佐藤氏。そのために、マルチチャネルでの情報提供の重要性はとても高いと考えられます。今後の課題について佐藤氏は「サイト数が増えてきたため、それぞれの目的や位置付け、サイト同士の繋がり、統一感を意識しながらアップデートしていくことを意識したいと思います」と語りました。
ディスカッション
最後に、本セッションの参加者からの3つの質問に対して、お二人にお答えいただきました。
Q1: KPIはどのような項目で設定し、どのように効果検証していますか?
石倉氏:3カ月ごとに効果検証をしています。KPIは、1年間を通して設定しているKPIと、クォーターごとに設定しているKPIがあります。クォーターごとのKPIは、マルチチャネルカバー率を見ています。例えば、MRの対面での面談やリモート面談のカバー率や、資材の使用回数や視聴回数、メール配信の承認率、イベントの参加率などです。最終的には、それがどの程度患者さんへの処方に繋がったかという売上もKPIとして見ています。
佐藤氏:各チャネルの分析は毎月行っています。会社や製品の知名度を上げるために、KPIとしてオウンドメディアのPV数や、よく閲覧されているページを設定して分析しています。また、ターゲット医師のカバー率や、製品・治療法を患者さんやご家族にどの程度
インフォームドコンセントいただけたかといった行動の変化も見るようにしています。
Q2: デジタル化の予算はどのように組んでいますか?
石倉氏:私はプロダクトマーケティングとデジタルマーケティングの両方を担当していますが、実はデジタルマーケティングとしての予算はつけていません。まずは製品戦略があって、それを実行するためのプロモーションの1つがデジタルの活用だと考えているためです。基本的には、プロダクトマーケティングの予算の中で管理しています。
一方で、例えば新しいデジタルツールの案内を外部からいただいたときなどには、デジタルマーケティングからプロダクトマーケティングに提案をし、両者で合意が取れたら一緒に予算を組んでいくような連携を取っています。
佐藤氏:バイオマリンも同じような考え方です。デジタルとしての決められた予算はありませんが、今置かれている現状や課題に対して解決策のアイディアを出し、そこにデジタルツールが有用であれば国内外の担当者と連携を取りながら予算を決めていきます。
Q3: リモート専任のMRは配置していますか?
石倉氏:オンコロジー領域事業部ではリモート専任のMRは設置していませんが、看護師資格を持つ担当者が製品の安全性情報を医師とディスカッションするという役割を担っています。その担当者がいることで製品の安全性情報が先生方にも深く伝わっていると感じますので、非常にニーズはあるのではないかと考えています。また、プロダクトのステージや抱えている課題によってはリモート専任のMRが必要になってくると思います。
佐藤氏:リモート専任のMRはいませんが、そのポジションに社内で一番近い存在は私なのかなと思います。営業部隊の規模としてはまだまだ小さな会社ですので、MRがカバーしていない施設を担当することがあります。リモートがメインですが、必要があれば実際に行って対面で商談をしたりもします。
さまざまなツールやチャネルを使って先生方とコミュニケーションを取ったりする機会がありますので、その中にはMRと関わりがあるようなターゲットの先生方も含まれます。そういった場合は、私からMRに繋いだり、うまく間に入り支援をするような役割を果たす場面もあります。
―他のチャネルで得られた情報をどのようにMRに展開しているのでしょうか?
石倉氏:バイエル薬品の場合は、まずはMRの上長、もしくは先ほどご紹介したエリアデジタルプロモーターに情報を伝え、その両者からMR活動を推進していくというやり方をとっています。また、今後は顧客の行動変化があった時などに自動で案内がくるサジェスチョンエンジンの導入も検討しています。
佐藤氏:社員数が少ないので、MRとは個人レベルでよく情報交換しています。その際に気をつけているのは、例えば医師であれば過去にバイオマリンとどのような関わりがあったのかという背景情報をまず確認することです。背景の理解をすると、MRとその後の対応を話し合いやすくなります。今後は、CRMを活用した顧客情報の一元管理も検討していきたいと思っています。
製薬業界におけるさまざまな「連携」の重要性
デジタルとリアルを融合させたオムニチャネル、データ連携、本社とMRのコミュニケーション、製薬企業と外部ベンダーの協力体制など、製薬業界ではさまざまな「連携」が加速しています。医療従事者や患者さんが必要としている情報を、最適なチャネルで提供するためには、この連携がポイントです。単にデジタル化を進めるだけではなく、目的に応じた施策との組み合わせがうまく機能しているかどうか、日々見直していく必要がありそうです。